プロローグ
──三年前。
暗礁宙域のすぐそばを通る補給路で、一隻の宇宙船が漂っていた。角ばった外見ながら見た者に洗練されたイメージを抱かせるその船──巡洋艦シャクナゲは、あらかじめ補給路周辺に設置されたレーダー網から送られるデータを受信しつつ、機関を停止させたままじっと動かないでいる。艦を守る斥力障壁も展開していないため、時折その船体にはデブリが衝突し、艦内に不気味な音を響かせた。
「どうするんだね」
シャクナゲの艦長席に座る輸送船団護衛部隊──といっても今は一隻しかいないが──司令のノワキ少将は、傍らに立つ副長のカシワギと同様硬い表情のまま、すぐ横でサブモニターを覗き込む少女に向けてそう言った。いつも以上に緊迫した艦橋の中で一人異質な空気を醸し出すその少女は、戦場に立つにはあまりにも小柄過ぎる。軍服を身に纏った華奢な肩が、報告書に書かれていた十三歳という文字をノワキの頭に思い出させた。
「迎撃します」
振り返り、毅然とした態度で少女は言った。暗い艦橋の中で腰まで伸びたプラチナブロンドが緩やかに漂い、ノワキは自分が妖精とでも話しているような気分になる。
「敵は補給路を狙ってきています。ここを分断されたら、前線に大きな影響が出ます」
「相手は戦艦だぞ」
「大丈夫です。……シャクナゲは、良い艦です」
シャクナゲの性能の良さは、今まで艦長であった自分が一番よく知っているとノワキは心の中で吐き捨てた。しかしシャクナゲは巡洋艦だ。敵の戦艦に比べて一回りも二回りも小さい。索敵能力も速力も負けるつもりはないが、それ以外の防御能力、攻撃能力は格段に劣る。
「敵戦艦距離千五百。レーダー網からデータ受信。映像出ます」
映像が艦橋のメインモニターに表示され、それを見た少女以外の人間が息を呑んだ。レーダーの網に敵が引っかかったのは今から三十分ほど前だ。熱源の大きさやシルエットから戦艦だと判明していたそれは、送られてきた映像によって、コーラルバイン級の戦艦だと分かった。艦載機を四機搭載し、ミサイルと大型多段式リニアキャノンを装備した化け物だ。ノワキは、はたから見ると常にしかめっ面をしているとしか思えないしわくちゃの顔を更に歪めた。
ただのミサイル巡洋艦であるシャクナゲでは勝ち目はない。艦を守るには、今すぐに最大戦速で離脱するしかない。幸い、コーラルバイン級は足が遅く、シャクナゲでも振り切れる。
「賛同はできないな」
ノワキはこちら見つめる少女にそれだけを返して、目を背けた。どんな状況でも普段通りの態度で掴み所のないその立ち姿に、死んだ友の影が見えた。
「彼女の年齢や経験を気にしているのなら、それは筋違いというものですよ、ノワキ少将」
不意に、少女の傍らに立っていた七三分けに丸眼鏡という格好の男が口を開いた。
「彼女の頭には、あなたの盟友でもあったイダテ大佐の経験や知識が、インプラントされた量子コンピュータを通してフィードバックされています。人格は当然彼女独自のものですが、その能力はイダテ大佐の生まれ変わりといってもいい。この艦内では、あなたと肩を並べるほどのベテランなわけです」
「イダテの生まれ変わりだから、問題なのだ」
噛みしめた歯の間から、呻きに似た声をノワキは絞り出す。
「奴の戦術は大胆だが、慎重性に欠けた。見ているこっちや艦内のクルーたちはいつも冷や冷やさせられた。そんな奴の考える作戦に賛同できるか」
ノワキが顔を睨みつけながらそう返すと、男はふむと唸って腕を組んだ。どうすればこの頑固屋を説き伏せられるか考えているようだが、ノワキはどんな言葉も聞くつもりはなかった。
「機関増速。コーラルバイン級戦艦に向け前進」
その気配を察したのか、少女は断りをいれることなく命令を出し始める。
「おい、勝手に──」
「この艦の艦長は私です。報告書にもそう書いてあったはずです。機関増速。リパルション出力六十で展開」
再度命令され、戸惑いつつクルーが命令を復唱し、リパルションを展開しつつシャクナゲを前進させる。カシワギが気遣わしげに向ける視線を無視した元艦長は、少女を睨みつけた。
