第102話「さぁ、行こうか。理の涯てへ」 閑話「???」
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──あれから。
新しい地下室にテンションが振り切ったメグリさんと別れ、俺たち三人パーティーはダンジョンを出たのだが、その瞬間に人心地つく間も無く理事長に捕まり、転移魔法にて理事長室へと拉致られた。
いきなりの事であり、食事前であったナイアからは強い不満の声も上がったのだが、理事長から聞かされたとある爆弾は俺たち全員のクレームを黙らせるに十分な威力を持っていた。
「……ルーエさんが死んだ?」
──知り合いの突然の訃報である。
動揺、驚愕、疑念……今のこの感情をなんと言えば良いのか分からない。
幸いにも日本にいた頃は近しい人の死なんて経験が無かったし、この世界に来てからですら縁は無かったのだから。
ましてやそれが──
「じょ……冗談ですよね、理事長? 三百年も前から『賢者』として生きてきたルーエさんが死んだなんて……」
──人類の到達点。
『魔王殺し』の『四大英雄』としての最高ステータスを誇る相手の死亡なんて、例え寝耳でなくとも受け止めきれるものではないのだから。
「残念ながら本当じゃ」
そういうと目の前の老人は静かに体をずらし、指差しによって、壁際にある棚の中、とある一本の杖へとこちらの視線を誘導した。
先端に宝石が一つあしらわれた以外は無骨に素朴にまとまったデザインのそれを見せつけながら、極めて静かに彼は言った。
「『魔杖・ルテラシアン』。師匠を『賢者』足らしめていた『神具』じゃ。……今となっては見る影も無いがの」
そういう老人の視線は杖の先端……宝石へと向けられていた。
その意味は馬鹿な俺でも理解出来た。
大学の講義で習った事実。
魔力登録を行った魔道具は、取り付けられた魔石により、持ち主を識別し他者を拒むという。
そして持ち主がこの世から去った場合には、その魔石から光が失せ、新たな使い手を登録出来るという。
理事長の反応からすれば、『神具』と呼ばれるこれもその辺りは同じなのだろう。
「そ……そんな……」
ぐるぐると思考が巡る。……いや、それも格好をつけた言い回しだ。今の俺の脳内に思考なんて高尚なモノは無い。
混乱が極まりすぎてぐっちゃぐちゃに煮詰まった言語化不可能な思念とも呼べないナニカ。
それが正直な俺の現状であった。
異世界転移などをして、多少の危険に慣れたとはいえ所詮は俗人に過ぎない俺にはそれが精一杯だった。
──だが、『魔王』は違っていた。
「……のぅ? ルーエは最期まで『勇国』におった──、という認識に誤りは無いんじゃよな?」
そんな言葉共に、いきなり熱気が飛んできた。
──いや違う。
これは俺に向けて飛んできた訳じゃあない。
真横でナニカが溢れかえったのだ。
俺は思わず、先の声の主へと視線を移す。
平時であれば天真爛漫な笑顔を見せる事が多い彼女だが、今、その表情は例えようもないほどに、強い憤怒に染まっていた。
彼女らしくない明らかな異常を確認し、俺は恐る恐る彼女へと話しかけた。
「ナ……ナイア……? だい……じょうぶ……か?」
「ノゾム。その問いは不要じゃ。死んだのはルーエ。妾は生きておる。話の肝はそこでは無い」
言葉の上では彼女は冷静だ。
だが、視線を移した事で俺は気付いてしまった。
──硬く、ただただ硬く握り締められた彼女の拳から、僅かに血が垂れている事に。
恐らくは爪で自らを傷つけてしまったのだろう。
そうまでして彼女が拳を作る理由は聞くまでも無い。
「ルーエは仮にも『賢者』であった。<ステータス>からしても只の人間にアレを殺すのは厳しかろ。アレはあれで頭も回る。策謀を加味しても『転移』も出来ずにというのは不自然じゃ」
魔王は……ナイアは淡々と自分の意見を述べていく。
──まるで頭の中を整理するように。
──拳を振り下ろす先を確認するように。
思考を丸ごと焼け焦がすような怒りの全てを、彼女は正しき『仇』にのみ向けようとしていた。
「じゃが、彼奴はああ見えて身内には甘過ぎるところがある。──それが同じパーティーの仲間なら、もはや警戒なぞせんじゃろうな」
それは結局の所、『疑わしい』というだけに過ぎない。
『可能』と『実行』は全く別の話である。
──だ、けれども。
「……もし、万が一の話じゃがな」
疑心は『鬼』を呼び起こす。
その疑いが強ければ強いほど、『鬼』は暗く、昏く嘲笑う。
「『勇者』が……そんなルーエのそんな甘さを利用し、信頼を裏切ったというのなら──」
