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√error1 顔と青空


 土の地面。石の壁に小さく切りとられたスペース。

 合理的な住居の形。

 ーー僕は今、牢屋に居る。

 お前この間まで檻にいたやんけーー

 頭に直接聞こえる声は、誰とも会話をしない内に僕の退屈が作り上げたエセ関西弁の話し相手。名前は特にないその声に反論する。

 「檻とは違う......今度は犯罪を犯し、その結果の投獄である。この間まで居たのは檻であって牢屋ではない。檻は入れられるものであり入るものではない。どちらかというと家......ハウス寄りなのだ。牢獄とはむしろ対極の存在だ」

 ......こうなった理由は端的に言うと窃盗である。空腹に耐えかねての我ながら杜撰な犯行だった。

 「財布をスって捕まったのだ。この目立ちに目立つ醜面、さらに、大作とはいえ、あくまでMMORPGの中にある、小さな田舎街の話だ。町中の誰もが顔見知りみたいなものだというのに、何度も盗みを働き、盗んだ金を払って食い物を買い暮らすなど無理もいいところ。子供の家出と変わらない」

 「そもそも数週間前、ガッチム様の屋敷を高笑いしながら悠々飛び出した時は、こんなはずじゃ無かった。勝算はあった」

 「大体ゲームの世界なんて、ゲームの世界を何度もプレイし救ってきた僕らゲーマーからしたら......人生と比べたら、イージーモードも良いところのはずじゃないのか......せめてマトモにプレイさせてくれ......ほとんど柵に囲まれてる記憶しかないオープンワールドのゲームなんて初めてだ。ふざけんなよ」

 ーーおい!12番!ぶつぶつと何言ってやがる。

 そもそも当初の計画では、片っ端から永続スキル「厄神「ゾ」の烙印」でブン殴って隷属させ、都市ごと乗っ取り、それが終わったらキャラクターどもが最後の一匹になるまで殺し合いをさせるつもりでいたのだ。

 ただ、僕の「猛獣使い」のスキルは、一人洗脳すると洗脳している間使ったMP が減ったままであるらしく、思惑は外れた。

 「檻暮らしの時一般人に使ってしまったのは、大失態だった」

 「あの人が居なくなれば元通りになるのだけど、かと言って、人殺しなんてそれがたかがゲームキャラだと解っていても中々躊躇われる。それはいよいよ困ったときには仕方ないが......幸い彼の位置はわかるし、コマンドの命令からいつでも始末できる。ああ、そうだ。どうせなら、彼を使えば良かったのだ」

 「彼を上手く使って食べ物を持ってこさせれば......いやいや、何だよ食べ物って、願い事がささやかすぎる」

 「彼なんてさっさとぶち殺して、何処かの金持ちの女でもブン殴って言うことをきかせれば良いじゃないか」

 ーー五月蝿いぞ12番!黙れ!

 檻がガンガンと打ちならされる。人間扱いされていると感じる。

 人間であることが誇らしいなんて、牢屋に入るまで知らなかった感情だ。

 「僕の頭には寧ろ感謝が沸き起こり、取り戻した眼差しに少年期の輝き。映し出すものは憧憬。涙が滲むような大切な懐かしさ」

 ーー何言ってやがる!奇形野郎!黙れ!

 僕は視線を壁に這わせ、上へ上へと這わせて、真っ黒な空を見る。

 「なぁ、看守。暇だろう?ちょっと話をしないか?」

 ーー気違いめ!頭のおかしい奴となんて誰が話す!

 「話してるじゃないか」

 僕が茶化すと、囚人達がささやかな拍手をくれた。

 ーー五月蝿いぞ!五月蝿い!

