夏の記憶
忘れることもないあの日。蝉がうるさかったあの日。そして、初恋をしたあの日。
「痛い・・・」
数秒前、同級生の男の子にお腹を思いっきり蹴られた。5歳だったけど、力の差というのはあるもの。
力加減をしらないんだ。息がうまくできない。ただただ嗚咽が涙とともにこぼれるだけ。
「せんせーい!しゅんた君がなっちゃんを蹴ったぁーー!」
友達のみなみちゃんが先生をよんだ。
すぐに、先生が走ってきた。苦しそうに泣いているわたしと騒然とする教室をみて、状況を察した先生は今までにない怖い顔になった。
「しゅんた」
低くて、いつもおどけている先生からは想像もつかないような怖い声色。呼ばれたしゅんた君も泣きそうな顔をしていた。そのまましゅんた君の腕を引いて教室を出て行った。
「こわかったー!先生がおこったのはじめてだよねぇ?」
私はざわざわとした教室をお腹を押さえて出た。
隣のトイレに入って体を丸めた。まだ痛い。
「・・・痛いっ」
そのとき、ドアが開いて湿布をもった先生が入ってきた。
「なっちゃん、大丈夫?まだ痛い?」
いつもの優しい声。それを聞いてまた涙がボロボロこぼれてきた。
「怖かったね、もう大丈夫。湿布貼る?」
先生はお腹をさすった。
「痛いっ!」
「ごめんっ、ここが痛い?」
痛いのと優しさで涙が止まらなかった。先生を困らせるつもりはないのに、次から次へと溢れてくる。
「怖いよ・・・」
小さくつぶやいた。治まらない痛みに、死んじゃうんじゃないかと幼かった私は本気で思って出た言葉だった。
次の瞬間、暖かく大きな空気が私を包んだ。鼻をかすめる柔軟剤の匂いと頬に当たるさらさらとした感触。背中に回った大きな手。5歳の私をすっぽりと包み込んだ。
あの感覚は今でも忘れず、微かに私の体に残っている。