第三話 転校生、話を聞き取る。
セミュグニーたちが三時間目終了後すぐに、若干バツの悪そうな様子で授業をバックレてくれたおかげで、再び教室に平和が戻ってきた。あの騒動が嘘のように、四時間目の授業は淡々と始まり、終わっていった。
昼休みになり、俺がいつものように昼食を片手に、この木造校舎の最上階にある屋根裏部屋へと向かった。この部屋は、普段物置として使われており、一応施錠してあるものの、ちょっとしたコツを使えば簡単に開くようになっている――この学校に通う生徒ならほとんど誰でも知っている公然の秘密である――ので、ぼっち飯……、もとい一人になりたいときや、授業をさぼりたいときなどにはもってこいの場所なのである。
あっという間に扉を開いた俺は、中の適当な場所に陣取り、少しだけ贅沢な昼食を始めるべく、弁当の包みを開いた。すると閉めたはずの扉から音が聞こえた。
(ん……。今日は俺一人のはずなんだが……。ま、まさか教師か? ならやばいな)
俺はそう思い、開きかけの昼食の弁当を急いでしまい込み、大きな箪笥のようなものの陰へと隠れた。ほんの少しだけ緊張しつつ、陰から音の主が誰なのか伺う。
扉の方からはガチャガチャ、ガチャガチャという音が続いている。
(生徒ならすぐに開けられるはずだ。教師だって鍵を使えば簡単に開くことができる。それなのに……。まさかセミュグニーの連中ではないだろうが……。しかしそれならかなりまずいことになるな)
セミュグニーたちなら、普段この学校にはあまり来ないし、この秘密を知らない可能性があった。俺はより一層の緊張感を持ち、扉からより離れた、大きい荷物と荷物の間の隙間に身を潜めた。ここで黙って音を立てずにいれば、よほどの注意力がない限り姿を見られることはない。俺はその可能性にかけたのだった。
ガチャン。
遂に扉が開いたようだった。俺は全神経を集中させ、何者が来たのかを観察する。この位置だと荷物に邪魔されて扉の方を見ることができない。かといってここから出て行ったりすればこちらにも気づかれてしまう。聴覚だけが頼りだった。
(誰だ……? 連中ならすぐに分かるが……)
しかし、少しの時間が経ったが、扉の開く音以外に聞こえる音はなかった。あの喧しいダミ声が聞こえないところをみると、セミュグニー達ではないようだった。少しだけ安心しつつも、姿の見えない謎の存在がむしろ俺を不安にさせる。
「へー、ここってなかなか雰囲気が良いのね。知る人ぞ知る秘密の隠れ家、秘密基地ってところかしら」
「ああ、そんなところだ。だが今はそれどころじゃないんだ。静かにしてくれ」
「そうなの? どうして?」
「どうしてって、そりゃあ誰なのか分からん奴がさっきやって来たからで……」
「?」
「のわああああ!」
どこから出せたのか分からない謎の奇声を発し、俺はいつの間にかすぐ傍に膝をかがめていた何者かどうにか離れようともがいた。だがどうすることもできず、ただ眼を瞑ってやり過ごそうとするしかなかった。
しかしいつまでもそうしているわけにもいかず、異様なテンポで体中へと血液を送る心臓を何とか落ち着けようと手で胸を抑えながら、ゆっくりと眼を開いた。
そこにいたのは、まあ、当たり前といえば当たり前、予想通りと言えば予想通りなのだが、今日転校してきた少女であった。名前は確か、チェルノだとか言ったはずだ。
「そんなに驚かなくても……」
「驚くだろ! どうしてこんな所に……」
俺は少し震える声でそう言った。正体が分かったのは良かったが、それでもこの少女の意図が見えなかった。転校初日から、転校生に興味津々のクラスメイト達がいる教室で昼食を敢えて取らない奴などなかなかいないだろうし、ただ席が隣であるというだけの俺を探してこんなところまで来るなどという可能性は更に小さいと思ったからだ。まさか、屋根裏部屋への生徒立ち入り禁止を咎めて教師にチクったりはしないだろうが……。しかしこの少女のどうやら強いらしい正義感に鑑みれば、その可能性は小さくはなかった。
