私が私であるために
一条はニヤニヤと俺のことを見ている。
答えられない……その事実は俺にとって衝撃的な事実だった。
ここでズバッと明確に、俺はこういう理由で、こうしたいから世界征服している、と言えるのが模範的な悪の首領なのだろう。
しかし、俺はそれができなかった。
その事実はあまりにも衝撃的すぎたのである。
「私は、わかりました」
と、俺がそんな風に考え込んでいると、一条はニヤリと笑って俺にそう言った。
「え……何が?」
「自分が正義の味方……ホーリーセイバーをやっている理由です」
そういう一条の表情は自信に充ち溢れていた。
さきほど、片岡に一撃で倒された時はまるで違う。
自分が完全に正義の味方であることを確信している表情だ。
「わかったのか……」
「はい。片岡さんに一撃で倒されてわかったんです。私、確かに逃げていたんだな、と」
一条はそういって目を細めて話を始める。
「お父様やお母様の期待に沿うように、そして、赤沢さんと横井さんの模範になるような正義の味方……私の目指す正義の味方はそれでした。でも、ある日ふと思ったんです。じゃあ、私はなんで正義の味方をやっているのかな、と」
そして、一条は俺の方に一歩ずつ近づいてくる。
「……その時、私わからなかったんです。自分の問いかけに自分で答えられなかったんです……ショックでした」
まさしく今の俺の状態と全く同じである。
さらに一条は話を続ける。
「それで、私は嫌になっちゃったんですね。正義の味方を続けるの。というか、私自身が嫌になったんです」
「……え? お前、自身?」
「はい。学校では生徒会長、その裏では正義の味方……どれだけ良い子でいればいいんですか?」
「……まぁ、確かに」
「だから、悪の組織に入ってみたんです。私、変わるかな、って思って。そして、梅木君に忠誠を誓って、身も心も悪の組織の一員になろうと……しました」
「……しました?」
「ええ。ですが……できませんでした」
恥ずかしそうに小さく舌を出して、一条は照れ笑いをした。
「悪の戦士ダークセイバーとして戦っていても、梅木君に忠誠を誓おうとしてメイド服まで着ても……やっぱり、駄目ですね」
「……だめって、どういうことだよ?」
「ですから、私、ダメなんです。悪の組織に自分が属すること……それ自体が許せなかったんです」
そして、ヤツは形の良い自分自身の胸にそっと手を置いた。
「それでも、私は悪の組織の一員であろうとしました……ですが、そんな私の考えを文字通り片岡さんが砕いてくれたのです」
そして、一条は顔を挙げて俺の方をまっすぐに見つめてきた。
その視線は既に、それまで俺が知っていたホーリーセイバーの一人、ホーリーブルーの目つきだった。
「改めて申し上げましょう。私が正義の味方を続ける理由。それは、私自身がそれ以外の人間にはなれないからです」
「それ以外の人間に……なれない?」
「はい。私、一条清夏は、正義の味方であることこそが、一条清夏であることの何よりの存在証明なのです.。簡単に言えば……私が私であるために、私は正義の味方をしている……といったところですかね」
自信たっぷりに、一条は晴れやかな笑顔でそう言ったのであった。