第一話 かけがえのない日常
俺の手には一本の槍。対する俺と同年代の男の手には二本の剣。どちらも強大な力を秘めた存在だという事はよく分かる。
「北方の神々も南方の神々も全て死んだ……いや、お前達が殺した」
「ああ……俺達がな」
俺の後ろには共に神々を殺して回った少女が血塗れになって倒れていた。目の前の男の手によって。
「解せんな。たった一人の為に永遠樹に連なる全ての世界と、それらを統べる神々を敵に回すとは」
「俺にとってはそれだけの価値があるという事さ。お前も誰かを愛せば分かるかもしれないぞ?」
男はふっと笑みを浮かべ、腰を落として構えを取った。
「それも悪くはないが、今は俺の使命を果たす。破壊神ディオンと現神リオネラ、お前達の命貰い受ける!」
「させると思うなよ。煉獄神ミカフツ!」
戦いは熾烈を極めた。俺の槍は穂先から飛ばす破壊の光でミカフツの張る障壁と周囲に展開する兵士を次々と屠るが、逆にミカフツの斬撃も俺を蝕んでいく。左目が斬られて視界を奪われ、逆に俺の放った刺突は奴の左肩を貫き吹き飛ばす。だがミカフツは吹き飛んだ左腕が持っていた剣を口に銜え、右手の剣をこちらに投擲してきた。俺は思わずかわしたが、剣は地面に突き刺さると同時に光を放って爆発した。
「リオネラあああああああああああああああ!!」
足場が崩れ、奈落の底へと落ちていくリオネラを追いかけて俺は走る。後ろから無数の矢が降り注ぎ背中に突き刺さるが、それも気にはならない。全速力で飛び出し、リオネラの腕を掴み抱き寄せた。
(絶対に、離さない……!)
「きゃあっ!?」
「……ん?」
抱き寄せた感触と温もりを離すまいとしていると、彼女の声にしては違和感のある声が聞こえた。というか頬に感じる感触も知っているそれより大分小ぶりというか……。
「ま、聖人君?私としては求められたら応えるのもやぶさかではないんだけど、出来たら時と場を弁えて欲しいというか……な、何言っちゃってるんだろうね私?」
「……あれ、理香?何だ理香か」
「……え?」
どうやら俺は授業の合間に寝惚けて、この幼馴染である長瀬理香に抱き着いてしまったらしい。と納得したところで、俺はようやく幼馴染が強張った笑顔でこちらを見ている事に気付いた。おっといかんいかん、ちゃんと離れないとな。
「ねえ、聖人君。言いたい事があるなら一応聞いてあげるよ?」
「へ?」
気付いたら何かクラスの仲間の視線も何かこう、「明日はお肉になるのね」という憐れみめいた視線と「一度死んで来い」という殺意めいた視線を感じるんだが何で?
「理香、何か皆見てる気がするんだけど?」
「そりゃあ皆見るよね。うふふふふふふふふ……なんかぶちって鳴った気がするよ」
「り、理香?その……あちこち大丈夫か?」
そう言った瞬間、周囲から「やりやがった……」という空気が膨れ上がった。解せぬ。
「大丈夫?そうだね、大丈夫な訳がないよね……」
理香の笑顔は普段は安心する笑顔だが、今回はガチで怖い。というか目が全然笑ってないし米神にはでっかい青筋が浮かんでいる。しかも二つ。
「聖人君……ここで私に何やったか覚えてる?」
「ここで?」
「覚えてないのね?」
何だっけ?俺が首を捻っていると、理香は呟くように言った。
「ああ、済まん。残念ながら覚えてない」
本当に残念だ。覚えていればこの災害を回避出来たかもしれんのに。
「そっか、そっかぁ……あんな事したくせに何も覚えてないなんて……!」
誰かー!俺の中で非常ベルがガンガンに鳴りまくっているが、相手が火事か地震か台風かも分からんので対処のしようがない!エマージェンシーコールだ!理香の握りしめた右手がふるふると震えているぞ!?
「もしかしたら、聖人君が求めてくれたのかと思ったのに……!」
「いやそれは無いだろ。教室だぞ此処?」
因みに通っている高校は公立の三滝学園。お隣には俺の妹が通う小学校もあるという非常にありがたい立地の学校だ。偏差値も結構高いんだぜ?自慢じゃないが。
「ちょっと恥ずかしかったけど、聖人君なら良いかなって思ったのに……」
「ちょおおおおおおっと待て!お前は一体何を言ってるんだ!?」
「聖人君、恨むならさっきの自分を恨んでね……?」
俺の突っ込みは恐ろしいくらいに静かな独白めいた理香の言葉に遮られた。つか死刑宣告?これは拙い、ひっじょーに拙い。とにかく謝ろう!何かした覚えがなくとも謝ろう!必要なら床に頭を擦り付けるくらいナンボのもんじゃい!
