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第106話「事件は現場で起きているんだ」

 ──事態は激変した。


「お主。……今、ノゾムを殺そうとしたじゃろう」

「へぇ。分かったんだ? これはお嬢さんとは呼べないねぇ」

「戯けがッ!!」

 全てが結果になって始めて伝わった。

 俺の思考や行動なんてまるで追いついてはいなかった。

「二度も通じるか。阿呆が」

「なッ──」

 ナイアの突進も、王への追撃も。


「お姉様ッ!! 逃げて──」

「ちょっと……アリア……? やだ……なにが……」


 やけに必至な姉妹のやり取りも。

 今起きた事象の全てに対して、俺は何も出来なかった。


「なにが……」

 俺の口からようやく零せたのは、そんな何の意味もない尋ねの言葉。

 視線の先。

 王が吹き飛ばされた其処は舞い散る破片や埃による煙が酷く、何も見えないのだから当然ではあるのだけれど。

 先ほどの必至な声の所為か、やけに第二王女様の事が気にかかる。

 健気な彼女の顔を思い出し、そんな場合では無いとかぶりを振る。

 だが、そんな行動は余りにも悠長であった。

 事態は全て進行中で、問題は何も解決していないのだから。

「あれ? 吸い込んだのは次女の方か。まぁいいや。吸収<ステータス>っと」

「お父様なにをッ──」

「──仇に問う暇があれば退かぬか、阿呆がッ!!」

「──って、きゃぁぁぁぁぁあああああああああああああ!?!?」

 悲鳴がいきなり大きく聞こえ始める。

 それは俺からは見えなかったが、ナイアに襟首を掴まれ、そのまま流れるようにこちらへとぶん投げられた王女様が飛んできているからであり、事態の急変に対応できていなかった俺にはそれを回避することも出来なかった。

