第二話 覚醒する神槍
先輩と別れ、俺と純恋は行きつけのスーパーに入った。
「何買うの?」
「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、鶏肉」
「またカレー!?」
「またとは何だ」
純恋は頬を膨らませるが、可愛いだけで怖いとは思わない。まあ俺に作れるのはカレーくらいが関の山で、純恋は根っからの魚派と来ればそういう反応なのも致し方ないんだが。因みに前に創作で魚肉入りカレーを作ったら三日口を聞いてくれなかった。あれは冗談抜きで死にたくなった。
「とはいえ冷凍食品のナポリタンなんぞ買ったら、それはそれでお前怒るだろ?」
「うー……」
そんな会話をしながら目当ての野菜を次々籠に入れていると、見慣れた姿を見て思わず声を上げる。身長は俺より少し高く、髪は金髪に染めて短く刈り込んでいる同年代の少年……つーか思いっきり知り合いだ。中学まで同じだった三条大輔、気のいい奴で正義感も強いんだが、如何せん喧嘩っ早い上に腕も立つのが困りもの。この前は高校で単位の為に気弱な女子を教師相手に売春させようとしていた札付きの女子グループのリーダーを、顔面殴打の末に前歯を二本圧し折ったなんて話もあったくらいだし。確かにやってる事は心底クズな女だったんだろうが、だからっていきなり顔面行くか?男女平等も限度あんだろ。
「よう聖人!今日も兄妹仲が良いようで結構結構ってな」
「大輔も相変わらずっぽいな。いじめやってた女子グループのリーダーを半殺しにしたって噂が流れてたぞ?」
「ああアレか。それなりにマジな奴だ」
大輔は肩を竦め、籠にサバのパックを放り込んでいく。俺も特にその件について言及する気もなかったので、どうせ世間話をするならこっちが良いと夕食のメニューに話を移した。
「その様子だと、サバは焼くのか?」
「いや味噌煮にする。そっちのが飯の進みが良いんだよ。俺も弟達も」
大輔の家には小学生の弟が三人いるのと、父子家庭で父親が長距離トラックの運転手というのもあって家事は大輔の担当になっている。喧嘩っ早さとそれによって生じる被害のお陰で不良扱いされちゃいるが、正直損してると思う。
「サバ味噌かぁ。確かにご飯が進むんだよな」
「あれさえあれば俺は丼で三杯食える」
全くだ。とはいえ俺は作れないんだけどな。そんな事を考えていると、考えが読まれたのか大輔は「多めに作るから後で持って行ってやる」と言って買い物に戻っていった。
「お兄ちゃん、私大輔さんと結婚したいかも」
「やめなさい。お兄ちゃん許しませんよ」
口にはしないが大輔は巨乳好きだ。純恋の成長がどれだけのものになるかは分からんが、小学五年生でブラジャーつけ始める子がいる事を考えると純恋の場合はかなり望み薄と見た。
「お兄ちゃん、私今思いっきりお兄ちゃんを蹴りたくなったんだけど?」
「気にするな。未来は不確定で誰にも分からないんだから」
「やっぱり変な事考えてた!」
勘の鋭い妹だ。そういや純恋の友達の……なんて言ったっけ。やっぱり友達と比べて色々と思う所があったのかもしれない。俺はそんなしょうもない事を考えつつレジに向かった。一応ご機嫌取りにタケノコを模したチョコレート菓子も籠に入れてからな。
スーパーから自宅までは精々五分程度。そう思っていた矢先の事だった。
「お兄ちゃん、あれ何……?」
一言で言うなら、それは異常。ヒトなのか獣なのかすらも分からない、唯の存在。分かるのはそいつが紛れもなく破壊と殺戮を望んでいるという事くらいだ。何故分かるかって、あんな濃い鉄臭さを漂わせた血塗れの爪をベロベロ舐めながら笑ってたら嫌でもそう思うわ!あれを見て「ケチャップうめえ」と解釈する奴がいたら、間違いなくそいつは真正の大馬鹿野郎に決まってる!
