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Artist!

作者: 灰出崇文

一人ぼっちのクリスマスを送る貴方に捧ぐつもりでした。

 すらりと長い脚、小さな顔、柔らかな腰、細い肩、綺麗なくびれに青さの残る胸。均整の取れた体に纏わりつく、夜明けの色のサテン。

 大きく開いた袖から程よく筋肉のついた白い腕をこちらに向けて、空色の目を切なげに細め、唇には薄く笑みを浮かべている。


 ふふふ、我ながらいい出来だ。僕は彼女の頬にそっと赤みを入れた。


 ――君は僕の最高傑作だよ。


 彼女に語りかける。


 ――みんなにそうやって言うくせに。


 彼女は頬を赤らめて、からかうように僕を見た。



「うわぁ……ヲタがまた自分で描いた絵見てニヤけてる」


 ……作品との対話を邪魔する声がする。

 緑原さやかとか言う悪魔の声だ。孤独を好む僕に、『幼馴染である』その一点だけで絡んでくるうっとうしい女だ。同じクラスかつ、家は隣同士で親同士は仲良し。今の僕に彼女から逃れるすべはない。


「ヲタって言うな。僕は大林光ですぅ」


 思いっきりうざったらしく言ってみる。


「オオバヤシ オタクの間違いじゃないの」


 さやかはポニーテールを揺らして僕を睨んだ。さやかよ、それは二次元女子がやるから美しいのだ。お前がやっても嬉しくない。こんなこと彼女の前では口が裂けてもいえない。殴られてしまうから。


 さやかは俺の絵を見て、大きなため息を吐いた。


「美術部なのに対抗戦に出ないなんて、ほんっとワケわかんない」





 対抗戦。正式名称を全国電子光筆技能対抗戦。


 15年ほど前に実用化されたVR機器が一般大衆に浸透してから、VRを利用した様々なコンテンツの拡大が図られた。映画、ゲームはもちろん、スポーツまでもが『現実を拡大された現実』のなかで行われるようになったのである。

 拡大された現実の中で行われるものの中に、『仮想芸術』というものがある。仮想現実の世界で、音楽、美術、文学などを表現するだが、その表現方法が一風変わっている。


 一番最初は音楽だった。

 7年ほど前、『Musik(音楽) Der Kampf(の戦い)』というゲームが売り出された。現実世界でのプレイヤーの演奏を仮想世界での魔法や武器、防具に変えて戦うというゲームで、クラシック音楽のみという制約はあるものの、その発想の斬新さとグラフィクの美しさから社会現象にまでなったゲームだ。


 仮想芸術はどんどん広がっていった。小説や随筆で箱庭をつくる『文学の箱庭』、ポピュラーミュージックに対応した『Music Battle Ⅱ』、能や狂言を冒涜しているとしか思えない『能楽堂だんしんぐ』、短歌、詩、俳句を競う『うたあわせ』、立体造形で戦う『みけろだ!』などなど。


 そして、5年前に『電子光筆』が開発された。電子光筆で描いた絵を仮想世界で実体化させ、戦うという格闘ゲームだ。公開当初はMDFの二番煎じだと相当な酷評をされていたおぼえがある。


 しかし、革新派として有名な大手広告会社が社員選考の一環として電子光筆を採用。大手企業のデザイン部門などでも電子光筆が取り入れられ始めたのを重く見た全国高校生美術部連盟が、全国電子光筆技能対抗戦を開催した。これは正規の全国大会なので、内申書に書ける。内申書に書けるゲームとして競技人口は膨れ上がり……悲しいかな! 美術部は架空武器スケッチ部と化してしまった。 





「上手いのにもったいない」


 さやかはまたため息を吐いた。


 ちなみに彼女も電子光筆ユーザー――Artist――である。県大会に出場した実績もある。――といえば聞こえはいいが、実際彼女の絵のおぞましさは尊敬に値するほどで、円盤投げで鍛えられた手から紡がれるのは深淵のもの共である。

 さやかと当たったArtistはほぼ棄権か戦意喪失、ごくまれに立ち向かってくる人も絵を直視できずにあっさり負ける。そんなこんなで県大会に出場し(まあ三回戦で敗退したが)、ついたあだ名が『宇宙的恐怖』。恐ろしい女だ。


「僕は特に個性もないからあっさり負けるだろうし……」


 さやかの目が怖い。べ、別に君の絵について言ってるわけじゃない。確かに君の絵はセンスと個性の塊だけど。


「それに、二次元美少女以外は描きたくないし」


 電子光筆で最もよくかかれるのは武器である。身体能力が関係しない仮想現実内ではどんな武器も扱えるからだ。

 僕は女の子が好きだ! ただし二次元の。だから武器は描かないし、対抗戦にもでない。暴力はんたーい!


「もう、いっつもそれなんだから」


 さやかの声にあきらめるような調子が混ざり始めた。これ幸いと僕は絵の続きに没頭する。


「あんたをやる気にさせるなんてドダイ無理な話でしたよーっだ。ふんっ」


 ふっふっふ、そうだろうそうだろう。なんたって僕は大林光だからな。勝ち誇った気分でレオナちゃん(仮名)に筆を入れていく。あなたはだんだんきれいになる。どうしてこんなにきれいになるのか。ふふふふふっ。

 後ろでさやかがなんかカチャカチャやってるけど、知らん知らん。



「……なーんてね」


「えっ?」


 後ろからゴーグルを装着される。抵抗するも……強っ、さやか、つよっ。ゴリラかよ。

 楽しそうに笑う息が耳にかかる。うわぁーゴリラに食われる。スイッチを入れられ、俺の体は現実を離れ、仮想現実へ……





 目を開くと、広いフィールド。案の定電子光筆に繋げられたらしい。美術部の備品を使ったな、卑怯者め!