ああ、いつぞやの問答との決着をつける時がきた。
答えだけは決めていたが、覚悟までは出来ていなかった。
「妾はルーエの友として、『勇者』を誅する」
『魔王』が明確な人類の敵に回ったときに、俺は──
「少し落ち着くのじゃ。ナイアくん」
──水が差された。
いや、差してくれたと言うべきか。
知らずに緊迫していた場の空気を改めてくれたのは、この会話を始めた主である理事長その人であった。
「ナイアくんが師匠の為にそこまで義憤を感じてくれたのは有難いがのぅ。事は『国』の根幹にすら関わる一大事じゃ。ひとまず、矛を収めてくれるかの」
老人は疲れたように、ただただ静かにそう語る。
彼の様子も明らかに平時とはかけ離れている。見た目とは裏腹に好奇心に目を輝かせ、軽いフットワークと言動で現場をかき乱すのがいつもの彼だ。
だが、今や見る影もない。もはや枯れ木のようにやつれてしまっている。
そして、そんな彼の様子は魔王様からすれば不満なモノであったらしい。
「……随分と余裕が有るではないか、リッジよ。お主の師匠の話しじゃぞ。──それとも、貴様にとってルーエはその程度の存在であったのか!!」
激昂が空気を揺らす。
直接向けてられていない俺ですら震える程の闘気を受けて──然れども、枯れ木は揺るがない。
彼はそれでも一切の動揺を見せる事もなく、魔王へ正面から言葉を返すのであった。
「儂と師匠の付き合いは何年になるか……。もう、覚えてはおらんがの。孤児であった我は魔法にだけ僅かな才能があってのぅ。日銭を方々からちょろまかしておった所を師匠に捕まり、半ば強制的に弟子にされたのじゃ」
「……」
「望んでもいない修行は厳しく、頼んでもいない説法はくどくての。当時の儂は心の底から師匠が嫌いであった」
「……」
何故か言葉は挟まなかった。
ぽつぽつと、訥々と、淡々と語る老人の言葉には、先程のナイアのような激情は感じられないのに、止める事は出来なかった。
「一番腹にきたのは儂が知らんところで『賢者』様が方々へ頭を下げて回っていた事じゃ。儂とて食うためにやったこと。飢えぬために、生き抜くためにやったこと。それを知らぬ第三者に謝られる事など何一つない──、とそう思うておった」
「ガキの言い分よ。いや、この場合は餓鬼の言い分かの。まぁ、どちらでも構わぬ。これが儂の本音であり、本心じゃった」
「そんなこんなの数十年じゃ。言葉にはし難いがの。アレはもう師匠というよりは母や姉を飛び越えて婆に近い存在じゃよ。頭が上がらん、目の上のたんこぶじゃ」
そこで彼は息を吸う。
今、気付いた。酷い隈に覆われているが、彼の瞳には強い意思が宿っていた。確かな意志がそこにはあった。
「死亡なんぞ認められぬ。何かの間違いじゃと探して、探して、探して、探し尽くしておったのじゃ」
ダンッ、と机が叩かれる。
老人とは思えない凄まじい力でもって。
破砕された机の欠片が舞う中で、彼は最後の言葉を吐き出した。
「結論から言えば、師匠は生きている可能性があるのじゃ。ノゾムくん達にはその確認の為、『勇国』への同行をお願いしたい」
──平和はここまでであった。
この後の俺たちは『勇国』へと赴き、最悪の存在に会い、最強へと邂逅し、そしてその冒険の果てに、理不尽な結果として──
「ええ。分かりました、理事長。ルーエさんの為に出来ることがあるのなら、喜んでお手伝い致しましょう」
──最低な終わりを迎える事となる。
閑話「???」
──観測による事象の決定。
「『アレ』まで見つけちゃうかぁ。凄いなぁ。凄い、凄い、凄い、凄い。ノゾムくんたら本当に凄いや。ここまで楽しませてくれるなんて、『ソラ』ちゃん以来じゃあないかなぁ。ああ、嗚呼、早く会いたいなぁ。さっさとレベルを上げてくれないかなぁ。日本人にしてはレベリングが遅いよぅ」
──シュレディンガーの猫とは有名な話で、箱の中に猫を入れ、四方八方から剣を滅多刺しにして、恐らくは『死んだであろう』状態にする。
「さてさて、はてさて、いやはや、まったく。『勇者』は帰国を急いでて、あっちの『魔王』候補の彼も、『龍王』もスタンバイ出来てるしぃ? タイミング次第だけど、これはノゾムくんが着く頃には面白い鉢合わせが期待出来そうかなぁ。わくわくするね、ぞくぞくする」
──だが、箱を開けて猫の死亡を確認するまでは『死んでいる』とは断定出来ないという思考実験だ。
例えのインパクトが強い為に、多くの知名度を誇る話であるが、現実的に考えれば酷く悪趣味な話である。
何故ならその場合──、開けるまでもなく猫の死亡は明確なのだから。