少女は、何でもないような口ぶりで、日差しの差し込む小窓や年代物の楽器、壊れかけの木棚を見渡しながら応えた。
「別に理由はないなぁ。まあ、強いて言うならこういう秘密基地みたいなところが好き、だからかな?」
「かなって……」
「それよりもさぁ、ここ、生徒立ち入り禁止じゃないの? 良いのかな、こんなことして?」
俺の心を読んだのかと思うくらい、ピンポイントでそんなことを言ってくる少女。俺はどこからどうみても狼狽している様子で、言葉にならない言葉をモニョモニョと口の中で転がすことしかできなかった。
「なんてね。心配しなくても、教師達に言ったりはしないよ。こうしている私だって同罪になっちゃうし」
「そ、そうしてもらえると凄く助かるよ……」
「そう? じゃあこれで借りが一つできたってことで良いかな?」
「うぇ? ……う、まあ、そうなる、のか?」
「そうなるね、ね?」
一体全体どうしてそうなったのか分からないが、この少女に借りを作ってしまったらしい。頑張って反論してみようかとも思ったのだが、有無を一切許さない少女の漆黒の瞳に射すくめられ、俺は黙るしかなかった。なんと目力の強い娘なのだろうか。
「それじゃあ、早速使っちゃおうかな、借り。いや貸しかな?」
「もう使うのか?」
いやまあ、さっさと使ってくれた方が後腐れなくて良いと思うけれども。
「ええ。…………、あの男の子たちについて、詳しく聞きたいの、さっきの……」
「さっきの男の子……? ああ、セミュグニーの連中か。奴らについて知りたいのか? なんでまたそんなことを?」
「そうね……。実は、その子たちに関する風の噂を聞いていたのよ。だけど、所詮噂は噂で、あまり詳しいことは分からない。だからと言って放っておくのも気持ちが悪い。噂は時に、とんでもない事を引き起こすかもしれないし。いや、もう起きているのかもしれないけれど。それで、詳しく知っていそうな子に是非とも聞きたいなって思ったの」
風の噂……ねえ。まあ、連中の悪鬼の如き所業を考えれば、転校生であっても知っていておかしくはないのだろう。まあそれに、もうどこかのタイミングで連中のことをクラスメイトやこの学校の生徒、教師から聞いていたのかもしれないし。……それよりも、どうして俺が詳しく知っていそうな子なんだ……?
「詳しく知っていそうな奴なら別に俺以外にもいると思うが……?」
「いやいや、クラスの子に聞いたら、君が一番よく知っているんだと教えてくれたのだし、間違いないわ。えーと、何と言ったかな……ああ、そうそう」
そういって、俺の近くの席の気の良い同級生の名前を挙げた。教えるのが面倒くさかったのだろうとも一瞬思ったが、きっと違う。恐らく、セミュグニー達の話をこの少女に教えていることを他のクラスメイトが奴らにチクる可能性を考えたのだと思う。その点俺なら、大抵昼休みはこの屋上で一人飯なので、話を他人に聞かれることもない。それに今日は、一週間のうちで屋根裏部屋に俺以外誰も来ない日だ。そういったことを考慮して、少女を俺の方に向かわせたのだろう。
蛇蝎の如く嫌われ、恐れられている連中に味方する奴が本当にいるのかって? 残念なことだが、少数は存在する。何しろ、俺を含めた全ての生徒は、連中に目を付けられて文字通り嬲り殺されないためには手段を選ばない。家族や近所の人々全てに危害が及ぶのだから、当然なのだろう。だから、その生徒の中には、セミュグニー達に情報を売って、自らの安全を図る奴も存在するのである。もちろん、誰なのかは分からないし、俺のクラスに居るのかも分からない。しかし、間違いなく存在することは分かっている。
まったくもって面倒な存在であるが、だからといって俺はそんな彼あるいは彼女を責める気持ちにもならない。彼らとて自分や家族の生命を守るために必死なのである。であれば、俺はそんな彼らの行動をも計算に入れて、どうにかこの生活を生き抜くのみなのである。
