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第107話「第三部 完!!」

ヒャッハー!!

久し振りの評価がきたぜー!!

本当に有難うございます!!


これは小分け投稿なんてしてられないぜ!!

一万文字書き上げた奴を全部吐き出すしかない!!

(今回、長いです!!お時間がある時にどぞ!


という訳で、最新話投稿です。


読まれている読者の皆様、いつも有難う御座います。


最新話の下の方から作品評価出来ますので、未評価の方は宜しければ付けていただけると有り難いですん。

何点だろうと、モチベーションになりますので。


あと、いつからか好きな話に感想を書けるようになっているらしいので、

好きなネタなどがあった回に、ご感想などお寄せ頂けると、これもまた執筆ブーストへと繋がります。


引き続き本作を楽しんで頂ければ、幸いですん。


 ━━魔法の余波ではためく上着をまくりながら、男が一つ呟いた。

「さてと……、今のでちったぁ効いてれば楽なんだが」

 男の声音は中年のものであり、下ろしたフードから覗いた横顔もそれを確かに裏付けていた。

 だが、それは異常な事であった。

 何故なら彼の御仁は確かに、先ほどまで老人であったのだから。

「リッジよ。お主……その姿は、外法の術じゃな」

「ひゅう。流石はナイアだな。やっぱり一目で気がつくか」

「身体強化……いや、身体操作の類いか。無茶というか無理をするのぅ……」

「俺の場合、肉体の全盛期はとっくに過ぎてるからな。お前や師匠クラスの戦いに参加すんなら、……まぁ、このくらいはな」

 そんな周囲の動揺をこともなく受け流し、男は厳しい顔で正面を見据えながら、少女の横へ並び立った。

 少女はそんな男を軽く見て、痛みに僅かに顔をしかめ、自身の手を自らの傷の上に軽く置きながら問いを重ねた。

「それで? ……その姿(かたち)は残り何分持つ?」

「魔力全開なら後二分。ケチれば大体十分くらいってとこか」

「ふむ。━━して、副作用は?」

「時間が過ぎれば、とりあえず戦闘は出来ねぇ。……今はそれだけで良いだろう?」

「そうじゃな。……生憎とその身を案じる余裕も持てぬ状況じゃからして」

 そうして少女が口を閉じたタイミングで、強風により粉塵が払われ、中から一人の少女が姿をみせた。

 そのまま小さな両手で鳴らされるのは、場違いに明るい拍手の音。

 不意の攻撃を受けたというのに、酷く愉快げに口元を緩めるその姿からはいかほどの痛痒も感じられなかった。

「凄いよ。これが<指弾>か。初めて見たけどカッコいいね。期待以上だ」 

 辺りに散らばる剣群の中で、くっくっ、っと彼女が笑う。

 咲き誇る大輪の花のようにではなく、嫌らしく、憎らしい貌で、アリア・アルレイン・ノートが嗤う。

 そんな彼女の姿に、何故か胸の奥から怒りと悲しみを強く感じるが、事態はそんな贅沢を許しはしなかった。

 高まり続ける緊張は、やはりこの場が戦場であるということを正しく伝え続けているのだから。

「欲しいな。凄く欲しい。一体、どんな<スキル>なんだろうね。見たことも、聞いたこともないってことは<ユニーク・スキル>なのかな?」