「ちょ、ちょっと落ち着こうぜ理香!俺が何かろくでもない事を仕出かしたのは分かった、それは謝る済まなかった!」
だが俺の謝罪は遅過ぎたらしい。理香の右手が深く後ろに下げられ、腰にも捻りが入り始める。右足も後ろに下がり上体が低く……あ、これマジで死ぬ流れだ。
「ま・さ・と・く・ん・の……馬鹿ああああああああああああああああああああああ!!」
「ぐわあああああああああああああああ!?」
回避する間もなく叩き込まれた必殺のアッパーカットが俺の顎に芸術的なまでに入り、俺は天井スレスレまで宙を舞った。心なしか、幼稚園の頃から一緒の幼馴染の腰にチャンピオンベルトが見えた気がする。理香、お前なら世界を取れるぞ……。そんな割とどうでもいい事を考えつつ、俺は背中から机と椅子を巻き添えにしながら墜落した。
ズキズキと痛む顎を摩りながら起き上がり、倒れた椅子と机を片付けているとクラスメイトの白石琢磨と佐藤柚希が近づいてきた。どちらも普段からつるむ仲で、余り性別の違いを考えずに付き合える悪友というところだ。
「また災難だったな斑鳩」
「ぶっちゃけあんたの自爆って感じだけどね」
「うっせ」
佐藤はショートカットの髪を弄りながら、何時も持ち歩いているデジカメを取り出す。写真部の彼女は何かにつけ、こうして写真を撮るのが好きだった。だからって幼馴染にぶっ飛ばされた瞬間まで撮影しなくても良いだろとは思うんだが。
「まあ今回の場合、お前は長瀬に抱き着いた訳じゃないってのが最大のポイントだな」
「それがか?まあ、確かに理香に抱き着いたつもりはなかったんだが」
「もしかしてそれって、生徒会長の沖田先輩?」
佐藤の質問に俺は思わず噴いた。生徒会長の沖田咲月先輩は、完璧を絵に描いたかの如き女性だ。年齢は俺達より一つ上の十七歳にして、そこらのモデルが裸足で逃げ出すくらいに端麗な容姿と髪質。体育の授業の時に分かったけどスタイルも滅茶苦茶に良いんだ。主に胸。それでいて文武両道で料理上手(生徒会メンバーはちょこちょこ会長お手製の菓子をご馳走になっているらしい。羨ましい事この上なし)、それらを鼻にかけない謙虚さとお祭り好きな明るさが加われば、彼女に惚れなきゃ男じゃないってくらいにファンが多いんだ。
「いや違う……と思う」
「ンだよ歯切れ悪いな」
「とは言ってもな」
確かに沖田先輩にはどういう訳か、夢に出てくる少女の面影がある。でもそれが単純に俺の願望によるものだとしたら、まんま先輩が出てこないか?そこで先輩似の別人が出てきてしまう辺りが俺もヘタレというか……はい、俺も先輩に惚れてる一人です。というか入学して以来先輩の方がやたらと俺を構って来るもんで、最近理香が機嫌悪いのもその所為か?いや、そっちは間違いなく俺の所為だわな。
「何はともあれ長瀬も根に持つ性格じゃないし、明日になればケロっとしてるさ。多分」
「白石、そこ多分じゃ困る」
「でも長瀬の事は俺よりお前の方が知ってるだろ?」
「そりゃな……」
それこそ好きな菓子から嫌いな虫に何時からブラジャーつけ始めたとかその辺も。つかそこを俺に相談するなってんだ。そんな俺と幼馴染の微妙な距離は、特に何かを生み出す事もないまま変わらずにかれこれ十年近い。多分これからもずっとこんな調子なんだろうと、これといって大した根拠がある訳でもないのに漠然と俺はそう思っていた。
「いーかーるーが君♪」
「おわっ!?」
時間は過ぎて放課後。さーて帰るべと鞄を手に廊下を出た矢先、後ろから誰かが手で視界を塞いだ。
「さて、私は誰でしょう?」
「そういう悪戯をする人は沖田先輩以外いません」
「せいかーい。もう、最近動じなくなり過ぎじゃない?」
さっきも言ったが、先輩は入学当初からやたらと俺を構いたがる。昼休憩に教室へやって来るのは言うに及ばず、帰り道が途中まで一緒なのもあってか時間が合えば必ずこうやって一緒に帰る事になるんだ。ま、二人きりではなく妹も加わって三人だけどさ。校門へ向かいながらそんな事を考えていると、門の前では俺にとってはお馴染みの姿があった。
「お兄ちゃ-ん!」
「お、純恋待たせたな」
妹の斑鳩純恋、小学五年生。正直なところ、本当に俺の妹かと疑いたくなるくらい可愛い妹だ。三つ編みおさげと赤ランドセルはその手の趣味のおっさんなら二秒とかからず一発KO出来そうだし、学校の外じゃ片時も目が離せない。誰だシスコンって言った奴は。
「純恋ちゃんこんにちは」
「こんにちは、沖田さん」
意外な事に、沖田先輩と純恋が思いの外仲が良い。寧ろ最近妹とギクシャクしてるのは理香の方なので、俺としては首をひねっている。まあ先輩は結構人たらしなところがあるし、外堀埋められているとか考えないようにしとくのが良いか。
「あ、そうだお兄ちゃん。お母さんは?」
「テストの問題作るから今日は遅いってさ。晩飯は俺が作るよ」
俺と純恋の母は俺が通う高校で教師をやっている。その為こういうテスト週間になると、家に帰る時間もまちまちになるのが少し困りどころかな。
「そういえば斑鳩君。最近この辺で大きな獣に襲われたって話がよく出ているから、余り寄り道せず真っすぐ帰るのよ?ちゃんと純恋ちゃんを守ってあげてね」
「分かってますよ。会長こそ剣道部だからって油断しないで下さいよ?女の子なんだから」
因みに俺は帰宅部である。
「ええ、心に刻んでおくわ」
先輩は優しく笑うが、正直通じているのかは微妙なところだ。この人結構無茶するタイプだからな。
「じゃあ私はこっちだから」
「はい、お疲れ様でした」
分かれ道で先輩と別れ、俺と純恋はスーパーに寄るべく歩き始めた。だからなのか、先輩が呟いた「このまま人の子として過ごしていければ……」という言葉は聞こえなかったんだ。
今から思えば、それが始まりだったんだ。
To Be Continued.......