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VII ── ボクが出会った七不思議  作者: 稲葉孝太郎
花巻あかり(1年生)の話
6/8

ふたりの思い出

 こんにちは、花巻はなまきあかり、一年A組です。

 先輩方は、はじめまして。

 さてと、坂下くんに向かって話せばいいのかな。

 坂下くんとはクラスがおなじだから、すこし気楽に話させてもらおっか。

 わたしたちが入学したのって、もう四ヶ月もまえなんだね。

 いまは最初の夏休みなわけだけど、坂下くん、期末考査はどうだった?

 けっこうよかった?

 あ、答えなくてもいいよ。アイスブレイクってやつだから。

 わたしは良くも悪くもなかったかな。点数は秘密。

 でね、入学式のときの話なんだけど、あのとき式場の椅子がひとつ空いていたことに、気づいた? 一番うしろの椅子が余ってたとか、そういうのじゃないよ。ちょうど真ん中のところが空いてたの。その周りの子は、ちょっと不思議がっていたよね。病気で欠席してるのかな、とか。

 だけど病欠じゃなかったの。悲しいことだけど、その子はもう学校には来ないんだよ。この高校に合格したあと、入学式のまえに亡くなっちゃったの。交通事故で。わたしが話すのは、その子にまつわる──


  ○

   。

    .


「ちょっと待ってください」

 僕は、花巻さんの話にストップをかけた。

 花巻さんは、その丸っこい目を見開いて、きょとんとした。

「どうかしたの?」

「それって、和泉いずみ凛香りんかさん……のことですか?」

 花巻さんは二重におどろいた。

「そうだけど、どうして知ってるの? ……あ、さすがに有名な怪談だった?」

「その事故は、地元の新聞にも載っていたので……最近のことですし……」

 花巻さんは「そっかぁ」と言って、

「ごめん、話を変えたほうがいいかな?」

 とたずねてきた。

 僕は迷った。

「……いえ、記事を書くとき、個人名が特定できないように工夫します」

「了解。じゃあ、続きを話すね。その事故から、一ヶ月も経った頃のこと……」


  ○

   。

    .


 和泉さんの指輪が行方不明になっている、っていううわさがたったの。

 病院に運ばれたときに、なくなっていたんだって。

 ただね、どこからそういううわさが立ったのか、そのときはよくわからなかったの。

 だから、学校の生徒も、ほとんどのひとは知らなかったんじゃないかな。

 今から話すFくんも、そうだった。

 それは学校が始まって、最初の週のこと。

 一年生のFくんは、雨のなか、バス停でバスを待っていた。

 体調が悪いから、早退することになったの。まだ昼の二時だった。

 ほかの生徒もいなかった。ただひとり、バス停で待っていた。

 体調が悪いときに、しかも雨のなかでバスを待つのって、ちょっとつらいよね。

 低気圧のせいかもしれない。Fくんは、なんだかぼんやりとしてしまっていた。

 どのくらいそうしていたんだろう。ふと気配がして、ようやく目を開けた。

 すると、目のまえに、ひとりの少女が立っていた。高校の生徒かと思ったけど、制服がちがっていた。地元の中学校のセーラー服だった。セミロングの髪が美しい、憂いのある少女だった。少女はちょっとうつむき気味に、

「指輪をさがしているんです……見かけませんでしたか……?」

 とたずねてきた。ちょっぴり意外な質問よね。

 道を教えて欲しい、とかならわかるけど。

 Fくんも警戒したの。

 なにかの罰ゲームで、少女がじぶんに話しかけているだけかもしれないと思った。

「いえ、見かけませんでした」

 Fくんはシンプルに答えた。

 ウソじゃなかったし、さがすのを手伝う気もなかった。

 坂下くんだったら、手伝う?

