表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

00:02 下品な猿の日記


 ――夢の中で、僕はいつも通り学校へ行くのだ。しかしどうにも何かが欠けている。思い出せない記憶が、罪悪感とわかる影が、僕をずっと追いかけてくる。それが僕に追い付いて、肩を引いた所で目が覚めた。


 昨夜連れてこられたそこは、RPGの宿屋というよりは、牢屋だった。

 「こいつ鑑定に出してみたら人間じゃなくて猿だったよ」

 という衝撃的な言葉を聞かされた後、檻にぶち込まれたのだ。

 ーーサルを含む『けものたち』はこの世界においては原始的な生物の総称である、とも言える。そもそも、ファーランドの世界では人間よりもむしろ獣人の地位が高く、人間もまた『サルの獣人』という扱いになっていて、人間を表す『ピボック』という単語は『豚皮を着た猿』という意味を持つ。貴族や王族、大商家など権力者は全て獣人であるが、その数はピボック全体に比べて極めて少ない。

 というのもそれは、エルフ等何ら根拠もなくピボックに分類される種族が多い為であり、その結果『ピボック』は、身分の低い民、あるいは広く『市民』を指す言葉として使われるに至った。らしい。設定の話だ。


 ーー牢屋にぶち込まれた僕は。1日中に色々な検査を受けた。僕の検査にあたったのは派手な衣装に身を包んだキツい印象の女性で、彼女はそれに見合った美貌とふくよかな肢体を併せ持っている。彼女の隣には、商人らしい太った男性と、彼女に比べれば地味だが、女優でもまず見たことがないくらいには顔立ちの整った女性が立っている。

 僕は檻を取り囲んでいた屈強な男たちの手によって裸に剥かれると、永続状態異常で『発情』がついているためにそそり立ったグロテスクな陰茎があらわになったが、女性は「ああ、下品な動物だなぁ」と臭そうに顔をしかめるくらいにして、そのまま検査を続けるのが何だか悲しかった。

  勿論彼女の、手袋に包まれた指先がためつすがめつ胸元をまさぐろうとするその間も僕は檻の中だ。何かあったときのために周囲の男たちは、先っぽが割れた槍のようなもので僕を押さえ込んでいる。

 「あ、あの――」僕が、くすぐったさに耐えかねて話しかけると、彼女は目を大きくして僕の顔を覗き込みーー

 「なるほどなるほど――」と、僕はまだ何も言ってないというのに、そのピンクのぷっくらした唇を震わせて満足そうに何度も頷く。

 一方で、傍に居た太った男性は焦って指示を飛ばした。

 「こらお前たち!先生が噛まれたらどうするんだ!しっかり猿ぐつわを着けておけ!」

 さらに何本もの棒が檻に差し入れられ、僕を檻の角に完全に押し付けると、檻越しに革と金属の球体でできた器具を取り付けた。猿ぐつわ……というかマスクに近い。顎が開かないように、後頭部に紐が伸びている。女性は腕を組んで立っているので、その豊かなものは、腕に載せられてそのボリュームを誇示しており、僕はその毒気に中てられて頭が回らなくなっている。うっすらと残った意識で、「ああ、これがこの状態異常の効果なのか……」と納得した。これでは女性とはマトモに戦えないだろう。

 女性は男に何か耳打ちすると、彼は嬉しそうに頷いた。

 「――喋る猿というのは本当にはっきりと喋るのだな」

 「そのようで御座いますねぇ!いやはや、なんとも珍しい」

華美な顔立ちの彼女の横には、比較的地味な少女が立っていて、此方も物珍しそうに僕を見下ろしている。

 「ーーーーしかしこんな生き物もいるのですね。何か臭いし。皆不細工な種族なのかしら」

 「ふむ。それもあるだろうが恐らくは何らかの病で幼い内に顔が歪んだのだ。見なさい、脚に鑑定を用いてみると、骨格に歪みが見られるだろう。私も長らく動物や魔獣の鑑定に携わっているが、こんな不思議な生き物は見たことがない

