愚兄と詐欺疑惑
「京ちゃんはさ、いつまで居座る気なのかな? 」
「愚兄の彼女さんが家から帰るまでですね、にいさん」
「うん、明確な時間がわからないかなそれ」
「そーともいいますね」
「いやなにソファーで寛いでるの!? 帰ろうよ! 」
【ねえ、にいさん】
時は遡ること1時間前、一緒の家で暮らしている愚兄からの一言が今回の発端だった。
「おはよ、ございます」
「おはよ、京」
朝起きてから髪の毛がぼっさぼっさの愚兄に、いつも通りの挨拶をし、顔を洗うため洗面台に向かう。そんな時、後ろから愚兄は、日頃行う挨拶のように、まるでそれが当たり前にする動作のように言い放ったのだ。
「あ、もう少ししたら彼女くるから」
洗面台の鏡に映る自分の目が大きく見開いたのを見てしまった。嘘だろ。
「彼女、いたんです? 」
「ああ」
たったの2文字の肯定。目を一度軽く閉じてから開いた自分は、ドライヤーを使いながら髪を整える。ゴオオとドライヤー特有の音がやっぱりいつもの日常感を表していた。音は相変わらず大きい。
「髪の毛ぼっさぼっさのくせに? 」
「あ?」
地獄耳。
ついつい関係のないことを口走ったのは許してほしい。女の気がつい先日まで全くと言っていいほどなかった愚兄の突然の報告、流石に驚いてしまった。なんて、心の中で言い訳しても仕方ないけど。でも、やっぱり、
「まじですか? 」
「まじですよ」
詐欺とかじゃないの?
「って感じです」
クッションを抱きしめながら、ソファーの上に座り込んだ自分を見て、立ったままのにいさんは訳がわからない、とでも言いたげにこちらを見る。
「こっちが、まじですか!だから ! もっと詳細をくれないかな? 僕の家に来ることになった! 」
「僕‥‥」
「そのありえないものを見る目やめてくれない? それで、それからなにがあったの? 」
「それからーー」
あ、逃げ損ねた。
そう、感じた時にはもう遅い。玄関先から勢いよく扉を開け通路を右に曲がろうとしたところで鉢合わせ。
愚兄の髪はやっぱりぼさぼさだった。
「あ、そいつが今日紹介するって言ってた京」
「こんにちは、私お兄さんとおつき合いさせて頂いてる真田晴美です。よろしくね」
第一印象は、優しそうな人だった。肩にかかる艶のある茶髪が、真田さんが小さく頭を下げる時に靡いて綺麗だった。
「‥‥こんにちは」
自分も小さくお辞儀をする。自分の癖っ毛の前髪が目に入ってきて少し痛かった。
「あれ? なんでお前バッグ持ってるんだ? どこか行くのか? 」
こんな時に限って余計なことに気づく愚兄。勘付かれたなら仕方ない。自分はそんなことを思いながら、走り出す。
「はい、ちょっと急用です。お二人はごゆっくり! です! 」
愚兄の制止の声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
ーーー
「そのまま、にいさんの家まで走ってきました! 」
「走ってきました! じゃないよね? これ明らかに最初から逃亡する気満々で、逃げようとしたところをお兄さんとその彼女さんに鉢合わせしちゃった感じだよね? 」
「そうともいいますねー」
そんなにいさんの発言をてきとうに流しながら、自分のバックをソファの前にある木製のテーブルの上に置く。その隣にあるテレビのリモコンを手に持ち、電源をつけた。さっきまでにいさんの大きな声が響き渡っていた部屋に、テレビからの少し機械的な音が響く。
「居座る気まんまんだね!? 」
番組表からみたい番組を探していた自分は、無言で音量を大きくした。