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第5話 南北開戦

 北日本国防相が6月1日より人民軍は夏季戦闘訓練を開始する、と発表。札幌の前線司令部は42度線付近に北日本軍が兵力を集結させていると発表した。

 帝国政府は「北海道に危機が迫っている」と強調。

 しかし米政府は危機感を露にする帝国政府とは異なり「戦争の危険はここ5年間でほとんど無いだろう」との談話を述べた。

 6月10日、ソ連の政府機関紙イズベスチアが「日本共産主義者は、8月5日から8日の間に南北日本を併せた総選挙を実施し、15日に東京で統一国会を開くだろう」と報道。

 

 同日―――北日本軍が兵力2軍団を編成し、秘密大機動演習を開始。全師団が軍事境界線地帯への移動を開始した。


 6月11日、帝国陸軍参謀本部は北日本軍の行動を察知し、非常警戒に値する警報を発令した。札幌の北部軍司令部にある前線司令部は42度線への警戒を強化。

 6月12日、人民軍第二軍団が妹背牛もせうしに移動。攻撃開始地点の司令部を設置。

 6月17日、全人民軍部隊が、軍事境界線地帯に集結した――




 1950年 6月19日 日本帝国 札幌市 


 札幌には米国の諜報機関が、北日本に対する情報収集のための現地本部を置いていた。日本人民共和国の成立に伴い、日本国内に駐留した米軍が北日本及び北日本内に残るソ連軍への諜報活動のために設置したものだった。

 「チャールズ! こいつは大変な事になるぞ」

 「直ぐにトウキョーの連合軍司令部に伝えよう」

 現地本部の職員達は、慌てて電文を東京の連合軍に向かって打電した。

 軍事境界線付近に展開する北日本軍の動向を、この時点で把握していたのだ。

 

 ―――札幌本部より、宛・東京連合軍司令部。42度線の北側において、大規模な部隊移動が展開され、全住民が北側2km以遠へ撤収した。鉄道は北日本軍が接収し、国境地帯への部隊・兵器・弾薬の大量の輸送が行われている―――


 しかし―――東京の連合軍司令部はこの報告を無視した。


 ―――ソ連の顧問団が政治的手段によって帝国政府打倒を目指している―――


 現地本部からの報告とは異なる主旨の報告がワシントンに伝達された。

 何故、東京の連合軍司令部は諜報の現地本部の報告を握り潰したのかは、後世様々な諸説が流れるが明確な理由は判明しない。

 兎も角、北日本軍は――人民軍は最も恐れる米軍の目を欺いたまま、順調に攻撃準備を整えようとしていた。



 日本帝国 札幌市 北部軍司令部 情報室


 北部軍司令部の中には暗号解読班に位置する情報室が設けられている。正確には42度線を警備する前線司令部の下に設けられた部署の一つであり、職員達は常日頃から北海道と大陸間に飛び交う暗号を傍受し解読に勤しんでいる。

 「ここ5日間の間に、42度線以北での通信量が増えている。 ほとんどが暗号電文だ」

 東山の勧誘によって軍属として情報室に入り浸るようになった宗方は、北日本軍の暗号を解読する毎日に追われていた。

 特に最近は大量の暗号が飛び交い、情報室内も慌ただしい有様となっていた。

 「一体何のために?」

 足を運んでいた東山は、宗方に訊ねた。

 「さぁね。 僕にははっきりとはわからないが、なにか理由はあるはずだ」

 宗方は暗号電文を打った紙を手渡した。東山が受け取り、紙面を見渡す。

 「君の言った通り、これは確かにアイヌ語だ。 変哲もなく、素直なアイヌ語だよ」

 「解読は?」

 「解読と言うよりは、直訳と言う表現が正しいね。 そこまで難しいものではなかった」

 宗方は北日本軍が使用している暗号は確かにアイヌ語が起源だったが、そもそもアイヌ語は歴史上強力な支配者や中央政府が存在しなかったため、多くの方言があり文章の規範となる共通語がなく困難である。

 北日本軍は文章化に困難なアイヌ語を利用する事で新たな暗号を開発したそうだが、宗方も又この10年の間に北海道各地から様々な方言のアイヌ語を調べ上げており、その成果を研究室発行の研究報告に書き残している。

 「これを見てくれ」

 宗方はある文字が書かれた一枚の紙を東山に手渡した。

 「これはどういう意味のアイヌ語ですか?」

 「リムルル。 雪景色、という意味だ」

 「雪景色……。 これから夏という時期には、気が早いですね」

 「この『雪景色リムルル』が、最も多く使われている」

 「どういう意味でしょうか?」

 つい最近軍事境界線の各地帯に見られる北日本軍の動きにどんな関係があるのか。

 宗方の胸中には、既に懸念が渦巻いていた。

 「奴らは何かを企んでいる。 これだけは、確実に言えるよ」



 