「……くそったれめ。案の定、化け物か。最高の奇襲だと思ったんだがなぁ」

「自身の毒で死ぬ生物はおらんよ。忌々しい話じゃがの」

 少女へと叩き返した結果、見事に折れ曲り地へと打ち捨てられた剣の群れへと一度目線を配り、男と少女は嫌そうに顔を歪めて、渦中の人物へと意識を集中させる。


 ━━事態は未だ好転の様子を見せなかった。


「無詠唱とは違う<スキル>か。楽しみだなぁ。詠唱系と重ねがけ出来るなら、絶対に有用だ。ああ、良いな、良いね。早く試したい」

 言葉を吐いて、其奴が舌舐めずりをした。

 それは幼い少女には似つかわしくない、狡猾な蛇のように歪んだ笑み。

 ゾッとする程に酷薄にして、ここからの悪夢を確信させるほどに凄惨なモノであった。

「……ひでぇ面だ。性根が透けて見えらぁ」

「腐り果てた根本なぞ、見る価値もないと言うにのぅ」

 そうして、ナイアと理事長は改めて構えをとった。

 目の前の少女の姿をしたソレを、確かな敵として迎え撃つ為に。

「歯痒いがアレは今の妾の手には余る。……策はあるかの、シンド・ノルリッジ?」

「喜べよ。今なら選べる道が二つもあらぁ。救いが来ると信じて場をつなぐか。僅かな期待を込めて━━倒しきるかの二択だぜ」

「それは……なんとも魅力的な謳い文句ではないか。……では、いこうぞリッジよ。妾が隙を作るから、主の全力を叩き込め」

 そう言ってナイアは真剣な顔のまま、仲間へと背中を預けるように前へ出る。

 血染めの背中を、それでも誇らしく真っ直ぐに伸ばしながら。

 それは幼い見た目の彼女が行うには余りにも痛ましい姿であった。

 そうして。

 そんな背中に対して、男は戦士として言葉を返す。


「いや……。悪りぃけどお前さんは一回休みだ。すっこんでろや、重傷者」

「なっ!?」


 ━━そのまま男は少女の肩へと手を伸ばし、引き寄せ、入れ替わるように前へと出ながら、そう言った。

 押し抜けられた少女は狼狽し、信じられないように言葉を吐き出す。

「馬鹿者!! 貴様正気か、リッジ!? 主が一人で敵う相手ではなかろうにッ!!」

 それは強い糾弾の言葉。

 仲間だと預けた信頼を、いとも容易く袖にされた悲痛な痛みの訴えであったが、男に動じる様子はなく、ヒラリヒラリと手すら振りながら、振り返る事もなく彼は言葉を返した。

「わかってんだろ。……アレはどこまでも手札を隠すタイプだ。二人まとめて不意をつかれるのが一番ヤベェ」

 言葉と共に男はまた一歩前へと歩み出る。

 自身が誰より最前線で相対する為に。

 後ろに少女を。

 更にその後ろにいる俺たちを守るように。


「それにな。━━笑う余裕も無くした今のお前は必要ねぇ。僅か二分ばかしだけど、ちったぁ回復出来んだろ? 頼りにしてんぜ、『魔王様』」


 そうして、決戦のカードは配られた。

 男は歩み距離を詰め、少女は嗤いそれを待つ。

 ここにきて。

 まるで何かの遊戯のように、嫌味な程に正々堂々と両者は向かい合った。


「よぉ。聞きたい事、言いたい事は結構あるんだが……、残念ながら時間がねぇ」