「お願いします。ここを取られたら、前線は酷いことになります。全滅もあり得るんです。倒すしかないんです。……システム、借ります」
瞬間、艦内全てのモニターが一度明滅した。どよめく艦橋の中で、接続が変更されたことを告げる文字列が軽快なチャイム音と共に標示される。
「……何をした」
「艦のシステムを私の頭の量子コンピュータと接続しました」
唖然とするノワキと正対し、得体のしれない力を持つ少女は喋る。
「誰も死なせません。安全な作戦です。任務の成功と引き換えに命を捨てるわけじゃありません」
少女はどこまでも冷静だった。理知的な光を湛えた瞳は使命感に溺れることなく、その重要性を理解した上でしっかりと御している。機械の安定性と人間の応用性を併せ持つ暖かな光、その希望に似た何かを、ノワキは見た気がした。
「敵、増速」
オペレーターの声がどこか遠くに聞こえる。
「どうするつもりだ」
「レールガンで撃沈します」
「艦載機のか? あのレールガンの威力じゃ戦艦の斥力障壁は貫けんぞ」
シャクナゲにある武装は対空迎撃用のレーザー照射器と大型対艦ミサイルのみだ。艦載機である制宙機動兵器バンクシアには機関砲と小型レールガンが装備されているが、それらはあくまで対艦載機、対巡洋艦用の兵装で、戦艦を相手にするには力不足だ。戦艦の相手は戦艦にしか勤まらない。このシャクナゲに装備された大型対艦ミサイルならば戦艦の斥力障壁を貫けるが、それも当たればの話だ。撃ったところで艦載機と大量に装備されたレーザー照射器に撃墜されるのは目に見えている。
「敵の斥力障壁を消します」
「どうやってだ」
「ここを使います」
モニターごしに見える宇宙を指差して言う少女の向こうで、敵艦との距離が千を切ったことをオペレーターが告げた。
いよいよ後戻りができない。こちらが減速して反転、再加速するまでにコーラルバイン級戦艦の主砲である多段式リニアキャノンの射程内に入ってしまう。彼らのもつ火器管制システムは驚異的で、何百キロと離れた目標に対し、ミサイルと連携させて当ててくるのだ。
大型ミサイルに追い込まれた先でリニアキャノンの砲弾に吹き飛ばされる仲間の艦を何度も見てきたノワキは、無理矢理にでも艦を撤退させるべきだったと自分を呪った。動揺して操艦を怠るとは。しかし、歳を食ったからなのか、視界にイダテの影がちらついて仕方がない。こちらに背を向ける少女の影が、イダテの姿に見えるのだ。
それに、とノワキはため息を吐く。システムを掌握された以上、自分がどう喚こうと無駄だ。任せるしかない。
「……好きにしろ」
「艦長」
カシワギが抗議の声を上げようとするが、それをノワキは手で制した。
「やばくなったら私が指揮を執る。離脱は得意だ」
口からのでまかせを流せるだけ流し、ノワキは少女に艦長席を明け渡した。少女はぺこりと礼をすると、するりと宙を滑って、彼女には大きすぎる席に納まる。
「九百」
「機関停止、距離六百まで慣性航行。バンクシアの用意はできてますか」
『バンクシア、出撃準備完了。キジマ隊、いつでも出れます』
「了解、そのまま待機」
流れるように命令を出す十三歳の少女に戸惑いながらも、クルーは言われた通りに役割を果たしていく。
「機関長。少し無理をします。壊れないようお願いします」
『壊れないようって、何言って──』
機関室に繫がった無線に言いたいことだけをいって一方的に切ると、少女は中空に立ったままのノワキを振り返った。
「これからかなり揺れます。何かに捕まっていてください」
艦長席に座った途端好き放題やり始めた少女に今更危機感を覚えつつ、ノワキは慌てて艦長席裏にある手すりに腰の安全帯を固定し、身体を引き寄せた。その横では同じように七三分けに丸眼鏡の男が身を寄せており、こちらの視線に気づくと満面の笑みで頷いてきた。
「距離、六百」
「バウスラスター点火。取り舵二十度、最大戦速。斥力障壁出力九十」
「暗礁宙域に突っ込むことになりますが……」
「大丈夫です。私の示す航路に従って突っ切ってください。行動急いで」
