表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

わかれ道

 ドアをあけたとき、トイレは無人になっていた。

 僕は個室から出て、あたりを確認する──だれもいない。

久米くめ先輩?」

 僕の声は、コンクリートの壁にむなしく響いた。

 みんな、どこへ行ったのだろう。

 久米先輩だけなら、となりの個室に隠れたのかな、とも思う。

 けど、六人ともいなくなっていた。

 シンとしたトイレ。気のせいか、すこし涼しくなったように感じる。

 恐怖心から? わからない。僕は個室を出て、そのままトイレをあとにした。

 真夏の西日に、僕は思わず手をかざした。

 暗い場所から急に出たときの、きらびやかな色彩。

 蝉の声。学校特有の、遠くから聞こえる生徒の声。

 部室へもどろう。久米先輩がどこへ行ったのか、それはわからない。ほかの五人と示し合わせたイタズラかもしれない。部室にもどると、案外みんなそろっていて──僕は校舎のほうへむかった。

「……」

 なんだか妙だ。校舎の大きさが、すこしだけ違うようにみえた。

 いつもより、心なしか大きいような──いや、錯覚だろう。

 じぶんにそう言い聞かせて、玄関に入ろうとした、そのときだった。

「あれ? 坂下さかしたくん?」

 ふりむくと、セミロングの少女が、僕をみつめていた。

 すこし驚いているようにみえた。

 だけど、僕はもっと驚いていた。

「い、和泉いずみさん……」

 和泉いずみ凛香りんかが、僕の目のまえに立っていた。

 死んだはずの少女が。

 僕は無言で、その少女のしぐさを追った。

「坂下くん、新聞部にいるって言ってなかった?」

「……」

「坂下くん?」

 少女はけげんそうな顔を浮かべて、僕のひたいに手をあてた。

「熱中症じゃない……のかな。だいじょうぶ?」

「和泉さん……その……僕は……」

 なにを言えばいいのか、わからない。

 言ってしまえば、すべてが消え去ってしまう気がした。

 僕のようすがおかしいと思ったのか、和泉さんは真剣なまなざしで、

「坂下くん、なにか怒ってる? ……あ、もしかして、これ?」

 と言い、カバンを持ち上げた。

 そこには、おもちゃの指輪が、アクセサリーの代わりにぶら下がっていた。

「ごめんね、指にはめると怒られちゃうから。でも、たしかにちょっと危ないよね。こういうのって、すぐにハズれちゃうし。仕舞っておいたほうがいいのかな?」

 あたりは少しずつ、暗くなり始めていた。

 一日の最後の残照が、無限に美しさを増していく、そんな時間。

 それが永遠というものだと、僕は気づいた。

「だいじょうぶ……部室で僕が待ってるよ」

「?」

 僕は、さようならと言いかけた。

 でも、その言葉は出てこなかった。

「……ありがとう、また会おう」

 僕は、じぶんから背をむけた。

 呼び止める声がする。

 僕はふりかえらずに、あのトイレへ駆け込んだ。一番奥の個室に入る。

 ドアを閉める──ゆっくりと開けた。

「……」

 僕の目のまえには、例の六人がいた。

 驚愕、猜疑さいぎ安堵あんど

 ひとりひとり、表情がちがっていた。

 そのなかで久米先輩だけは、いつものおだやかな顔をしていた。

「すてきなものを見ていたんだね、その涙は。もし僕たちが、いくつもの世界線に分かれないで、幸せな道だけを選べるのなら、神様はなぜそうしなかったんだろう……でもね、分かれてしまった世界線は、なにかの気まぐれで、また元にもどるのかもしれない、幾億もの繰り返しのあとで……僕の話は終わりだ。最後まで聞いてくれて、ありがとう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=471603624&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