 ぼ……僕は病気だったのか……

 「流石先生。この短時間でそこまで分かってしまうものなのですね。このヴァッフス。感服いたしました。そういえば、この猿が身に着けていた衣服も変わったものでした」

 ーー

 「そうだな。衣服の出どころも見ただけでは正直分からん。既にそちらの方は古物商のナルトアに見てもらうことにしているからそれ程かからずに判るだろうが、重要なのは、この喋る猿に既に名前があり、にもかかわらず飼い主の情報が鑑定にも載らないことだ。出どころがさっぱりわからない。そもそも、ペットに衣服を与えるのは、それなりに身分の高い方々の流行だからね」

 「……この猿の名前は何と言いましたかな」

 「ヘパイストス。鍛冶師の始祖とされる男神の名だ。元の飼い主はそれなりに学のある人間ということになる……加えて、このサルに、そのような名が付くだけの価値があった。ということになるな。コイツを扱うことで、前の飼い主と所有権の問題にならなければ良いが」

 「そんな!この猿の持ち主はおりません!何故言い合いになりましょう!」

 「例えば――窃盗団の仕業ということが考えられる。飼い主の記録があっては捌けぬからどのような手を使ったのかは分らんが記録を削除した。とかな。この生き物はクレヴァス湖沿いの街道でゴブリンに襲われて居たのだろう?すると、輸送中だったのかもしれない。あのあたりはよく馬車が通る」

 「いいや!ウチの商団が見つけたのですから!」

 「それでも、盗品ならばだな――」

 「いいや!なりません!なりませんぞ!ウチの商品にケチをつけないで頂きたい!」

 「まぁ、まぁ落ち着き給えよ。私はそういう可能性もあると言っただけだし、仮にそうだとしても目を瞑るくらいのことはしてあげようと考えているんだ」

 「せ、先生!そこまでわたくしのことを!」

 「う、ああ、ちょっと、抱きつかないでくれないか」

 「先生!このヴァッフス!一生先生について参りますぞぉ!」

 「わかったから、離れてくれないかな。重いのだが……」

 全裸の男を前に彼らの子芝居は続く。

 言いたい放題だ。けど、このままでは売られてしまうというのに、僕の頭はうまくそれが考えられない。目の前で自分が売り飛ばされる恐ろしい相談が進んでいるということは分かるのに、おそらく状態異常の発情のせいだろう、小太りの男性が美しい女にまとわりつく姿は刺激が強すぎて、眼を反らしても顔の火照りが冷えない。つまり僕の中でえっちな妄想が勝手に立ち上り、彼女を凌辱している訳だが、それがどうにも、どう抑えようとしても考えるのをやめることができない。理性から思考が離れ、冷たい唾液がマスクの中に垂れあごを冷やした。

 「あのぅ……」

 「何か?」

 「喋るのですから、おサルさんに直接聞く――というのはどうでしょう?」

 はっとして前を向く。チャンスだと思った。ところが眼前の二者は、呆れたように肩をすくめていた。

 「だめ――でしょうか?」

 「……その、こほん、知性が備わっている訳では無いからな」

 まじ、か……

 「そう――ですよね。えへへ......」

 ......

 それから暫くーー僕は薄暗い牢屋で後悔をしている。

 さっさと喋ってしまえば、こんなマスクをする前に……そして今更ながら、怖くて体の震えが止まらないのだ。何処かに動物として売り払われるなんて滅茶苦茶だ。僕は人間でなくては奴隷ですらない。ペット扱い。

 そう考えると、気持ちの高ぶりが抑えられなくなって、涙がこぼれて来た。

 このままでは駄目だ。

 知性のあるいきものであることを証明しなくてはいけないと考えた僕はコントローラを呼び出してメニュー、ステータス、スキル、と開いていく。

 筆記、空中筆記、高速筆記......これらはプレイヤーキャラが魔法を使う時のアクションに変化を加えるアクセサリ的なものなので、取得に必要なポイントは少ない。例えはこれを取得すると、魔法の詠唱の時キャラの周りに文字が浮かんでかっこいい。というだけの、ゲームでは、その程度のものだ。

 スキルをアンロックしていく。これで、次に彼らが現れた時に、人であることをアピールできる筈だ。

 さて、そういえば鍛治手伝いとはいかなるジョブなのか、ジョブスキルの項目を開いてみる......するとそこから伸びる系統はたった一本の直線のみ。

 ダガー 10pt

 おわり。

 試しに10pt払ってアンロックしてみたが、次のスキルが出てこない。あんまりだ......説明には、「手伝いなのでダガーしか作らせてもらえない」とある。

 ーーなんてこった......

