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第11話 フォックス

 日本帝国 東京 日比谷


 帝都に星条旗が靡いている建物は決して大使館等ではない。日本政府から駐留米軍に向けて貸与された日比谷ビルは、日本国内に駐留する米軍の司令塔としての役割を果たしていた。

 現日比谷ビルの主として君臨する在日米軍駐留部隊総司令官に、ジョージ・ケルマン中佐が戦死した報せが届いたのは、松前城の前線司令部が敵特殊工作部隊の奇襲を受けた夜が明けた頃だった。

 南シナ海に台風28号(米国名『ジェーン台風』)が発生し、帝都の空から雨が降り注ぐ朝。米大使館の宿舎から急遽駐留軍司令部に車で向かう彼の頭には、昨夜聞いた北海道の戦況が蘇っていた。

 北日本軍第一軍団の第五、第六、第七師団、第一〇五機甲師団の一部から混成された第一〇四戦術旅団が第一次攻撃隊として、第二、第三、第四師団及び第一〇六機甲師団の一部から成る第一〇三戦術旅団が第二次攻撃隊とする敵部隊がそれぞれ厚沢部、上ノ国を経て松前半島北部に大規模攻撃を敢行。友軍部隊の被害甚大――

 その報告は味方の苦戦を伝える内容だった。渡島区域を守っているのは米軍の第二五師団である。石狩から敗走した南日本軍との共同で戦線を維持しているが、一部の部隊が北日本軍の猛攻を受けている。

 報告は事実上、函館方面の危機を語っていた。

 松前町を含む渡島半島南部まで敵に明け渡せば、次の敵の目標は本州である。北海道と本州は約20km程度しか離れていない。渡島半島南部にて奮闘を続ける日米両軍と国連軍は、何としてでも函館方面を死守するしか道は無かった。

 日比谷ビルに入った米駐留軍司令官は、先に部屋で待っていたGS局長とG2部長と顔を会わせた。

 GSとは日本に駐留している米軍総司令部の内部組織だ。日本への内政干渉は主にこの部署が担当していた。

 そしてG2――参謀第二部は情報部門の組織として反共工作に当たっている。此度の紛争においてもG2は帝国国内の反共工作を行う傍らで、北日本・ソ連に対するスパイ活動も継続中だった。

 「チャールズ、詳細な説明を頼む」

 総司令官はG2部長に発言を促した。

 「ケルマン中佐は前線部隊への視察を目的に松前の前線に訪れたのですが、その五日目に敵の特殊工作部隊の襲撃を受けました。これまでに知り得た様々な情況から敵の目的はケルマン中佐の拉致であった事が推察されます」

 「しかし彼らは失敗した。そうだろう?」

 「はい、ケルマン中佐が戦死した事で彼らの中佐を拉致すると言う目的は潰えました。しかし敵の本来の目的は半分達成されました」

 総司令官のこめかみが動いた。G2部長は言葉を続ける。

 「日本軍のキヨサト・トーヤマ中尉が拉致されました。これは日本側の情報からも確認済みです。彼もまた例の作戦に一枚噛んでいる要員です。ケルマン中佐ほどの機密性が高い情報は持ち合わせていませんが、彼から漏れる情報は十分に我々にとっても痛い損失になります」

 「よりによって、その二人が同じ場所に揃っている所を襲われたのか。敵は二人が揃っていた事を知っていたのか?」

 「確証はありませんが……おそらく、偶然でしょう。敵にとっては中尉は居れば良い程度の存在だったはずです。しかし……ケルマン中佐がいなくなった事で――」

 「……ケースはどうだ? それも奴らの手に渡ったのか」

 「確認しました。ケースの中身はケルマン中佐が全て破棄していました」

 「……首の皮一枚繋がったと言うわけか」

 損失が東山の存在だけであれば、作戦の危篤を直ぐに心配する程ではない。だが、それが時間の問題という程度に変わるだけだ。

 「しかしいずれ敵はトーヤマ中尉の口から情報を引き出すぞ」

 「ええ、少なくとも一週間の内に敵はクロマイト100B作戦の片鱗を知る事になるでしょう。ある程度の上陸地点が敵側の候補に浮上してしまいます」

 「シット! のこのこと最前線なんかに行くからだ。しかも二人揃って、なんという愚かな!」

 憤慨を露にするGS局長を、総司令官は無視した。

 「――で、どうするつもりだ?」

 総司令官の視線が、目の前にいるG2部長の瞳を射抜いた。

 「拉致されたトーヤマ中尉も情報部門のプロとは言え、北日本軍の尋問を受ければ一週間以内に口を割る事は簡単に推察できる。いや、もしかしたら三日も持たんかもしれん。あらゆる可能性を考慮した場合、最低三日以内にはこのクソ忌々しい事態を対処せねばならないぞ」