「そういうことなら、仕方ない。知っていることは全て話すよ」
「ほんと? ありがとう!」
そう言って彼女は朗らかな笑顔を浮かべた。この時ばかりは、本当に可愛らしい少女らしい笑顔のように見えた。そして彼女は何処からともなくメモ帳とペンを取り出した。
それから俺は、昼休みの残りの時間を使って現在のこの学校の状況やセミュグニー達の悪行の全てを知っている限り話した。話の中には風の噂でしかないものもあったが、その旨を告げて一応話した。なるべく詳しくとの要望があったので、かなりエグい、鬼畜の所業としか表現しようのないことも、極めて胸糞悪い結末に終わった話も、しっかりと話した。流石に気分を悪くするのではなかろうか、と思って反応を伺いながらの話であったが、まあある意味予想通り、チェルノは眉一つ動かさずに俺の話を聞き、時折メモにペンを走らせていた。
「……。まあ、俺の知っている話はこれくらいだ。これだけ話してしまった後でなんだが、気分が悪くなったりしないのか? この手の話に慣れている俺でも、今話していてかなり気分が悪くなったんだが……」
「え? まあ、そうね。多少は、ね。でも、知らずに良い気分のままいるよりかは、いいかな。知っていれば、どうにでも対処することができるのだし。情報ってのはやっぱり全ての基本だしねぇ。情報の量と質が多いほど、良い人生を送れるようになる。それが私の……座右の銘的なアレよ」
確かにそういうものなのかもしれないとも思いつつ、どうも釈然としない気持ちでいっぱいだったのだが、ここで議論をしても仕方ないとも思い、適当に頷きながら俺は話を続ける。
「的なアレって……。まあ、そういうことなら良いんだけどな。……っと、そろそろ昼休みも終わってしまうな。そろそろ教室に戻ろう」
「ああ、確かに。教えてくれてありがと。とても参考になったよ」
美しいと言う他ない笑顔でそう言ったチェルノ。誰もが恋に落ちてしまうくらいのそんな素敵な笑顔であったが、しかし俺は言いようもない不安と焦燥を覚えた。どうしてこの笑顔でそんな感情が出てくるのか全く分からないのだが、しかし確かに、俺はそう思ったのであった。
「……いやいや、礼には及ばないよ。さあ、早く行こう」
そう言って俺たちは屋根裏部屋から教室へと走り出した。
「……ということになる。うん? そろそろ終わりの時間だな。では、今日の授業はこれまで。各自復習を忘れないように!」
教師のそんな掛け声とともに、チャイムが鳴り響き、今日最後の授業であった数学の時間が終わった。放課後の時間をめいっぱい使うべく、クラスメイト達は急いで授業道具を片付け始める。俺は特にやりたいことがあるわけでもなかったが、教室に残っていたいとも思わなかったので、他の皆と同じく机に散らばった教科書やらを片付け始めた。
そんな時、不意に背中の方からおぞましい声と空気感が近づいてくるのを感じ取った。教室や廊下の雰囲気が一瞬で変化する。誰もが、何が近づいてくるのかを感じ取った。
「おいなんだよ、もう授業終わってんじゃん」
「そうっすね。まったくせっかく来てやったってのによぉ!」
「まったくどうなってんだゴラァ!」
唸り声をあげながら、世界で一番と言っても良いくらい不愉快な連中がやって来てしまった。誰もが絶望的な表情を浮かべつつ、目立たぬようにひっそりと教室から立ち去ろうとする。
何人かは無事に脱出することに成功したのだが、それ以外は奴らの絡みつくような視線に怖気づき、ただ所在なさげに自分の席に留まるしかなくなってしまった。俺も、一歩動くのが遅れ、後者の仲間入りを果たしたところである。
「おお? おいおいまだ転校生いんじゃねえか。まだ挨拶してなかったよなぁ?」
「そうっすね。おいこらそこの転校生! セミュさんが呼んでんぞ! とっとと来いよ!」