「ノゾムくん。ああ、ノゾムくん。君はどうしてノゾムくんなんだい? 選択の過程を魅せて。その覚悟の果ての結果を魅せて。仲間を失う悲哀を魅せて。悪意に沈む絶望を魅せて。ああ、死に場だよ、ノゾムくん!! 君の感動長編のクライマックスだ!! さぁ、僕に最高の真実の終わりを見せてくれ!!」
仮に、現実に猫にそんな仕打ちをして、わくわくとして『箱』を開けられる存在がいるとすれば、それはもう『人』ではないだろう。
──少なくとも。
人の感性ではないだろう。
そして、そんな狂人に捕まってしまったのなら、『猫』が助かる道なんてありはしない。
──第三者の助けでもない限り。
「……嗚呼、でも不自然な神通力の介入が見えないとは言っても、この広い世界でノゾムくんが地下の『アレ』に会うのは偶然が過ぎるよねぇ。もしかしたら、──がノゾムくんに力を貸してる可能性も残ってるか。神の座を失うリスクもあるし、賢い──ならそんな事はしないと思うけど」
──未だに結果は見えてこない。
だが、時間は止まらない。いつかは底へ着く。いづれは其処へ着く。
物語には波があり、山場があれば対となる底もある。
「他の誰かの介入でオチが変わるなんて最低だしね。何か神通力隠しの裏技があるなら──」
観測はすぐそこだった。終わりは目前まで迫っていた。
「──探して、潰して、塞がなくっちゃ」
閑話「???」
──異世界ではない異次元の繋がりの中で、二つの存在が会話をしていた。
否、正確には言葉を用いてやりとりをしているわけでは無いが、それでも確かに相互に意思を伝達しコミュニケーションを取っている事は事実であった。
『それで、私の出番という訳ですか』
「うん。まぁ、そういう訳だね。あの『樹』への誘導は流石に──も不自然に思うだろうし」
『それで私たちの介入がバレるというわけですね』
「いや、まだだと思う。──ってスペックは高いのにずぼらだからね。調べて警戒するにしても次からの筈だ」
『そうですか。では、私は如何すればよろしいでしょうか?』
「予定通り待機で。このままいけば、きっと僕は神の座を追われるだろう。少なくとも──としては、神界に幽閉してこの世界に、いや違うか。成金望に関われなくなるようにしたい筈だ」
『何度聞いても世知辛い話ですね』
「世知辛いか。『天使』らしくない言葉選びだね」
『失礼致しました。少々『ブレ』ました』
「いや、君たちはどうしたって主人に引っ張られる存在だ。気にしてないよ。話を戻そう。僕としてはそうなる前に彼のサポート体制を整えてあげたくてね」
『前から疑問だったのですが、神である貴方様がそんなリスクを負ってまで、どうして彼に尽くすのですか?』
「勉強不足だよ、『天使』。古来より『神』は『人』に尽くす存在だ。僕らは人の安寧を求める心により生まれ、破滅願望に寄り添い終焉を計画し、救済願望により浄化を実行した。そこに疑念の余地は無いさ」
『では、言葉を変えましょう。──様が、成金望という個人にそこまで尽くす理由はなんでしょうか?』
「……さぁてね。それは僕にも分からないさ」
『ご自身のことでしょう?』
「自分のことだからね。……というか、これは本筋に関係ないぞ。さっきも言ったが閑話休題だ。話を戻そう」
『失礼致しました』
「これから先、あと一度でも僕が彼に力を貸せば、恐らく怪しんだ──によって、君と僕は世界を挟んで隔離されて、今までみたいに僕から君に神通力を送る事は出来なくなるだろう」
『まぁ、そもそも今の内部パスがバレてない事が奇跡ですよね。どうやってるんですか、これ?』
「それはまた脱線だよ。というか、どんどん言葉が砕けてるぞ、『天使』。まぁ、良いや。そういう事態が起これば、僕からのサポートは出来なくなるけど頼んだよ、『天使』。どっちにしても世界に閉じ込められる僕からすれば、君だけが最後の頼りなんだから」
『お任せ下さい。私は天使。主の命令は絶対ですから』
「そうだね、そこに疑いは無いさ。じゃあね」
──そうして、次元の繋がりは切れ、存在の一つは孤独になった。
それは言葉では無いが、確かに独白という概念でもって独りごちた。
人外であるそれにも自身の考えを出力し、まとめるという行為は有効であるらしい。
『やれやれ。そのタイミングまでは現場待機。つまりは引き続き、使えないご主人のフォローですか。まぁまぁ、まぁまぁ、そういう命令だからやりますけど。やりはしますけどね。……はぁ、雇われとは辛い立場ですねぇ』
──『天使』というその存在も、そうして仕事へと戻るのであった。