第97話「きみはかんちがいをしてるんだ。道をえらぶということは......」
ひとしきりの現実逃避をした後で、俺は仕切り直すように言葉を紡いだ。
「ま、まぁ……『龍王」さんについては、今のところ会う予定もないし、深く考えない方向でいこう」
「異議なしです」
「ふむ。それで問題なかろ。彼奴が興味を持つのは『強者』『金』『雌』じゃからな。静かにしてる分にはノゾム達が狙われる事もないじゃろう」
ビビる俺たちを宥めるようにナイアは優しくそう言ってくれたが。
……静かにしてれば、か。不穏な言葉ではあるが、それがフラグにならない事を祈るばかりである。
「──さて、それじゃあ切り替えて、レベル上げの作業に戻るとしようかねぇ」
「おー、ですよ。ご主人。あ、後。スライムとかスピリット系の上位種が出たら私が戦いますからね!」
「かかかっ。まぁ、妾が近くにおるからのぅ。二人とも安心して励むが良いぞ」
そうやって。
俺とノワールは不安を払拭するようにモンスターとの戦闘を開始した。
以下がその激戦の記録である。
VSスケルトンナイト
「みぎゃぁぁぁああああ!?!? 捕まってしまいました!! ごしゅじーん、助けて下さーい!!!!」
「なにしてんだ、ノワールっ!? おりゃあ!!」
「あっぶない!? ご主人!! 今、私ごと切ろうとしてませんでしたか!?」
「ちっげぇよ! お前を握ってる右腕を切り落とそうとしてんじゃねぇか!!」
「ひぃっ……またぎりぎりっ!? 死んじゃう!! ノワールが死んじゃうー!! この人でなし!!」
「こらっ、危ないから暴れんなって!! ただでさえ狙いづらいのに、全く狙えなくなるだろうがぁぁ!!」
「ううむ。ピンチなのに余裕がありそうなのは何故かのぅ」
VSラージスライム戦
「ぎゃーっ!? 取り込まれたっ!! 取り込まれてるぅ、わたしぃぃ!! 助けてー!! ノワールゥゥ!!」
「ふふふっ……良いでしょう!! ばっちこいですよ、ご主人!! 喰らいなさい、ラージスライムッ!! <火球>ッ!!」
「うおぉぉォンッ!? 俺ごとっ!? 俺ごと燃えてますよ、ノワールさぁぁぁん!?」
「はっ! さっきの私の気持ちが分かりましたか、ご主人!! 一方的に殴られる痛さと怖さを教えてやろうかぁ!?」
「お前!? わざとだなっ!! 絶対……絶対許さねぇからなぁ!! 絶対裏切りヌルヌ──」
「ああっ!? ご主人が台詞の途中で飲み込まれてっ!? さっ……流石にこれは……。ナイアーッ!!」
「……いや、助けるぞい。助けはするが……これ、助けは必要なのかのぅ」
VSビッグ・スパイダー
「ノオォォォウゥゥゥゥッ!? ああ……糸がぁ……糸がぁ……!!」
「ああっ!? なんという事でしょう!? ノワールが俺を庇って糸に捕まるなんてッ……!!」
「白々しいですよ、ご主人!! 貴方、糸がこっちに来るように明らかに誘導してましたよねぇ!!」
「ヒャッハッハッハッハッ!! 死ぬッ!! 糸に巻かれて死ぬんだよォ!!」
「発狂したフリで誤魔化すのヤメロォ!!」
「余裕があるじゃろ!! 絶対、お主ら余裕があるじゃろ!!」
VSゴースト
「うごぉぉぉ……!! 肩が……肩がめっちゃ重い……ッ!! ノワール……助け……」
「ご主人っ!! 臆することはありませんよっ!! それは悪霊ではありません。側に立つモノというところから名付けて『スタン──」
「──そういうのいいから!! 四十肩になっちゃうから!! ご主人が四十肩にぃぃぃ……ぶげらっ!!」
「ハッハー!! 良い気味ですよ、ご主人!! 跪けっ!! 命乞いをしろっ!! ゴーストから意志を取り戻せ!!」
「助けんぞ!! もう絶対に妾は助けんからのぅ!!」
そんなチャンピオンロードもびっくりな連戦を終えて、なんやかんやと俺とノワールのレベルが一つづつ上がったタイミングで俺たちは休憩を取ることにした。