 その囚人達が看守の棒に突かれて呻く。女の囚人は、別に拍手などしていないが特に念入りに突かれた。恐らく、セクハラなどという概念は無いだろう。

 女囚というのは面白い。全力で看守に媚を売る姿は、むき出しの女の本性そのものであると感じる。

 突いた女の声にもよおした看守は獣の動きで衣服をはだけ、女に覆い被さり、女もまた、看守に叩かれたりせず、一人だけうまい飯にありつくために、看守さま看守さまとわざとらしい念仏を唱えている。

 その光景はキラキラしている。全てがわざとらしく馬鹿馬鹿しく、しかし必死であり、生活を生命をかけた女囚の行動が、僕には人間を示すもっとも純粋な景色に見えた。

 看守が酔ったように睦言をのたまうのもまた良い。

 それは貴重な娯楽だった。

 人扱いもされ、娯楽もある。ただ、労働刑ということで食べた量や睡眠時間を無視したオーバーワークで身体を酷使すしなければならないのは非常に辛い。飯が埃まみれで腐っているのはなお辛かった。それでも食わないとカロリー不足からじわじわ体温が下がっていくのがわかるのだ。

 囚人達は看守に声援を送る。あるものは愉快そうに笑い声を上げ、あるものは自分のモノを握って動かし初め、あるものは唾を飲む。祭りのように看守の腰の動きに合わせて手拍子が鳴り響き、賑やかな空気が監獄に広がる。

 それは労働時間を告げる鐘が鳴るまで続いた。

 ーーおらぁ!さっさと動け!

 鉄柵が一気に開かれると、暗闇に明かりが灯され、囚人達は目を眩ませながら持ち場へと走り出す。

 ......炭鉱街カルスト。その昔エメラルドの採掘で賑わった鉱山は、今や死につつある。監獄は炭鉱の中にあり、従って通勤時間は30秒程である。というか具体的に時間が決まっていて、その時間までに持ち場について道具を握っていないと殴られる。

 ......あれから盗みを働いて暮らしていたせいで、僕には新たなジョブが付いた。

 勿論「シーフ」だ。これで、接触しただけで色々と盗める。そして色々と盗んでいて捕まった。

 ーーならさっさと看守の鍵を奪って脱出すればええやん。

 そう思われるかもしれない。しかし、外でどうやって生きていけというのだ。

 ここの連中はクズだが、流石に僕を動物扱いはしない。

 ーー獣人の国とか無いんか?

 そう思われるかもしれない。しかし、どうやって行くのだ。

 ーー卑屈なやっちゃで。

 さっきまで暗闇に居たので目が慣れない。とはいえ薄暗い洞窟。僕の持ち場は縦穴の向こう。一度穴に落ちそうになった時に、防御にもステ振りした。木製のイビツな梯子を降りていく。梯子は途中までしかない。足で最後のとっかかりを何度も確認してから、慎重に手を離し、落ちていく。

 もうなにも見えないので、地面が見えず着地のタイミングも全く分からない。看守がよく響くこえで叫んだ。

 ーー!ーー!

 しかし何を言っているのかは分からない。さらに落下していく。

 あまり加速しないように、穴の内壁に背中と足で突っ張って、何回かに分けて落ちていく。ガリガリと壁が削れ、顔にもかなり土を被る。

 底に着くと僕はアイテムボックスからツルハシを選びながら、一体ノルマってどうなってるんだろう。ということと、防御力にステ振らなきゃそのまま落下して死ねたじゃん。などと考える。でもこの考えなしに掘り続けた縦穴が突然崩れて生き埋めになったらと思うと、麻痺した思考が凍りつく。どうやら僕は、生き埋めは嫌らしいと気づいた。

 当然だが、仕事場には他に気配はない。はてしない穴の先に、梯子を登った先に、看守がひとり居るだけだ。

 ひたすらツルハシのようなものを振る音と、僕の独り言が響いている。

 普通ならば、看守が降りてきて松明で灯をともすのだが、ここ暫くは穴が深くなりすぎて、降りてこれない。

 元々、先輩ら二人いて、彼らが砕いた岩を後ろへ運ぶのが僕の役目だった。新入りの僕は遅い遅いと怒鳴られながら、誰もやりたがらない梯子を登る役を、なんとかこなしていたのだが、とうとう2人とも身体を壊して、僕が掘り、土も運ぶことになってしまった。

 ーーほらー!さっさと掘らんか!