「純恋、俺がこいつを奴に投げつけたらとにかく走れ。誰でもいい、大人を見つけて報せろ」
「お兄ちゃんは!?」
「時間くらい稼いでやる。大輔には負けるが、俺だってそれなりに喧嘩はしてるんだ」
これはマジ。中学時代は大輔と二人で結構暴れてたんだ。近所の不良高校生を二人でのしたり、校則違反だとかほざいて校門前で女子生徒を丸坊主にした生活指導に下剤入りコーヒーを飲ませた後でケツを箒の柄で思いっきり突いたりとか……ん?ちょっと下手な不良より性質悪い事やってたか俺?まあ気にしない。
「グルルルル……!」
「もうちょい待てってんだよ全く……走れ!」
買った野菜や肉の入った袋を投げつけ、純恋が逃げ出すのを確認して俺は後退しながら構えを取る。これで鶏肉に食いついてくれればその隙に純恋を抱えて逃げられたんだが、生憎とこいつは食う為に人を襲っている訳じゃないらしい。となるとやっぱ覚悟決めないと駄目か。
「わっと!」
横っ飛びに突撃をかわし、ゴミ捨て場に落ちていた鉄パイプを手に取る。というか今日は可燃ゴミの回収日じゃなかったか?今はありがたいけど。
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!」
「このっ!」
振り降ろされた右の爪を外に打ち払い、逆方向へと跳ぶ事で攻撃をかわす。手首を打った筈なのに一向に堪えた様子が無いのは結構傷つくぞ。とにかく倒す必要はなく、純恋が助けを呼んでくるまでの間に生存し切れば俺の勝ちだ。問題はそれが五分後なのか一時間後なのかも分からないって事なんだが。続く攻撃をいなそうとした途端、ベキンと間の抜けた音をたてて鉄パイプは真ん中辺りから圧し折れた。
「うわ信じらんねえ!ここ一番で折れやがったよこいつ!?」
欠片が頬を切ったのが分かり、頬がじんじんと熱を帯び始めた。だが熱と痛みを感じるという事は生きているという事でもあるのだし、それを認識出来るだけよしとして俺はひた走る。とにかく家から離れ、母さんの通勤に使う道からも外れた場所へ誘導していると俺と奴の物ではない足音が聞こえた。
「お兄ちゃん!」
「君大丈夫か!?後は私に任」
純恋が呼んだのだろう、中年の域に片足を突っ込みかけていた警察官は拳銃を構えたその姿勢のままゆっくりと倒れる。その数秒後に首が胴体から離れて転がった。
「こいつ、マナを斬撃にして飛ばしやがったのか……え」
そもそもマナって何だ?いやそれ以前にどうして俺にそんな事が分かる?俺は全く理解の及ばない状況に混乱しながらも、青褪めて悲鳴をあげる事も出来ない純恋を抱えて逃げようとしたその矢先だった。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
「がああああっ!?」
背中に鋭利かつ長大な何かが突き刺さる感触。それは肺を貫き心臓にまで達したのが感触で分かった。
「い、嫌あああああああああああ!!」
飛び散る血が純恋の頬にかかり、俺は痛みより先に妹の顔を汚した事の罪悪感の方が来てしまう。人間って極限状態になると意外と変な事を考えてしまうらしいが、まさかこんな事で体験するとは思わなかった。
「す、みれ……逃げろ……」
痛みで意識が飛びかける中、何とかそれだけは言う。しかし俺の腕から放り出された純恋は腰が抜けたのか身動きが取れなくなっていた。また俺は守れない?いや、今度はこれまで繰り返してきた中でも最悪に悪い。そもそもまだ出会えてすらいないんだぞ?そんな元々誰の記憶なのかも分からない感情に振り回され始めたその時、俺は自分の心臓が痛みとは違う熱を持ったのを感じた。
「これは……!?」
皮膚と服を通してなおも分かるくらいに強い光。それは俺の心臓に刻み込まれているらしい何かの紋章だった。それを強く意識した瞬間、ビデオを巻き戻すかのように傷が塞がり抜けた血が元通りに回復する。だがまだだ。この光に俺自身が形を与えてやらなくちゃならない。かつて幾度となく共に戦場を駆け、数多の敵を屠ってきたその姿を名前という形で。
「来い……!」
それは一振りの槍。俺の身長よりも長い柄と雷を司る事を示す穂先。その名を俺は知っている。
「ブリューナク!!」
紋章は光となり、光は俺の手に収まり雷光と化して砕け散る。はっきりとした手触りは間違いなく慣れ親しみ使い慣れたあの槍だ。俺が何故こいつの使い方を知っているのかとか、そんな事は今はどうでもいい。目の前には俺と純恋を狙う化物がいて、今の俺にはこいつと戦う……いや殺せる力がある。それだけ分かっていれば十分だ!