 しかも、これにポイントをつぎ込んでやたら強いダガーを手に入れたところで、ヘパイストスの武器適正がハンマーと斧なのでそもそも装備できない。攻撃力が加算されないし、スキルも使えない。

 「......」


 ーーそれから始まった生活は、中々に辛いものとなった。というのも兵隊のような見張り達は字が読めないので、僕が何を訴えても意味が無いまま、やはり動物として扱ったのだ。

 食事はくだもののみ。服は与えられず、トイレは彼らが見ている前でその辺に。という生活が何日も続いた。

 更なる不幸は、あの派手なおっぱい美女がもう現れなかったことだ。彼女ならまだ話もわかってくれそう、少くとも興味を持ってくれただろうが、先のやり取りで商人が警戒したのだろう。もう彼女が招かれることは無かった。

 代わりに呼ばれたのは、猿に芸を仕込む調教師、彼は初めから威圧的だった。

 「あ、あまり乱暴なことは困りますぞサリュエル氏!」

 「まずは!上下関係を教えるのです!動物としての立場!それが解っていないと、顧客を傷つけますぞ!それでも良いというのですか!」

 大きな音の出る木の棒を打ち鳴らしながら彼は現れた。禿げた頭にひだひだのついた真っ白なシャツ。分厚い革のベスト。年齢は40前半。

 「いいかエテ公!先ずは人間様に会ったらどう挨拶するのかを叩き込んでやる!」

 とはいえ、猿程度の挨拶は簡単なので、僕はなんなくご褒美のバナナを貰えた。


 ーー哀れなやっちゃなぁ……

 と、頭の中で声がする。ここしばらくの辛い生活でいつの間にか現れた、僕の一人だけの話し相手。

 それは、この唯一の友達。

 寂しさを紛らわせようと必死に自分を勇気づける内に、自分が考えているのか何なのか良くわからなくなり、最終的には自動でツッコミをいれてくれるようになった、関西弁なのはツッコミがメインだからだろう。所詮僕の想像力、それが限界なのだ。

 ーー名前はまだない……

 最初は頭がおかしくなったかと思ったが、結果的に一人言に過ぎなかろうと、誰とも話さないでいたら狂ってしまう。とはいえ、幻聴に名前までつけたらそれはいよいよ自分が狂ったことを認めることになる。


 今の僕は、給料をバナナで貰っているようなものだ。

 いや、ただのエサやろ......というトモダチのツッコミは聞き流す。

 それより問題は挨拶の後だ。僕は猿にしてはいささか身軽さに欠ける上、脚部損傷の永続異常を与えられているので、猿がこなすべき芸がてんで駄目だった。

 腹を立てた調教師は、ご褒美以外の食事をさせないように商人を言いくるめた。それからは地獄だった。

 僕は長い間、猿のように足を手のように器用に使えるように訓練し、するすると樹木に登り、命令された木の実や花のいちばん多くついた枝を折ってきたり、火のついた輪っかをくぐったり、逆立ちして階段を登ったり、ボールや椅子や梯子の上でバランスを取ったり、バランスを取りながらジャグリングしながら歌ったり......

 僕はいつも空腹で、毎日眠れないほど筋肉痛だった。ある日、ステータスを見ると、軽業師とジャグラーがついていた。給料がバナナでも仕事として認められる......そう、種族が猿ならばね。

 ーー割と余裕あるやん。

 ーー無いです。

 そのあと、寸劇やコントのようなこともやらされるようになる。ある日調教師が、「買い主のペットとも上手くやれなければならん!」と宣言してからは、他の動物(先輩と呼ばされた)と芸をするようになり、しばらくすると。猛獣使いが新たなジョブとして追加された。多分最後の方でライオンみたいなのに乗らされたからだろう。生きた心地がしなかったが、芸が終わるとライオン先輩は顔を舐めてくれた。

 そんな期間が永遠のように続く。その間考えることと言えば、未だ見ぬやさしい買い主のこと。

 栗毛の可愛らしい女の子で、お猿さんをいつも抱っこしてくれる(勿論体重的に無理だろう)そして一緒の布団に入り、僕はご主人様を襲ってしまうのだ(当然だ)猿のように腰を振る僕。次第に抵抗も弱くなり、火照ったからだをよじるご主人様の、幼さの多分に残るまるっこいからだは白いさらさらのネグリジェに被われていることだろう。

 ーー(絶句)

 「......やめて。ジロウ(女の子がジロウなんて付けるだろうか)駄目よ!」しかし言葉とは裏腹に抵抗は徐々に弱くなり、それが何なのか、初めての快楽に戸惑い、気付き、しかし認めようとしない彼女を僕のもので断固としてかき回しーー

 ーー(絶句)

 「ヘパイストス!オークションに出るぞ!」

 「......!」ヤバい。息子を握るところだった......

