遭難
私が年長組にあがった年の遠足は二の丸山公園だった。そこは公園の敷地内にこんもりとした森があって、好奇心旺盛な私にはたまらなかった。それがあんなことになるとは・・・
幼稚園の遠足はお母さんやお父さんなども参加するものだった。レクレーションとして森の散策もあり、みんなでどんぐりなどを拾って遊んだ。
ふと、私はとても綺麗な紫の蝶をみつけた。羽がキラキラしてて思わず列を外れて追いかけてしまった。お母さんは弟を見ているのに必死で、私がいなくなったことに気が付かなかった。
「あれ?なつ?」
お母さんが気づいてあたりを見渡したが、私はいない。
「前の友達のところに行ったんじゃないの?」
後ろの家族のお母さんが言った。
「まったく、勝手にうろうろしてー」
しかし、森を出ても私の姿が見当たらないのでお母さんは先生と私を探し始めた。
そのころ私は迷子になったにも関わらず、蝶の群れを見つけて捕まえようと奮闘していた。
ゴロッ
「え、雷?」
空を見上げると灰色の雲が青い空の半分を覆っていた。その日は8月25日。ゲリラ豪雨がきてもおかしくなかった。そのうち大粒の雨が降ってきた。蝶たちも散り散りに飛んで行ってしまい、初めて自分が迷子になったことに気がついた。
見渡す限り木、木、木。人はどこにもいない。声も聞こえない。ただただ雨の音が響くだけ。
ゴロゴロっ ドドーーーン
「きゃあっ!」
私はとっさに耳を塞いで目をギュっと瞑った。
「お母さん・・・先生!」
とうとう大きな声で泣いてしまった。もう帰れないのかも・・・そう思うと恐怖と悲しみがこみあがって涙になって溢れた。
そのとき、
「なっちゃーーん!」
近くで声がした。大好きなあの声。
「なっちゃん!」
木々の間から息を切らして現れたのは、紛れもなく徳島先生だった。
「先生っ!」
私は嬉しくて先生に抱きついた。
「ごめんなさい!勝手にいなくなってごめんなさい!」
私は嗚咽を必死にこらえ謝った。
「なっちゃん、こっち向いて?」
先生はお腹に抱きついた私を優しくほどいて、しゃがんで目線を合わせた。
「お母さんもお友達も先生も、すっごく心配したんだ。もう絶対はぐれたらだめだよ、いい?」
コクコクと頷く私をみて先生は満足そうにほほえみ、私の涙を指で拭った。
「ほら、もう泣かない。じゃ、帰ろうか。」
先生は立ち上がって私の手を握った。その手が冷たくて、私は初めて罪悪感を覚えた。
「先生?」
「ん?」
「ごめんなさい・・・」
「先生こそ、早く気づけばよかった。ごめんね」
この後、私は当然お母さんにこっぴどく怒られた。
徳島先生がお母さんに「どーぞ怒ってください」といたずらっぽく言ったからだ。
怒られながら先生を見ると先生は、当然だといわんばかりにニヤッと笑った。
「こらっ、お母さんの目を見なさい!」
また怒られてしまった。