 「対策は既に考えてあります。 後は御裁可を頂きたいのであります、総司令官殿」

 「ほう?」

 総司令官は関心の溜息を吐いた。GS局長が声を上げる。

 「馬鹿な。たった三日でどうこうできるものか」

 GS局長は彼の言葉が信じられなかった。元々、GS局長とG2部長の間に信頼関係というものは無かった。組織ぐるみで仲が悪い彼らは、個人の関係でも同様だった。

 「具体的にどうするのだ?」

 「別の工作員を敵の傍に送り込んで、偽の情報を流します。そうすれば中尉が情報を吐いたとしても、敵はどちらの情報が正しいのかわからなくなるでしょう」

 「そんな都合の良く事が進むと思っているのか!?」

 GS局長が吠える。しかしそれを制したのは総司令官だった。

 「まぁ、コートニー。怒鳴っても事態は解決しないぞ。まずは彼の話を聞こうじゃないか」

 総司令官に宥められ、GS局長はムスッとした表情で黙った。

 「続けてくれ」

 「はい。まずは事前に敵の領内に潜伏させていた工作員に命令を伝えます」

 北日本の領地内には米軍のスパイが開戦前から潜伏している。開戦後は引き揚げさせたりする等で大分数を減らしたが、それでも残留した者が今も情報活動を続けている。

 「工作員の暗号名は『フォックス』です。奴にやらせます」

 「フォックス……」

 「そうです。フォックスに偽情報を流させて、敵にクロマイト100B作戦が留萌で実施されると思わせます。留萌は敵が首都としている都市に近いので、敵に信ぴょう性を持たせる事が出来るでしょう」

 「ふむ、しかしフォックスは本当にそのような任務を達成できるのか?」

 「できます。フォックスは北の最果てで過酷な経験を積み、それを乗り越え、更に我々の手によって肉体的にも精神的にも以前と見違える程に鍛練された者です。それにフォックスは日本人です。フォックスの優秀性は我々が保証します」

 G2部長がはっきりと言い放った。それは確かに自信に満ち溢れていた。話を聞いていた総司令官が納得しかけた直前――

 「ありえない! それは余りにも危険な作戦だ!」

 今まで黙っていたGS局長が声を上げた。G2部長を尻目に、GS局長が総司令官に詰め寄る。

 「閣下! 奴の説明する作戦を聞いていましたが、余りにもリスクが高過ぎる作戦だと思います!それよりも拉致されたジャップを始末した方が得策です!奴はケルマン中佐を死なせました。ならば同じように口を封じるべきなのです!」

 GS局長が口早に述べる言葉を、二人は黙って聞いていた。そして少しの間の沈黙の後、総司令官が口を開いた。

 「――それなら聞くが、コートニー。中尉を始末すると言うが、どうやって始末するのだ?」

 「そ、それは……。 おい、ウィロビー!ジャップの野郎はどこに連れて行かれたんだ!それぐらいわかってるだろ!?」

 「トーヤマ中尉は札幌に連行された模様です」

 「ならば札幌を空襲するんだ! そう、札幌にある、奴らがいる建物を爆撃するんだ!」

 総司令官は溜息を吐いた。

 「コートニー、簡単に言うが道南以北の制空権は敵の手中にあるのと同様だ。千歳への空爆も難しくなっている今、札幌を空爆できるはずもない。それにどうやって中尉達がいる建物を特定すると言うのだ?」

 「うぐ……」

 GS局長が口ごもる。だが、ハッとしたようにまた口を開いた。

 「そのフォックスとやらに探させれば良い!」

 「コートニー、それは出来ない相談だよ。フォックスはそこまで大胆な行動は取れない。我々への発信は最近になってからは控えさせている。何故ならフォックスは敵の内側に潜んでいるのだ」

 「それはどういう――」

 「フォックスは今、熊の毛皮を被っていると言う事だ。敵もフォックスの存在に気付く恐れがあるので、フォックスは鳴かず我々が命令を伝える事だけ――その片道しか、我々とフォックスの繋ぐ回線は無い」

 「そんな馬鹿な……」

 項垂れそうになったGS局長は、顔を上げるとキッとG2部長を睨んだ。

 「この事態は我が軍の最大の危機なのだぞ!?」

 「そう。クロマイト100B作戦が失敗するような事があれば、北海道だけでなくこの国が赤化する。大陸が共産化した以上、台湾やフィリピンを残して、合衆国の前にあるのは海だけになる。それだけは避けねばならない」

 「だったら――」

 「だからこそ、私はフォックスに偽情報を流させる方法しかないと断言致します。御裁可を、閣下!」

 G2部長はじっと総司令官の顔を覗きこむようにして言った。総司令官は無言で彼の顔を見返していた。その顔は緊張の余り引き攣っているように見えた。

 総司令官は頷いた。

 「わかった、君の案を採用しよう。暗号名『フォックス』による作戦の開始を許可する」

 「ありがとうございます、閣下」

 感謝の言葉を捧げるG2部長の横で、GS局長が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。彼はこの事態をG2の失態として追求し、彼にその責任を取らせるつもりでいた。しかし思惑は見事に外れてしまった。

 「――閣下、この作戦を行うに当たって日本軍の協力も必要になるのですが」

 総司令官はG2部長の話を聞いた。その話は実に壮大であったが、説明を聞いた総司令官は軽く頷いて見せた。

 「そうか。わかった。私が日本の陸海軍大臣の二人と会って話を付けよう。なに、心配はするな。彼らもわかってくれるさ」

 「感謝致します、閣下。どうか宜しくお願い致します」

 「クロマイト100B作戦の成否はこの国だけでなく、世界の命運が懸っているんだ。日本軍も惜しみなく協力してくれるはずさ……」

 総司令官は初めて口元を緩ませた。

 三人がいる部屋に、窓から打ち付くような雨の音が強くなって響いた。

 

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