取り巻きの一人が大声でそう言った。ここにセミュグニーがいないところを見ると、学校の外か何処かに奴がいるのだろうか。
転校生と呼ばれたチェルノは、いかにも面倒くさそうな表情を一瞬みせた後、手際よく荷物をまとめて彼らの目の前にやってきた。
「そうね。君たちは朝の挨拶の時もいなかったものね。私はチェルノ=ゼムリアよ。これからよろしくね? ……まあ、それほど長い付き合いにはならないでしょうけど。それで? 用が済んだのならどいてもらって良いかな? 私は忙しいの」
下手くそな役者が脚本を棒読みするかのように、何の感情もない声でそう言ったチェルノ。
「……っ!?」
予期しない、圧倒的に冷え切った声音に押されて口ごもる取り巻きであったが、どうにか態勢を立て直し、畳みかけるように、汚いカエルの合唱のような罵声を上げ始める。
「あんだ、と?」
「てめえこの野郎! 舐めてんじゃねえぞ!」
「調子こいてんじゃねえぞ!」
「ぶっ殺すぞクソ女!」
「豚の餌にしたろかボケが!」
いかにも頭の悪いチンピラのような罵声ではある。がしかし、この発言を笑って済ませられるほど甘い世界ではない。何しろ彼らの場合、それを本当に実行できてしまうのである。即ち、彼らに殺すと言われた者は、それが誰であれ数日以内には死体となって発見されるのであり、豚の餌にすると宣告された者は、一つの例外もなく豚の餌になるのである。もちろん、それを咎めて彼らに何がしかの罰を与えられる人間などいない。ただ、それを傍観し、受け入れるしかない。それが彼らの持つ支配者としての力なのである。
その場にいる誰もが、どうにかして彼らの言葉が現実にならないようにしたいと思っていた。しかし、その場にいる誰も、彼らの言葉を現実にさせないようにする力を持ってはいなかった。俺もまた、どうにかしたいと思いつつ、どうにもしようがないジレンマに苛まれ、己の非力さを呪うことしかなかった。
「排泄物を舐める趣味はないわ。調子はいつでも最高よ。それで? 私に一体どんな用があるのかしら?」
だが、彼女は違った。
チェルノはなおも彼らに近づき、その鈍く光る黒いダイヤのような両の瞳が彼らを捉える。
「ねえ?」
「……! いやその……」
「用は……」
彼らもまた、自らの力を信じ切っていたのだろう。チェルノの予想外の行動に対応できる柔軟性を持ち合わせていなかったらしい。彼らはただ口ごもるしかなかった。
しばらくは何か言い返してやろうと思ったのか、もごもごと口を動かしていたが、クソ豚ゴミ虫がいない状況で、チェルノの瞳に捉われた彼らにできることはなく、やがて諦めたように教室を後にした。
「……嘘だろ…………?」
「奴らが、……何もせずに帰った……?」
しばらく物音一つしなかった教室であったが、やがてクラスメイトのそんな声が聞こえた。
「ああ、どうやら本当に帰って行ったらしい。信じられないけれど……」
「あの転校生の子……、チェルノとか言ったっけ? 何者なのかしら……」
「あいつらが怖くないのか……? 誰か、もう転校生にあいつらのこと教えてやっているよな?」
クラスメイト達は、ひそひそとそんな話をし続けている。チェルノは、やはり何事も無かったかのように、クラスメイト達に儀礼的な帰りの挨拶をした後、そそくさと教室を後にしていった。
それを合図に、クラスメイト達もまた帰宅の用意を再開し始める。あっという間に元の日常に戻ったかのようであったが、俺を含めた皆は、……いや、皆というのは言い過ぎにしても、少なくとも俺は、一つの期待を胸に抱き始めていた。それはまだ、何の確証もない、非論理的で非合理的な迷信でしかないのかもしれなかった。しかし、俺は確信していた。あの転校生は、チェルノを名乗る少女は、このクソ以下の状況を一変させてくれる何かを持っているのだと。なにかとんでもない力を以てとんでもないことをしてくれるのではないかと。俺の中にはそう信じたい気持ちが確かに生まれてきていた。
