第一話 日常の終わり
―スライムってこんなに強いのかよ。
彼、ユウキ・ソウマが初めての実戦に選んだのは、濃い青色のスライム。 魔力値がもっとも低いスライムだ。
液体状で攻撃するにも普通の攻撃じゃ通じないスライムは、経験がないソウマにとっては難敵であった。
スライムはそんなソウマを気にせずに魔力、体力を喰らう。
元から体力が少ないせいか、辛くなってきた。
仕方ない。やっぱりあれを使うしか—。
ソウマは、自分の魔力をエネルギーと変え、稲妻へと変えそのスライムへと放出した。
眩しい光と壮絶な音、地響きがした。
草木が枯れ落ち、地面には大きなクレーター。スライムの姿は跡形もなく消えていた。
「クソッ、また失敗した」
そう声を発した瞬間、どっと疲れを感じた。
スライム1匹に魔力切れを起こさないといけないなんて—。
―いったいいつまでこんなことを続けないといけないんだ。
膝から崩れ、意識は闇の中に吸い込まれた。
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「まいちゃーん!待ってよー!!」
―カーテンとカーテンの小さな隙間から太陽の強い光と元気な子供の声が割り込んで来る。
その中、俺は薄暗い部屋で日課であるオンラインゲームをしていた。これはいつもの日常。平日も休日も、朝も夜も関係ない俺の日常。
そう、俺「結城 颯磨」は16歳にして重度の引きこもりである。
なぜ引き篭もりになったかはあまり口にしたくはないが、約半年は学校に行っていない。これから行くつもりもないし、もし行ったとしても、まず単位が足りないために高校2年生の筈が、高校1年生から再スタートということになってしまう。
後輩になるはずだった奴らと同級生になるのは、恥ずかし過ぎて俺は1日も持たないだろう。
面倒臭いことは何もせず、ただこうして好きなことだけをやっていたいと思う俺がいる反面、今あるものを全て投げ捨て、別の人生を新たにリスタートしたいと思う俺がいる。
ただ、どちらもこの厳しい世界では許されないことだと俺は知っている。ただの願望でもいいから、今はこう思わせといてほしい。
まあ、そんなこんなで俺はこのつまらない世界で、つまらない人生を過ごしている。
そうだ、最後に外に出たのは4日前。そろそろ食材を調達しに行かなければならない頃だ。
俺は、普段通っているスーパーに行くため、だるい体をたたき起こし外に出る覚悟を決めた。
今日の天気は晴天。太陽がギラギラと主張している中、季節外れにも程がある長袖の鼠色のパーカーを着て炎天下の中更に深くフードを被った。
何故か今日は嫌な予感がするのと同時に今までの自分を変えられる気がした。
いつも通りの昼。いつも通りの道。そう、すべてはいつも通りなのだ。何もかもいつも通りだ。変わるなんてそうそう―
―信号の色が止まれを表す赤色だということに、気づいたのは3歩目を踏み出した時だった。
気づいた頃には遅かった。タイヤとアスファルトが擦れる嫌な音と全身の骨が砕かれるような痛みを感じた。
衝撃に耐えられなくなった体は簡単に投げ飛ばされ、太陽によって熱されたアスファルトの上に転がった。
痛みだけが身体中を駆け巡る。骨が折れ、頭が切れてボロボロになった身体はすでに1mmたりとも動かなくなっていた。
酸素を取り込もうと開けた口からは、ゴポッという音を立て鮮血が惜しみなく溢れてくる。
薄れゆく意識、熱を失った身体は彼の命の炎が消えかけているのを表している。
―まだ、死んでたまるか……
格好悪いのは分かっている。無駄なのは分かっている。
だとしても――俺にはまだ―っ!
彼の小さな歴史はここで終了した。
そう、思われた。
『…せ……こ…ま…』
「リン」と鈴を鳴らしたような、しかし無機質な声が、薄れゆく意識の中、彼の耳へと届いた。
『成功しました。貴方にはこれから、俗に言う異世界へと行ってもらいます。これは最期のチャンスです』
『では、新しい人生を――』
声は、要件だけを伝えるようにただ、一方的に話しかけてきた。
意味も分からず混乱する前に、ただ、闇の中へと意識は吸い込まれていった。
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「勇者はまだか!」
蝋燭の炎だけにより照らされた薄暗い部屋に低く、力強い声が響いた。
シン と、部屋の中が静まり返る。
「魔王の誕生が確認された。あと1週間もすれば魔物による襲撃が始まる」
「全ては――計画のためだ」
声は続ける。
「準備が出来次第すぐ行え。異世界召喚をな」
―炎が消えた。