 ーー何やっとんねん……

 とりあえずお辞儀と挨拶をする。

 「うむ。こんにちはヘパイストス。しかしもうヘパイストスではなくなってしまうかもしれんがな。ははは。さぁ、調教師の先生もこちらに」

 とりあえずお辞儀と挨拶をする。

 「ヘパイストス!てめえはもういっちょまえの芸人だ。いつサーカスに出してもちゃんと客を喜ばしてやれる。絶対だ。この俺が保証する」

 調教師にそんなことを言われたのは初めてのことだったので、僕は涙を流した。

 「良く頑張ったな。お前は最高の雄猿だ!」

 「......あ、あありがとう、ござい、ます」

 「!」

 檻越しに、禿げた調教師と抱きしめあった。長い包容のあと、調教師自らが身体を洗ってくれた。毛がチクチクしてむず痒かった。

 身なりを整え、髪を切り揃え、迎えたオークション。壇上に檻はない。裸に首輪。リードを商人自ら握っている。緊張した面持ちだ。

 「(可愛い女の子に競り落とされるんだ!)」

 そして幕が上がる。

 果たしてそこに可愛い女の子の姿はあった。出品されるのが珍しい猿だということで、子連れで見に来ているものが多いのだろう。

 まず僕に鑑定魔法がかけられ、下品猿という種族名からの紹介に入る。時折笑いが起こった。好感触だ。続いて、商人によって幾つかの芸を披露させられる、ざわめきを司会がおさめ、苦労して得た静けさの中、最後に歌を歌うと、客席からは割れんばかりの拍手が起こった。

 そして、競売が始まる。

 金額はつり上がり、商人はその度にああんといやらしく喘いだ。

 ーーちょっとうるさいであのオジサン。

 ーー確かに。おや?

 どうやら決まったようだ。

 「それでは!世に珍しい喋る下品猿は。ガッチム公爵にお買い上げ頂きました!」

 ーー名前もさることながら、ガッチム様は素晴らしい胸板とギャランドゥをお持ちだった。ゴリラの獣人、ではないと、思う。

 ーーうはぁ......

 僕は売れてしまった。オークション会場の取引用の部屋は壁にまで絨毯が敷き詰められている。

 ーーしっかしごつい……

 間近に見るとガッチム様は僕の2倍はあった。

 「宜しく!猿くん!ははは!」

 油が染みだしているようにテラテラと黒光りする肌に乱れた前髪を貼り付け、いかにも肉体派な笑顔で僕に近づいた。分厚い黒人じみた唇から真っ白で粒の大きい歯がこぼれる。第一印象は絵に描いたようなラガーマン。

 「いけませんぞ。いきなり脅かしては」

 「ーーおお、そうだったね。許しておくれ」

 取り敢えず挨拶をすると、ラガーマンは感激し、さぁ早くサインさせるんだ!と商人を囃し立てた。

 僕は部屋の隅にリードで繋がれ、その様子を見ていた。そして、馬車に数日揺られ、見知らぬ屋敷にやってきた。

 「(城じゃん......)」

 僕の入った檻は2階の角部屋に設置され、すぐにお披露目となった。

 調教師に何度も教えられた挨拶をすると、「また変なものを買って」と苦い顔をしていた女性が、「何て賢い猿なんでしょう」と驚いた。

 最初こそ物珍しさも手伝って良かったのだが、可愛がってやろうと女性が近づく度に息子が起き上がってしまう。これが最高にウケが悪く、二週間もすると女性は寄ってこなくなった。

 服でも着せてくれればよかったのだが、この家にそういう趣味は無いらしい。

 そんなわけで、娘さんと一緒の布団で......などということはあり得ないのだった。そもそもこの家に娘さんがいない......