「……忌々しい転校生が来てくれたもんだ」
金髪クソデ豚野郎こと、セミュグニーは、仲間たちの集まるアジトとなっている建物の一室にてそう呟いた。
「まったくです。何なんでしょう、あいつは」
取り巻きゴリラの一人は、まったくもってその通りだというように、大きく頷く。他の取り巻きゴリラも同様に、太く醜い首を揺らす。
「どんな奴なんです、その転校生ってのは?」
他校に通う取り巻きの一人がセミュグニーに訊ねる。
「ああ、とにかく生意気な奴でな。俺たちに突っかかっては下らねえことを言いやがるんだ。口の利き方もなってねえ小娘よ」
「ああいうのは一度しっかり教えてやらねえとダメっすね」
「ああ。……そうだ、そろそろ例の店にネタを仕入れる時期じゃなかったか?」
「そういえば、人も足りてないらしいことをよく聞きますよ」
「確かに、そういえばそうですね」
「丁度いいし、他の適当な奴と一緒に拉致ってぶち込んでやるか。多少デカいことになるが、まあ構わねえだろう」
「それは良いアイディアですね。あれなら万人受けはしないにしても、そこそこ人気は出るでしょう」
他の取り巻きも一様に頷く。
セミュグニー、もとい金髪豚は満足そうに汚い笑みを見せると、一転して神妙な面持ちで、声を低くして話し始める。
「だが、あの転校生はどうもにおうような気がするのは確かだ。奴の眼力とでも言うのか、あれはどうも不気味だ。少なくとも奴を消すまでは、あまり派手な動きはしない方がいいだろう。そうだな、三週間……、いや一か月後のこのくらいの時間、下校時間に合わせて実行する。それまでは、皆大人しくしていろ。それと各自用意しておけよ?」
「オス!」
やがて、豚とゴリラ集団は、下卑た笑いを浮かべながら建物を後にした。
「それにもうすぐ、父上の天下だ。俺はこの国の支配者となるんだ……」
ゴリラはそんなことを呟きながら、人波へと消えていった。
「…………それは本当か?」
「ええ、まず間違いありません。我々は彼らの能力をあまりに過少に評価していたようです。彼らはこちらのほぼ全ての動きを掌握し、我々の持つ計画も把握していると考えるべきでしょう」
国家保安省内の一室にて、ルカーヴィと武装警察幹部はお互いにぎりぎり聞き取れる程度の小声で囁き合っていた。いずれも激務を抱える中、二人が時間を取って密談しているのには、当然理由があった。
「……迂闊だった。これまで常に監視者として振舞っていたツケが回ってきたのかもしれんな……」
「人民委員室内と電話にも盗聴器が仕掛けられているだなんて、そうそう想像できるものでもないでしょう。むしろ、発見できたことが幸いだと思うことにしましょう」
「そう、だな。……しかし、この分だと実行日時も漏れていることになるのか?」
「いえ、その可能性は大きくないでしょう。日時は発覚後に決定しましたし」
「そう言えばそうだな。だが、計画が漏れてしまった以上、彼らが動く前に動くべきではないか?」
「と言うと?」
「要するに、実行を早めるんだ。実行までの期間が長ければ長いほど、潰される危険も高くなってしまう」
幹部である壮年の男は、少し思案するように顎を手でなぞった。そして躊躇うように言った。
「確かにその危険はありましょうが……。この段階で計画を変更することのリスクも考える必要があると考えられます。私としてはこのまま実行すべきかと……」
「……まあ、そうか。そうだな……。ここまできたらもう突っ走るしかない、か。……そうしたら、そちらの準備はよろしく頼むぞ?」
「心得ております。……そろそろ時間ですね。では、これで」
「ああ」
幹部が出て言った後も、ルカーヴィは少しの間椅子から離れなかった。
(……そろそろ覚悟を決めるべき時がきたようだな。私は私にできることをやるだけだ……。必ず私はこの国を……)