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第7話 札幌総攻撃

 1950年 6月26日 午前8時 日本人民共和国 旭川市


 北日本の首都とされる旭川では、人民軍最高司令官にして共和国元首の共産党党首は北日本国民への演説を行った。

 「日帝傀儡軍による全面的な侵攻によって、祖国に大きな危機が迫っている。昨日、日帝傀儡軍の侵略に対し我が英雄的日本人民軍は勇猛果敢に敵を撃退し更に正義の鉄槌を下している最中だが、日帝傀儡政府の思惑はこれを機会に断固として打ち砕かなければならない!」

 党首の演説は、祖国の正義を主張すると共に今後の南北間での戦争がより熾烈さを増す事を国民に伝えた。

 「全国民は速やかに総動員し、米帝国主義及び日本帝国主義者に対し決起せよ! 私は今ここに、軍の指導を直接行うために軍事委員会を創設する事を宣言する!」

 この演説を発端に、北日本では共産党党首を委員長とした軍事委員会が発足。以後、前線の人民軍は党が直接関与する軍事委員会の方針の下で行動する事となる。


 この日の午前中に、北日本軍第一師団は石狩川を跨ぐ鉄道橋を確保。

 南日本軍が石狩川南端で抵抗を続けるが、北日本軍第三師団が江別を占領。

 6月27日、北日本空軍の零戦とソ連製のヤク戦闘機、爆撃機が札幌に飛来。

 丘珠飛行場は北日本軍機の銃爆撃を受け、多くの機体を損失した。

 この6月27日では北日本軍機による爆撃と開戦以来初めての空中戦が行われ、地上では北日本軍第三師団先鋒部隊が豊平川を渡河し、札幌市内に迫った。

 これに対し、南日本軍が白石で最後の防衛線を構築。

 しかし28日の北日本軍による札幌総攻撃が始まり、最後の防衛線を突破され札幌市中心部が遂に戦場と化した。




 1950年 6月28日 日本帝国 札幌市中心部


 午前5時、北日本軍の第三、第五師団が札幌市中心部に突入。総攻撃が始まった。

 午前9時過ぎ、戦場と化した札幌市中心部は砲弾や銃弾が飛び交う戦場に変貌していた。

 砲撃や銃声が聞こえる札幌市中心部の入口に、砂川は居た。友軍は敵の抵抗に手間取っているようで、無線からは情けない支援要請が引っ切り無しに聞こえていた。

 「札幌はまだ落ちないか」

 「敵にとっても重要な拠点ですから、そう易々とは落としてくれません」

 「札幌を落とせず、東京を落とせると思うか?」

 側近の言葉に対して返事を返したのは、砂川ではなく政治委員の当麻とうま中尉だった。

 政治委員の冷たい視線を浴びて、答えた側近の顔がぎくりと歪む。砂川は胸ポケットから煙草を取り出すと、ソ連から供給されたマッチの火でそれを吸った。

 「先はまだ長い。 我々は南北に長い日本全域を解放せねばならないのだ」

 「仰る通りです、同志政治委員……」

 「今日中に札幌を占領するんだ、同志少佐。 党首様に誓って、必ずだ」

 政治委員のその言葉の意味を理解した側近は、身体を硬直させた。

 忠誠を誓う党首の名の下に履行された命令は、絶対である。

 その意志に則さなかった場合は、死を意味する。

 「中尉」

 「―――!」

 砂川は腰からトカレフT-33を抜くと、その銃口を当麻政治委員の顔に向けた。

 「俺の方が階級は上だ。 身の程を弁えろ、中尉」

 「……………」

 はらはらとした表情で二人を見守る側近を尻目に、当麻政治委員は微かに生じた動揺を隠すように鼻で笑った。

 腰にトカレフを戻すと、砂川は背後を振り返った。

 砂川、当麻政治委員、側近の三人の背後には、連隊規模の兵達がずらりと並んでいた。

 第702独立歩兵連隊。砂川が部隊長として率いる人民赤軍の精鋭部隊だった。首都旭川を連隊本部とし、祖国解放戦争に備えて編成された軽歩兵部隊である。

 通称は702部隊。人民軍に加わった砂川は、1949年から702部隊の部隊長に任じられた。開戦までの間、一年以上を部隊の育成、訓練に費やした砂川は見事に702部隊を人民赤軍における精鋭部隊として精製する事に成功した。

