八一分の一の結末
僕は四人目の語り手として、久米先輩を指名した。
ところが久米先輩は、事情があって最後にして欲しい、と答えた。
よほど怖い話を用意してきたのかな、と僕は思った。
それとも、まだ考えている最中なのだろうか。
しかたがないので、伊那先輩を指名した。
伊那先輩は、すこし暗い感じのする女性だった。
メガネをかけているから、というわけではないのだが、三つ編みに痩せ型で、いかにもインドア系という印象だった。僕が言えることではないけれど。
伊那先輩は、じっとりとした目つきで、僕のほうをみた。
「あたしですか……はじめまして、伊那です。坂下くんには申しわけないんですが、あたし、オカルトのたぐいは信じていないんです。だからここで話すことは、いわゆるオカルトではありません。それでもいいですか?」
わざわざ確認をとってきた。
なぜ部長は、このひとを語り手に呼んだのだろう。
「不思議な要素があれば、どのようなお話でもけっこうです」
伊那先輩は、しばらく反応しなかった。
けど、最後はメガネをなおして、こう言った。
「わかりました。では、あたしの趣味の話をさせてもらいます」
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あたしの趣味はPCゲームです。おもにFPSをしています。
坂下くんは、PCゲームをしますか? ……あ、しないんですか。
じゃあ、ちょっとだけ説明します。この手のゲームは、パソコンの性能がしばしばものを言うんです。だから、けっこうお金がかかっちゃうんですよね。あたしの父は、むかしの家庭用ゲーム機で、たまに遊んでいます。数万円の初期投資をして、あとはソフトを買い足していくだけです。合計で二〇万円もあれば、何年も遊べちゃうんじゃないでしょうか。ゲーミングPCだと、初期投資でそれを超えます。
まあ、お金の話はおいておくとして、FPSではインターネット回線を使って、世界中のプレイヤーとバトルするわけです。そのバトルの仕方にも、マナーがあります。チートをしない、というのはあたりまえですが、チーミングもダメなんです。たとえば──
○
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僕は、伊那先輩の話をとめた。
「あの、すみません……これはゲームの話なのでしょうか?」
伊那先輩はきょとんとした。
このひとは、じぶんが好きなことについて饒舌になるタイプなのだろうか。
なんだかちょっと早口だったし。
だけど、伊那先輩はすぐに困惑した表情になって、
「ご、ごめんなさい、やっぱりあたしの話、つまらないですか?」
と謝った。
「い、いえ、そういうことではなく、オカルト要素はあるのかな、と……」
僕の言いわけに、伊那先輩はメガネをなおした。
「ここからが本番なんです。じつはですね……」
○
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あたしがよくプレイしている……ここではRとしておきましょう。Rというゲームのなかで、見たことのないキャラが戦っている、という情報が出回ったんです。どのSNSが初出だったのかはわかりませんし。あたしが知ったのは、比較的あとだったと思います。最初はだれも信じていませんでした。公式からのアナウンスはなかったですし、インターネットの情報なんてデマも多いですから。
そのうわさが本格的に議論され始めたのは、去年の冬休みでした。クリスマスシーズンの大会が近くなったとき、不審なことが判明したんです。
なんだったと思いますか?
じつはですね、勝敗の数があわなかったんです。ある海外プレイヤーがコンピュータでデータ解析をしたところ、勝ち星が負け星より三つ少ないことが判明しました。
とうぜんにクレームがはいりますよね。
緊急メンテナンスがありました。
メンテナンスのあいだ、ネットにはさまざまなコメントが飛び交っていました。その大部分は、運営を批判するものでした。これまでの戦績が信用できなくなった、というものが多かった印象です。もっとも、これは難癖だと思いますけどね。体感で気づくほど戦績に異常があれば、とっくにだれかが指摘していたはずですから。一部ユーザによる日頃のウサばらしだったわけです。
とはいえ、自社システムの問題ということで、運営もまじめに対応しました。が、理由はけっきょくわからなかったんです。勝敗が合わない原因は、退会したプレイヤーと関係があるらしい、ということだけでした。退会したプレイヤーのなかに、負け星がオーバーしているひとが三人いたらしいんです。
というわけで、運営の公式発表は次のようなものになりました。一定の条件で【退会】が【敗北】に加算されてしまうバグがある、と。坂下くんは納得しますか? むずかしいですよね。そのバグがなんなのかは発表されませんでした。でも、再現性がほとんどないバグはあるもので、最後は水かけ論になりました。ゲームの巻き戻しも補償もなく、炎上はそのうち収まってしまったんです。
そしてそのまま、クリスマスシーズンの大会に突入しました。あたしも知り合いのKさんといっしょに、中堅ランクのイベントに参加していました。チーム戦じゃなくて個人戦です。しばらく遊んでいると、Kさんから妙なチャットが飛んできました。
K つきまとわれてる
つきまとい──特定プレイヤーへの執拗な個人攻撃は、マナー違反です。
すこし余裕ができたところで、あたしは返信しました。
I ふりきれました?
