第111話「ヒーロー見参!!ヒーロー見参!!ヒーロー見参!!」
次話投稿は次の日曜予定ッ!!
「助けて、◼️◼️◼️◼️」
情けない声は小さ過ぎて、誰の耳にも届かなかった。
──けれど。
聞こえなくとも、そいつには俺の願いは届くらしい。
「ご主人ッ!! 戻ってきなさーいっ!!」
響き渡る叱責と同時に──
「闘魂ッ!! 注入ッ!!」
強かなアッパーが顎に炸裂し、俺の脳天が衝撃に揺れるのであった。
果たしてそれは黒猫の狙い通りだったのか。
外部の刺激を受けて、目眩やらなんやらでしんどかった俺の意識は奇跡的に覚醒した。
そう、覚醒した。
……いや、覚醒したんかな、これ。
脳震盪じゃん? 足とかガックガクで立てやしないんだが?
「いってぇな!! 何すんだよッ、ノワールッ!!」
「はぁっ!? こっちのセリフですよ、ご主人!! 一人でブツブツ言い出したかと思えば、勝手に顔面蒼白になった上で、私の声をガン無視するんですから!! 真面目に狂ったんじゃないかと焦りましたからね!?」
とりあえず、痛みへの怒りを胸に黒猫を糾弾してみれば、珍しくマジギレをかましている黒猫さんがそこにはいるのであった。
すっごい。
なんかもう、シャーッ、って感じ。
目は釣り上がってるし、毛とかすんげぇ逆立ってるし。
あ、久方ぶりに肉食獣の目をしていらっしゃる。
実はやっぱり猫ってこえぇわ。
「──で? 本当にもう大丈夫なんでしょうね、ご主人?」
「……うス。すいやせん」
「ふざけてません?」
「悪かったってッ!!」
あれから足の痺れが取れるくらいまでの時間をかけて、ノワールの機嫌をなんとか取った俺はゆっくり立ち上がった。
幸いな事にメンタルがやられてた時に無防備に食らったから尻餅をついただけで、脳震盪でもなんでもなかったらしい。
いやはや全くお恥ずかしい限りである。
そして、ここ一番の大勝負を前にそんな姿を晒した俺に対して、呆れた黒猫は当然のようにため息と共に言葉をぶつけてくる。
これまでの信頼や期待を交わし合った相棒に対する態度としては些か不適切な気がするが……、まぁ自業自得なので俺は受け止める事にする。
「それにしても。いきなりボーッとしだすなんてめちゃくちゃ不安なんですけど……、本当に大丈夫なんですかご主人?」
「あー。まぁ、情けないとこ見せたばっかりで、我ながら不思議ではあるんだけどな」
そう言って俺は自分の胸に手を当てた。
そこには何故かいつも以上に高鳴り、激しい力強さでもって鼓動する心臓があった。
それを自覚すると同時に、呼応するようにゆっくりとテンションが上がっていく。
身体中に熱い血液が流れる感覚と一緒に、『出来る』という確信が満ちていく。
一つ目を閉じて、深呼吸を入れる。
肺に染み渡る酸素をどこか噛み締めるように取り込んで、俺は足を踏み出し言葉を締めた。
「大丈夫だ、ノワール。俺に任せろ」
いつにもない断言に黒猫は少しだけ目をキョトンとさせて、嬉しそうに笑いながら俺の体を駆け上がり頭の上へとその身を収める。
そうして、ついに俺たちは動き出した。
・・・・・・・・・・・
そのまま俺は部屋の入り口──、つまりはこの宝物蔵の出口へと向かい足を進める。
そこに侵入者を抹殺する冷酷な殺人絡繰が一体。アダマンタイトゴーレムがいることを知りながら。
「王女様にも一声かけないとな」
「……ご主人。なんか落ち着いてますね?」
「いや、そんなことは無いさ。正直、あのドアに近づいていくだけでもう手とか震えてくるもんな。ははっ、笑える」
「うわぁ、本当だ。なんです? マナーモードとか入ってます?」
「お前も大概、やべぇけどな。なにその尻尾。狸みたいに膨らんでんぞ?」
「……猫ってそういうモンですから」
互いに状況を確認しあって、俺らは笑いあった。
別に恐怖とかが無くなった訳じゃない。
でも、何故か『出来る』っていう確信だけがあって。
それだけが俺の背中を押してくれていた。
