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VII ── ボクが出会った七不思議  作者: 稲葉孝太郎
久米寿(2年生)の話
7/8

トイレの世界線

 それじゃあ、いよいよ僕の番だね。

 僕の名前は久米くめ。二年生だ。

 この会のメンバーは、学校で見かけたひとばかりだけど、話すのは今日が初めてかな。

 ねぇ、坂下さかしたくん、並行世界っていう言葉は、聞いたことがあるかい?

 僕たちが住んでいる世界とはべつの世界。最近は世界線ともいうね。

 科学的に主張しているひともいるくらいだから、オカルトとは違うのかもしれない。

 あ、ごめん、こんなのは釈迦しゃか説法せっぽうだよね。

 坂下くんは信じるかな?

 うん、すぐには答えられないよね。

 僕は、あると思っているんだ。

 じゃあどこにあるんだろう? どうすれば行き来できるんだろう?

 ここからはオカルトになるけど、僕たちが住んでいる世界とべつの世界とがシンクロしてしまったとき、ふたつの世界はリンクすると思うんだ。つまり、ふたつの世界のA地点とB地点とが、人間には区別がつかないくらい似通ってしまったとき、だね。

 そういうことが起こりやすい場所って、どこかな?

 僕はトイレだと思う。

 あ、笑わないでくれよ。これは大真面目に言っているんだからね。

 たとえば学校を考えてみようか。校門から教室までは、たくさんの往来がある。真夜中だって宿直の先生がいるし、ゴキブリもうろうろしているだろう。ああいうのはどこかにこっそり隠れていて、夜中になると出てくるからね。

 トイレはどうだろうか? もちろん、ふだん使われているところはダメだね。ひっきりなしに出入りしているから。もしかすると、学校で一番使われている施設かもしれないなあ。だけど、使われていないトイレは? 坂下くんは、この学校にそんなトイレが一箇所だけあることを知ってるかい? この校舎の裏手に倉庫みたいな建物があるだろう。コンクリ製のね。じつはあれ、トイレなんだよ。使用禁止なんだけど。水がもう通っていないとかでね。だけど、小便器が三つに、個室も三つもある立派なトイレなんだ。むかし、まだ旧校舎を使っていたときの名残らしいね。

 どうしてそんなに詳しいのかって? これはね、去年退職した用務員のおじさんから聞いた話なんだよ。一年生の坂下くんは知らないかもしれない。早山はやまさんっていう用務員のおじさんでね、あまり目立たないひとだったけど、生徒にも親切だった。二年生以上のひとは、一度はお世話になったことがあるんじゃないかな。もう閉められちゃった体育館の倉庫を開けてもらったり、夜遅くまでこっそり居残りさせてもらったりね。僕は一度、自転車がパンクしたとき、修理してもらったことがあるんだ。そのお礼に、早山さんの草刈りを手伝ったことがあるんだよ。去年の夏休みにね。

「久米くんは、どうしてこの学校を選んだんだい?」

 作業をしながら、早山さんはそうたずねてきた。

「自転車で通えるからです」

 僕の回答に、早山さんは破顔した。

「ハハハ、そうか、この学校はね、不思議なことが多いから、気をつけなさい」

「不思議なこと、ですか?」

「私も一度だけ、神隠しにあったことがある」

 僕はおどろいてしまった。

 刈った草を詰めていたふくろを、思わず蹴飛ばしてしまった。

 草いきれがあたりに広がる。僕は謝った。

「す、すみません」

「いや、私のほうこそ、すまない。おどろかせてしまったね」

 ふたりで草の山をつめなおす。

 早山さんはその先を言わなかった。

 聞いて欲しいのだろうか? それとも、ただの冗談だろうか?

 僕はどうしても気になってしまった。

「神隠しって、どういうことですか?」

「この学校の裏手に、使用禁止のトイレがあるんだ。水を流せないからなんだが、じつは一番奥の個室だけは使えるんだよ。以前、職員用のトイレが使用禁止になっていたから、めんどくさくてそこを使ってしまったんだ。すると……なんと言えばいいんだろうな」

 おじさんは、説明がむずかしいと言って、なんどもなんども言葉につまった。

 けっきょく、早山さんの話は要領をえなかった。けど、まとめると次のような内容だった。用をたした早山さんは、ドアを開けた。その瞬間、違和感をおぼえた。どういう違和感かはわからないけど、どこかべつのところに来てしまった気がした。もちろん、例のトイレであることには変わりがない。手を洗って、そとに出た。すると、やっぱり違和感がある。校舎へもどっていくと、その違和感はだんだんと現実味を帯びてきた。