「良いさ、良いとも。構わないよ。今の僕は上機嫌だからね。……ああ、下手したら『賢者』を吸収した時と同じくらいかもしれないな」

「……そうかい。そいつぁ何よりだな。んじゃ、まぁアレだ。その上機嫌のまま━━」


 そして、開戦の指弾(ゴング)が鳴らされた。


「━━死ねや、このボケ」


 宣戦と同時に空間へと響いた快音に、魔力が唸り、衝撃が走る。

 笑みを浮かべた少女へと、不可視の弾丸が突き刺さり、その身を中空へと跳ね飛ばす。

 だが、当然男にそれで終わらせるつもりはなく、彼は流れる様に次の布石を打ち鳴らす。


「いきなりだが最終楽章(フィナーレ)だ。鎮魂歌(レクイエム)代わりに持ってけ馬鹿野郎」


 ━━それはさながら演奏のようであった。


 男が、腕を、振るう。

 指を鳴らすという単純な動作でありながら、淀みなく、絶え間なく続くその旋律は━


 火焔を、雷公を、巨岩を、水刃を伴って。


 ━━歌い上げるような合唱となり、彼方へと辿り着く。


「爆ぜろや、爆ぜろ。我が敵や。焦げろや、焦げろ。我が敵や。晒せや、屍。様を見さらせ。燃え果て、朽ちて、焦げ落ちろ。潰れ混ざりて、砕け散れ」


 紡ぐ祝詞も只々(ただただ)澄んで、只管(ひたすら)世界へ事象を刻み、唯々(ただただ)直向(ひたむ)きに事を成す。


 弾ける音が一つ鳴る。

 滑るように指が動き、いとも容易く破壊が起きる。

 声を弾ませ一つ成る。

 紡がれ組まれた呼び声が、魔力を帯びて術となる。


 熱波と岩弾の礫は流星の唸りとなり、激流と雷撃への祈りは千刃の嵐となる。


「死ねや、只死ね、我が敵や。一つと残らず、消えて去れ。滅して、滅べや、我が敵や。二つの紡ぎを持ち帰り━━」


 そして。

 指弾と詠唱は重なり、式は完全なる一つと()る。

 破壊の方向性を揃えた魔法が、互いを喰らい、互いに喰らい、その力を増していく。


「━━返らず走れや、死出の道」


 直後。

 目も絡む程の閃光が走り、光の奔流が龍の様な咆哮を上げて、中空にいる敵を捉え、喰らい、飲み尽くした。


「━━ッ!!!!」


 その時、誰かの叫びが耳を打った。

 其れは敵のものかもしれなかったし、男のものかもしれなかったし、或いは近くの王女の……いや、もしかすれば俺自身のものであったかもしれない。


 分かる事はただ一つ。

 そんな音すら搔き消すほどの轟音を上げて一つの魔法が、この王城の堅牢な屋根すらぶち抜きながら、駆け抜けたという事実だけだ。


 建国から数百年。

 絶対なる王家の象徴として鉄壁の守りを有していた要塞は、此処に敗北を喫したのだ。




 ━━これは誰に語られる事でもなかったが、それは確かな可能性であった。

 神に選ばれた訳でもない一人の人間が見せた技の極致。

 英雄でもない只の男が、それでも愚直に、魔術の研鑽それのみに、その生涯を掛け、費やし、捧げて、漸く辿りつけた到達点。

 実はそれは<ステータス>を━━


 ━━(いや)


 <システム(この世界の理)>すらをも超える技術の確かな証であった。

 其れは過去の『先駆者』であった三人の日本人。

 望月空(もちづきそら)(あかつき)海乃(うみの)鳴鐘(なりかね)(いつき)

