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第104話「俺を起こさないでくれ。死ぬほど疲れてるんだ」

「だぁ〜。つっかれた〜」

「だらしがないですよ、ご主人」

 ──言葉と共に布団へとダイブ。

 柔らかいなぁ。多分これ柔軟剤使ってるわぁ、などとアホな事を考えながら、我が身を受け止める優しい感触に頬を緩ませる俺だが、生憎と相棒である黒猫さんはそんな俺の堕落を許してはくれないらしい。

 俺はぺしりと軽くぶつけられた尻尾を、同じく軽く握りながら、黒猫へと言葉を返した。

「こらこら。我は主人ぞ。尻尾で頭を叩くんじゃないよ」

「主人であるのなら従者から敬われるように振る舞うべきでは? せめて荷物を整理してから休んで下さいよ」

 溜息を吐きつつ、捕まった尻尾もするりと脱出させながら、俺が脱ぎ散らかした服を拾い、畳んでいくノワールさん。

 なんともオカンのような所作ではあるのだけれども、猫の手でどうやればそういう芸当が可能なのか。

 何回見ても不可思議な謎である。

「そぉい。上着はともかく靴下はやりませんからね、私」

「うぉい、こら。せめて顔面に投げつけるのは止めろ」

 全く──、と言葉を返して、俺は渋々と上体を起こして、投げつけられた靴下を拾い、そのまま嫌々ながら荷物の整理に移行した。

 というか本当に、思った以上に働き者の猫である。

 そうして。

 粛々と言われた通りに荷物整理を始めた俺を見ながら、ノワールは欠伸を零して言葉を紡いだ。

「ふぁ……ぁあっと。……まぁ、ご主人の気持ちも分かりますけどね。いやはや、『賢国』からここまで約一週間。毎日、毎日、『第二王女』様からあんな熱視線を向けられれば、気疲れもやむなしでしょう」