「え? ──へぶしゃっあっ!?!?」

「のわっ!? ごしゅじーん!?!?」

「いたいっ!? なによっ!?」

 ボーリングのピンのように仲良く吹き飛ばされ、壁際へと叩きつけられた俺とノワールと第一王女様。

 幸いな事なのか、ナイアがそこまで気を使ったのかは分からないが、どうやら互いに怪我は無さそうである。

「いてて……。一体なにが……?」

「うぅ……酷い目に合いました……」

「なんなのよ、もうっ……」

 そして目を開ければ、視界一面に美少女の顔があった。

 そして目の前の彼女も同じように状態を確認して──

「ぶ……無礼者ッ!!」

「ぱわふぉるッ!?」

 マウントポジションからの痛快な平手打ちが俺の頬に炸裂したのであった。

「あ……ああああ、貴方ねぇっ!! 誰の許可を得て、私の下に居るのよ!」

 なんとも理不尽の権化である。

 頬を抑えながら若干の涙目で彼女を見つめれば、彼女は頬を朱に染めながら、慌てたように立ち上がってくれた。

「うぅ……お母様から尻に敷くのは夫だけよ、って言われてたのに……ッ!!」

 そのまま俯いて何かを呟く王女様だが、何故か嫌な予感がしたので全力で聞かなかったことにした。

 そうして、現実を逃避した先には──

「この非常事態に随分楽しそうですね、ご主人」

「ちょっとなに言ってるかわかんない」

 ──凄まじく冷たい眼差しでこちらを見つめている黒猫の姿があった。

 誰よりも近くで俺の災難を見ていたはずなのに、どうしてそんな目が出来るのか。

 だが、悔しいがコイツの言葉には大体いつも一理ある。

 俺は改めて、現状を確認する為に起き上がり、ナイアの方を確認した。

 先ほどから第二王女様の声が聞こえないけれど……、大丈夫なんだろうか。

「へぇ。やっぱり大した身のこなしだね。……その歳とは思えないや」

「どうしよう……。やっぱり責任は取らせるべきかしら……?」

「下衆からの賞賛など要らぬわ。妾の問いは一つだけよ。貴様、あの小娘を何処へやった?」

「でもでも……庶民と結婚なんて、絶対に無理!! それにアリアがなんて言うか……」

「アリア・アルレイン・ノートのことかい? 彼女が小娘ってことは、やっぱり見た目通りじゃあ無いみたいだね」

「あー!! でも夫以外に私のお尻の感触を知っている男がいるなんて不貞だわっ!! はしたない!!」

「聞いているのは妾じゃというに!!」

「おおっと、危ない。本当に手が早いなぁ」

「そうだわっ!! 殺せば良いじゃない!! そうすれば私の不貞も無くなるし、これで万事解決よ!!」

 今、事件は二箇所で起きていた。

 というか、失礼だけど王女様がうるせぇ。

 しかも、ナイアに集中してた所為でハッキリとは聞こえていないけど、この人なんかヤバい方向に着地しようとしてないか?

 とりあえず、事態が事態なんだから落ち着くように言っておくとしよう。

「あ、あの……王女様? とりあえず、今は落ち着いて──」

「きゃぁっ!? こ……今度は肩を抱くなんて……この変態ッ!!」

「いや、軽く叩いただけで……でじゃゔッ!?」

「うぅ……やだぁ……もうお嫁にいけないわ……。絶対殺すぅ……殺してやるんだからぁ……!!」

 うそ。人が綺麗に入った肘鉄に呻いている間に、王女様は完璧なる殺意の波動に目覚めてしまっていた。

 その瞳の漆黒の意思を見れば、現状の深刻さは明らかである。

 まさか、肩が彼女だけの殺る気スイッチだったなんて、誰に予想できるだろうか。

 くそっ。誰か教えてくれよ。どうして現場に血が流れるんだ!!

「チクショウっ!! 知恵を貸してくれ、ノワール!! このままだと俺が死ぬっ!!」

「いやッ!? この本当に大変な時に何をしているんですか、ご主人!?」

「なにもしてないんだよなぁ!!」

「何かした人はみんなそう言うんですぅ!!」

 そうして、いつも通りに騒ぎ始めた俺とノワールであったが、今回ばかりはいつも通りという訳にはいかなかった。

「ぐぅっ!?」

「「ナイアッ!?!?」」

 急な轟音と共に、僅かに聞こえた呻き声。

 それが今まで一緒に旅をしてきた少女のものと分かった瞬間に、俺とノワールは慌てて視線を戻した。

 見ればまるで何かを防いだかのように交差された少女の腕から、爆発の余韻のような硝煙が僅かに確認出来た。

「爆裂魔法の無詠唱……。加えてこの威力とは、下衆にしてはやるではないか」

「それってこっちの台詞なんだけど? どうすればただの拳で今のが防げるのかな?」

 爆発により生まれた距離の中。

 油断なく『勇王』との会話を一つ交わしながら、ナイアは腕の交差を解き埃を払うように数度叩く。

 その様子から今のが致命傷には程遠いと知り安堵の吐息を零した俺とノワール。

 だが。

「いかんな……。これは今のナイア君では勝てんぞ」

 不意に聞こえた老人の声に俺たちは驚きを隠せなかった。

「そっ……そんな理事長ッ!! 今の話は本当ですかっ!!」

「ナイアが勝てないって……どういう事ですかっ!?」

 俺たちはそう問いかけながら、理事長の近くへと向かおうとして、後ろ手に出された掌だけでその動きを封じられてしまった。

 そうして、あの不気味な男からまるで俺たちを隠すように立つ老人は静かに口を開く。

「魔法の威力や立ち回りから見るに、ナイア君の今の実力は儂より少し上程度じゃろう。じゃが━━、相手の方は底が知れん。鑑定妨害の方法すらも分からん。魔法をあれだけ使っているのに、発動まで一切の魔力が感じられんのじゃ。ただ……、予想するに少なくとも師匠クラス……儂やナイア君の二倍以上の<ステータス>は有しているじゃろうな」