 「はい!」

 独り言だ。

 あの身体を壊したのは恐らく二人とも死ぬだろうなと思った。病気になったからといって、十分な栄養と休息が与えられるなんてことはない。もしそうなら皆してその辺の土でも大量に飲み込んで不調を訴え始めるだろう。

 そんなことをかんがえながらツルハシを振りかぶった。

 体がとても軽いのは、つるはしがヘパイストスの適正武器、ハンマーに分類されるからだ。石が砂糖菓子のようにサクサク崩れていく。

 出た残土は、片っ端からアイテムボックスに突っ込んで、あとで吐き出す。土なら一種類だからいくらあっても一枠だ。不自然がられているかも知れないが。どうでもいい。

 ......労働時間が何時間かはわからない。そもそも外に出ることが無いので太陽の傾きから時間がわからない。

 顔も体も肺の中も真っ黒だろう。身体だけは異様に軽いのに、汗が落ちて目が痛いのが苦痛になってきた。これまでに無かった変化だ。

 「......」

 暑くなってきたのだ。

 ......進みすぎてしまったようだ。

 ーー気付くの遅いんちゃうか?

 呆れられている。

 上を向くとただの暗闇。看守も、松明の灯りも何も見えない静寂。一瞬、上下すらわからなくなり、寒気が足元を這った。

 「おーい!」

  声は反響しながら闇に溶けた。仕方なく掘り進める。掘り進めては上を見る。何度も、何度も。しかし灯りも姿もない。

 迷った......訳ではないが、どう掘り進めるべきか解らない。

 ーー下でええんちゃう?

 ーーもっと下?

 ーーどうせ横に広げるんやし、掘れるだけ掘ったらええやん。

 「......ていうか途中から梯子無いから誰か落ちて死んだら大変なことになりそう」

 ーーせやな。

 ーーていうか、僕どうやって戻るんだ......

 上を見ても、何もないのだ。まず梯子が確認出来ない。

 ーーまぁまぁ、大丈夫やろ。穴自体はそんな広く無いし。

 ーーせやろか。

 ーー何か関西弁で言われると、ちょっと大丈夫な気がするやろ?

 ......それはちょっとも思わない。

 結論から言うと、全く大丈夫ではなかった。

 空調もない洞窟はどんどん暑苦しくなっていき、足元を穿っ度飛び散った粉のようなものは、呼吸を続ける限り肺に溜まっていく。

 それでも声は下に下にと掘らせようとする。時折微妙に方向変換しながらだ。

 おかしい。本当におかしいのだが、僕は、次第に大きくなるその声に、逆らうことが出来ない、いや、何か魅了されたように、汗を埃まみれの腕で拭い、下を目指した。

 ーーそこや!そこ......?もうちょい右やろ。

 ーー......何か目標でもあるの?

 馬鹿なことを聞いている。脳内会話の相手に返事を求めている。疲れているのだろう。ただ早く掘れという看守への当て付けに過ぎない筈で。

 ーー当たり前や。

 ......

 疲れているのもあるだろう。それが、自分で思ったことなのか、はたまた何者かの命令なのか、判断が出来ない。

 ーー夢の中で誰かが語りかけて来ても、それが自分の言葉に過ぎないとは、とても思えないように。孤独な妄想は、この超常の世界では独立した意識を勝ち得たのかもしれない。

 ーーごちゃごちゃ言わんと掘れや。

 ......

 ーーけど......

 ーーけどもケツもあるかいな。追い付かれたらごっつしばかれるで。

 ーー確かに。

 だから僕の深層心理は、ほり続けようとしているのかもしれない。

 いや、でもどうやって追い付くっていうんだ?