 雨のなか、女の子とふたりきりで指輪さがし……あ、ごめん、気を悪くしないでね。

 Fくんが答え終わったとき、ちょうどバスが来た。

 そのまま乗り込んで、席についた。

 少女は乗って来なかった。

 おかしいな、とFくんは思った。ここはどの路線に乗っても、おなじなんだもの。

 もしかして、雨のなかをひとりでさがす気なのかな、悪いことをしたな。

 Fくんがそう思って窓のそとをみると──

 女の子はいなくなっていたの。あとかたもなく、ね。

 それから、雨の日に女の子の霊があらわれるってうわさが立った。

 でも、Fくん以外に見たひとはいなかった。

 雨の日、周囲にだれもいないとき、こっそりとあらわれる、っていううわさだけ。

 だけど、あのバス停って、そういう状況になることがあまりないじゃない。

 雨の日は、バスで通ってくる子も多いし。

 だから、Fくんのかんちがいってことになった。

 角度で少女がみえなかっただけだとか、そういう感じ。

 そして、ゴールデンウィークが過ぎた頃には、話題にものぼらなくなっていた。


  ○

   。

    .


「でも、あるできごとがきっかけで、またうわさが再燃したの。なんだと思う?」

 花巻さんは、僕の目をじっと見つめた。

 僕が事前に知っているのではないかと、警戒しているのだろう。

 じつは知っている。というのも、僕がここに入学したあとのことだからだ。

「じっさいに指輪があることを、和泉さんの両親が証言したから、ですよね?」

 花巻さんは、ちょっとタメ息をついた。

「うーん、やっぱり知ってるんだ。さすがは新聞部。じゃあ、あんまり盛り下げないように、坂下くんはさも初めて聞いたかのようなリアクションをしてね。でないとねちゃうぞ……と、それは冗談。とにかく指輪はあったの。和泉さんが大切にしていた指輪。それがあのバス停でなくなったのなら、これって話題性があるでしょ。見つけて両親に届けると、お金がもらえるかもしれない。たしか日本の法律で、そう決まってるらしいし」

「一割が相場のようですね」

「あ、さすがは坂下くん、くわしいね。じゃあ一〇万円の指輪でも一万円か。バス停のまわりでちょっとした宝探しをするには、十分な報酬だよね」

 窓のそとが、すこしずつ暗くなっている。

 夕暮れが近づいていた。


  ○

   。

    .


 それからしばらくのあいだ、宝探しが始まった。でもさ、警察の現場検証でもみつからなかったものが、かんたんにみつかるわけないよね。

 案の定、バス停にはないということになった。

 じゃあ、どこだろう? 生徒が目をつけたのは、バス停のそばの私有地。

 フェンスが張られていて、跳ね飛ばされた和泉さんは、そこにぶつかったってうわさがあった。じっさい、ヘコんでるところがあるんだよね。だから、その向こうの草むらに指輪が落ちたとしても、おかしくはなかった。

 フェンスをのりこえて、何人かの生徒が勝手に入った。

 そんなことしてると、所有者が気づくよね。

 学校に通報がいって、全校集会で大目玉。これも坂下くんなら知ってるか。

 ただ、その地主さんも指輪のうわさは知っていたみたい。草むらのなかを探しているところを、目撃されちゃってるんだよね。

 けっきょく、地主さんが見つけちゃったのかな?

 そう考えてる生徒もいるね。でも、わたしは全然ちがう結末を教えてもらったの。

 六月の梅雨どき、清掃員のAさんは、バス停の定期清掃にやって来た。ゴミ箱はないんだけど、勝手に物を捨てるひとがいるから、そのあとかたづけ。空きカンやお菓子の包みを、順番にひろっていく。

 見上げれば、曇り空。湿度も高かった。雨が降らないうちに終わらせよう。そう思った矢先、運悪く最初の一滴が落ちてきた。雨はすぐに強くなり、パラパラと地面を濡らす。舗装した道路から、独特の香りが漂ってきた。

 Aさんは、バス停のひさしの下に入った。今日はここまでか。そう考えたとき、そばを一台の自動車が通り過ぎた。ヘッドライトをつけていた。そのヘッドライトがベンチの下を照らしたとき、一瞬、なにかが光ったような気がした。Aさんは、ペットボトルが落ちているのかな、と思い、ベンチの下をのぞきこんだ。

