傷付いた乙女
それから程なくして夕食の時間だということを彩子が伝えてきた。
そのまま食堂に行くと、いつものように多数のメイド、そして、片岡が立っている。
しかし、俺の隣には、真奈の姿も、一条の姿もなかった。
「え……二人は?」
俺が訊ねると、片岡と彩子が目を併せ、何か意味ありげな笑顔を浮かべた。
「な、なんだお前達、その笑顔は」
「いえ。坊ちゃま。とりあえず、お食事を」
「あ、ああ。わかった」
よくわからなかったが、確かに飯が先だった。其の時は一人の食事というものが嫌に寂しく感じられた。
俺はただ黙々と一人で食べている。そして、食べ終わっても、なんだか妙な寂しさだけが俺を包んでいた。
「坊ちゃま。お食事、終わりましたでしょうか?」
「え? ああ。終わったよ」
「そうですか。では、私共からちょっとお話があります」
「……え? お話?」
俺が面くらっていると、片岡は小さく咳払いをして俺を見る。
「坊ちゃま。私は気を付けた方がいいと、申し上げましたね」
「え……あ、ああ。そうだな。言っていた」
「坊ちゃま。気をつけましたかな?」
「……あー、片岡よ。その気を付けるってのは一体どういうことだったんだ?」
俺はそもそもそれがわかっていなかったので、大人しくそう言うことにした。
片岡は難しい顔をして俺を見る。そして、眼鏡をかけなおしふたたび小さく咳払いをした。
「坊ちゃま。今の状況をもう一度整理して見ましょうか」
「え? 状況?」
「はい。真奈様は今、どうされてますかな?」
「真奈……いつもは一緒に飯を食べているけど……いないな」
そう言って俺は誰もいない隣の席を見る。
「はい。そうですね。では、一条様はどうされてますかな?」
「一条……もいない。だけど、それはお前が……」
そこまで言おうとしたが、片岡はそれを片手をあげて制した。
「はい。もちろん、私のせいでもあります。ですが、坊ちゃまに否が無い、というわけではございません」
「何? 俺?」
「ええ。もちろん、坊ちゃまがすべて悪いわけではないのですが」
そういって片岡は俺の近くに歩いてきた。俺は思わず身構えてしまった。
「な、なんだ?」
「坊ちゃま……私が申し上げた気を付けた方がいい、というのは、他人の気持ちに対して気を付けた方がいい、ということでございます」
「他人の……気持ち?」
「はい。特に乙女の気持ちというものは大変デリケートなものでございます故……残念ながら坊ちゃまは今回、このお屋敷にいる三人の乙女の気持ちを傷つけてしまったのです」
俺は何も言えなかった。
傷つけたって……俺が?
そもそも三人って……
「片岡……えっと、三人って……」
「もちろん、真奈様と一条様、それに……」
そういって片岡は隣に立っている小さなメイドを見やる。
「……彩子もか?」
俺がそう呼ぶと、彩子はビクッと反応したが、申し訳なさそうに俯いてしまった。
「彩子。特別に今日は坊ちゃまに物を申すことを許可しましょう」
と片岡にそう言われ、彩子は驚いた風で片岡を見た。
「え……よ、よろしいのですか?」
「ええ。さぁ、手短に言いなさい」
そう言われて、彩子はおどおどしながらも俺の前に出てくる。
もじもじとしていた彩子だが、しばらくすると俺のことをその綺麗な瞳で見てきた。
「あ……御主人様。私も……傷付いたんです」
「……え? 私って……彩子が?」
予想外の発言に俺は戸惑ってしまった。しかし、彩子はそれでも俺の方を見るのをやめなかった。
「その……出過ぎた真似だとはわかっているんですが……傷付いたんです」
「……なぜだ? 彩子が傷付くって……俺、彩子に何かしたか?」
「……いえ。御主人様は何もしていません……何もしれくれなかったから……」
「え? 何も……してくれなかった?」
俺がそういうと彩子は悲しそうな顔で俺を見てきた。
「だって……世界征服は彩子と御主人様の二人で、サイコカオスでホーリーセイバーを倒してこそ、成し遂げるべきものなんです! それなのに……それなのに……!」
彩子は悔しそうに拳をぎゅっと握っていた。
そこで俺は初めて気付いた。
そうか。彩子が言っていた先ほどのこと。
もうダークセイバーを使うのはやめた方がいい、と。
それはこういうことだったのか……