K ダメだ
I どんなやつです
K 斧をもったやつがずっと追ってくる
そうですか、というのが最初の感想でした。
I どのキャラです?
K Jason
あたしは参加者リストをみました。
たしかにそういうプレイヤーがいました。
I あとで通報でいいんじゃないですか
K そうするよ
そのあと「またきた」というチャットが入って、それっきりになりました。
前半戦が終わり、休憩タイムです。
エナジードリンクを飲んでいると、ふと妙なことに気づきました。
参加者リストに、Kの名前がないんです。
回線落ちかな、と思って、そのキャラクター名で検索しました。
ところが、キャラクター名そのものが出てきませんでした。
「……え? 退会あつかいになってる?」
そのとき、開戦一分前のアラートが鳴りました。
あたしはわけがわからないまま、ヘッドセットをつけます。
なにかの間違いだろうと、そう思ったのです。
後半戦は順調にスタートしました。出現ポイントにスナイパーライフルが落ちていて、いきなり有利になりました。まず狙撃でひとりを始末して、遮蔽物ぞいにアイテムの多いエリアへ移動します。ここまで三〇秒。廃屋からすこし離れたところで、あたしは待機しました。重火器のアイテムボックスが、錆びたガレージにみえます。ほかのプレイヤーも到着している気配がありました。飛び出すと蜂の巣になります。だれも動きません。
「んー、見合いか……ッ!?」
自キャラにうっすらと、人影がかかっていました。
あたしはキャラを一八〇度回転させます。
真っ白なお面をかぶった、つなぎ姿のキャラが立っていました。
手には斧を──いえ、それに気づいたのは、発砲したあとでした。
弾は至近距離で命中し、そのキャラ──ジェイソンとしておきましょう──ジェイソンはふらつきました。あたしの発砲音を聞きつけて、周囲でも戦闘が始まりました。
○
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「さあ、坂下くん、どうします? 三択で答えてください」
一 ジェイソンの脇をすり抜ける
二 アイテムをとりにいく
三 この場で撃ち殺す
僕は反応がおくれた。
「……僕が決めるんですか?」
「坂下くんなら、正解を選んでくれると思います」
どういうことだろう。
とりあえず、僕はてきとうに答えた。
「一番です。やりすごします」
「なぜですか? こっちは銃で、あいては斧なんですよ?」
「そのゲームはよく知らないのですが、近接している以上は斧が有利かな、と……」
近距離でも遠距離でも銃が有利なら、近接武器の意味がないだろう。
僕はそう考えたのだ。
伊那先輩は、黒い笑みをうかべた。
「なかなかいい判断です。あたしが装備してるスナイパーライフルはボルトアクション式で、連射ができなかったんです。あたしはジョイスティックをかたむけました」
○
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あたしは咄嗟の判断で、ジェイソンのそばをすり抜けました。
うしろから斧をふりおろされ、軽くダメージを負います。
画面が一瞬だけ赤くなりましたが、かすり傷でした。
草むらにとびこんで撹乱します。
ガレージのほうでは、本格的に撃ち合いが始まったようでした。
草むらをぬけると小川に出ました。それと平行に移動します。川沿いに進めば、たいていは重要な施設に出られるからです。水中にアイテムが落ちていないかどうかも確認しました。
「え……?」
水面に人影──あたしは反射的にジョイスティックを操作しました。
斧が空ぶります。
ジェイソンはいつの間にか、あたしの背後にまわっていたのです。
わけがわからなくなりました。この大会ではレーダー機能がオフなので、キャラの追跡は困難なはずだからです。あたしはふりむきざま、ライフルで鉛玉をお見舞いしました。血しぶきがとびます。
さあ、坂下くん、ここからどうしますか?
一 この場で殺しあう
二 逃げる
三 チャットをする
さあ、どうでしょう……え? 三?