「来いよ。さっきみたいには行かないからな!」
槍の穂先から放たれる雷光が獣の手足を焼き、根本から消滅させて地面に転がす。さっきまでの脅威は何だったのかと思いたくなるくらい簡単だが、それではまだ俺の気が済まない。
「無様に死ねケダモノが!」
「ゲグアアアアアアアアアアア!!」
顎から脳髄を貫き、腹を踏みつけて更に心臓へと一撃を叩き込む。肉を裂き骨を砕く感触と飛び散る血飛沫がどうしようもなく俺を熱くするのを感じ、もっとと叫ぶ本能のままに俺は槍を振るった。
「お、お兄ちゃん……?」
僅かに原型を留めていた頭を自分の足で踏み潰し、一息入れたところで純恋の声が耳に届く。その瞬間沸騰していた俺の全身は、一気に冷や水をぶちまけられたかの如く冷え切った。
(俺、今何をやった?こいつを殺し、壊すのが……楽しくて仕方がなかった?)
ついさっきまで捕食者だった相手が獲物に変わり、追われていた俺が狩る側へと回る。言葉にすれば唯それだけの事でしかなかったが、それがあんなにも楽しかった?
「っ……!」
まるで全身の血が凍りついたかのような悪寒と共に俺は意識を手放した。純恋の悲鳴が耳に残り、罪悪感が余計に募ってしまう。
(あ、晩飯どうしよう?)
意識が完全に落ちる寸前、俺の頭に過ったのはなんつーのか……そんな事だったが。
頭に乗せられたひんやりとした感触。これは何だろうかと目を開け、そこには何故か沖田先輩の顔があった。
「目が覚めたのね」
「先輩、何でここに……あれ?」
目を動かすと、そこは誰が運んだか俺の部屋だと分かる。部屋の隅では純恋が毛布に包まって眠っていた。口元にケチャップがついているが、何を食べたんだ?
「オムライス作ったのよ。とりあえずお腹に食べ物入れといた方が気持ちも落ち着くだろうから。それにしても見かけによらずタフな子ね。あれだけの事を見ておいて、必要な事だと理解すればちゃんと食欲を出せるんだから」
「ああ、なるほど」
さっきは凄惨な現場を見せてしまったので、アフターケアを先輩がしてくれたのなら助かる。しかしあの一連の光景はやっぱり事実だったのか。俺は礼を言って起き上がろうとし、手足に全く力が入らない事に気付いた。
「あ、あれ?俺何で……」
「マナを消費し過ぎたのよ。神話級聖遺物をいきなりあんな全開で振り回したんだから、仕方ないけどね」
マナ?そういえば戦いの中ではそれを理解していた筈なのに、今では記憶に霞がかかったように思い出せない。
「これって時間が経てば回復したりします?それ以前にマナが何なのかもさっぱりなんですが」
「少し長くなるけど、説明した方が良いかしら?」
是非ともお願いしたい。俺がそう言うと、先輩は少し顔を赤らめながらも頷いた。あれ、今の会話に赤面するような要素あったか?
「一つ目の質問だけど、マナは基本的に眠れば回復するわ。でもそれだと時間がかかるから……」
「!?」
先輩は俺に覆いかぶさり、髪をかき上げてからそっと目を閉じる。え、ちょ、マジか……っ!?
「ん……」
唇が重ねられ、俺は頭が真っ白になる。人生初のキスが憧れの先輩とってのは願ったり叶ったりだけど、この人命救助染みた状態なのは如何ともしがたい。ってあれ?何か先輩から流れ込んでくるような感覚と共に、徐々に俺の手足に力が戻ってきた?
「これで、少しはマシなはず……」
「何か先輩の方が消耗してません!?」
「それはそう。私のマナを斑鳩君に分けたからね……でもまさかマナのキャパシティがこんなに違うなんて思ってもみなかったわ」
先輩は呼吸を整えて椅子に座り直した。俺も何とか起き上がる事は出来たので、口に残った先輩の感触を思い出さないようにしながら姿勢を正す。
「じゃあ一つずつ行くわね。貴方が……いえ、私達が何なのか」
To Be Continued.......