 その三名以来、実に数百年振りの偉業であり、転移者ですらない人物の成したこの奇跡(成果)は、神にすら読めないモノであった。

 実際にこの瞬間。

 予定より盛り上がった(面白い)この展開に、この世界の創造主は心の底から笑っていた。

 実に嬉しそうに、楽しそうに。

 本来なら男の持つ魔力では、決して出せない筈の破壊力を前にして━━、とても愉快だと笑っていた。

 複数の魔術を精緻に組み合わせ、威力を増幅させ叩き込むというその奥義は、確かに神が選んだ『英雄』の領域に届き得るものであったのだから。



 しかし、それでも━━、


「痛ったぁ。流石にちょっと予想外だよ、これは」

「……ははっ。こちとら完全に予想外だぜ、おい。化け物ってぇか、これじゃまるで怪物じゃねぇか」


 ━━それが、神が選んだ『厄災(イレギュラー)』へ通じるかはまるで別の話である。


 事とも無げに、中空へと佇んだままの少女を見て、俺は知らず生唾を飲み込んでいた。



・・・・・・・・



 ━━『恐怖の大王が降りてくる』。

 それは誰しもが知っている言葉であった。

 時代の節目、不安定な境界線、微妙な平和、全ての状況が噛み合って、その言葉は人々の心に入り込んだ。

 多くの人が表面上は『馬鹿馬鹿しい』と切って捨てた言葉だが、認知され覚えられていた時点で根強い不安が有った事もまた確かだったのだろう。

 実際に『世界が終わる』と確信し、犯罪に走った人間もいたのだから。

 だがまぁ、そんな話は良いのだ。

 問題は別だ。

 今、この場で、問題にしたいのは、この俺、成金望がこの言葉を知った時に心に浮かんだ一つの疑問の方であった。


 『恐怖の大王』は、なぜに、何故(なにゆえ)に、『降りてくる』のだろうか━━、という一つの幼い疑問。


 『現れる』ではなく、其れは何処かから『降りてくる』のだという。

 それは幼かった少年の小さく些細な疑問であり、特に今後の人生に影響を与えるものではなかったが、歳を刻み十五歳の今。

 期せずして俺は答えを知る事になる。

 恐怖の象徴である『災厄』とは、天より降りかかるモノなのだという事を。


「……<中級回復魔法(ミドル・ヒール)>、っと」

「はっ。やっぱ回復持ちか。……やってらんねぇなぁ、おい」

「やってらんないのはこっちの台詞だよ。どういう事なんだ? <鑑定魔法>で見ればそっちの魔力は千も無いのに……。今の攻撃なら確実に千五百は必要な筈だろう?」

「はっ。やり方次第じゃあ必要ねぇって事だろうよ」

 素気無い男の言葉に少し苛立たしげな様子で、少女は眉を顰めた。

 だが、その直後。

 不意に吐血した男を見て、ニヤリとその口元を歪めたのであった。

「あっ、ぐぁっ……!!」

「━━へぇ? 随分と苦しそうじゃないか。どうやらさっきの一撃は結構無理をしたみたいだね」

「はっ……!! アレでテメェが死ぬんなら、何度だって撃ってやるよ」

「おお、怖い。怖いなぁ、シンド・ノルリッジ。その目、その顔は『死兵』のそれだ。武士道……だっけな? 死ぬ事、それ自体に何かを見出すなんて、余りにも恐ろしい蛮族の発想だね」