「……?」

 ベンチのしたには、なにもないようにみえた。

 だけど、もう一台のトラックが通過したとき、やっぱりなにか光ったの。

 Aさんは目をこらした。

「……指輪?」

 その指輪は、くだけていた。

 曲がっていただけ? ううん、ちがうの。くだけていた。

 だって、おもちゃの指輪だったから。

 透明なプラスチック製のリングに、ピンク色のプラスチック玉をつけただけ。

 リングは根元から半分くらいしか残っていなかった。玉の部分も大きく欠けていた。

 事故のときに壊れていたんだと思う。あるいは、だれかに踏みつけられたか。

 おかしな話よね。和泉さんの両親は、指輪があると言っただけで、それが金銀や宝石だとは一度も言わなかった。だれも確認しないまま、みんなは宝探しをしていた。だから、そのプラスチック製の指輪をみたとき、彼らはそれをゴミと認識していたんでしょうね。もしかすると、「あ、見つけた」と思って、かがみこんだひとはいたかもしれない。でもそのひとたちは、壊れたおもちゃをみて、別物だと判断した。

 とてもだいじにしていた指輪だから、高価なものに決まっているって、みんな思ったのかな。そうかもしれない。わたしもそう思っちゃうだろうし。

 そのAさんは、ここで事故があった少女のことを知らなかった。だから、こどものおもちゃだと思って、回収しようとした。トングを伸ばす。ひとつめのカケラに触れたとき、いきなり雨脚あまあしが強くなった。

 ゲリラ豪雨ってやつ。雷も鳴ったから。Aさんは慌ててバス停のひさしに隠れた。

 ピカッとひとつ、近くに雷が落ちた。Aさんはトングを地面において、びくびくした。

 けど、その雨はすばやくやんだ。ほんの一、二分だった。雨音は急速に小さくなって、小雨と変わらない調子になった。Aさんはトングを持ちなおして、さっきのゴミを拾おうとした──でも、そこにはもうなかった。ベンチの下は、雨水で洗い流されていた。その水は、道路の排水溝に流れ込んでいた。

 そう、指輪は排水溝に消えちゃったの。まるで拾われるのを拒んだかのように。


  ○

   。

    .


「ねぇ、彼女は高校進学前にもなって、なぜおもちゃの指輪を持っていたのかな?」

 花巻さんとほかのメンバーの視線が、僕にあつまった。

 答えにつまる。

 なぜ幽霊はAさんに指輪を拾わせなかったのだろう。そういう質問なら、もっと簡単に答えることができたかもしれない。幽霊の考えていることはわからない、とでも。

 だけど、花巻さんの質問は、和泉凛香という実在の人物にむけられていた。

「そうですね……趣味はひとそれぞれなので……」

 花巻さんは、この答えがあまり気に入らなかったようだ。

 腕組みをして、うーんとうなった。

「ここからは憶測なんだけど……好きなひとから、もらったものなんじゃないかな。彼女はその指輪がだれかに拾われて、じぶんのところへ返ってくることを期待した。だけど、その指輪は壊れてしまっていた。それを知ったとき、好きなひとの思い出といっしょに、水に流してしまったんじゃないか……坂下くんは、どう思う?」

 花巻さんは、この推理にこだわりがあるようだった。

 僕も真摯しんしに返す。

「だとすれば、和泉さんは安心して天国に行けたと思います」

 急に断言したせいで、花巻さんはすこしばかり面食らっていた。

「どうして?」

「もしほんとうにその指輪が、好きな相手からのプレゼントなら、その相手も和泉さんのことを忘れていないはずです。ふたりにとって、その思い出で十分だと思うからです」

 花巻さんはしばらくのあいだ、あっけにとられたような顔をしていた。

 それから、フッとほほえんだ。

「そうかもしれないね……うん、きっとそうだね……坂下くん、マジメに答えてくれて、ありがとう。それじゃ、次のひとで最後かな。わたしの話は、これでおしまいだよ」

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