 娘も、息子も居ない奥方の名前はリエルという。貴族の血が入っている、血の薄い獣人だという。人間ーーピボックが猿から産まれたものなら、彼らの祖は聖なる獣であるらしい。正式な貴族ではないものの、気位が高い彼女は上品な物腰が所作の隅々に行き渡っている。

 そんな彼女の話をされた後、僕は奥様に近くに来るように言われたが、その時も『発情』が発動し、それが奥様の目に入り、一瞬で僕は嫌われた。

 以来、彼女は現れなかった。

 僕の世話ははじめ、メイドがすることになっていた。これはメイド達がものめずらしさから希望したものだが、同じような理由からその数は減っていき、最後に、先輩のメイド達に虐められているらしい若いメイドが残ったが、彼女は僕を度々棒でぶった。

 それは『しゃべる猿』に対する行為としてはいささか頭の悪い行為に思われた。

 なので僕は彼女がすこし哀れに感じられて、何も言わなかったが、何も言わないからといって、別に彼女の暴力が止むことはなく、ただ、途中で、痣が残ることに気づいた為、やたらに殴ることは無くなった。

 「全く……誰彼構わずおっ起てるからだぞ」

 と、僕の排泄物を片付けながら男の使用人が喋る。彼は心底臭そうにしながら、僕がメイドに襲い掛かり、その為殴られた。というお決まりのストーリーを聞かせてくれた。

 「全く、こんな良い家に飼われて、只寝て飯貰って、気楽なもんだよ……」

 頭を殴られたような気がして、僕は何も口にしなかったが、表情に出てしまったのだろう。男は息を飲んで後ずさった。

 こういうことは度々あった。良くないと判っていても、何でこんなことしてるんだろうという思いが時に抑えられなくなり、態度に出てしまうことがある。

 そんな時は、先生に教わったジャグリングを練習したり、闇雲に身体を鍛えたりすると、心が休まった。単純に、長い檻の中の生活でストレスが溜まっているということも大きいだろう。

 筋トレをこんなに長く続けられたのは正直はじめてだ。もしかすると、僕も完全に現実の僕と同じわけではないのかも。そうしているうちに、レベルはそのままだけど力や体のパラメーターが力が微増しているのに気付いた。心なしか逞しい体つきになったように思う。

 メイド達に世話を嫌がられ、真顔の使用人に真顔で世話される日々。時折彼らの心ない言葉に傷つき、時折ガッチム公爵の僕に対する失望と愚痴を聞いて暮らす日々を送っていたある日、使用人の間から、去勢というワードが聞こえてきた。

 ーー去勢て......

 どうやら、メイドを襲うという話は彼らの間で一定の市民権を得たらしい。あの気持ち悪い猿のせいで、最近夫婦の仲がよろしくないのでは……と。そこで、去勢して取り敢えず下品な癖を取り払い、芸は達者なのだし、奥さんに気に入って貰ってはどうかと、ガッチム公爵の側近から提案があったのだ。

 これに怒ったのは何故か奥さんで、といっても、旦那が何を言っても怒るような状態だったのだが、結果折衷案として「つがい」を見つけてやったらどうか。ということになった。

 そして目の前に猿が居る。

 ーーて本物のお猿さんやないかーい......

 突っ込みも思わず関西風になる。

 本物の猿だ。メスなのだろうが、正直雄もメスも区別なんてつかない……訳ではないが、性の対象ではない。

 「駄目じゃなくて?」と奥さんがガッチム様を鋭い視線で射ぬく。

 「もう少し、様子を見よう」ガッチム様の額には脂汗。

 「......(いや、駄目だろ)」だってキーキー言ってるもの......

 その日から、毎週(ファーランドでも一週間は7日だ)、別の猿や、たまにゴブリンみたいな良くわからない生き物が、檻を訪れた。生活に飽きに飽きていた僕としては、微笑ましい気持ちで毎週檻に入れられる猿達と戯れた。

 娯楽と呼べるものの一つさえ無い生活の中にあってそれは、飼い主達の意図をはひとまず差し置くとして、とても心踊る時間だった。

 しかしある日檻に入れられた一匹の猿を見て僕は血の気が引いた。

 それは現実で同じ学校に通った同級生の女の子だったのだ。名前は沙原、沙原萌。

 ーー同級生だから血の気が引いたのではない。

 ......彼女が変わり果てた風貌だったからでも、裸だったからでもない。




 ......彼女が醜い動物サルにしか見えなかったから、僕は驚いたのだ……



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