……それでも怖いから黒猫と馬鹿してないと辛いけど。
「んじゃ、まぁ喝を入れる為にいつもみたいにやっとくか」
「え? 何をですか? ご主人?」
決まっている。
この世界に来てからずっと、怖くて仕方ない場面なんて腐るほどにあった。
それでも今の俺がここにいるのは、偉大な先人方の力を僅かなりとも借りてきたからだ。
「盛り上げていこうぜ、ノワール!! 怖さを忘れるくらいに!! まずは二階堂兵法・心の一方だ!!」
「……ははっ、なるほどッ!! ご主人らしいですねぇ!! いきますか!!」
「ああっ!! もうピンチになった現状は変えられないからな!! 自分の気持ちだけでも変えてこう!!」
「分かりました!! 最初に私達を騙しましょう!! そして世界を騙しましょう!! ハッピーエンド以外は要りませんからね!!」
「いっくぜッ、ノワール!! エルプサイ──ッ」
「──コングルゥッ!!」
そうして、俺たちは互いを見つめ、同時に言葉を重ねていく。
心的外傷とか、痛みとか、怖さとか、足を止める理由なんて数えられないくらいにあって、弱っちぃ俺たちはそれこそ一人じゃ立てやしない事もあるのだ。
でも、俺たちは二人だから。
二体で最強。それが俺たち。
二人なら新世界の神にだって、勝てる筈だから。
「我! 不敗! 成り!」
「我! 無敵! 成り!」
「「我ら……最強なり!!」」
これが俺らの鬨の声。
待ってろ、ナイア。絶対に助けにいってやるからな。
・・・・・・・・・・
──そうして、出来上がりがこちらである。
「ふはははははははははっ!! 強靭ッ!! 無敵ッ!! 最強ッ!!」
「粉砕ッ!! 玉砕ッ!! 大ッ喝采ッッ!!」
血走らせた目で辺りを見渡しながら、高笑いを風に飛ばしていく最強の二人がそこにいた。
名付けるのなら笑う牝豹とかそんな感じ。
「ははははははははっ!! イケるぜ!! このテンションならイケるッ!! 微妙な空気の動きすらもハダで捉えられるッ!!」
「まさに究極生命体の誕生ですッ!!」
今ここに俺らの精神テンションは貧民街の域に達していた。
長い自己暗示を得て、精神は完成をみた。
きた。
ならば──、後は勝つだけである。
「よしよしよしよぉぉぉぉしっ!! じゃあ行きますよ、第一王女様ぁぁ!!」
「にぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「きゃあっ!!」
そのまま叫びを入れて、俺は王女様を横抱きに抱えて走り出した。
このテンションがいつまで持つのかは分からないのだから、ここからは時間との勝負である。
突然のことに抵抗するかと思われた彼女だが、意外な事に罵倒も暴力も飛んでくることはなかった。
一度だけ視線を落として様子を見やれば、驚きを顔に浮かべて、落ちないようにと服を摘み、大人しくしている少女の姿。
まるで借りてきた猫みたいだと思いおかしくなって、背中の猫を思って更に笑えてきた。
ちなみに。
強化魔法をかけて移動することを考えて、ノワールさんにはいつもの頭上から移動してもらっている。
具体的には背中側の上着の中でおぶさる感じだ。
加えて、その辺にあった適当な紐で硬めに固定しているから、これでコイツがカットビングすることもない筈である。
そんな状況でも、俺に合わせて無理矢理テンションを上げているせいで、くぐもった声が聞こえてくるのが笑いを誘ってやまない黒猫さんの悲しみである。
「さぁっ行くぞ、ノワールっ!! ハードボイルドに決めようぜ!!」
「はっ!! 柄じゃあないですよ、ご主人は!! せいぜいが一流のエンターティナーです!!」
ははっ。
そんな状況でも生意気な奴である。
だが、まぁ言ってる事も分からんでもない。
結局のところ、俺たちはどう頑張っても俺たちであって、確かにハードボイルドなんて柄じゃあない。
そんな事は俺もノワールも知っている。
それならやっぱり俺たちらしく──
