閑話「嘘月」
━━そこは異質な空間であった。
集いし影は数えて六つ。
狐、童、鴉、鬼、霊、簪。
日本の妖怪として名高い空想上の存在が、実に平然と和室に居座るこの空間を『異質』と言わずになんと言うのか。
だが、そう感じるのも現代の日本に生きる『一般人』の感性であろう。
実際にこの場に集まった存在たちは実に堂々と座布団に腰掛け、茶菓子や茶などを愉しみながら雑談に興じているのだから。
「ふむ。全員召集とは『元号会議』以来よな。久しいと言うには余りに短い時代よのぅ」
「どうでも良いけど、今回の茶菓子担当は誰? 胡瓜が見当たらないんだけど? 僕に対する苛めかな?」
「何世紀も経つのに好物が変わらんと言うのも大概だな。まぁ、私たちの性質上仕方ないんだろうが」
「いやいや。スーパーにでも行けば売ってるんだから、まだ良いじゃない。おいらなんて最後に人肉食べたのがいつか思い出せないよ?」
「生きにくい世の中だねぇ。いっそみんな死んじゃいなよ。案外楽で良いもんだよ?」
「死んでから謳歌というのも不思議です。まぁ、初めから『物』の私が言えた義理ではないですが……」
彼らは実に親しげに会話を続ける。
打てば響くように軽妙にやり取りされる会話は、彼らの付き合いの長さを物語るようであった。
「それにしてもキュウビ様の言うことも分かります。今回の集まりは余りにも性急な気がします」
「拒否権も無かったしのぅ」
「僕としては春場所で忙しいから止めて欲しいんだけどね。この時期の召集は」
「世知辛いよねぇ。実際、今回は何で呼ばれたのかな? ヤタさん知ってる?」
「いや確かに私から皆に声掛けしたが、私自身も本題はまだ聞かされてない。今回は『天意』では無く『人意』であった上に、主催がまだ来ていないからな」
「げっ……。えぇ、ってことは今回の会議って、『人族』からの要望ってこと? 嫌だなぁ。またおいらのとこがやらかしてないと良いんだけど」
「オオさんは頑張って抑えてるのにねぇ。浮かばれないねぇ」
「鬼が人を喰らうのは性じゃからのぅ。しかし……ふむ。『人族』か」
「やだなぁ、僕。めちゃくちゃ面倒な予感がするんだけど。……どこの『家』の召集なの?」
「そんなに嫌な顔をしなくても……。普通にいつも通りの『召集』でしょう。不安定な時代とはいえ、『和』を言霊で括ったばかりですし。そんな異変が起こる筈が……」
「いや、期待を裏切って悪いが私に召集の依頼を出したのは、『望月』の姫君だぞ?」
━━だが、その会話も鴉の一言により凍り付いてしまった。
不思議そうに、気怠げに、真面目に、嫌そうに、他人事のように、とりなすように。
思い思いに話していた彼らの会話が、大妖怪たちの雑談が息を合わせたように止まったのだ。
そして━━
「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!?!?!?」」」」」
━━鴉以外の全員が同時にそう叫んだのであった。
「ちょちょちょちょ……ちょっと待って!! えっ!? よりによって『望月』っ!? 聞いてないよ!?」
「言ったら来なかっただろう。姫君の不興を買いたくはないからな。私は」
「ヤタさん、それは無情過ぎるよ。悪いけど僕はちょっとトイレに行こうかなぁ」
「霊体に排泄が必要とは知らなかったな」
「そういえば妾は少し急用を思い出したのじゃ!! 油揚げが調理の途中でのぅ。名残惜しいがお暇するのじゃ」
「どうでも良いけど、私は確実に連れてきたからな。今から帰るなら自分で言い訳しろよ」
「……詰んだ。ああ、ここで死ぬならあの時、『頼光』に完全に殺されてやれば良かった」
「ま……まぁまぁ、皆さん。逆に考えましょうよ、まだ『望月』で良かったじゃないですか」