その際に、俺もノワールも緊張感がなさ過ぎるとナイアにこってり絞られたのだが、それは些細なことだろう。
──っと。
そんな休憩中にそれは起きた。
「……ふむ? おお、これは珍しいのぅ。メグリの魔力じゃ」
「え? メグリさん?」
「あら。確かに教室以外で会うのは珍しいですねぇ」
「おいおい、ノワール。まだ会ってはいないだろう」
「おっと、そうでした。ついうっかり」
ふと呟かれたナイアの言葉に、俺とノワールも相槌を打つ。
メグリさんというのは俺たちのクラスメイトである女の子だが、大人しい性格をしておりダンジョンでのモンスター退治には興味がなさそうな御仁である。
そんな彼女の魔力がナイアの感知に引っかかったというのは些か意外であった為、俺たちは少し驚いていた。
「それで、どうするかのぅ? 会いに行くのならこの方向に数百メートルと言ったところじゃが……」
「んー。どうしようかねぇ」
ナイアからの確認に俺は軽く顎に手を当てながら考える。
まぁ、メグリさんが居るって分かっても会いに行くのは別の話である訳で、何か理由があってダンジョンに潜っているのなら、それを邪魔するのも──
「──まぁまぁ、そんなに深く考えなくても良いじゃないですか、ご主人? せっかく教室外でも会えたんですし、挨拶として一声だけでもかけましょうよ」
──、と。
消極的になりつつあった俺の思考を止めたのは、気楽な黒猫の一声であった。
人様の頭の上でだらーんと伸びながら、ぺしり、ぺしり──、と人様の後頭部を尻尾で叩いている姿はなんとも平和であった。
「そうだなぁ。……よし、とりあえず挨拶だけでもしにいくか」
「そうじゃのぅ」
そうして俺たちは深く考えずに、ノワールの提案通りメグリさんに会いにいくことにしたのだった。
「ふむ? ここを右じゃの」
「え? あー、これ道なのか……」
「これは分かりにくいですねぇ」
ナイアが言うには魔力の残滓を追っているらしいのだが。
「それで、此処を左に──」
「そしてインド人を右に」
「ノワール。うっさい」
そのルートがなんというか。なんとも言えないというか──
「……で、真上かの?」
「んー。あ、アレじゃね? あの窪みっぽいとこ」
「どうやって登ったんでしょうね」
「ふむ。まぁ、妾の土魔法で階段を作るかの。二人とも少し下がるのじゃ」
──明らかに普通の探索では見つけられないような道のりであった。
「うむうむ。どうやらこのすぐ先のようじゃの」
「おおぅ……やっと着いたか……」
「結構長い道のりでしたね」
肩で息をする俺の頭の上で、欠伸交じりに話すノワールさん。……いっぺんシバいたろか、ホンマに。
──などと考えながら、息を整えて視線を上げれば。
「……輪廻が……ええっと……いや、違うよね。『回せ』だった筈だから……輪廻を回せ……かな」
細い通路を抜けた先、視界には壁を前にしてぶつぶつと呟くメグリさんの姿があった。
どうやらこちらの接近には気付いていないご様子。集中をしていることが後ろ姿からでも分かるその迫力は話しかける事すら憚られる程である。
「ううむ。これは……邪魔になるパターンだよな?」
「そうですねぇ。思った以上に集中されて──」
「──ノゾムッ!! ノワールッ!! 引くのじゃ!!」
会話を遮り、ナイアが吠えた。
さらにそんなナイアの叫びを上書きするように──
──轟音が鼓膜を叩いた。
硬質な金属同士を衝突させたような破砕音に驚く前に、俺とノワールはナイアによって強制的に地へと伏せられていた。
「ぐぅ!?」
「いだいっ!?」
二人して間抜けな声を漏らす。
驚愕が巡り、混乱が頭を支配するが、現状を理解する暇もなく、すぐ近くにで新たな衝突音が鳴り響く。
「はっ!! コケ脅しよのぅッ!!」