 手の中には金色の羽ペン。前を見ると不適に笑う『宇宙的恐怖』。目の前には試合開始までの秒数が大きく表示されている。

 僕は覚悟を決めた。迷っている暇などない。大きく息を吸い込む。



「っ負けましたぁっ!」


 カウントは消えない。『宇宙的恐怖』は実に楽しげに笑っている。


「残念、そういう時は『棄権』の意思をちゃんと表明しなきゃ」


 くそっ! 初心者に対してなんたる……なんたる不親切! あいつは鬼女か!


「棄権し


 ――戦闘(Battle)開始(Start)――


「うわあああああ暴力反対! 暴力反対! 暴力反対! 我々は文明人だ! 争うのは止めようじゃないか!」


「うるさい二次ヲタ」 


 魂の叫びも空しく、さやかの筆は軽快に踊っている。今敗北宣言をしたら僕はあいつに殺される! 僕には分かる! だって幼馴染だから! どうする、どうする僕! ――はっ、ひらめいた!


「顕現、ガトリングガン!」


 さやかの声。顕現、とは絵を実体化するときの起動語だ。よし、ぎりぎり間に合った! 間髪いれずに叫ぶ。


「顕現、アイマスク!」


 手早く装着。一安心。暗闇に安堵するのは初めてかもしれない。ふう。




「行け、ガトリングガン!」


 ……ん? 『行け』だって? 嫌な予感が……する。


  ズルッ……グチュ……ヌチュ……ズズズズッ……ブチュ……ズルズル……


 音が響く。近づいてくる。近づいてくる。近づいてくる。冷たい息遣いが聞こえる気がする。首筋に冷や汗が伝う。


 金属のような冷たさを持った何かが俺の脚に絡みついた。僕のやわらかい(?)素肌に触れる。


「ひぃっ?!」


 もう一本増えた?! 胴に巻きついたソレが肋骨を締め付ける。


 ぐちゃあ、と何かが首を伝った。


 アイマスクが外される。いやだ、やめろ、やめてくれぇ。


 ギュッと目をつぶる。首につめたい感触。


「ひやぁっ?!」


 僕はやってしまった。目を開いてしまった。








 腐れ縁の幼馴染は、私の描いたガトリングガンを直視して、白目を剥いて脱力した。


「ちょっと、ヒカル?!」


 ためしに一発撃ってみる。ぐちゃあ、と生々しい音を立てて粘液状の弾が射出される。目を覚ます様子はない。


 ガトリングガンの頭部(?)がこっちを見て、首をかしげた。


「はあ……そいつから離れてやって」

「きゅ!」

 肯定の声をあげて、ガトリングガンはずるずるとこちらに戻ってくる。


「こらー起きろー」


 頬を叩くも、反応がない。


「嘘でしょ」


 もう、ヘタレすぎ。私は諦めて声を張り上げた。


「こんなの無効試合よ、ムコウ」


 目の前に輝く文字。この文字を見るのは久しぶりだ。


「この試合を無効試合とします。両名エスケープしますか?」


「はい」


 視界が白く染まる。









「はっ! 夢か!」


 いやはや、酷い夢を見た。あんな冒涜的な生物を夢に見るなんて、僕は疲れているに違いない。頬が冷たい。机に突っ伏して眠ってしまったのか? 相当疲れてるみたいだな。まあいいや、おやすみなさーい。


「夢じゃないって」


 さやかの声。僕はハッと目を開く。よみがえる記憶が脳内を回る、回る。ザザアッと鳥肌がたった。


「な、なんなんだよさっきのは?!」


「何って、ガトリングガンだけど」


 いやいやいや。いやいやいや。もひとつおまけにいやいやいや。


「嘘だろ?!」


 あれの外見はそんな洗練されたものじゃない。描写するのもはばかられるおぞましさだった。忘れよう、うんそうしよう。


「そういえば、ソレ、いいの?」


 さやかの心配するような声にハッと気がつく。いま、僕の左頬の下にあるのは……


「レオナちゃん(仮)!」


 ああ、僕の可愛いレオナちゃん(仮)。久しぶりにアクリルガッシュなんか使って油絵の真似事なんかするからこうなるんだ。ふためと見られぬ顔になってしまって……。ああ、君の事は忘れない。ぐすん。


「……ごめん」


 しおらしくされてもほだされないぞ。元はといえばさやかのせいだ。

 頭の中で回る言葉をぐっと押し込めて、一番言いたいことを言う。



「謝るよりもあの異世界生物の絵をどうにかしてくれるほうが嬉しいです……」








 夕日の長く伸びる美術室のなかに、僕はひとり座っている。


「帰ろうか」


 独り、つぶやいて立ち上がる。ぐちゃぐちゃの(故)レオナちゃんと、幼馴染にぶたれた頬を携えて。 

高村光太郎『智恵子抄』より一部


もしかしたら続きをかくかもしれなくない。

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