第99話「マヌケは見つかったようだな」
ひっそりと、こっそりと、更新速度を上げていきたい症候群。
作品の内容に関する感想など頂けると有り難いですん。
~前回のあらすじ~
──ジャスト一分だ。良い夢見れたかよ?
「さて、ご主人。ちょっとは落ち着きましたか?」
「ああ。……いや、ちょっとまだダメージがデカいな。なんというか──大好きな幼馴染を信頼していた博士にならダイジョーブだろうと預けたら、チャンス×、ピンチ×、加えて肩と肘とひざに爆弾をつけて返されたような気分だ」
「どんな気分ですか、それは」
呆れたようにため息をつき、左右へ首を振るノワール。
だが、考えてもみて欲しいね。チートが手に入ったと思って喜んでいたら、実はチートでもなんでも無かったんだぞ?
友人を殺してまで手に入れたねんがんの武器がストーリーの終盤の店で売られていた時のような、命の恩人と友の蘇生を頼んだら土人形だったような、知性の神を憑依させた後の方がゴリ押しだった時のような。
──そんな『コレジャナイ感』のオンパレードマーチである。
そう簡単に切り替えて、払拭できるものでは無いのである。
「まぁ、良いんですけどね。ご主人の翻訳魔法が使えなくても、ナイアに頼めば読んでもらえるでしょうし……」
そう言いながら、ノワールは壁の文字をなぞる。
そして、なんとなくその指の動きを目で追う俺。
壁一面へと刻まれたその古代文字群は相も変わらずに理解の外で、つまりは俺は蚊帳の外で、チートだとかユニークだとか、スタンドだとかアルターだとか、全ては夢、幻の如くなり。
「嗚呼。なんという諸行無常よ。今なら祇園精舎の鐘すら聞こえそうだわ」
「なにを言っているんですか、ご主人。貴方は一度だって成り上がったことが無いじゃないですか」
「うるせいやぃ」
「なにを拗ねているんですかねぇ。まったく。……さて、ご主人に読めないのならナイアに読んでもらうしかないですよねー。ざっくりと良いので何が書いてあるのかくらい知りたいんですけれど……」
そう言うと、むむむ、と首を捻り項垂れるノワール。
そんなところだけ猫らしく、知的好奇心に満ち溢れているコイツにとってはこの古代文字群は気になるモノであるらしい。
未練がましく床の古代文字郡を引っかくその前足をなんとなく見つめる俺も、やはり未練がましいのかもしれない。
そんな俺の視界に──
◇■〇〇■×△……日の出づるところの転移者。こいつを、日の出づるところの転移者へ託す。
──それは唐突に現れた。
「……」
言葉もなく、俺はとりあえず自分の目を擦った。
確認って大事だしね。誰だってそーする。俺だってそーして──
──日の出づるところの転移者。こいつを、日の出づるところの転移者へ託す。
それでも。
見える文字に──否。読める文字に変わりは無かった。
どうやら見間違えや勘違いでは無いようだ。……そして、その前の文体が読めないことから察するに『翻訳チート』という訳でも無い。
俺は驚愕しながらも黒猫へと話しかけた。
「……ノワール。それはなんだ?」
「え? なにがですか、ご主人?」
指を指す俺を訝しむように見つめ返す黒猫。
どうやら文字を引っかいているノワール自身は気づいていないらしいが……、膨大な文字群の中にその一文は刻まれていた。
紛れるように、隠れるように、しかし一度気づけばハッキリと分かるように歴然と、日本語は刻まれていたのであった。
「それだ。……お前は読めるか、ノワール?」
「ん? 古代文字なんて私には……これはっ!?」
俺が指さした箇所を確認し、がばっ、と顔を上げるノワール。
その表情を見れば分かるが、どうやらコイツにも日本語は読めるらしい。
「……」
「……」
だが、俺たちはなんとも言えない顔で互いを見つめあった。
それもそうだろう。