「いや、ツクモ。重ねて希望を潰して悪いけど、姫君が言うには今回の召集は『夫』の依頼だそうだ」
「そ……そんな……。それじゃあ、今日来るのって」
今度は一つの感情に統一された各自の顔を見ながら、鴉は重々しく口を開こうとした。
口に出すことで自分自身、絶望に染まると知りながら、逃げようがないその現実を。
だが、幸か不幸か。
その瞬間は訪れなかった。
鴉が話すより先に、一つの声が空間を支配したのだから。
「よぉ。揃ってんじゃねぇか。てめぇら」
━━気づけば。
名だたる大妖怪ですら意識出来ない程に唐突に、全員の目の前、机の中央に錫杖を肩に乗せ、深く座り込んだ姿勢で、そう俗に言ういわゆるヤンキー座りを決めた姿勢で、男が現れた。
「良かったなぁ、お前ら。俺が『鳴鐘』で」
妖怪たちが青ざめていく。
だが、逃げるものは誰もいない。顔は間違いなく絶望しているにも関わらずだ。
それは、それぞれがまるで見えない『ナニカ』に捕らえられているかのようで。
「百八つだけ、数えてやらぁ。その間に名乗り出たなら、輪廻への回帰くらいは許してやる」
錫杖が澄んだ音を鳴らす。
祝詞を唄うように。妖を払うように。
「ウチの倅を殺した奴ぁ、目を瞑れ。泣き別れた己の胴体なんざ見たかぁねぇだろ?」
その昔、帝国の歴史において、『神が人へと成り下がる』必要があった。
刻まれた戦禍の全てがそれを強要し、帝国は崩壊した。
例えその裏に人外の意思があったとしても、負けたが故に抗いようもなく、日輪が落ち、日の丸が堕ち、其処は只の日の本へと成り果てた。
けれども、表の大戦では大敗を喫しようとも、時の皇は決してただ負けはしなかった。
悠久なる歴史の中で残された数少ない『純粋たる人間種』の根絶。
数千年を超える歴史の中で、唯一意図して完全に『人外』の血を取り入れなかった『皇』の一族の失墜。
それ即ち、この世界における『神通力』の完全消去。
それこそが裏の戦いにおいて、敵が狙っていた目的である。
だからこそ、時の皇は密かに家を分け、名を変えさせた。
続く世界でも、人々が妖魔に、怪異に、泣かぬように。
封魔の一族『望月』。祓いの一族『宵闇』。清めの一族『暁』。
そして━━
「倅はまだ十五だったんだぜ? 『十六夜ノ儀』の前に殺すなんざ……俺に対する宣戦布告だよなぁ、おい?」
━━退魔の一族『鳴鐘』。
今、その中でも歴代最高の能力をもち、この魑魅魍魎が大人しくなった現代にも関わらず、歴代最高の『実戦経験』を持つ男は、怒りを露わにしながら、確かにそう言ったのであった。
タイトル通り、エイプリルフールネタです。
といっても、この設定は嘘ではなく、元々考えていたものです。
(本編には全く関わりませんが……
実際、本編の最序盤で転生理由に『一万人死亡毎に一人を転生』となっていますが、女神のその言葉を信じるには転生者が少なすぎるんですよね。
(世界の総人口何万人だよっていう。
実はノゾムがいた『現代日本』の世界には、古くから狼男やドラキュラといったような怪異がいて、人類と共生していく内に、血が混ざっちゃった感じです。
(転生対象は純粋な人間だけ……理由は女神の気まぐれ……
まぁ、エイプリルフールネタとして、軽く読んでもらえたら嬉しいです。
それから最後に一つ。
いつもはエイプリルフールネタは一週間くらいで削除するようにしているのですが、
今回の話は一応、外伝としても捉えられるので少し悩んでおります。
もし宜しければ、残すにしろ、消すにしろ
感想欄にて、ご意見やご要望を頂けましたら幸いです。
では、読者の皆様もどうかお体にはお気をつけて。
新年度もお付き合いのほど頂けましたら、
作者としては最上の喜びですん。
それでは、次話で。