同時にメインモニターに3Dでぐねぐねと曲がりくねった複雑な航路が表示され、それを見た操縦士は顔面蒼白になりながら操縦桿に噛り付く。
バウスラスターが点火され、暗礁宙域の縁に沿うように進んでいたシャクナゲは二十度左向きに転回し、デブリが無数に漂う暗礁宙域にその船首を向ける。その後すぐ最大出力で点火されたメインスラスターによって加速し、斥力障壁の出力を九十パーセントに引き上げると、航路上のデブリを跳ね飛ばしながら暗礁宙域へ突っ込んでいく。立て続けに右向きと後ろ向きのGを受けた艦橋内で、宙に投げ出されそうになりながら必死の思いで安全帯を括り付けた手すりにしがみついたノワキは、この無茶な行動を命令した艦長に思わず喚いた。
「本当に大丈夫なんだろうな!でかいデブリが来たらいくら斥力障壁でも防ぎ切れんぞ」
「航路通りに進めば、邪魔なデブリは弾けます。……敵砲撃、来ますよ」
直後、船体のすぐ右横を光の線が過ぎ去るのを見て、ノワキは震えた。
リニアキャノンの弾道だ。あれは仲間の艦をいくつも吹き飛ばした、リニアキャノンの曳光弾の光だ。
「砲撃のタイミングが、分かるのか……?」
「イダテさんの知識です。あの人は、敵の戦艦は距離六百キロ付近で最初の砲撃を入れてくることを経験的に知っていました」
最大出力での加速と斥力障壁に接触する無数のデブリによって絶え間なく振動する艦橋で、ノワキは畏怖のまなざしで少女を見た。
「レーダーに反応。敵のバンクシアです。数四」
「二機が艦の護衛、残りはこっちに来ます。敵主砲は再装填まで四十五秒」
少女と直結された艦のシステムは、様々なデータと共に彼女の作戦をリアルタイムで映し出している。メインモニターの端にはリニアキャノンの再装填までの時間が表示されていた。
「敵、ミサイル発射。数二。着弾まで十五秒。バンクシア二機がその後ろから追走してきます」
「ミサイルに向けてレーザー照射。斥力障壁、最大出力で広域展開します。衝撃に備えてください」
不意に一部のモニターが赤い警告表示を出し始め、それに連動したかのように機関室直通の無線が鳴る。
『ちょっと、なにやってるんですか! 艦ごと自爆でもするおつもりで!?』
「一瞬です。持たせて」
モニターの警告表示の中に〝リミッター解除〟の不吉な文字が躍るのを見て、ノワキは思わず息を呑んだ。
「滅茶苦茶だ……」
副長席で青白い顔をするカシワギがうめき声を上げる。七三分けに丸眼鏡の男は相変わらず笑顔だ。リニアキャノンのカウントダウンは三十を切った。
「着弾まで五秒! 四、三──」
「斥力障壁最大出力」
瞬間、リミッターを解除され、出力百五十パーセントで広域展開された斥力障壁は、その強大な斥力によってシャクナゲの周囲のデブリを全て弾き飛ばした。弾き飛ばされたデブリは進路上にあったデブリに衝突し、衝突されたデブリは分裂あるいはそのままの形でまた別のデブリに衝突し──。そうして連鎖的に広がる衝突の嵐に着弾直前までシャクナゲに接近していた二発のミサイルは巻き込まれ、弾丸並みの速度で降り注ぐ無数の小さなデブリに穴だらけにされ爆発する。大型対艦ミサイル二発の爆発力は凄まじく、追走してきた二機のバンクシアはデブリのシャワーと火球に飲まれ焼失した。
爆発の影響は当然シャクナゲにも降りかかった。船体右側で起こった爆発の衝撃は真空である宇宙の為直接シャクナゲには届かなかったものの、その爆発によって加速されたデブリの一部が斥力障壁をすり抜け船体を直撃する。幸い装甲を貫通はしなかったが、右側のほとんどが衝突で凹み、艦内の数か所では火災が起こっていた。
「右船首ミサイル発射管、動作不能!」
「暗礁宙域、抜けます!」
「斥力障壁出力六十。逆噴射」
カウントダウンが零になり、数秒後、逆噴射により急制動をかけたシャクナゲの目の前をリニアキャノンの弾丸が横切る。
「バウスラスター点火、面舵一杯。敵戦艦と正対後、キジマ隊を出してください」
『キジマ隊、出ます』
命令を受け、艦首カタパルトから全長六メートル程の鋼鉄の巨人が二機、連続して発艦する。小型原子炉を主動力源とし、背中に装備した大型の比推力可変型プラズマ推進器〝ヴァシミール〟によって推力を得るその機体は、右腕に大型のレールガン、左腕に機関砲を装備してシャクナゲの近くで停止した。