そんなナイアの言葉と共に低く重い音が空間へ響く。
今までの音とは明らかに異なるその音色は、強い力でゴムを殴りつけた様な低く、重く、歪みのあるモノであった。
そこまで聞いて、そして目の前の光景を見て、俺とノワールはようやく現状を理解した。
『何か』がナイアと対峙している。そうして、それは明らかな敵意で以って、ナイアへ攻撃を繰り出しているのだ──、と。
「……ッ!!」
「かかかっ!! 良いぞ、良い良い!! 都合三度。届かぬ攻撃を放ちながら一向に衰えぬその士気。絡繰とはいえ健気な忠義、実に大義である。この魔王が称えてやろうぞ!!」
「……」
青く目を光らせながら、その機械人形は構えを解かない。
それどころかジリジリと距離を詰めてくる姿は、確かな闘志を感じさせるモノであった。
「察するにメグリの私兵じゃな? ならば案ずることは無い。壊さぬ程度に遊んでやろうぞ。来るがよい。忠犬よ」
「……ッ!!」
魔王が笑う。
口の橋を持ち上げて、酷く愉しげに。
その表情はもはや可憐な少女のモノとは呼べず、見る者全てに否応なく大成された器を想起させる程に、貫禄に満ち満ちたモノであった。
──そうして。俺たちにとっては本当に唐突に戦闘の火蓋が落とされたのであった。
「ご、ごめんなさーい!!」
──数十分後。
異常に気付いたメグリさんがゴーレムを止め、ようやく戦闘は終わりを告げた。
動きを止めたゴーレムを前に俺とノワールは言葉を交わす。
「いやぁ、後半は凄かったな。ノワール」
「ええ。個人的にはアダマンタイトゴーレムのデザインが一番好きでしたね」
そんな俺たちの前にはなんと十五体ものゴーレムが鎮座していた。
申し訳なさそうにしているメグリさんに話を聞けば、どうやら彼女は数ヶ月前からこの場所の古代文字を解析しているらしく、その作業中はゴーレムに護衛をお願いしているらしかった。
彼女曰く、此処に来るのはせいぜいモンスターだけであったため、今まではそれで問題なかったらしい。
まぁ、振り返ると確かに此処に来るまでのルートはとても人が通るようなモノでは無かったし、ナイアがいなければ俺たちだって辿り着けはしなかっただろう。
それに戦闘についても、初めはともかく、途中からは大声で話しかけるなり、なんなり方法はあった訳で。
それらを踏まえると彼女が頭を下げる必要は無いような気がする。
「いや、こちらこそ作業の邪魔をしてすいません。少し挨拶がしたかっただけなんですが……」
「失礼しました」
そう言って、俺とノワールはぺこりと頭を下げる。
我ながら実に日本人らしい所作であると思いながらナイアへと視線を向ければ、彼女は彼女で魔王らしく胸を張りながら楽しげに笑っていた。
「かかかっ。謝る必要は無いぞい、メグリ。妾にとっては良い余興であったからのぅ」
こういう時に丸く収めるために謝るでもなく、衝突自体を笑って受け止めるナイアさんはやっぱり素晴らしい大魔王だと感じる。
そんなナイアの一声もあり、メグリさんは申し訳なさそうにしながらも納得をしてくれて話を進めることができた。
「それで……ええっと、メグリさんはここで何をしていたんですか?」
「ええ。実はここの文字について少し調べてまして……」
俺の質問への回答として半歩分左にズレながら、背後の壁を指し示す。
それは一面の壁であったが、ダンジョン内でこれまで見てきた壁とは明らかに異なる点があった。
それは──
「──これは『古代文字』って奴ですよね?」
良く言えば複雑怪奇で難解な、悪く言えばミミズがのたくったような文字の羅列。
それはこの世界の学問研究機関にて度々議題に取り上げられる対象の一つ。
300年以上も昔の伝記を綴る神秘の象徴そのものであった。
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