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第21話 石狩湾上陸作戦

 1950年 9月15日 午前6時半 

 石狩湾



 日米両軍を中心とした国連軍が、石狩沖に集結した。

 西日本を縦断した台風28号を背後に北上した国連軍大艦隊が佐渡沖で帝国海軍の連合艦隊と合流後、石狩沖にて上陸準備のために、早朝から石狩港への艦砲射撃と空爆を実施した。

 二日前には石狩湾上陸を意図的に欺瞞するために、米戦艦『ミズーリ』と数隻の駆逐艦が留萌沖に北上し、艦砲射撃を浴びせた。この陽動は成功し、国連軍が石狩湾に上陸するまで、北日本軍は「やはり留萌に上陸か」と信じ込んでしまった。

 更に米空母、英空母から出撃した海軍及び空軍の戦闘機・爆撃機が留萌周辺と旭川の間にある鉄道施設と道路橋を盲爆し、北日本側に多大な人的・物的損失を与えた。

 上陸直前に留萌で行われた陽動作戦は、正にフォックスによる工作があればこそ、その効果を発揮した。

 そして九月十五日、国連軍艦隊は遂に反攻上陸作戦を開始した。しかしその行き先は『留萌』ではなく『石狩』だった――

 先の石狩沖海戦にて傷を負った戦艦『大和』を始め、『長門』、『日向』、『伊勢』などが石狩港にそれぞれの巨砲から北日本軍が占領する石狩町付近に砲弾の雨を降らせた。

 更に砲撃は、小樽方面の海岸にまで行われた。

 この日の天候は台風が近づいていた事もあって、朝から雨と風が吹いていた。しかし既に賽は投げられた。上陸は予定通り、実施される運びとなった。

 午前六時半頃、米軍の第五海兵隊と帝国海軍の特別陸戦隊の第一陣がそれぞれ石狩港に強襲上陸した。北日本軍側からは大した反撃も無く、正午過ぎには攻略作戦が完了した。

 雨に紛れ込み、空母から飛び立った艦載機群が空襲を行い、札幌の北日本軍への増援を妨害。水上艦隊も小樽に繋がる沿岸部への砲撃を繰り返した。




 上陸作戦の司令塔船である『マウント・マッキンレー』の艦橋に乗艦していた総司令官は、双眼鏡で降り注ぐ雨の間から石狩港の様子を眺めていた。本来は輸送船であるこの艦に彼が乗艦した理由は、自ら陣頭に立って、五〇〇〇対一の賭けと言われた、大博打と呼べるこの上陸作戦に挑もうとしていたからである。

 「――閣下、作戦は成功であります!」

 随伴していた参謀長兼第10軍団長が喜びの色を露にする。第10軍団は作戦の上陸部隊であった。

 「ああ、この目でしかと見届けたぞ」

 総司令官は頷いた。その口元は笑っていた。

 ――やった。俺はこの大博打に勝ったぞ。

 内心では周りが想像する以上に彼は喜んでいた。

 「(これは私だからこそ出来た作戦だ……)」

 かつてない程の大きな自信が、総司令官の胸中に抱かれていた。この賭けは自分だからこそ勝てたと自信を持って言えた。

 総司令官の目には、既にもっと先の道が見えていた。

 それは彼の大きな野望だった。以前より膨らみ続けていたもの。太平洋の彼方、本国の首都。聳え立つ白い城に、自分が堂々と歩く姿が想像できる。国民に手を振る自分。その背景には星条旗が靡いている。

 共産主義者アカ共を日本から追い出した後、自分に待っているのは大統領の椅子だ。

 総司令官は確信した。この上陸作戦の成功はこの戦争の勝利を導き、その実績は大きく買われ、ホワイトハウスに君臨するきっかけになると。

 よしよしと、総司令官は何度も小さく頷き、雨の中で何個も立ち昇る黒煙と火の手を眺めた。

 「(今日は人生最高の日となるだろう。大統領となる俺の転回点として、歴史に刻まれる……)」

 雨が降り注ぐ艦上で、彼の身体は高揚し、熱くなっていた。




 上陸が行われた9月15日夜、上陸作戦に呼応し道南の第8軍でもスレッジハンマー作戦が発令され、北と南から道南に侵攻中の北日本軍に対する挟み打ちが始まった。

 上陸二日目の9月16日、国連軍の上陸部隊は札幌方面への進撃を開始。米第1海兵連隊の8輌のM26重戦車が北日本軍のT-34戦車6輌を先頭にした北日本兵350名に遭遇したものの、短時間の戦闘でT-34を全て撃破、北日本兵を200名ほど倒した。

 上陸三日目の9月17日、北日本空軍のYak-9が2機、石狩港外に碇泊していた上陸艦隊に爆撃を行い、護衛艦隊がこれを撃退した。しかしこの戦闘で米重巡洋艦一隻と英軽巡洋艦一隻が損傷した。

 9月21日、米軍部隊が札幌市手稲区に入ったが、敵の反撃どころか市民だけでなく、犬の一匹も見つけられないまま夜を迎える事となった。米軍部隊は敵がいない事に不気味に感じながらも、後方から追ってきた南日本軍に助言を受け、陣地を構えると強い警戒に入った。