 開戦当日から、連隊の半数は陸海からの南日本軍に対する攻勢に参加し、その後前線における任務に参加して徐々に前進している。

 札幌総攻撃においても、その役割は大きいものとなる予定だ。

 想定より札幌の占領が手間取っている状況を打破するために、人民軍最高司令部は札幌への702部隊の投入を決定した。彼らは占領地の江別から出発し、昼前に札幌市内に到着したばかりだった。

 砂川は、腰に差した軍刀を鞘から抜き出すと、煌めく刃を前方に突き出した。

 それを合図とするように、背後に並んだ兵達が一斉に身構える。

 軍刀を抜いた砂川は、遠い後方に続く列の端まで届くような大声で叫んだ。

 「突撃!!」




 札幌市中心部の塹壕で抵抗を続ける南日本軍部隊の中に東山は居た。

 頭上を銃弾が飛び交う中、東山は戦況を前線司令部に報告していた。戦況は膠着状態だが、現状はぎりぎり持ちこたえているに過ぎなかった。

 「このままでは瓦解する! 援軍を要請する!」

 『こちら司令部。 援軍は許可できない。 現状の戦力で死守せよ』

 「ふざけるな! このままだと死守どころか全滅だ!」

 同じ事しか繰り返さない司令部の応答に痺れを切らし、東山は乱暴に無線機を切った。

 「中尉殿、弾が残り少ないです!」

 「援軍は来ない。 しかしこれ以上後退すれば、北部軍司令部が陥落する危険性が……」

 「どの道俺達がここで全滅してしまったら同じ事です! 東山中尉、後退しましょう!」

 泣きそうな顔で叫ぶ部下の背後から、迫ってきた敵兵を見つけ、東山は思わず拳銃の引き金を引いた。

 発砲に驚いて身を伏せた部下の後ろで、銃弾に胸を撃たれた敵兵が倒れ込む。

 「おい! すぐそこまで敵が来ていたぞ! 機関銃は何して――」

 東山は今更のように気付いた。

 前線司令部との通信に夢中になり、周りの騒音で聞こえていなかったが、機関銃座には頭を血まみれにした兵士が横たわっていた。

 「誰か! 機銃座に着けッ!」

 東山の叫びに気付いた別の兵士が、急いで機銃座に着く。残り少ない弾で、近付く敵を機関銃で薙ぎ払う。

 「確かに、全滅するのも時間の問題だ」

 東山は実感し、周囲を見渡す。これでは死体と負傷者を増やすだけだった。

 「中尉! 後退しましょう! 俺達は充分やった!」

 「決めるのは俺だ! 少し黙ってろ!」

 東山はストレスをぶつけるかのように怒号を吐いた。

 総攻撃を開始した敵の攻撃により、多くの将兵がこの時点で死んでいた。この塹壕にいる兵達の中で、最も階級が高い者は東山だけになってしまった。

 しかし優柔不断な行動は許されない。ここで判断を誤れば、大勢の兵達を死なせてしまう事になる。

 援軍は期待できそうにない。弾も少なく、敵の攻撃は衰えない。

 東山は思考をまとめようとしたその時―――

 「……な、なんだ?」

 「……!」

 空気を切り裂くような不気味な音が、ひゅーんと近付き、塹壕にいた兵の誰もが空を仰いだ。

 「何だこの音は?」

 それは誰一人として答える暇も与えず、突然襲い掛かってきた。

 南日本軍の陣地側に一箇所、大きな爆発が起こった。その火種を発端に、空から白い矢が次々と降り注いでいく。

 空から降り注ぐ矢の雨に吹き飛ばされる兵士達。東山は一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 「爆撃機!? ……いや、違う! ロケット弾!」

 それは盟主ソ連より授かった、北日本軍の切り札の一つである兵器。カチューシャロケットの雨であった。札幌中心部の入口付近に侵入したカチューシャロケットを搭載した車両が、南日本軍の頭上に突如としてロケットの雨を降らしたのである。

 ロケットの炎に焼かれ、爆風に身を薙ぎ倒される兵士達。最早、陣地は壊滅寸前だった。

 