「分かったよ、ノワールッ!! んじゃあ、俺たちらしく行くからなぁッ!! 開けるぞッ!! 三、二、一、──今ッ!!」
「強化魔法かけますッ!!」
──声を揃えて馬鹿をしよう。
ここからは俺たちの時間である。
「「just boiled o''clock!!!!」」
──そうして今、主人公が覚醒した。
・・・・・・・・・
言葉と共にドアを開けた瞬間。
視界の正面、部屋の中央に座する巨人の眼窩が赤に染まる。
直感で感じる命の危機。
いやはや、なんとも顕著な殺意の証左。
不埒な侵入者を排さんとする冷酷な程に愚直な意思。
──そうして。
同時に感じる背中の熱。
焼けた釘を打ち込まれるように、体の芯へと強い魔力が叩き込まれる。
血液の流れすらも追い越して、魔力の熱が体を覆う。
ガツンと頭を殴り抜いたような衝撃に意識が揺さぶられる。
巨人より放たれた熱線が迫る。
チカチカする視界の中で、体の感覚が研ぎ澄まされていく。
──ああ。捉えた。
瞬間。意識と感覚が一致した。
空気すらも焼け焦がし、一つの火花が空へ躍る。
そのまま落ちゆくであろう火種すらも、止まって見える時の狭間で、俺は強く地面を踏み込んだ。
ゆっくりと爆砕する床の破片を置き去りに、静止に近しい世界の中で、俺だけが異質な加速を得る。
異常な推進力は一歩の距離を数メートルへと変えて逝く。
異様な精神力は一瞬の時を数秒の知覚へと変えて逝く。
巨人が放った紅の閃光をしっかりと見ながら、その数センチ横を通り過ぎていく。
嗤いが零れた。
これは何の冗談だろうか。
軽すぎる身体に、重すぎる推進力を乗せて、ヒト型が自在に進んでいく。
僅か二歩目でゴーレムの真横へ着いた。
ほんの数刻前までは実力的にも、戦力的にも、果てなき彼方の遙かなる高みへといた筈の彼は、もはや俺の挙動に追い付くことすら出来てやしない。
そんな彼の様子に、また一つ嗤いを強めて。
俺は更に一歩を踏み込んだ。
そこからの俺は更なる加速を得た。
跳ぶように一歩。飛ぶような一歩。
数にして計四つという僅かな歩み。
──しかして、効果は劇的であった。
気づけば激突を免れない程の至近に聳える堅牢なる黄金扉。
こちらもレアメタルの限りを尽くし造られた一つの番人。
数百年の長きに渡り族の侵入を拒み続けた守りの象徴が如き存在だ。
そんな相手に対して俺は──
「はっはーーーっ!!」
──俺はただ口角を持ち上げて、蹴りを一発ぶち込んだ。
胸にあった確信に応えるように。
そうして。
主人公の生誕を祝福するように。
破砕音が高らかにと空間へと木霊する。
舞い散る残骸。舞い踊る粉塵。
そしてダンプカーが激突したかのような風穴を開けて、その扉は呆気なく吹き飛んだ。
「よっしゃあああああああ!!!!!」
咆哮が勝手に上がる。
精神だけではなく、体感した現実に身体までもが高揚していた。
これならイケるという確信がある。
今ならイケるという確信がある。
なんなら、もうイケるという確信しかない。
いや、違うな。
違うのだ。ここまで来るともはや違う。
俺は既にイケてるのだ。
俺は今ナウ、イケてるのである。
これまでの俺をありふれた日本人──、例えるのなら量産型のザクだとするのなら。
今の俺は完全無欠の最新鋭──、言うなればガンダム。
つまりは、OREDAM!!
出来ないことなど殆どないのである!!
「このまま行くぞ、おらぁッ!! 待ってろ、ナイアぁぁあああああああああああああ!!!!」
「進撃!! 進撃!! 進撃せよですよ、ご主人ッ!! 心臓を──」
「──捧げよってなぁ!!」
そして、そんな勢いを共有して、俺たちは第一王女の案内の元、ナイアの所へと駆け付けた。
・・・・・・・・・・
ただ、
結論から言うのなら。
俺たちは間に合わなかった。
「……遅かったのぅ、ノゾム。待っておったぞ」
鈴の音のような澄んだ綺麗な声。
よく知ったその声で。
「かかかっ。本当に待っておったぞ」
これまで一度も見た事がない顔で、彼女は笑ってみせたのであった。