「斥力障壁に触れないようにしつつ、艦周辺で待機、随伴してください。レールガンをいつでも撃てるよう、準備を」
『了解』
「取り舵20度で逆噴射継続。対艦ミサイル一番から四番発射準備。目標敵戦艦」
敵艦から二十度左に船首を逸らし、シャクナゲは逆噴射で後退していく。戦闘の影響でデブリが乱舞する暗礁宙域の向こうで、敵戦艦がゆっくりとこちらを追尾してくるのがレーダー網から送られてくる映像で分かる。
敵、主砲再装填完了まで残り十秒。
「ミサイル来ます! 数二! 着弾まで十秒」
「レーザーをキジマ隊と連携させて迎撃。キジマ隊は敵直掩機の砲撃に注意してください。シャクナゲを盾にしてもかまいません。あのレールガンなら艦の斥力障壁で防ぎきれます」
「対艦ミサイル発射準備完了」
「逆噴射停止、機関最大」
逆噴射をやめ、メインスラスターを最大出力で点火し急停止しようとするシャクナゲを狙って、迎撃された敵対艦ミサイルの火球の向こうから三度リニアキャノンの砲弾が迫る。これまでの二度の回避により砲撃のタイミングをずらしてきたのか、予定通りならばシャクナゲの後ろを通り過ぎる筈だった砲弾は艦尾を掠め、右スラスターを吹き飛ばした。
艦内に響き渡る凄まじい轟音の中でオペレーターが叫ぶ。
「船尾に被弾! 右メインスラスター機能停止」
「姿勢制御急いでください。ミサイルは撃てますか?」
「問題ありません!」
「一番から四番を一斉発射」
戦闘で右半身がボロボロになったシャクナゲの左船首から、四発の大型対艦ミサイルが一斉に発射される。各ミサイルはシャクナゲの火器管制システムとリンクしている。これによりシャクナゲの持つ強力なレーダーにから目標までの宙域の状況を逐一受け取り、正確な誘導が可能になる。この高度な中間誘導を実現するシステムは、シャクナゲが優秀なミサイル巡洋艦たる所以だ。
発射された対艦ミサイルは岩が乱舞する暗礁宙域を縫うようにして敵戦艦へと飛んでいく。対艦ミサイルの形状は特殊なもので、斥力障壁に衝突した後、先端が分離して内部に着弾できるようになっている。直撃すればいくら戦艦の装甲でも無事ではすまない。しかしそれは途中で撃墜されなければの話だ。
「着弾まで五、四……駄目です! 全弾迎撃されました!」
モニターは爆炎の光に埋まり、敵戦艦の姿をとらえることができない。加えて右船首の発射管は敵ミサイル迎撃後のデブリの衝突でつぶれている。左船首の発射管への再装填は少なくとも三分はかかる。
ノワキは歯噛みした。ミサイルの再装填までの間に次の砲撃が来たら、恐らくシャクナゲは避けられない。距離が近すぎる。
「キジマ隊、攻撃準備。データを送ります。そのポイントをできるだけ早く狙撃を」
『了解』
リニアキャノン再装填までのカウントは残り十秒。
「おい、何で艦を停止させたままなんだ! 再装填まで時間がないぞ」
思わず怒鳴ったノワキを無視し、艦長席に座った少女はじっとモニターを見つめている。この状況でも顔色一つ変わっていない。ノワキは置き所のない焦燥感を抱えて唸った。
そんなノワキを尻目に、爆発の光から回復したモニターが敵戦艦の現状を映し出す。そこには無数のデブリに揉まれボロボロになった一隻の戦艦が映っていた。
「デブリが……」
オペレーターがそう呟く間にも、敵戦艦は次々とデブリに衝突され、損傷していく。本来なら展開した斥力障壁によって弾かれる筈のそれらに文字通り揉まれるその姿は、モニター越しにも船体の軋む音が聞こえてくるかのようだ。
不意に、モニターの隅に青白い光が瞬く。ノワキがそれをレールガンの光だと気づいた時には、砲弾は敵戦艦に直撃し、その艦首を爆発させていた。
『命中』
船体各部に次々と砲弾が撃ち込まれていく。甲板、リニアキャノン、船尾などが次々に爆発し、やがて敵の戦艦はその機能を完全に停止した。直掩の機体がまだ残っているものの、彼らは生存者を救助するので手一杯で、こちらに攻めてくる様子はない。
「勝った……?」
