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第8話 富良野会戦

 1950年 6月30日

 北海道 札幌



 道都札幌の占領を始め、北海道の大半を勢力下に置いた北日本軍は、各地で南日本軍の抵抗を排除し、順調に日本解放への一歩を踏み出していた。

 札幌を占領した北日本軍は、逃げ遅れた市民を徴用し強制労働に駆り立てた。戦闘で荒れ果てた市街地を復旧させるため、札幌市民は北日本軍の監視の下で強制労働に従事させられた。

 「誰が休んで良いと言った? さっさと立て!」

 強制労働が行われている札幌駅前で、監視役の北日本兵が倒れかけた年老いた市民に銃口を向けながら怒鳴りつけていた。

 「うう……ッ。 勘弁してください……」

 「そのような態度を取り続けるならば、反動分子とみなしこの場で処刑する事も出来るんだぞ」

 このような光景は札幌に限らず、各地の占領地に見られていた。

 奇襲に等しい北日本軍の攻撃により南日本軍は各地で敗走し、後には一部の南日本兵と多くの市民が取り残されていった。

 軍や警察の避難誘導に間に合わなかった市民は、自力で命からがら逃げ出すか、北日本軍に徴用されるかの何れかであった。

 そして数多くの市民が北日本軍の労働力として徴用される結果となった。

 徴用された市民の誰もが思った。

 同じ日本人にこんな仕打ちを受けるなんて……思ってもみなかった。

 北日本軍が攻めてくるまで、祖国の分断を真の意味で理解していた市民は殆ど居なかっただろう。

 戦争が始まり、実際に侵略を受け―――ようやく実感した、恐怖と苦痛。

 今更知ったその運命に翻弄されている者の大半が無辜の民であった。



 札幌市民会館では人民裁判が開かれていた。北日本軍から右翼活動家、もしくは反動分子と見なされた者に対する裁判だが、実際は裁判と言う名だけの処刑であった。

 被告は一方的に有罪とされ、直ぐに北日本兵もしくは共産党を支持する市民の手によってその場で殺害された。

 裁判を見守っていた市民の中には、その残虐性から気絶する者も現れた。

 北日本軍は反共主義者や反動分子を一掃するため、人民裁判と言う名の見せしめを行い、占領地の市民に対し強制的な忠義と反乱防止を施していたのだった。

 「やっているな」

 市内を見回っていた砂川達は、たまたま人民裁判の現場に居あわせた。

 政治委員の当麻が面白そうにその光景を眺めていた。

 「米帝に侵された傀儡共め。 良い気味だ」

 彼が漏らした言葉には、札幌を占領した人民軍部隊が発見したある痕跡に関係していた。

 戦闘により荒廃した大通公園を調査した人民軍は、一丁目付近に山のような死体を見つけた。その死体の山は全員、一般市民だった。南日本軍の捕虜を尋問した結果、札幌の戦闘が始まる直前に、南日本軍が共産主義者と見なした市民を一斉に処刑した事がわかった。