 車内はやる事もなくて暇ですし──、と言って、もう一度欠伸をするノワールさん。

 平和な光景だと思いはするが、そちらも随分だらしないんじゃあないですかねぇ。

「……まぁ、それだけじゃないんだけどな」

「……ナイアのことですよね」

 ぽりぽりと頬を掻きながら、心中の不安を少し零した俺に同調するように、ノワール自身も声の調子を幾分か落としてそう言った。

 その態度に背中を押されて、俺は腹を決めてノワールへと向き直る。

「実際、理事長の話から少し元気が無いだろう? 満月も近いのにあんなナイアは初めて見たぞ」

「ナイアからすれば、ルーエさんは私たち以外で初めての友人ですしね。その生死が不明ともなれば落ち込むのは分かりますが……」

 ノワールの言葉に俺は頷きと溜息と、そして言葉を返す。

「それだけじゃないよな。なにかは分からんけど、他の要素もあることは間違いない」

「本人も気持ちの整理中みたいだったので、今まではそっとしてましたけれど……そろそろどこかのタイミングで話を聞くべきでしょうね」

 互いの想いを確認し、俺たちは頷きあった。

 この異世界に来てからずっとこの三人パーティでやってきたのだ。

 なんとか力に成ってやりたいという思いは、どうやら一緒であったらしい。

 ちなみに。

 話題のナイアさんであるが、現在は何処かへ散歩中である。

 宿に着いた途端に、外の空気を吸いに行く、と部屋を出ていってしまったのだ。

 いつも俺やノワールにべったりな彼女らしくない行動であることは確かだろう。

 まぁ、きな臭い『勇国』の王族に会うということで、危機感から敢えて転移魔法を使わずに車で旅を続け日程調整をした結果、明日の謁見日は『満月』である。

 つまりは今日は満月前夜。

 吸血鬼である彼女からすれば良い夜であろうし、この散歩が僅かばかりの気晴らしになれば良いのだけれど。

 ──などど、そこまで考えたところで。


「おはなし、ちゅうに、まじ、そーりー。けれども、ちょいちょい、あ、てんしょん、ぷりーず。まりょくが、すわれて、さぁ、たいへん」


 黒猫と俺しかいないはずの宿屋の一室に、幼い子供のような舌足らずな声が響いた。

 奇妙な現象ではあるのだけれど、俺もノワールにも驚きはなかった。

 俺たちは静かに視線を声の方へと移す。

 そこには──

「このまま、つづけば、しんじゃうの。じせいの、くでも、よんじゃろか。らいせには、どうぐいがいに、うまれたい」

 ──俺の手首あたりから伸びた謎の『枝』に纏わり付かれながら、嫌な一句を読む『魔杖・ルテラシアン』の姿があった。

「あらら。ちょいと近づけ過ぎたか」

「ご主人。冷静に分析してないで、早く離してあげて下さい。なんか可哀想ですし」

「あいよ。こらー、『ユーグ』。いつもの水やりするから、それを離してくれー」

 言葉と共に俺は手首の辺りから伸びるその『枝』を二度叩いた上で軽く引っ張った。

 すると、『枝』は応じるように、しゅるしゅる、と動き始め、俺の手首へと全て戻っていった。

 その割にはリストバンド程度の体積に変化は無いように見えるのが、実に不思議なものである。

「そろそろ見慣れてきましたけど、『ユグ』のそれはどーなってるんでしょうね?」

「さてなぁ。異世界ファンタジーの不思議よな。っと、ノワール。わりぃ。ちょいと『ユグ』に水をあげてくるから、この『ルテラシアン』持ってて貰っても良いか?」

「いやいや無理ですよ。ご主人。その杖には魔力拒絶があるから、ご主人以外には持てないんですってば」

「ああ。そういえば、そうだった。……面倒くさいな」

「めんどう、くさいとは、きずついた。るてるて、しんそこ、まじ、しょっく。でもでも、おたすけ、まじ、かんしゃ」

 俺は意外とお喋りなこの『杖』が、右手の『枝』に触れないように慎重にベッドの上へと置き、自分自身はベットを離れて洗面台へと向かう。

 そして軽く蛇口をひねって出てきた流水の中へ、自らの手首が来るように俺は右手を固定した。

 しゃああああ、という水音の中で、手首へと巻きついたその『枝』が、どこか気持ち良さげに、くねり、くねり、と身をよじる。

 言葉は無いがどこかユニークなその動きに思わず苦笑を零しつつ、俺は左手の指で『枝』をさすってやった。

 すると、『枝』はくすぐったそうに身を捩り、伸びるようにして逃げていく。

 そんな様子に心を癒されていると、黒猫から声がかけられた。

「それにしても、そろそろ呼び慣れてきましたけど、植物っぽいから『ユグドラシル』って、相変わらずご主人のネーミングセンスはどーなんでしょうね?」

「なんだよー。不満か、ノワール?」

「いや、不満というか、ほら。私ってば黒いからノワールですよね?」

「おう」

「ナイアは吸血鬼で、ナイト(夜)から取ってナイアでしょう?」

「おう」

「安直だなぁ、と」

「そこは率直と言ってくれ。……でも、実際。カッコいいだろ? 『ユグドラシル』」

「……まぁ、めちゃくちゃ格好いいですね」

 そこまで話して、俺らは目を合わせ軽く笑いあう。

 なんやかんやとクールぶるノワールさんではあるけれど、これまでの付き合いでセンスが似てる事は確認済みである。

「しっかし、呼び慣れたか。確かに一週間くらいにはなるんだが、あの理事長室での話の後、いきなり『ユグ』が動き出した時はびっくりしたな」

「心臓が止まるかと思いましたね。ご主人が『ルテラシアン』の傍を通った瞬間に、『枝』が伸びたかと思えば……」

「『きゃー、えっち。るてるて、まいっちんぐー』……だもんなぁ」

 そこまで思い出して、俺もノワールも更に笑い合う。

 いやはや、アレには本当に驚いた。

 突如、『魔杖・ルテラシアン』へと伸び、絡みついた『枝』だが、ソレはダンジョン内で俺の魔道具に憑りついた『ソレ』であった。

 勿論俺は慌てて引き剥がそうと動いたのだが、コレがビクとも動かないのである。

 その後、色々あって無事に引き剥がす事は出来たのだけれど、その時にうっかり『魔杖』を触った俺には、魔力拒絶が起きなかったのである。

 ……まぁ、そもそも俺には反発する筈の魔力が全く無かったことが原因らしいのだが、悲しくなるから考えないようにしよう。

 その後は、突如現れた『枝』に対する理事長側からの質問とか、シリアスな空気をぶち壊して話し出した『魔杖』への対応とか。

 ……正にカオスな空間であったと言わざるを得ない。

「ものまね、にてるね、おきゃくさん。るてるて、すこぅし、てれちゃうぜ」

「……この性格にも驚いたよな」

「……まず、喋ることが予想外でしたしね」

 聞けば、この『魔杖・ルテラシアン』こと、自称『るてるて』さんは、自我を持った『インテリジェンス・ウェポン』という部類の武器であったらしい。

 『あったらしい』、というのは理事長ですら声を聞いたことが無かった所為で、そんな事実は知らなかったそうな。

 『るてるて』曰く、賢者ルーエさんと最後に話したのも数十年は前の話だとか。

 そこまで思い返したところで、俺はそろそろ水やりを止めても良いだろうと考えて、蛇口を締めて部屋へと戻る。

 名残惜しそうに蛇口に枝が伸びたけれど、ポンポンと二度叩いてやれば、やはりしゅる、しゅる、と手首へと引っ込んだ。

 軽く意思疎通が取れると分かった時点で名付けてはみたものの、今の所は『魔力を吸う』ということと、『流水に浸かる』ということが好きらしいという事しか分からない不思議ちゃんである。