この異世界の歴史そのものを表すような神々しい碑文の中に、突如として割り込んだその日本語は慣れ親しんだ俺たちであっても──いや、慣れ親しんだ俺たちだからこそ、非日常の中に紛れ込んだソレに気味の悪さを覚えたのであった。
だが、無視することは出来なかった。
読めるからこそ、この場ではどうしても知的好奇心が疼いてしまう。
俺は生唾を飲み込みながら、無言で読み進めていく。ちなみにノワールも俺と同じ気持ちだったらしく、無言のまま真剣な瞳で碑文と向かい合っていた。
──日の出づるところの転移者。こいつを、日の出づるところの転移者へ託す。
……なんてな。ガラじゃあないがコレはちょっとした茶目っ気だ。
この文字がいつ、どこぞの誰に読まれるのかなんて知らねぇが、少しはユーモアの分かる奴に読んでほしいってのが俺の願いだぜ。
ああ、あと同郷であればなお良しだ。
俺と同じ出身なら『大戦』の爪痕くらい知っているだろうからな。
まぁ、俺と同郷で転移者ってことは、確実に女神の息がかかってるってことでもあるんだろうが、それはしょうがないとしよう。
いや、こいつを作った理由を考えれば本末転倒な気はするんだが……今、それは良いんだ。置いとくぜ。
『大戦』の話をしたよな。そこから薄っすらと察しては貰えると思うんだが、もしくはそれこそを目当てにこんな場所まで辿り着いたのかもしれねぇが。
──敢えて、聞いとくぜ?
あの『大戦』の爪痕を思い返してそれでも、こいつが欲しいかい?
本当に、マジに、本気でその意味を理解してんのか?
言っとくが、此処で寝てるこいつはそれだけの代物だ。
それはもう、そういう風に俺が作ったんだから仕方ねぇ。
あんのイカレ魔法野郎の『鬼』にも、インテリ科学女の『機』にも負けちゃいねぇ。むしろ勝ってるだろう。
……それだけの代物なんだ。
この俺が━━、それだけの代物にしちまった。
まぁ、こいつを此処まで探しに来るようなアンタなら、それこそが朗報なのかもしれねぇけどな。
それでも、ここまで読んでるアンタに、恐らくはとんでもねぇ事情でこいつを必要としているだろうアンタに、俺から一つだけ頼みてえ。
こいつは、俺の子供みてぇなモンだ。
最後の最後に、ようやくそう思えたんだ。
だからこそ、こいつには自由に生きてもらいてぇ。
作った時こそ、女神の尖兵に対する切り札のつもりだったけどよ。
事実、その通りに扱っちまったけどよ。それで終わりなんて悲しいじゃねぇか。
こいつは戦果を……いいや。それこそ戦禍を多く残したけどよ。それはこいつの所為じゃねぇ。
あの時こいつは只の道具だった。あの戦争の原因は、全部持ち手の俺にある。
こいつはまだ生きてねぇんだ。人生の酸いも甘いも噛み締めちゃいねぇ。なんなら良い、悪いすら理解できてねぇ。
だから……、エゴだろうけどよ。短慮だろうがよ。同郷の奴に頼みてぇ。
お前が教えてやってくれ。常識を。道徳を。倫理を。
俺はもう教えてやれねぇからよ。
難しく考えなくても良いぜ。多分、近所のガキに教えるくらいのノリで良い。
それじゃあ、頼んだぜ。日本人。
ちっくしょう。間抜けだぜ。
開け方書くの忘れてた。オリハルコンは書き直しが面倒なのがたまにキズだよなぁ、おい。
ここの開け方は、四十人の盗賊に聞きな。ベタではあるが、それが王道ってモンだろう。
「……」
「……」
文を読み終え、顔を上げる。
見れば同じ動作をする黒猫と目があった。
どうやら向こうも読み終えたらしい。
「ノワール……。これってさ」
「……ええ、ご主人。アレでしょうね」
引き攣った顔を見合わせ、言葉を紡ぐ。
互いに言葉が震えているのは、読み取れた事実の重みの所為だろうか。
それでも、俺たちはなんとか呼吸を合わせて言いきった。
「「超古代兵器」」
やはり思いは同じだったか。