「黙りやがれ、馬鹿野郎!!」

 指弾が鳴り、不可視の弾丸が少女へ飛ぶ。

 だが、その弾は空中に置かれた『結界』に弾かれ、霧散し消えた。

 『結界』の向こうで少女が笑う。

 自身の持つ絶対的な優位性を確かめるように。

「怖いから、君ももう少し削っておこう。死ななければどうとでもなるしね」

「……ッ!? がぁぁぁあああああああ!?!?!?」

 少女が下から手を持ち上げ、男へ人差し指を突きつけて、上に曲げた。

 その瞬間、床を抉りながら生え伸びた一本の枝により、老人は背中から貫かれた。

 持ち上がりかけた肉体を、歯と足をくいしばり耐えて、指を鳴らしてその枝を根本から吹き飛ばした。

「おぉ、反応早いね。あともう少しで体内にまで『根』が張れたんだけど」

「はっ……はっ……!!」

「また<指弾(それ)>? 格好いいけど、一辺倒は芸がないよ」

「ぐっ、うぅ……!!」

「おー。今度は完全に避けるか。やるねぇ。体の様子からして、そろそろが限界で凄い不調だろうに」

「なに……まだまだ絶好調だぜ!!」

「透けて見える強がりを有難う。んー。でも、良いなぁ。思ったよりも気に入ったよ、シンド・ノルリッジ」

「そいつは鳥肌が立つくらいうれしいはなしだなぁ、おい!!」

「効かないってば。話を聞けよ。全く。良いかい? 君には特別に敬意を払って、僕も自分の姿で戦って上げるよ」

 そう言い終わると同時に、少女の体が波打った。

 一点を起点として、波が走り、皮膚が裏返っていく。

 どこかグロテスクにすら捉えられるその光景もわずかな数瞬のことで、気付けば少女の姿は消えて、そこには同じくらい若い少年の姿だけが残された。

「さぁ、見て怯えろ人間。僕がこの世界を支配する『魔王』である。宵闇(よいやみ)一星(ひとぼし)。此処に登場だ━━、ってね」


 それが敵が世界へ刻んだ初めての名乗り上げであり、名を知る事で俺たちはやっと敵の姿を捉える事が出来たのだった。


「おや、反応が悪いなぁ。自分でも寒い名乗り上げだとは思ったけど、一言くらいは返してくれても良いんじゃないかな?」

 不満そうにそう言いながら、その魔王は地上へと降り立った。

 傷に呻く男の姿を見て、満足そうにうなづきながら、彼は言葉を紡いでいく。

「まぁ、良いさ。まだまだ僕自身名乗り上げに慣れてないしね。君たちはどうせ殺すんだし、今日のこれは予行演習だ。来るべき日に、全人類に告げるその日までに様になってればそれで良い」

 そう一人で納得し、少年は傷ついた男へ手を向けた。

 圧倒的な弑虐の色と暴力への酩酊を顔に貼り付けながら。

「さぁて、お待たせしたな。指弾の魔術師(シンド・ノルリッジ)。正々堂々と魔法の『死合』を再開しようぜ?」


 こうして、私刑(リンチ)が始まった。


・・・・・・・・・


 ━━何も出来なかった。


「はっ!! ぬるいんだよッ!! さっきの一撃は何処にいったんだぁ!?」

「がぁ……ッ!!」

「ぱちぱち、ぱちぱち、指を鳴らすだけならガキにでも出来んぞ? 拍手喝采のつもりか、おい!!」

「こふぁ……ッ!!」

「いちいち吹っ飛ぶなよ。サッカーボールか、テメェは!? 拾いにいくのも面倒なんだよぉ!!」

「うぐっ……!!」

「汚ねぇ血だな。吐くな、出すな。みっともない。━━ってかなんだよ、その姿。ただの爺じゃねぇか。さっきまでの精悍さは何処にいったんですかねぇ!!」

「ぁぁ……ぐぁ……ッ!!」


 ━━見る者が見れば分かったのだろう。

 それはある種の焼き直し。

 少年が先ほど男にされた事を、順序立ててやり返しているのだと。

 炎で炙り、岩で潰して、水で斬り裂き、雷で焼いて無理矢理繋げる。

 大きな違いがあるとすれば、それらの全てが男の時より遥かに膨大な魔力によって行われたという事だけだ。

 だが、戦闘の速さそのものについていけていない俺から見れば、そんな事は分からない。

 俺は所詮凡人なのだから。

 銃弾を超える速さなんて見る事もできないし、魔力構築がどうとか言われても感じる事すら出来やしない。

 だけれど、そんな俺でも確かに分かることもあった。

 いや、それは誰の目から見ても明らかで、今行われているこれは、戦闘とはもはや呼ばず、ただの拷問と化していた。


「止めろ……止めぬか……ッ!!」

「お前も煩いな。後で遊んでやるから、黙ってろって」

「ぐぁ……ッ!!」


 勿論、そんな行動をナイアが許す訳も無かったのだが、彼女自身も今は地面から生えた木の杭によって縫い止められてしまっている。

 理事長と遜色ない床の出血を見れば、体内に根が張られているのに動こうともがき続けていることが伺えた。



 ━━何も出来ない。


 今、動けるのは俺だけだった。

 横の王女様はへたり込み、怯えてしまって動けない。

 ギュッと掴まれた服の袖を見るまでもなく、彼女の心が挫けた事は明らかにすぎる状況で。


 俺だけが、皆を助けられる可能性であった。




「はっ……!! はっ……!!」

 何もしていない癖に息だけが荒い。

 目の前で見せつけられる知人の傷に足が竦む。

 耳から入る悲鳴に動悸が治まらない。

 漂う血の匂いが吐き気を催す。


 ━━俺にはナニも出来なかった。


 思考がぐちゃぐちゃで、感情が分からなくて、何もかもが意味不明で。


 動かないと、なんで、二人を助けないと、なんで、俺しかいないから、誰より弱いのに、痛そうじゃないか、だからやめよう、見ていられない、なら逃げよう、くそくそくそくそ、動けよ、死ぬよ、嫌だ死ぬのは、だからさ逃げろよ、違う、良いから動けって、怖い、嫌だ、失くしたくない、怖い、嫌だ、死ぬのは、あんなに━━