「で、……でもナイアは勇者クラスなら勝てるって言ってましたよ!! それなら──」

「『夜が来れば』──とも、言っておったじゃろう。少なくとも日没まではまだ時間がかかる。それまでナイアくん(・・・・・)一人(・・)で凌ぐのは無理じゃ」

「そ……そんな……」

 そこまで話して、俺とノワールはナイアを見る。

 大魔王としていつも快活に笑い、堂々とした背中を見せてきた彼女の姿を。

 だが、今の彼女は目の前の敵に集中しており、こちらの声など届いていないようであった。

 視線だけの振り返りもしないその様子からは、常の余裕は感じられず、それこそが現状の危険度を教えてくれていた。

「あれ、もう飛び込んでは来ないのかな? それなら聞きたい事もあるし、少しくらい会話をしてくれる気になったなら、僕としては嬉しいんだけどね」

「……ちっ。本来であれば早急に黙らせるところじゃがの。認めたくはないが、今の妾ではそれはちと難儀なようじゃ」

「ふぅん? ……今の(・・)か。また意味深な台詞だね。まぁいいや」

 そこまで話して、『勇王』は軽く首を左右へと揺らし、調子を確かめるように肩を一つ回した上で、再度口を開いた。

「まず、僕からの質問だ。『神具』によって僕の擬態を見破ったのは分かったけど……、そもそもなんで『神具』を持ち込もうと思ったのかな?」

「彼の『魔杖』から『賢者』の反応が消えれば、どんな愚者でも危惧するじゃろうよ」

「……ああ。なるほど、そういう事か。それは考えてなかったな。まぁ、『四大英雄』を吸収するのは初めてだったし、仕方ないか」

「……その言葉、自白と言うにも余りにも白々しいモノよな。やはり、貴様が全ての元凶か」

「おや、バレちゃったか。これは失敗したなぁ」

 瞬間、ナイアの殺気が膨れ上がった。

 それは何も単純な比喩表現ではなく、実際にナイアの体から溢れ出た魔力が一陣の強い風となり部屋中へと広がった。

 遠く離れた俺ですら、腕で目を守ってしまうほどに凄まじい迫力であったが、『勇王』の態度にはいささかの変化も生まれなかった。

「会話を謳うのなら貴様にも答えて貰おうかの。貴様……『ルーエ(賢者)』と『小娘(王女)』をどこへ隠した」

「話しても良いけど……それって実質、質問が二つだよね? それなら僕の方からもあと一つ聞きたいんだけど、君のその異質な体術は、なんて言う<スキル>かな?」

「妾の拳に名など無いわ。お主……、これ以上の誤魔化しは為にならんぞ」 

「剣呑だね。でも、そうか。<スキル>じゃあ無いのか。残念だなぁ。……これ以上の会話は難しいみたいだし、仕方ない。教えてあげるよ」

「御託は良い。疾く話せ」

「なんては言っても━━別に隠してはいないんだけどね?」


 ━━事態は激変した。

 やはり、俺はその変化についていけなかった。

 ここから先。

 起きた事象の一切合切において、成金望は何も、何一つも出来なかった。

 何の役にも立てなかったし、ただただ確かな足手まといだった。


 知っている筈の少女の顔が、見た事も無い表情を作って嗤う。

 他者を見下すように、小馬鹿にするように。

 こちらの記憶を、思い出を、塗り潰すように、塗り替えるように、少女が嗤う。


「どうも。アリア・アルレイン・ノートって言います。……よろしくね?」

「き……貴様ぁぁぁあああああああ!!!!!!」


 吠えたナイアが激怒の拳を叩きつける。

 瞬時に張られた結界を、同じように瞬時に打ち破って、彼女の拳が情け容赦なく、遠慮呵責の一切なく、少女の顔面を捉えて吹き飛ばす。

 これまでとは違う、結界を超えた一撃。

 それはナイアの怒りを確かに証明するものであり━━


「酷いなぁ。女子の顔だぜ? そんなに容赦なく殴るなよ」