俺たちは揃えて、Aをひっくり返したみたいな顔をしながら、額をぶつけて話しだした。
「自衛の力が欲しいとは言ったけど、コレはマズイよな」
「明らかに過剰でしょうね。……というか、少ない情報からでもヤバさが伝わってきて、最高にヤバいんですが」
「落ち着け、ノワール。お前の語彙力がヤバいことになってんぞ」
「いやいや。これは落ち着いていられないでしょう!? なんですか、対女神の尖兵用の道具って!? 明らかに私にもガン刺さりしそうなんですけど!?」
「ノワール。……お前、消えるのか?」
「消えませんけど!?」
軽くふざけてみれば、割と本気で焦って尻尾をぶつけてくるノワールさん。
自分より慌ててくれる存在がいると落ち着くモンだなぁ━━、などど感謝しつつ、俺は思考をまとめていく。
まず、この読み取れた碑文は個人の主観を雑にまとめただけのモノであるが、それでも確かに分かることはある。
この筆記者が俺と同じ、日本人であること。
そして、そいつが作り、ここに隠した『ナニカ』が恐らくは『原子爆弾』級にヤベぇ存在であるということだ。
日本人で『大戦』と言えば、『世界大戦』のことだろうし、わざわざあそこまで注意喚起をするって事はそれしか考えられないだろう。
そこまで考えて俺は━━考えるのをやめた。
さっと立ち上がり、振り返ってその場から離れることにする。
「……よし。帰るぞ、ノワール。撤収だ、撤収」
「え? い……良いんですか、ご主人?」
若干の怯えや動揺を見せていたノワールさんだが、逃げの一手を打つことにした俺を見て、それはそれでどうなんですか、と頭を傾げ始めた。
まぁ、さっきのさっきまであんなに『チートが欲しい』だとか、『力が欲しい』だとか、叫んでいた奴がそのチャンスを棒に振ろうとしているんだから、その気持ちは分かりはするんだが……。
「いや、ノワールさん。流石にこれは無いだろ。人間の底知れない悪意の形なんて俺の手には余りますよ」
「そっ……そういうものですかね? まぁ、ご主人がそれで良いのなら、私から言うことはありませんけど……」
一度、そこで言葉を切り、深く息を吸うノワール。
なんとか肩の力は抜けたようで、ちょっと安心したように黒猫は台詞を続けた。
「ですが、開けないと決めればそれはそれで気になりますね。『パンドラの箱』ってこんな感じなんでしょうか?」
「例えにパンドラ持ち出す時点で、ヤバさには気づいてんじゃねぇか。良いから行くぞ、ノワール。俺たちは何も知らない、見てない、聞いてない。『地下へと通じる扉は開けるな』がウチのモットーさ」
好奇心は猫をも殺す。
変な化け物がいるかも知れない地下なんて、知らぬ、存ぜぬ、省みぬってなモンだろう。
女神の尖兵がどうとか、切り札がどうとか、苦しく、悲しい愛だとか、案外知らなくて良いことも世界には満ちているものである。
「ううん。……分かりました。それじゃあ行きましょうか、ご主人」
「あいよ」
そして、俺たちは若干の後ろ髪を惹かれつつ、強引にその場を後にしようと動きだした。
まぁ、文字群を視界から外せば興味を薄れさせることは出来るもので、俺自身も知らずに緊張していた肩の力を抜いて、ノワールと雑談を交わして━━
「ところでご主人。四十人の盗賊って何の暗喩でしたっけ?」
「んー?」
「いや、何かの作品だったのは覚えているんですけど、タイトルが思い出せなくて」
「らしくねぇなぁ、ノワール。それはアレだろ。ほら、アレ。あー」
「ご主人も出てこないじゃ無いですか」
「いやいや。まてまて。出てるから。ここまで……ここまで出てるから。あー。くっそ、名前が出てこねぇ。アレだよ。あー、で始まる奴。……あの『開けゴマ』で有名な奴。……あっ! アリババだっ! アリバ……へぁ?」
━━そのまま俺たちは仲良く、開かれた床へと落ちていくのであった。