 ━━視界の端で落ちた看板。

 砕かれた頭蓋。一瞬に込められた極限の苦痛。

 そして、なにも掴めないまま迎えた零への極寒。


 死への道のり。自身の喪失。消えていく五感。何処までも、何処までも、昏い虚無へと落ちていく。


 長かった。永かった。耐えられない程に、永遠(なが)過ぎた。


 思い出すな、そんなものを鮮明に思い出してはいけない。

 それは人智を超えた実体験。

 魂に刻まれながら、本能が破り捨てた記憶の頁。

 そんな記憶が有れば、とても正気では要られないのだから。

 縋るように何かを祈る。無心で只々助けてくれと。

 救済を願って。

 そうして。嗚呼。


 何故だか、懐かしい鐘の音が聞こえた気がして━━




「ご主人、ご主人、ご主人、ご主人ッ!?!? この状況で何を呆けているんですか、早く起きて!! どうにかして下さい!!」

「いだだだだだだだッ!? 引っ掻くな!? 引っ掻かないでノワールさん!? お婿に、お婿にいけなくなっちゃう!?」

「なにちょっと逆玉の輿狙ってるんですか!? 男は稼いでナンボです!! ヒモなんてノワールさんは許しませんよ!!」

「うっせぇわ、馬鹿!? とりあえず動きにくいから頭から降りろ、この十万ドベッ!!」

「なっ……!? 私が十万ならご主人は二十万ドベでしょうが!!」

「んな訳あるか!! インフレさせんな!!」

「いーや、ご主人のドベ力なら五十三万くらいは楽勝ですね!!」

「あーもう、うるせぇぇ!! 真面目に考えんぞ、ノワール!!」

「分かりましたよ!! ドベご主人っ!!」


 ━━視界が一瞬でクリアになる。

 そもそもなに考えてたんだか、思い出せないが緊急事態だ。

 パニックくらいは誰だってなるだろう。

 とりあえず、ナイアと理事長がピンチだ。

 どーにかしないと……。

 つっても、俺は最弱で武器の一つも持ってないし

 ……いや、待てよ。本当にそうか?

 確かに俺自身はどーしようもない程に、クソ雑魚<ステータス>ではあるけれど。

 思い出せ、これまでの冒険を。

 日本にいた時よりは修羅場も複数越えてきた。

 そうさ、そうだ。頼りない俺だけど。まるで星屑のように、みっともない俺とノワールだけど。

 ナリカネノゾムにだって、掴めた武器の一つや二つはある筈だろう?


 ━━ああ、そうだッ!!


 そうして、俺はカバンを漁ってソレを見つけた。

 クラスメイトであったナギ・フィーロから渡された魔法石を。


「使い方もなんも知らんけど、叩きつければ爆発くらいはするんじゃあ無かろうか!?」

「最高に頭が悪そうですね、ご主人!! 日本人ってほんとバカ!!」

「いくぞ、ノワール!! 名付けて、『後は野となれ山となれ作戦』だっ!!」

「それ私たちが神風になる方が先ですよねぇ!?」


 そうして、俺とノワールが騒ぎながら視線を前に戻せば。


「……あのさぁ。さっきから空気が壊れるんだけど?」


 目の前、超至近距離にその少年が立っていた。

 彼は酷く苛立たしげに眉をヒクつかせており、その怒りが爆発寸前だということは明らかであった。

 だが、まぁ。

 それならそれで丁度いい。

 爆発寸前なのはお前だけじゃないという事を見せてやるぜ。


「丁度良かった!! くたばりやがれぇぇぇ!! ナリカネ防衛隊!! ファイヤーッ!!」

「ファイヤーッ!!