 同志達を殺戮した南日本軍の蛮行に彼らは激怒した。

 札幌での人民裁判は、同志虐殺に関与したと思しき対象への報復の意味合いも含まれていた。

 「被告を反逆罪として有罪とする!」

 銃声。

 また一人、その場で処刑された。

 裁判官側の市民たちが死体を運び、そこへまた新たな罪人が引きずり出される。

 まるで単純な作業のように、淡々と裁判と言う名の処刑は進んでいた。

 「――次! 被告、前へ!」

 次に現れたのは警察官の制服を着た大柄な男だった。両脇から市民によって掴まれ、裁判長の目の前に連れられる。よく見ると制服はぼろぼろで、顔も腫れていた。

 歩く事もおぼつかないまま、強引に裁判官の前に連行されると膝を床に着けられる。先に処刑された人々の血と脳髄がまみれた床に膝を着いた男は、一切の抵抗を見せなかった。

 「あの男は警察署長だ」

 当麻が言った。その言葉は憎々しげだ。

 「同志たちを不法に逮捕し、大量に殺戮した張本人だ。 どうせなら嬲り殺すか100匹の犬の餌にしてしまえ」

 「悪趣味だな、中尉は」

 砂川の発言に当麻が睨んだが、何も言わずに再び裁判の方に視線を戻した。

 血と汚物にまみれた法廷に黙って膝を着く警察署長らしき男を、砂川はじっと見ていた。

 「被告、東山吉三郎。 被告は善良なる市民に対し残虐非道の限りを尽くし、更にその権威を乱用し――」

 被告の名に、砂川は反応した。

 砂川の反応に気付いた当麻が、訝しげに砂川と裁判の方を交互に見る。

 しかしその一瞬だけで、それ以降砂川に特に変化は見られなかった。

 例の如く罪状が淡々と述べられ、弁護人も不在のまま一方的な判決が下される。

 「被告を反逆罪として有罪とする!」

 判決が下ると、両脇にいた市民が男を縄でその場に縛り付けた。一切の身動きが封じられた男の背後に、軍刀を手に持った兵士が歩み寄る。

 首を斬り、見せしめとして路上に置かれる事が裁判長の口から伝えられた。傍観席にいた市民たちから一瞬のどよめきが沸いたが、誰もその状況を変える事は不可能だった。

 男はやはり一切の抵抗を見せず、その場にじっと佇んだ。縄に縛られた身体を微塵も揺らす事なく、背後に立った兵士を傷だらけの背中で堂々と迎え出ていた。

 砂川は男の顔を見た。その覚悟に満ちた瞳は、どこかで見た事があるような瞳だった。

 男はじっと血がこびり付いた床を見据えたまま、その時を待つ。

 兵士が軍刀を構える。

 その刀が振り下ろされる瞬間を、心待ちするかのように見詰める当麻。

 その隣で、静かに待ち続ける男を見詰める砂川。

 やがて大勢の市民が見守る中、男の首に軍刀の刃が振り下ろされた。




 札幌では市民が北日本軍の凶行に苦しめられている最中、北海道各地では南北両軍の戦闘が頻発していた。

 開戦から三週間も経たない内に、北海道各地に配備されていた南日本軍は最悪の状況下に陥っていた。

 軍事境界線から後退した一部の部隊が富良野方面に後退。国家分断に伴う緊迫化した北海道情勢を睨み、新たに開設された上富良野駐屯地からは四式中戦車チトを始めとした戦車部隊が出動した。

 後退した部隊を追ってきた北日本軍のT-34を中核とする戦車部隊が、富良野盆地に姿を見せた。



 富良野町 富良野盆地


 緑が一帯に広がる地上を150輌以上のT-34が進んでいた。静寂に包まれていた富良野盆地にT-34のディーゼルエンジンの唸りが響き渡り、動物達は遠くへと逃げていく。更にジャガイモ畑の上を容赦なく踏みつぶす。T-34に続く歩兵が濁流の如く押し寄せてくる。

 その先頭のT-34部隊にいた一輌のT-34の車内には、日高特務少尉が座乗していた。彼は砲手としてT-34に乗り込んでいる。

 彼は元々歩兵であったが、已然より戦車に憧れており、人民軍に入隊してからは戦車兵に転科を望んだ。結果、彼はソ連から供与された人民軍最強のT-34戦車に戦車兵として搭乗していた。

 開戦時から先頭を切って進撃していたのは、このT-34の戦車部隊だった。T-34はことごとく敵を屠った。その勢いは富良野に至っても変わりはしなかった。

 「同志日高特務少尉、おそらく敵戦車が出てくるぞ。心して掛かれよ」

 「はい、同志中尉」

 戦車長に言われ、日高は改めて気を引き締める。

 軍事境界線ではSU-76M自走砲と共に砲撃を行いながら前進し、敵部隊を圧倒的な差を以て駆逐したが、未だ敵戦車との遭遇は無かった。前線に戦車を配備していなかった敵の愚行に彼らは感謝した。しかし富良野まで進出した所で、いよいよ敵戦車との対面が果たされようとしていた。

 「敵の主力戦車は未だにチハだと聞いているが、新型の噂も――来たぞッ!」

 「!」

 戦車長の言葉に、日高は身を硬直させる。

 「方位二十度、敵戦車! このまま速度を上げながら前進しろ!」

 戦車長の号令に従い、操縦手がアクセルを踏む。T-34のディーゼルエンジンが唸りを上げた。

 「――前進! 前進!」

 敵戦車を発見したT-34部隊は、猛然と速度を上げ、前進した。姿を見せた敵戦車部隊に向かって、T-34部隊が続々と突っ込んでいく。

 T-34の前に姿を現したのは、予想通り九七式中戦車であった。整列するように並んだ九七式中戦車の部隊が、猛然と突っ込んでくるT-34部隊に向かって、砲撃を開始した。

 「馬鹿な奴らめ! そう簡単に当たるか!」

 砲塔から顔を出していた戦車長が舌舐めする。その声は車内で砲弾を用意する日高の耳によく聞こえていた。

 「おわっ!」

 その矢先、日高は衝撃を感じた。近くで敵の砲弾が降ってきたようだった。

 「同志中尉、気を付けてください!」

 「わ、わかってる! 大丈夫だ!」

 無線手の少し焦ったような声が聞こえた。身を乗り出していた戦車長が落ちそうになったらしい。

 実際、九七式中戦車の砲撃はT-34に特段の成果は表わしていなかったが、後に続く歩兵が被害を受けていた。砲弾が地上に命中する度に、周囲から歩兵の悲鳴や叫び声が上がった。砲弾の命中を受け、破損したT-34の姿もあった。