 そして―――更なる追い打ちが、彼らを襲う。


 遠くから近付いてくる違和感に、東山はその場にいる誰よりも先に気付いていた。

 まるで地震のように、地面を伝って響いてくる唸り。そしてどんどん近付いてくる波の音。

 その波が人のものと知り、遠方に現れた光景を認めた途端、南日本軍の兵達は戦慄した。

 「な、なんだあれは!」

 「嘘だろ!」

 ビルの間に挟まれた道路を埋め尽くすような人の波が、轟くような波音で迫り来る光景が見えた。溢れんばかりに押し寄せる軍勢は、赤い旗や白地に赤い星が描かれた北日本の国旗を揺らしていた。

 「敵の援軍だ!」

 大勢の北日本兵が群れを成して突撃してくる様は、南日本兵には恐怖に映った。南日本兵は果敢にも押し寄せる敵の軍勢に立ち向かおうとするが、圧倒的な差を見せ付ける敵の人海戦術に為す術も無かった。

 激しい白兵戦が展開される中、とうとう東山は決断した。

 「撤退!! 急いでこの場から後退しろ! 急げぇぇ!!」

 ロケットの雨によって滅茶苦茶になった塹壕から次々と這い出る南日本軍の兵達。形勢は完全に決しつつあった。

 後退しつつ銃撃を加えても、敵は全く恐れずに突撃してくる。倒れた仲間の身体を踏みつけてでも、敵は速度を緩めない。一方でこちらは、逃げ惑う兵達は次々と凶弾に倒れ死んでいく。

 「後退! 後退だーーー!」

 東山は塹壕から飛び出し逃げ惑う兵達に叫びながら、迫る敵に発砲を繰り返しながら後退した。札幌市中心部は瞬く間に敵の勢力下に落ちた。






 午前11時、北部軍司令部は陥落。前線司令部も機能を後方に撤退させた。北日本軍は札幌市を占領した。午前11時半に共産党党首が公式に札幌解放を宣言。北海道において最大の都市だった札幌は北日本の手に落ちた。

 その後、札幌各地で散発的な市街戦が展開されるが、6月28日を以て北日本軍は札幌市全域を完全に制圧した。

 

 札幌市内の各ビルや建造物には、北日本軍の占領下を示すように北日本の国旗が垂れ下がっていた。

 党首と祖国を讃える垂れ幕が掛けられた北海道庁には、人民軍の司令部が設置された。

 「同志少佐、千歳に行かないとはどういう事だ?」

 「その言葉通りの意味だ」

 西洋風の洋装の北海道庁を背後に、傍に植えられたイチョウ並木の下で砂川と当麻政治委員が言葉の応酬を繰り広げていた。

 「人民軍最高司令部は、軍事委員会が統率している。 つまり人民軍最高司令部の命令は党首様の命令と同じだ。 同志少佐は党首様の命令に歯向かうと言うのか?」

 「702部隊の出番が無くとも、充分に千歳を占領できる」

 「党首様の命令は絶対だ。 党首様が千歳に行けと言ったら、千歳に行くんだ」

 「俺は同志政治委員の言った通り、同志党首の命令通りに今日中に札幌を占領したぞ。俺は充分に同志党首の意向を反映している」

 「同志少佐、本気で言っているのか?」

 当麻政治委員の怒りに染まった目が、砂川を刺した。

 「人民軍最高司令部も軍事委員会も、所詮は机の上で駒を並べている奴らの遊戯に過ぎない。現場の判断として俺が決める」

 「党首様を、党を、軍事委員会を愚弄する気か?」

 「同志党首の命令は、最終的には何だ? 東京の占領、そして日本全土の解放ではないのか? それを成し遂げる道をちゃんと選んでいる俺は、同志党首の命令には背いていない」

 「そのような屁理屈、通用すると思って―――」

 「ここで貴様を殺す事も、その道を往く事に必要ならば、俺は躊躇しない」

 砂川の発言に、当麻政治委員は驚愕した。その口元が微かに震える。

 「……脅迫するつもりか」

 「お前達の親玉――政治保衛部は軍を傘下に治めようと言う、将来的な構想に備えてそのような態度を取っているようだが、俺には通用しない。いや、今の軍はまだお前達には縛られていない。その間、俺は俺なりに戦争をやらせてもらう」

 当麻政治委員は、一歩後ずさった。その唇がぎゅっと結ばれている。

 砂川は最後まで動じず、当麻政治委員にはっきりと告げた。

 「よく覚えとけ、若造」

 


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