 というか、もう遅いか......掘るしかないのだ。

 気絶という名の何度めかの休憩で、僕は眠ってしまった。酸欠で頭がガンガンする。そうか。掘り続けても死ねるじゃあないか。

 「......ん」

 瞼が重い。目を開けても、どうせ何も見えないのだがーーこのままねむってしまおうかーー

 「?」 

 なんだ?下から灯りが漏れてる。

 そんな筈があるかなと、目を擦るが、確かにぼんやりひかっている。光を塞ぐ石を手で掻き分ける。するとどうだろう。鉄のような、金属の塊が下にある。

 光ったと思ったのは勘違いだったのか、光はもう見えない。

 手でその金属を擦ってみる。平らで滑らかだ。

 ツルハシがこれを叩いて火花が散り、その残像が見えたのかもしれなかった。

 ていうか何だこれ。

 ツルハシを強く握る。

 ツルハシというものは真下を突き刺すように打ち込まれるものだが、先端は弧を描いている。

 それは人間の腕が肩を中心に円運動するためである。

 なので、なるべく高く振りかぶること。最も力の入るところで身体を沈め、上手く体重を乗せること。この2つが重要になる。体重を乗せるときは、移動後の重心に腰を落とすようにするのが分かりやすい。

 ツルハシの弧はその身体を沈める動きも含めた腕の軌道なのだよと、先輩は言っていた。

 そのとき、ウルセエ糞が!殺すぞジジイ!と答えたのを良く覚えている。モブキャラの長い話はいつもボタン連打で早送りしてきた僕だ。

 振りかぶって、叩きつける

 ーー瞬間ーー

 光がせかいをつつんだ。

 風が吹き、車がクラクションを鳴らした。

 光で目が見えない僕は、悲鳴を上げてアスファルトの上を転がった。焦げたように真っ黒な肌に張り付く小石。

 ブレーキ音ーー

 何台もの車の気配。車から出てくる人の群れ。

 汚れた声が僕を取り囲んでいく。

 右の手のひらにツルハシ。先端がひしゃげてしまっている。

 左の手のひらを探ると、コントローラーの感触。感触だけの透明なコントローラーがそこにある。

 次第に目が慣れてきて、僕を覗きこむ顔、顔、顔ーー

 猿の、顔。


 ーー GAME OVER ーー

 








 ......そこは上下を空の壁紙に挟まれた部屋。ただしその壁紙に描かれた雲は凄まじい速度で流れ去る。

 ーーえっ?

 そこに人影が5つ。

 ーーな、なんでよ!えっ?えっ?穴?あんなところになんで境界線があんのよ!

 古めかしい蝶ネクタイ型のアンテナを乗っけたテレビ人間が胡座をかき、片手にコントローラーを持ったままの女神ナスカにガクガク首を揺すられて迷惑そうにしていた。

 ーーちょ、ちょっと、やめないかナスカ。君のミスだろう完全に!

 ーーはぁ?何で!どーなってんのよアビゴウル!結界はあんたの仕事でしょ!

 呼ばれて、ピエロのメイクをして、黒白縞模様のゴシックドレスに身を包んだ少女が、嬉しそうに口を半開きにしたまま頷く。

 ーー駄目だこいつ!ポンコツだ!

 テレビ人間はポンコツと言われるとちょっと同様したが、直ぐにピエロの事だと気づいてホッとした。


 ーーそんな彼の画面の中でヘパイストスは突如ふいた風に溶けて消えた。誰もが目を離した一瞬の出来事だったが、蛾の頭をもった紳士だけはそれをしっかり見ていた。


 彼はヘパイストスが消えてあわてふためくナスカの姿を虫の複眼に映し、上品に、極めて人当たりの良い大人の声で笑った。

 ーーあぁ、すみません。わたしも丁度目を離していたところです。

 ーー何なの!その目は飾りなんです?広い範囲見えるんじゃ無いんですかね!もう!何で消えちゃうのよ!どうしよう。わたし怒られるじゃないですか!可愛いナスカちゃんが怒られるんですよ?はい!皆のアイドルのピンチです!何で笑ってるんですか!だれかー!だれかー?神も仏も無いんですか!!

 モノクロのピエロは紳士を見上げ、何も映さないガラス玉の瞳がついた大きな顔を不思議そうに傾けた。

 紳士は白い手袋を履いた長い指を口の前に一本立てて、ふふふと笑いかけた。

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