第6話 侵攻
1950年6月25日午前4時、北日本軍が軍事境界線42度線全域に一斉に砲撃を開始した。
砲撃開始から30分後、西の留萌から東の釧路までの42度線に沿って、各地点から10万の北日本軍の兵力が戦車250輌を先頭にして進撃を開始。南北に分断した二つの日本が対立していた42度線を越えた。
又、道東の厚岸湾からゲリラ部隊が乗船した工作船団が出航、南日本軍を分断するために後方に上陸した。
北日本軍の第六師団が留萌を制圧、第一、第三、第四師団は滝川へ、第二、第七師団は帯広へ、道東海岸方面へは第五師団が向かった。
北日本軍の侵攻を予期できなかった帝国政府と東京の連合軍司令部は衝撃を受けた。
前線では前日に警報が解除されていたため、独断で警戒態勢を取っていた一部部隊を除き、大部分の部隊は警戒態勢を解いていた状態だった。
更に兵力で言えば、北海道に駐屯していた南日本軍は北日本軍に劣勢だった。地元の反発に遭い、前線への兵力集中が進まなくなり、更にソ連から付与された北日本軍のT-34に対して南日本軍の戦車は数も質も劣っていた。
ソ連軍牽制を理由の一つとして日本国内に駐留していた連合軍も、諜報機関と警察が札幌にあるだけで、軍隊は皆無だった。
侵攻開始から 1時間後の午前5時半。北日本の首都旭川から開戦以来の第一報が放送された。
「アメリカ帝国主義者達の扇動によって日帝傀儡軍が42度線全域で北侵を開始したが、英雄的日本人民軍は敵の攻撃に対し、効果的な反撃を加えつつある!」
雨の中、砲弾の雨までもが42度線全域に降りかかり、前線の南日本軍は圧倒的兵力を有する北日本軍と遂に衝突した。
1950年 6月25日 午前7時 日本帝国 札幌市 大通公園
札幌市中心部を東西に分かつ大通公園に、号外の新聞が配られた。
デモに参加しようと集まっていた市民達は、開戦を報じるビラを見て衝撃を打たれていた。
「号外、号外! 北日本軍が42度線を突破したよ! 北日本と戦争だ!」
新聞を手に取った市民の誰もが、顔を真っ青にしていた。
デモに参加しようと朝早くから息巻いていた市民も肩を震わせていた。
開戦の報せに右往左往する市民の姿を横目に、宗方は北部軍司令部ではなく北海道帝国大学に向かった。
「宗方教授、おはようございます! 大変な事になりましたね」
「ああ、正しく大変だ」
大学に飛び込んできた宗方を、大量の書類を抱えた岩内が迎えた。
「こんな時に向こうに行かなくて良いのですか?」
「司令部に向かう前に、こっちへ寄る事は中尉に伝えておいた。 了承は得ていないがね」
「はは。 こっちも、北の連中がすぐ攻めてくるってんでご覧の通りですよ」
大学内は宗方の予想通り、慌ただしい状況となっていた。職員や学生が学内の物品や書類等を持ち出そうと大わらわだった。
「君の言う通り、札幌もすぐに戦場になるだろう。 早く逃げたまえ」
「勿論そのつもりです。 その前に色々とやる事が―――」
その時、職員の一人が大学の備品であるテレビの電源を付けた。テレビから北日本軍関連のニュースが流れると、その場にいる誰もが動きを止めた。
『速報です。42度線から侵入した共産党軍が、帝国陸海軍に対し大規模攻撃を開始しました。繰り返します、42度線から侵入した共産党軍が、帝国陸海軍に対し大規模攻撃を開始しました』
作業をしていた職員や学生達も、誰もがそのニュースに釘付けになっていた。
いよいよこれは大事になるぞ、と誰かが言った。
遂に恐れていた事態が現実になったのだ。
「教授、日本はどうなるのでしょう?」
「わからない。 だが、最悪な事が起こる。それだけはわかる」
午前11時、北日本が公式に開戦を宣言した。旭川放送は「軍事行動は日帝傀儡政府側の挑発に対抗する措置」であることを強調した。
当然、南日本側は北日本側の主張は捏造であるとして放送を無視。侵攻する北日本軍に対する情報収集と対処が急がれた。
「各状況を集めろ。 大至急だ!」
北部軍司令部は大騒ぎになっていた。北日本軍の侵攻が42度線への警戒が解除された翌日に起こっただけに、警報を解除した前線司令部は衝撃を打たれていた。
「北日本軍はおよそ10万かそれ以上の兵力でこちらへ攻め入っています。 先頭にはT-34/85を中核とした戦車部隊があり、各地の我が軍の状況は後退を余儀なくされています」
「三式中戦車も、四式中戦車を加えても、北日本軍の侵攻は止まりません」
「そもそも数が足りない。 これでは完全に防ぎ切る事は不可能だ」
近日北部軍に配備された四式中戦車を含めた戦車も、北日本軍のT-34と衝突したが怒涛の勢いで迫る北日本軍の侵攻を完全に阻止する事は出来なかった。
やがて――札幌市に空襲警報が鳴り響いた。
大勢の市民が空を見上げると、何処からか飛んできた戦闘機が轟音を唸らせながら現れた。
外に出た東山も、久方ぶりに聞く空襲警報の中、大空に浮かんだ黒い十字架を見つけた。
「あそこだ!」
数は三つだった。三機の敵戦闘機が、札幌市上空を飛行していた。
丘珠飛行場から迎撃機が舞い上がる前に、三機の敵戦闘機は札幌市街に向かって降下した。
「あれはまさか……」
司令部に向かってくる敵戦闘機を見て、東山は戦慄を覚えた。
見覚えのある機体だった。日本人には見慣れ過ぎた機体。
赤い星を宿した、黒塗りにされた零戦だった。かつて日本が誇った世界最強の戦闘機。
北日本軍の零戦は上空に到達すると、司令部に向かって銃撃した。零戦が放った銃弾が地上を襲い、東山は防空壕に身を伏せた。
旋回する赤い星の零戦を見て、東山は実感した。
「俺たちは本当に、日本人同士で戦争を始めたんだな……」
司令部を銃撃した零戦は、迎撃機がやって来る前に札幌市上空から退散した。