 「相手は共産主義者と言っても日本軍だ。用心しろ」

 友軍の言葉を聞き、前の大戦で誰と戦ったのかを思い出した米軍は気を引き締めた。

 そしてその夜、それは遂に始まった。

 午後九時、見張りに付いていた米兵が聞いた事のある日本語を聞いた。その直後、夜闇の向こうから突然、北日本軍の強烈な逆襲が始まった。

 「敵襲!」

 どこに潜んでいたのか、昼間はどこにも見当たらなかった大勢の北日本兵が、正面から突っ込んでくるのである。

 「まだ撃つな! 十分にひきつけろ!」

 米軍はすぐに迎撃はしなかった。陣地の中で、北日本兵の集団が近距離に接近するまで、発砲しようとしなかった。

 「万歳バンザーイ!」

 北日本兵は口々に「万歳」と叫びながら、彼らに向かって突撃してきた。

 その光景を見て、米軍は再び思い出した。ソ連の手によって新たに生まれた北日本軍だが、彼らは元々、6年前までは精強な『日本軍』だったのだ。

 米軍は再び、日本軍と対峙する事となったのだ。

 「来るぞ! 射撃用意!」

 陣地から僅か10メートル。北日本兵の表情が見え始めた時、米軍は射撃を開始した。銃剣を構えた北日本兵がばたばたと倒れていった。

 太平洋の島々での戦いを再現しているかのようだった。北日本軍は「万歳!」と口々に叫びながら、二度、三度と繰り返しながら、突撃を敢行してきた。北日本軍の『バンザイ・アタック』は健在だった。小銃や機関銃、手榴弾だけでなく、迫撃砲まで使用された。

 万歳突撃を続ける北日本兵が、銃弾に倒れ、又は爆発に身体を散らし、次々と死んでいった。米軍の弾薬が底に近付く程、北日本兵は繰り返し突撃してきた。

 ここ、手稲から札幌市の中心部まではそれほど距離はない。故に北日本軍は必死だった。無謀な突撃をしてでも、敵の足を止めたかったのだった。

 「突撃ぃ! 全員、最後の一人まで突撃だー!」

 ある米兵が、闇の中から、軍刀を抜いた一人の北日本軍将校の声を聞いた。おそらく指揮官だろう。刀を振り回し、兵士達に突撃命令を何度も叫んでいた。

 彼は勇敢にも先頭に飛び出し、突撃を行う兵士達に声を上げていた。

 思わず、米兵は身を乗り出すと、彼に向かって引き金を引いた。すると、指揮官らしき日本軍将校は倒れてしまった。

 直後、導火線に火が着いたように、北日本兵の突撃が一層激しくなった。指揮官を殺された事に火が着いたのか、怒号が飛び、最後の集団と思しき兵士達が、大声を上げて突撃を始めた。

 米軍が無我夢中で迎撃を続けていく内に、やがて闇の向こうから聞こえていた「万歳」の声は次第に弱まり、最後には消えていった。北日本軍の万歳突撃は深夜の内に終わりを告げた。

 翌朝、陣地の前は地上を覆い隠す程の、北日本兵の遺体で埋め尽くされていた。米軍は陣地を離れると、札幌市の中心部へと向かった。



 9月22日 札幌市


 石狩湾に上陸した敵は、遂に札幌市街の目前まで迫っていた。道庁から飛び出した当麻は、ジープに乗って急いで捕虜が匿われている施設へと向かった。

 「まさかこんなに早く敵が来るだなんて……」

 予想した通り、捕虜が供述した『石狩』が敵の反攻上陸地点だった。しかしその時期は大きく異なっていた。

 この日に至るまで、当麻は何度も捕虜の移送を試みたが、ことごとく砂川に妨害されていた。しかし今の状況下では、最早一刻の猶予もなかった。手段を選んでいられる場合ではない。

 当麻が運転するジープは捕虜が匿われた市のビルに到着した。門前には歩哨が立っていた。

 「政治委員の当麻中尉だ。捕虜を引き取りに来た」

 当麻の言葉を聞いた途端、歩哨の兵が戸惑うような表情を見せた。

 兵の顔を見た時、当麻は嫌な予感を覚えた。

 「……改めて確認する。捕虜は、まだ、ここに居るのだな?」

 当麻の質問に対して返ってきたのは、当麻が期待していた答えとは正反対のものだった。

 ――捕虜は、既に移送されました。

 動揺するような様子で、兵はそう答えた。当麻はカッとなった。

 「誰が連れていった!?」

 訊ねる当麻だったが、既に答えは予想できた。

 「702部隊の同志砂川少佐が、捕虜を後方に移送すると……」

 一足遅かった。当麻が来るより先に、砂川が捕虜を連れ出してしまっていた。

 何故そこまでして、捕虜を渡さない!?

 怒りと疑問、そして失望が、当麻の内でぐるぐると回っていた。

 部隊の政治将校である自分を差し置いてまで、何故捕虜を守る?

 当麻は理解できなかった。震える拳を、ジープの車体に勢い良く叩きつける。

 無言で震える当麻の耳に、警報が聞こえた。

 「同志委員、敵襲です!」

 兵が叫ぶ。当麻がゆっくりと顔を上げた頃、彼は「あっ」と声を上げ、上空を見上げていた。

 当麻も顔を見上げると、札幌市の上空を敵の飛行機が飛んでいた。

 そして次々と響き渡る轟音と爆音。何かが崩れる音がした。立て続けに銃声も聞こえ始める。

 敵が来たと、当麻はすぐにわかった。

 しかし彼はその場から離れる事ができなかった。まるで狙い済ませたように、敵機がビルに向かって急降下してきたのだ。

 このビルは元々札幌市の管轄下にあっただけで、北日本軍が徴収してからも特別な扱いは受けていない。ただ、あの南日本軍の捕虜が匿われていたと言う事だけ――

 敵機が目の前に迫る最中、当麻は全てを悟った。

 やはり、間違っていなかった――

 当麻は敵機から黒い物体が切り離されるのを見た。それが当麻の頭上、ビルに向かって吸い込まれるように落ちていった。



 

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