坂下くん、なかなか大胆ですね。でも正解です。
あたしはライフルを構えたまま後退し、個別チャットを送りました。
I つきまといは禁止されてますよ
反応がありません。
ジェイソンは、ゆっくりと距離をつめてきます。
あたしは一歩一歩さがりながら、引き金を引きました。
ジェイソンの胸から血しぶきが飛び、ノックバックされます。
このままスナイパーライフルでも倒せるんじゃないかな、という気がしてきました。
だってよけないんですから。のこり三発しかない、という点だけがネックでした。
あたしはリロードしました。
ところが、リロード時のびみょうな視点切り替えで、目標を見失ってしまったんです。
「逃げた……?」
あたしは三六〇度回転してみました。みつかりません。
どうしましょう?
一 この場でようすをみる
二 さっきの廃屋にもどる
三 川沿いに進む
さあ、今回はちょっとむずかしいですね。
どれも正解にみえますが……二ですか?
正解です。やりますね。え? 勘?
勘がいいのも才能のうちです。
あたしは廃屋にもどりました。小競り合いは終了して、ふたりほど倒れています。
アイテムは持ち去られていました──が、これは作戦通りです。
あたしは廃屋にある給水塔にのぼりました。
背後に大木があって、正面はマップをひろく見渡せます。
スコープをのぞきこむと、さっそくほかのプレイヤーがみつかりました。
一〇〇メートルほど先で岩場に隠れ、銃撃戦をしています。
あたしはその後頭部に一発キメてやりました。
あいてのほうもついでに……というわけにはいきませんでした。反対側の林にいるようなのですが、今の狙撃で隠れてしまったようです。
「んー……林の後方から回り込まれると困りますか……あたしも移動……」
その瞬間、画面が赤く染まりました。
キャラが転倒し、給水塔から落下します。
ふらつき補正が入り、画面がにじみました。動きも鈍くなります。
なにが起こったのかわからず、あたしはジョイスティックをガチャガチャしました。
そして犯人の正体をみたとき、二重にパニックになりました。
ジェイソンでした。
彼は大木から飛び降り、ゆっくりとこちらへ向かってきます。
殺される
そう直感しました。ゲームだというのに、リアルな死の恐怖がうまれました。
さあ、坂下くん、最後の選択肢です。どうします?
一 もういちどチャットをする
二 闇雲に撃つ
三 リタイアする
どうですか? ……え? 二番ですか?
いきなり冷静ではなくなりましたね。
いえいえ、じつは正解です。
あたしもパニックになっていたので、冷静な対処などできるはずがありません。
リタイア機能も使ったことがなかったので、失念していました。
「わわわッ!」
あたしはジョイスティックをでたらめに動かしました。
キャラが朦朧状態になると、やりがちな動作です。
ジェイソンは目のまえに立っています。
斧がふりあげられました。
そのタイミングで、あたしの指がトリガーボタンに触れました。
キャラがふらついていて、狙いもなにもありません。
あさっての方向に発砲したかと思いきや──
給水塔から、茶色い液体がふきだしました。弾が貫通したのです。
中身はガソリンでした。
ジェイソンはガソリンを浴び、一瞬ひるみました。
でも、一瞬だけでした。ふたたび斧をふりかざします。
リロードを終えたあたしは、最後の一発を撃ちました。
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「そのままガソリンに引火して、あたしはゲームオーバーになりました」
伊那先輩は、そこで語りを終えた。
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……………………
…………………
………………どう反応すればいいんだろうか。
ほかのメンバーも、困っているようにみえた。
ただひとり、伊那先輩だけは妙なドヤ顔をしていた。
それに、ひとつ気になることがあった。
僕は三択を四回連続で当てた──ということになっている。
確率は八一分の一。
ほんとうに僕は正解していたのだろうか?
先輩は、僕の選択にあわせて話をつくったんじゃないだろうか?
だとしたら、なぜそんなつくり話を?
これもゲームの一種?
僕は考えるのをやめた。
「では、次のかた……」
とつぜん、伊那先輩からストップがかかった。
話はまだ終わっていない、と言われた。
そうなのか。
僕は謝ったうえで、なるべく簡潔にまとめるようにお願いした。
「はい。退会あつかいになっていたKさんなんですが……じつは、お亡くなりになられていたんです。ひとりぐらしをしている大学生のかたで、死因は、エナジードリンクの飲み過ぎによる急性カフェイン中毒でした。警察が現場検証をしていたとき、パソコンの画面には、ゲームオーバーの文字が映ったままだったそうです」