どーん
高校生になった。とはいえ、俺の日常は何も変わらない。朝起きて飯を食って登校し、適当に授業を受け流して家に帰る。部活には入らなかった。理由は明白だ。面倒くさいからである。入学後数日間は周りが騒がしかった。いわゆる、友達作成期間だったのだろう。誰もが共感者を求めて教室を右往左往していた。何事も始めが肝心と言わんばかりにニッコニコしながら飛び交っている雑音を聞くのは、少々苦痛だった。
そんな毎日が過ぎていき、気がつけばもう7月になっていた。心なしかクラスの雰囲気も落ち着いてきたように思える。簡単に言えば、カースト層の区分がしっかりしてきたということだ。ただ、俺はそのどこにも属していなかった。だいたい一人でいるからな。話しかけられても愛想よく笑ったりしないし、誘われても何かと断っている。そのうちだれの気にも止められなくなって非常にマイペースに生活できるようになったことに関しては喜びの感情しか抱いていないレベルまである。…別に強がってなんかないし。友達なんかほしくないし。
「佐竹、ここの問い答えてみろ。」
当てられた。今は数学の授業中だった。感慨にふけっている場合ではなかった。
多少の焦りを感じつつ、席を立つ。運がいいのか悪いのか、俺の席は窓側一番後ろという位置にあった。机の上に開かれた一面真っ白なノートを後に残し、俺は問題の書かれた黒板をチラチラ見ながら教壇へ近づいていった。やっべーよおい、何にも考えてなかった。だがしかし、俺を当てた杉山の野郎も生徒の学力くらいはそこそこ把握してるはず。何度か小テストも行われているし、俺のおつむが残念なことも承知の上で当ててきたのだろう。ならば、俺にも解ける問題でなければおかしいし、むしろ正解するのが当たり前まである。
そう言い聞かせて、白いチョークを手にした。もう一度、今度は正面に立ってじっくりと問題文を見る。数秒の間、身体の周囲の空気が静止したような気がした。それは、ひんやりとした何かが体を這いあがってくるような、例えるなら冷蔵庫の中に突っ込まれた片腕が何となく冷やされて寒さを感じるような、そんな感じだった。
ふと、解法の糸口が見つかった。あぁなるほど。ここをこうして、aの値に二分の一をかけて…
「x=7、y=5です。」
途中式を書き終わり、答えまで来たところで声を出して杉山に伝えた。言いながらチョークを元の場所へ戻す。
「おう、正解。戻ってよし。」
解けたー。安堵する気持ちを胸に秘め、スタスタと席へ帰る。結構緊張したな。今度からは余裕で解けるように授業はしっかりと聴いておこう。あんな寒気二度と味わいたくない。
「……。」
席までの距離があと半分というところで、左斜め後ろの方から何か視線を感じた。この俺に興味を持ってくれる人間が果たしているだろうか、いや、いない。ということはつまり、この教室には幽霊がいるということになる。そういえば、こないだ怪談で幽霊の話を小耳にはさんだ気がする。おそらくそいつの仕業だろう。全くやめてくれよな。対象が俺じゃなかったら恐怖に震えて絶叫してるレベル。…ん、もしかしてそいつが問題の答えを教えてくれたの?超嬉しい。俺、今日から君のファンになっちゃう。
徒然とくだらないことを考えているうちに授業は終わっていった。
それからというもの、俺はたびたび視線を感じるようになった。男子トイレに入る時、下校途中で本屋に寄って立ち読みをしているとき、家でゲームをして遊んでいるとき、いつも誰かに見られているような気がした。多少気味が悪かったが、まぁみられて困ることもないし、正体は幽霊だと思っていたから特に問題はなかった。
ある日、登校を終えて下駄箱のロッカーを見てみると一通の手紙が入っていた。そこには、「屋上で待つ」とだけ書かれていた。俺はそれを見て、見なかったことにしようと思った。なぜなら、面倒くさかったからである。もしかしたらここ最近の違和感と何か関係があるのではないか、と思ったりもしたが、やはり行きたくなかった。面倒くさかったからだ。そして、俺はその場でその手紙をびりびりに引き裂いた。
その日の昼休み、弁当がかばんに入っていないことに気付き、中庭でやっている購買へ向かうために靴箱へ来た。そこでもう一度ロッカーから「無視すんな」と書かれた手紙を見つけた。そして俺は、その紙を再び、その場でびりびりに破り捨てた。どうせこのあとは掃除がある。ここに捨てたって構わないだろう。
靴を履き、中庭へ向かう。外を出て数歩歩いたとき、何か後ろで走り寄ってくる音がした。
「だあああかあああらああああ!」
轟くような声に嫌悪感を感じて振り返った瞬間、
「無視すんなって言ってるでしょうがあああ!!」
思いっきり膝蹴りを食らった。勢いは凄まじく、俺はごろごろとアスファルトの上を無様に転がった。痛い痛すぎる。何が痛いかというと、
「俺の破れた制服代をよこせ。」
金銭面の出費が一番痛かった。空とアスファルトを挟んだところに誰か少女が立っていたような気がしたが、確認もできないまま俺は意識を失っていった。
やっつけでしたね。…今後どうなるかは考えてますよ?ええ。