 1950年 6月22日 日本人民共和国 妹背牛司令部


 

 「諸君、よく聞け。先程、偉大なる同志党首より全軍へ戦闘命令第一号が発令された。この日は必ずや祖国統一の歴史に輝かしい記憶の日として刻まれるだろう。我々は同志党首の尖兵として米帝及び帝国主義傀儡政府を打ち砕き、全ての日本人民と国土を解放するのだ」

 軍事境界線に最も近い妹背牛にて、全部隊への訓示が行われていた。

 この日、人民軍最高司令官である共産党党首は『戦闘命令第一号』により全面的南侵作戦の発動を命じた。

 「祖国は米帝国主義者の陰謀により42度線などというふざけた境界を張られ国家を分断されている。北緯42度線以北に狭まれた祖国は、一年の6割を雪に覆われ寒さに凍え震える。諸君、祖国はすなわち同志党首そのものと同義だ。偉大なる同志党首、偉大なる祖国。そして一年の間、長い時期を厳しい寒さに冒される祖国。この意味がわかるか?」

 訓示は熱を増し、数万人とも言うべき将兵達が聞き惚れる。

 「そう! 我らの偉大なる同志党首は、米帝国主義者とその傀儡共の汚い思惑によって、狭い国土で凍えさせられているのだ! これを絶対に許してはならない! 今の共和国の国土では冬になれば寒過ぎる。 諸君、国土を取り戻せ! 日本列島全域を解放せよ! 敬愛なる同志党首に暖かい国土を献上せよ! 今の祖国は『雪景色』だが、我々が『雪解け』水となるのだ!!」

 人民軍将兵達は咆哮した。雪を溶かすような熱が、人民軍将兵達の間に広まっていった。

 「祖国統一!」

 「共和国万歳!」

 「党首様万歳!」




 1950年 6月25日 滝川市郊外 軍事境界線(42度線)



 「第一軍団の第一、第三、第四師団は滝川方面への進撃。第六師団は留萌制圧、第二軍団の第二、第五、第七師団は釧路から帯広・音更までの進撃。これらとは別にT-34、120輌からなる第105機動旅団が第一、第二軍団にそれぞれ編成。第一軍団が西部寄り、第二軍団が中央部から突撃する」

 大兵力の移動を開始した人民軍は、既に開戦準備を整えていた。人民軍はシベリア抑留兵と北海道駐屯の兵士から構成された北日本の軍隊だったが、各々の師団を指導する幹部にソ連軍出身者、八路軍・中国軍出身者が含まれ、日本人幹部もソ連軍や中国軍に捕虜とされ共産主義の教育を受けた者が大半だった。

 「緊張しているか? 同志特務少尉」

 「はい。 自分は実戦での戦車戦は初めてです」

 「そうか、貴様は元々は歩兵だったからな」

 先鋒を切る第105機動旅団のT-34に乗車した日高は、戦車長の乙部大尉に正直な気持ちを吐露していた。

 人民軍に入隊した日高は、帝国軍時代から憧れていた戦車兵に志願した。

 今、自分が乗っている戦車は、あの島で圧倒的な力を以て自分達に襲いかかり、仲間達を轢き殺していった戦車と同じ車体だ。

 しかし日高は既に革命精神に殉ずる人民軍兵士になっていた。

 人民軍は全軍での日帝思想・主義の撤廃を追求している。それは元帝国軍だった日本人に対し、日本帝国主義を一掃する反日帝教育を推進し、党への忠誠を誓わせ党首を崇拝させるマインドコントロールを行うものだった。

 軍事行動においても、部隊においては政治保衛部から出向した政治委員が兵士達を監視、教育する。

 このように共産党の洗脳を受け、事実上の党指導の下で人民軍の兵士達は形成されていった。

 「案ずるな。 俺達が腰抜けの帝国主義者共に負ける筈がない」

 乙部戦車長は自信満々に言った。

 「俺達は常に同志党首様と共に在る。 我が人民軍が日本を悪しき帝国主義者の手から解放するのだ」

 乙部は日高の肩を強く叩いた。そのために、日高の肩に自然と力が入る。

 「さぁ、往くぞ。 まずは目の前の敵を倒して、札幌を目指すぞ」

 先頭のT-34戦車が、唸りを上げて前進を開始した。



 午前4時、首都旭川から暗号名『雪解ナコルル』が発令。


 雨の中、北日本軍が突如、42度線全域に砲撃を開始した。


 

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