 そして纏まった『ユグ』と自身の腕をタオルで拭きながら、俺は言葉を投げ掛ける。

 口に出たのは『るてるて』への疑問であったが、どうやらそれはノワールの同意も得られるものであったらしい。

「でも、思ったよりもお喋り好きみたいだけど。良くそんな何十年も黙ってられたな?」

「確かに。僅かに一週間の付き合いではありますけど、ちょっとそれは意外な感じですね」

「えへへ、るてるて、もてもてか。しつもん、うけつけ、だいかんげい。るてるて、おはなし、ちょう、だいすき」

 ……なんだろうなぁ。

 外見はぴくりとも動かない『杖』の癖に、妙に嬉しそうに頭を搔いている姿すら幻想してしまう。

 魔法の杖って凄いわぁ。

「でもでも、このみは、むだばなし。るーえは、ほんとに、まほう、ばか。おはなし、してても、つまんない」

 そうして嬉しそうに紡がれるのは、主人への悪態である。

 本当に、魔法の杖って凄いわぁ。

「だから、ずっと、ねてましてん。ひさびさ、はなせて、ちょう、はっぴー」

「……なるほどなぁ」

「……なるほどですねぇ」

 なんとなく、ルーエさんの気苦労がしれる話である。

 あと、俺たちとの話を無駄話と切って捨ててるところも地味に凄い。

 舌足らずな口調に見合わない攻撃力は、なんとなくウチの魔王様に通じる所があるな。

「……その他のびっくりと言えば、この『ユグ』だよなぁ」

「元々は一週間くらいかけて、腕の魔道具から魔力を吸い上げるという事でしたけど、理事長の会話中にはそれも終わったみたいですしね」

「そうなぁ。いきなり魔力を吸う速度が上がったんだっけか? ナイアの読みが外れるのは予想外だったけど……。それ以上に俺の腕から離れない事も予想外だったな」

 振り返ってしみじみと感想を零す。

 いやぁ、あの時はマジで焦ったわ。

 もう何て言うか、色んなことが同時に起こり過ぎて、本当に全員が全員混乱してたしな。

 一瞬ナイアに腕を斬り飛ばして貰うことも視野に入る程には、危機的状況だったことは間違いない。

 何故かその話が出た瞬間に、ユグが高速で俺の手首に撒きつき戻って大人しくなったから良かったものの。

 ──と、そこまで考えた所で。

 俺は目の前の黒猫が、にまにまとこちらを見ていることに気が付いた。

 どうやら要らん事まで思い出したらしい。

「ご主人。半ば泣きべそかいてましたもんね」

「はぁーっ!? お前ッ、そう言うこと言うかね、ふつーっ!?」

「事実でしょうー? いやはや、焦りまくったご主人は見ものでしたよ」

 けらけらと嬉しそうに笑うノワールさん。

 確かにその発言は事実ではあるのだが、デリカシーとか、気遣いとか、主人への敬いとかそう言ったモノはないのだろうか。……まぁ、無いんだろうなぁ。

 どうやら。

 そっちがその気なら、こっちにも考えがあることを思い知らせる必要がありそうである。

「んなこと言い出したら、どっかの黒猫さんだって、心配で鼻水出しながら慌ててたじゃねぇか」

「んなっ!? なんてこと言うんですか!! 名誉棄損ですよ、ご主人ッ!?」

「いーや、事実だかんな。めっちゃ鼻声だったぞ、あの時のお前」

「言うじゃないですか!! どこかに証人でもいるんですかー!? 連れてきて下さいよ!!」

「のわのわ、たしかに、はなでてた。るてるて、こそが、いきしょうにん。ゆぐゆぐ、ぽかぽか、なぐってた」

「にゃぁぁぁあああああ!?!?!? ちょっとルテルテさんはお黙り下さぁああいっ!!」

「はっはーッ!! なんだかんだ心配してくれてありがとなー!! ノワァルさんよぉ!!」

「こんなのはっ!? こんなのはっ!? ……私のキャラじゃあ、ありませーん!!」

 そう叫ぶと赤面したかのように、(まぁ、猫だからその辺分からんけど)、尻尾を逆立てて恥ずかしそうにしたノワールさんは、しゅたたたっ、と廊下へと飛び出し、どこかへ走り去ってしまったのだった。

 あれで案外、アイツが主人思いなのは伝わっているんだが、素直じゃないというか、ツンデレというか、どうやらそっち方向のいじりは苦手らしい。

 存外に(うぶ)な猫である。



 そうして。

 俺たちが馬鹿な話で時間を潰し、更に落ち着いたノワールが時間を置いて部屋に戻ってきた後。

 ……更に、時間が過ぎ夕食の時間になってすら。


 ──ナイアは帰ってこなかった。


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