カシワギが呆然とした表情で言う。その直後、艦橋は安堵と喜びに湧いた。キジマ隊が通信で叫び、オペレーター達が互いの肩を叩き、笑いあっている。
ノワキは勝利の喜びをどこか他人事のように感じながら、艦長席を仰ぎ見た。そこに座る十三歳の少女は、敵のバンクシアが救命ポッドを回収し撤退していくのを確認し、キジマ隊に周囲の警戒を命じてやっと人心地着いたように息を吐いた。大きすぎる艦長席の背もたれに寄りかかった彼女は、傍らに来た七三分けに丸眼鏡の男といくつか会話をした後、メインモニターに表情の読み取れない目を向ける。
この少女は敵をデブリですり潰したのだ。ノワキは脇のサブモニターに表示されたままのデータを見ながらそう思い立った。ミサイル迎撃のためにリミッターをカットしてまで展開した斥力障壁も、迎撃されるのを分かっていてミサイルを発射したのも、衝撃で暗礁宙域に浮かぶデブリをかき回して敵にぶつけるためだったのだ。
サブモニターに表示されているのはキジマ隊に送られた敵戦艦の狙撃ポイントの情報だった。狙撃ポイントとして指定されているのは艦首ミサイル発射管だ。構造上頑丈にはしにくいため貫通しやすく、また直撃すればそこに装填されたミサイルの炸薬を爆発させることもできる。反対に最も頑丈なのは艦橋のようで、サブモニターには、コーラルバイン級の戦艦は艦周辺を守る斥力障壁とは別に、艦橋を守る独立した斥力障壁を装備していることが記されていた。その横には搭載されている原子炉の推定出力が表示されている。
その数値を見ながら、ノワキは考える。通常、戦艦の斥力障壁は一隻につき一つだ。理由は単純で、斥力障壁の発生には大電力が必要であり、戦艦が装備できる原子炉では二つ分の出力を補いきれないからだ。対して、表示されているコーラルバイン級戦艦が搭載した原子炉の推定出力は戦艦ということを考えてもかなりのものだ。大出力の新型原子炉の開発に成功し、それを実装することによって限定的ながらも二重の斥力障壁を実現したのだろう。しかし、見たところ新型原子炉の出力は、推進機関を動かし、二つの斥力障壁を展開し続けるには少し心許なかった。
二重の斥力障壁の実現と、戦艦としての性能を維持。そのためにコーラルバイン級の設計はかなりぎりぎりのものだったと、サブモニターの情報からノワキは読み取った。シャクナゲなどの通常の艦に比べて出力に余裕がなかったのだ。だから、斥力障壁は強固であったとしても、飽和攻撃で負荷をかけられ続ければ、原子炉が悲鳴を上げ、斥力障壁の展開すら覚束なくなる。
それらの確証を得て、少女は作戦を組み立て、敵をすり潰した。しっかりとした情報の裏付けのある作戦は、イダテの勢い任せのものとは似ても似つかない。
「この情報は、どこから手に入れたんだ」
サブモニターを指差しながらノワキが問うと、少女は振り向き、答える。
「これまでのコーラルバイン級戦艦との交戦データをもとに私がまとめたものです。この戦艦は二重の斥力障壁を張っていることが分かる映像や、暗礁宙域に侵攻した際に航行不能に陥っていたことを示す報告などがありました」
「それを利用して、あの作戦を?」
少女はノワキをじっと見据えた。
「これは、私の作戦です。発想も情報も、私のものです」
感情の起伏は認められず、しかし強い意志を内奥に秘める瞳。ノワキはそこに、イダテではなく、彼女自身の自我を見た。
「これは、私のものです」
イダテの影は消えていた。結局あれはノワキの妄想だった。自分達軍人の、その脳にインプラントされた量子コンピュータから引き出された記憶が見せる、過去と決別するための。
ノワキは宙に浮いていた体を、手すりを掴んで床に持っていくと、磁石が仕込まれた靴底を固定用の鉄板に着け、直立不動の体制を取り、少女に向け敬礼をした。
「ホシナミ・チガヤ中佐」
名を呼ばれた少女──ホシナミ・チガヤも席を立ち、直立不動の体制で敬礼を返す。
「艦を代表して礼を言う。ありがとう」
「どういたしまして、イダテ少将」
そういうと、ホシナミはこの艦に来てから初めての、年相応のあどけない微笑みを見せた。