 しかし撃破された車体は一輌も無かった。九七式中戦車の砲撃は強固なT-34の車体を貫通させる事は出来なかった。

 そして遂にT-34も砲撃を開始する。

 逆にT-34の砲撃を浴びた九七式中戦車は、命中すればいとも簡単に爆発した。同じ戦車とは思えない程、九七式中戦車の装甲はT-34と比べると薄く、T-34の放つ徹甲弾は九七式中戦車の車体を貫いた。T-34部隊を迎え撃った九七式中戦車は次々と鉄屑となり果てた。

 日高は砲弾を装填、発射し、敵戦車を撃破する度に複雑な思いに駆られた。日高は元々、かつて占守島の友軍部隊だった士魂部隊に憧れて、戦車兵への転科を志したのだ。自分にとっては特別の思い入れがあった九七式中戦車が、自分達の手でことごとく葬られている光景は、日高にしか感じ得ない思いがあった。

 「よし、このまま前進しろ。敵は逃げ出すぞ!」

 撃破された仲間達の鉄屑を残し、後退を始める九七式中戦車部隊。だが、日高は敵がすぐに諦めるとは思っていなかった。日高の予想通り、敵はすぐに反撃を再開した。

 後退していた九七式中戦車と入れ替わるように、新たに姿を現した戦車があった。それは日高達が記憶している帝国陸軍の戦車よりも、自分達のT-34の方が近い形状をしていた。

 「あれが奴らの新型戦車か……」

 戦車長が呟く。南日本軍の新型戦車、四式中戦車チトが彼らの目の前に現れた。

 四式中戦車はT-34に対し、正面から突っ込んでくる。その姿は正に勇猛果敢だった。それ程までに自信があるのか、いや、彼らを突き動かしているのはそれだけではない。そう単純なものではない。帝国軍人とはそういうものだと言う事を、今は人民軍人である彼らも熟知している事だった。

 かつては戦友であった者同士が、壮絶なぶつかり合いを演じる。後にこの戦争において最大の戦車戦だったと言われる戦いが本格的に始まったのだった。

 「左前方に敵戦車! 撃てぇっ!」

 「……ッ!」

 日高が装填した砲弾が、T-34の砲塔から発射され、敵の新型戦車を破壊した。

 「よぉし! このまま一気に前進!」

 彼らが乗るT-34が進むと、その後を同じく敵戦車を屠ったT-34の群れが続いた。

 猛然と突っ込んでいくT-34に対し、四式中戦車も軽快な走りで対応していた。

 互いに接近するや、T-34は即座に火を噴くが四式中戦車も負けてはいなかった。四式中戦車が放った砲弾は、近い距離にいたT-34の車体を貫通させた。

 四式中戦車の攻撃力はT-34を撃破する程の威力を見せたが、それは様々な条件を揃えた上での効果だった。接近戦でなければ、四式中戦車の砲弾はT-34を撃破するのは難しかった。更に防御力も改善の余地が残されたままであり、T-34の砲撃をまともに受ければひとたまりもなかった。

 四式中戦車の姿は以前の帝国陸軍の戦車よりT-34と近いと言ったが、実際は米軍のM4シャーマンやT-34のように一体の鋳造砲塔ではなかった。南日本ではそれを作る程の技術力はまだ満たされていなかった。

 砲塔正面及び前面は一般の装甲板で作られ、砲塔側面と後面を後面の真ん中で二つに分割し、その二つをそれぞれ鋳造しこれらを溶接していたため、歪みが生じていた。

 帝国陸軍の新鋭戦車とは言え、弱点は色々とあった。四式中戦車は開発当初から対戦車戦を想定して作られた戦車だったが、単純に強い敵戦車と戦う事を想定したのみで、このような戦車同士の大規模戦闘には不向きだった。更に生産面においても未成熟な点があり、北海道に配備された四式中戦車の数はT-34に圧倒的に劣っていた。

 なので、これらの欠点も合わせ持った四式中戦車には、T-34の大群には勝てる見込みがなかった。いくら奮戦しようとも、それは戦局に大きな影響を及ぼさなかった。

 この富良野の戦いにおいても、四式中戦車は二時間強善戦し持ちこたえたが、やがて圧倒的な物量を誇るT-34に打ち負かされてしまった。

 更にソ連製のIl-2が上空に現れると、地上の四式中戦車に追い打ちをかけた。独ソ戦で空飛ぶ戦車と恐れられたIl-2は、北海道においても敵戦車に壮絶な恐怖を植え付けたのだった。


 戦闘開始から僅か三時間で、勝敗は決した。後に富良野会戦と呼ばれるようになるこの戦闘では、南日本軍側は大きな損失を生じた。対して北日本軍側は大勝し、富良野一帯を占領する事に成功した。



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