 トイレから玄関までの距離が、ほんのすこし遠い気がした。すこし疲れているのかな、と思い、玄関へ入って深呼吸をすると、うしろから声をかけられた。

「タヤマさん、こんにちは」

 早山さんは最初、じぶんが話しかけられたとは思わなかった。

 だって名前がちがうからね。

「タヤマさん?」

 ふりかえると、ひとりの男子生徒が立っていた。

 どこかで見たことのある顔だった。でも、その記憶とどこか違っていた。

「タヤマさん、だいじょうぶですか? 熱中症じゃないですよね?」

「あ、ああ、だいじょうぶだ……」

 早山さんは、名前の呼び間違いがすこし気になった。

 だけど、用務員の名前なんて覚えていなくてもしょうがない、とも思った。

 早山さんはその場をてきとうにごまかそうとした。

 すると、男子生徒のほうが不審がってきた。

「あの、タヤマさん……ほんとうにだいじょうぶですか? 今朝お会いしたときよりも、すこし痩せられている気がするんですが……」

 早山さんは、ある衝動に駆られた──もどらなければ。

 どこに? わからない。気づけば校舎を出て、あのトイレに向かっていた。

 とにかく、もどらないといけないと思った。

 早山さんはトイレに駆け込み、一番奥の個室に入った。

 手が震えていた。それでいて、じぶんがやっていることの意味がわからなかった。

「……」

 早山さんはドアを押した──さっきとおなじトイレがある。

 だけどその空気に、どこか懐かしさを感じた。

 早山さんはトイレを出て、校舎を見上げた。いつもの校舎だ。

 そう、あたりまえのように、いつもの校舎があった。


  ○

   。

    .


「以上が、早山さんから聞いた話だよ。坂下くんは、どう思う?」

 久米先輩はニコニコ顔で、僕に問いかけてきた。

 僕は「錯覚の可能性もあると思います」と答えた。

 久米先輩は怒らなかったし、茶化すこともしなかった。

「そうだね。夏の暑さにボーッとしてしまったのかもしれない。校舎が遠いように思えたとか、生徒がじぶんの名前をまちがえたとか、ふつうなら状況証拠にもならないだろう。だけど、今回は七不思議特集だ。すこし掘り下げてみる価値は、あると思う。坂下くん、どうかな、今からそのトイレへ行ってみないかい? 僕を最後にしてもらったのは、移動をしたかったからなんだよ」

 僕は壁の時計をみた。

 午後六時をすぎている。予定では、そろそろおひらきの時間だった。

 とはいえ、久米先輩の話はすこし短かったし、このままだと記事にならない。

 僕は了承した。

「わかりました……ほかのみなさんは、ここで解散していただいてけっこうです」

 ところが、ほかのメンバーもついて来ると言い始めた。

 全員が言ったわけではなかった。花巻さんが最初に言って、次に三年生が同意した。

 伊那先輩と細野先輩は黙っていたけど、いっしょに部室を出た。

 廊下を歩く。会話はない

 玄関を出ると、夕暮れの熱気が、僕たちを襲った。

 土の香りがする。運動部が、グラウンドをならして帰ったのだろう。

 校舎の裏手へ回る。会話はない。

 その建物がみえたとき、ようやく久米先輩が口をひらいた。

「みなさん、つきました。ここが例のトイレです。それでは入りましょう」

 僕たちは、使用禁止と書かれた張り紙を無視して、なかへ入った。

 ひんやりとした空気。窓はなく、コンクリート壁にくり抜きの穴があるだけだ。

 そこから差し込む明かりを頼りに、トイレのなかを見回す。

 久米先輩が言ったとおり、個室が三つもあった。

「さあ、坂下くん、その一番奥のトイレだよ」

 僕はすこしとまどった。

「……試しに僕が入る、ということでしょうか?」

「イヤかい?」

 その口調に、おどしの気配はなかった。

 僕がことわれば、久米先輩はそれっきりにするつもりなのだろう。

「……わかりました」

 僕は一番奥のドアを開けた。

 なかに入り、ドアを閉める。六人の姿が、ドアの向こうに消えた。

「これでいいんですか?」

 ……返事がない。

「久米先輩?」

 返事はなかった。

 それどころか、ドアの向こうがわから、ひとの気配が消えたような気がした。

 いや、気がしただけだ。じぶんにそう言い聞かせて、僕はドアを開けた。

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