 そして、俺と黒猫はヤケクソで魔法石を目の前の少年へと投げつけた。

 それは案外的確なコントロールで飛び、少年へと直撃し━━


「……へっ?」

「……あら」


 ━━そのままゴトリと、床へと落ちた。

 そうして、石はそのままコロコロと何処かへと転がっていき。


 場には気まずい沈黙が流れた。


「……魔法石の発動にはほんの僅かに魔力が必要になる。常識だよね? 馬鹿にしてるの?」

「いや……知りませんでした……」

「勉強に……なりました……」


 場には居た堪れない空気が流れる。

 けれど、それも長くは続かなかった。


「……はぁ。本当に気が抜けるなあ。もうなんか君たちくらいなら見逃してあげても良いんだけど」

「やったぜ!! 追加でそこのナイアと理事長、あとこの王女様も見逃してくれるなら助かります!!」

「いよっ!! 宵闇様のちょっと良いとこ見てみたーい!!」

「……正体知られちゃったし、一応殺しとかなきゃね。吸収は僕まで馬鹿になりそうだから、要らないけど」

「期待させておいて!! 遊びだったのね!?」

「酷いわっ!? この人でなしぃ!!」


 ずっと死の淵にいる所為で、ハイテンションな俺たちに頭を痛めたような少年が手を翳す。

 えっ、ちょっと待って、本当にこれで死ぬのか!?

 ナイアに一億も返してないし、世界旅行についても『剣国』や『聖国』を見てもいない。

 第三部どころか、やっとあらすじが終わるような段階で、終わってしまうのか!? 


 それは物語として、余りにも最低な終わり方じゃ━━


「それじゃあ、バイバイ。なんかよく分からなかった人」

「クソッタレめーッ!!」



 そして、魔法の光が放たれて━━





「良い油断じゃったぞ……この戯け……ッ!!」

「逃げるんじゃ……ノゾム君……ただ、遠くへ……ッ!!」




 最後に瞳に焼き付けた光景は、背後から抜き手によって少年の心臓を貫いた魔王の姿と。

 瀕死の身体に鞭打って、儚く微笑んだ老人の顔であった。



 ━━そうして、『転移』の光が俺を包んだ。


 シンド・ノルリッジ最後の魔法行使である。

 それはいざという時の為に蓄えていたMPを全て放出したモノであり、本来であれば貴重な知恵の源泉である異世界人、『ナリカネノゾム』を城外へ逃がすだけの力がある筈のモノであったが、実際は中途半端な転移で終わった。



「あいててて……。何処だ、ここ?」

「ううん……。ちょっと埃っぽいような?」

「これは……そんな、この場所は……」


 それは不幸が重なった結果であった。

 何故か転移者が一人増えてしまった事、そして魔法式が途中から『ナニカ』に喰われてしまった事が原因であった。


「ここは……城の宝物庫ですわ……」

「「なっなんだってー!?!?」


 かくして。

 誰かの筋書きか、それとも全てがイレギュラーなのか。

 物語は未だ続く。


 成金望は城から脱出できず━━


「……ははっ。やっぱり怪物で正解だったみたいじゃのぅ」

「心臓ですらダミーとは……かかっ。此れはリッジに言われるまでもなく、笑うしかないのぅ」

「絶対に……殺してやるからなッ!! お前らぁ!!」



 ━━日没は未だ見えない。



最後の方でお気づきでしょうが、本作は基本コメディです。


シリアスは風味程度にお楽しみ下さい。

(逆にシリアスが好きな方はご感想を頂ければ、閑話とか考えます)


さて、読者の皆様は既にお気づきでしょうが、ノゾムのチート化がようやく進みそうです。

ここまで来るのに六十万字と三年を掛けたのは、なろう広しと言えど、本作くらいじゃあないでしょうかね?

(自嘲


更に、勇者や龍王もストレッチを開始するくらいには物語も進んでおります。


『勇国&賢国編』のクライマックスはすぐそこです。


これまでの遅さを取り戻すように、投稿を励んで参ります。


では、また次話でお会いしましょう。







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