 ━━そんな一撃ですら、その存在には届かない事の証明であった。


 無傷の少女が体を叩き埃を払って、そう零す。

 なんでも無いかのように。

 魔王の拳を受けて尚、余裕の態度を崩す事もなく、ソレが嗤う。

 約十メートル程の両者の距離。

 それだけが……、渾身の魔王の攻撃が残せた頼りない戦果であった。

「さてと。……割と好き放題やってくれたよね。そろそろ僕からも反撃させて貰うよ」

「なに……ッ!?」

 言葉の終わりと共に、詠唱などという前兆なく、それは起きた。

 どこからともなく飛来した剣が、ナイアの腹を刺し穿つ。


 ━━鮮血の赤が床を汚した。


「がぁ……ッ!!」

 聞いたことの無い声音が漏れる。

 明確な苦痛の色を確かに滲ませて、仲間が確かに呻いていた。

 その現実味のない光景に、俺の思考も、声も、何もかもが━━、追いつかない。


「接近戦には自信がありそうだしね。近づくのは怖いから削らせて貰うよ」

「ぬかせ……ッ!!」


 次の剣は二十と四本であった。

 轟音は鳴り続ける。

 それらの全てがナイアへ刺さった訳ではない。

 いや、殆どがナイアの拳や魔法によって防がれたと言えるだろう。

 だが、それはあくまで大多数。

 その剣の数本は確実に『魔王』を傷付けていた。


「凄いな。僕が持つ<ユニーク・スキル>の中でも、割と強い方なんだけど、これ」

「くっ……ッ」

「あの剣雨の中でも、毒持ちとレアメタル製だけ優先して弾いたのか? 信じられないな」

「余裕……じゃったわ……戯けがっ……」

「ははっ。なんだっけ。まるでアレだ。弁慶だ、弁慶」


 肩や足へと刺さった剣を抜き捨てながら、彼女はまた拳を作る。

 振り返る事もなく、唯一見える背中すら血に染めながら。


「いいねぇ、カッコいいよ。死なれちゃあ困るんだけど……。もうちょっとは余裕があるよね。目が死んでないし」

「ぐぅ……ッ!!」

「遊ぶつもりは無いけど、まだまだ削らせて貰おうか。窮鼠猫を噛むって言うしね」



 そうして少女が手をかざした瞬間、虚空から百を超える剣が現れて━━




「やらせねぇよ」




 ━━言葉と共に、指を鳴らす(・・・・・)音が一つ(・・・・)




「なに━━ッ!?!?」


 そうして、続いた結果は異常であった。

 まるで見えない力に引っ張られるようにして、中空の剣その全てが持ち主へと叩き返された。

 もはや爆音と呼べる程の轟音が重なり、少女の声を掻き消してゆく。

 先程までとは比較にならない破壊の嵐。

 そんな中でも、何故かその()の声はよく聞こえた。

 

「ははっ。やっぱ重力の可能性は無限大だなぁ、おい。力場の調整がちぃっと面倒だけどよ……」


 そうして、彼は台詞と共に歩を進める。

 フードを下ろし、ナイアの側へと歩み寄りながら。


「さて、久し振りに戦線復帰といくか、喜べ悪党。噂に名高い━━指弾の魔術師(シンド・ノルリッジ)の全力を見せてやるよ」


 燃える意思を瞳に乗せて、男はそう名乗り上げたのであった。



老人や、普段から見た目や年齢を弄ってる人が、全盛期の姿になる展開が大好物です。


玄海婆さんを思い出した人は、恐らく作者と同世代。

ビスケを思い出した人は、多分ちょっと若い世代。

……老人のまま活躍するのが好きな人は、多分英国人。


エイプリルフールネタにつきましては、ご感想を頂けたので今回は残す事にします。


読者の皆様、いつもありがとうございます。

生意気ではありますがご感想などは、いつでもお待ちしております。

(やる気ブーストで投稿が早くなります!


では、また次話にて。


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