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VII ── ボクが出会った七不思議  作者: 稲葉孝太郎
伊那数子(2年生)の話
5/8

八一分の一の結末

 僕は四人目の語り手として、久米くめ先輩を指名した。

 ところが久米先輩は、事情があって最後にして欲しい、と答えた。

 よほど怖い話を用意してきたのかな、と僕は思った。

 それとも、まだ考えている最中なのだろうか。

 しかたがないので、伊那いな先輩を指名した。

 伊那先輩は、すこし暗い感じのする女性だった。

 メガネをかけているから、というわけではないのだが、三つ編みに痩せ型で、いかにもインドア系という印象だった。僕が言えることではないけれど。

 伊那先輩は、じっとりとした目つきで、僕のほうをみた。

「あたしですか……はじめまして、伊那です。坂下くんには申しわけないんですが、あたし、オカルトのたぐいは信じていないんです。だからここで話すことは、いわゆるオカルトではありません。それでもいいですか?」

 わざわざ確認をとってきた。

 なぜ部長は、このひとを語り手に呼んだのだろう。

「不思議な要素があれば、どのようなお話でもけっこうです」

 伊那先輩は、しばらく反応しなかった。

 けど、最後はメガネをなおして、こう言った。

「わかりました。では、あたしの趣味の話をさせてもらいます」


  ○

   。

    .


 あたしの趣味はPCゲームです。おもにFPSをしています。

 坂下くんは、PCゲームをしますか? ……あ、しないんですか。

 じゃあ、ちょっとだけ説明します。この手のゲームは、パソコンの性能がしばしばものを言うんです。だから、けっこうお金がかかっちゃうんですよね。あたしの父は、むかしの家庭用ゲーム機で、たまに遊んでいます。数万円の初期投資をして、あとはソフトを買い足していくだけです。合計で二〇万円もあれば、何年も遊べちゃうんじゃないでしょうか。ゲーミングPCだと、初期投資でそれを超えます。

 まあ、お金の話はおいておくとして、FPSではインターネット回線を使って、世界中のプレイヤーとバトルするわけです。そのバトルの仕方にも、マナーがあります。チートをしない、というのはあたりまえですが、チーミングもダメなんです。たとえば──


  ○

   。

    .


 僕は、伊那先輩の話をとめた。

「あの、すみません……これはゲームの話なのでしょうか?」

 伊那先輩はきょとんとした。

 このひとは、じぶんが好きなことについて饒舌になるタイプなのだろうか。

 なんだかちょっと早口だったし。

 だけど、伊那先輩はすぐに困惑した表情になって、

「ご、ごめんなさい、やっぱりあたしの話、つまらないですか?」

 と謝った。

「い、いえ、そういうことではなく、オカルト要素はあるのかな、と……」

 僕の言いわけに、伊那先輩はメガネをなおした。

「ここからが本番なんです。じつはですね……」


  ○

   。

    .


 あたしがよくプレイしている……ここではRとしておきましょう。Rというゲームのなかで、見たことのないキャラが戦っている、という情報が出回ったんです。どのSNSが初出だったのかはわかりませんし。あたしが知ったのは、比較的あとだったと思います。最初はだれも信じていませんでした。公式からのアナウンスはなかったですし、インターネットの情報なんてデマも多いですから。

 そのうわさが本格的に議論され始めたのは、去年の冬休みでした。クリスマスシーズンの大会が近くなったとき、不審なことが判明したんです。

 なんだったと思いますか?

 じつはですね、勝敗の数があわなかったんです。ある海外プレイヤーがコンピュータでデータ解析をしたところ、勝ち星が負け星より三つ少ないことが判明しました。

 とうぜんにクレームがはいりますよね。

 緊急メンテナンスがありました。

 メンテナンスのあいだ、ネットにはさまざまなコメントが飛び交っていました。その大部分は、運営を批判するものでした。これまでの戦績が信用できなくなった、というものが多かった印象です。もっとも、これは難癖だと思いますけどね。体感で気づくほど戦績に異常があれば、とっくにだれかが指摘していたはずですから。一部ユーザによる日頃のウサばらしだったわけです。

 とはいえ、自社システムの問題ということで、運営もまじめに対応しました。が、理由はけっきょくわからなかったんです。勝敗が合わない原因は、退会したプレイヤーと関係があるらしい、ということだけでした。退会したプレイヤーのなかに、負け星がオーバーしているひとが三人いたらしいんです。

 というわけで、運営の公式発表は次のようなものになりました。一定の条件で【退会】が【敗北】に加算されてしまうバグがある、と。坂下くんは納得しますか? むずかしいですよね。そのバグがなんなのかは発表されませんでした。でも、再現性がほとんどないバグはあるもので、最後は水かけ論になりました。ゲームの巻き戻しも補償もなく、炎上はそのうち収まってしまったんです。

 そしてそのまま、クリスマスシーズンの大会に突入しました。あたしも知り合いのKさんといっしょに、中堅ランクのイベントに参加していました。チーム戦じゃなくて個人戦です。しばらく遊んでいると、Kさんから妙なチャットが飛んできました。


 K つきまとわれてる

 

 つきまとい──特定プレイヤーへの執拗な個人攻撃は、マナー違反です。

 すこし余裕ができたところで、あたしは返信しました。

 

 I ふりきれました?

 K ダメだ

 I どんなやつです

 K 斧をもったやつがずっと追ってくる

 

 そうですか、というのが最初の感想でした。

 

 I どのキャラです?

 K Jason

 

 あたしは参加者リストをみました。

 たしかにそういうプレイヤーがいました。

 

 I あとで通報でいいんじゃないですか

 K そうするよ

 

 そのあと「またきた」というチャットが入って、それっきりになりました。

 前半戦が終わり、休憩タイムです。

 エナジードリンクを飲んでいると、ふと妙なことに気づきました。

 参加者リストに、Kの名前がないんです。

 回線落ちかな、と思って、そのキャラクター名で検索しました。

 ところが、キャラクター名そのものが出てきませんでした。

「……え? 退会あつかいになってる?」

 そのとき、開戦一分前のアラートが鳴りました。

 あたしはわけがわからないまま、ヘッドセットをつけます。

 なにかの間違いだろうと、そう思ったのです。

 後半戦は順調にスタートしました。出現ポイントにスナイパーライフルが落ちていて、いきなり有利になりました。まず狙撃でひとりを始末して、遮蔽物ぞいにアイテムの多いエリアへ移動します。ここまで三〇秒。廃屋からすこし離れたところで、あたしは待機しました。重火器のアイテムボックスが、錆びたガレージにみえます。ほかのプレイヤーも到着している気配がありました。飛び出すと蜂の巣になります。だれも動きません。

「んー、見合いか……ッ!?」

 自キャラにうっすらと、人影がかかっていました。

 あたしはキャラを一八〇度回転させます。

 真っ白なお面をかぶった、つなぎ姿のキャラが立っていました。

 手には斧を──いえ、それに気づいたのは、発砲したあとでした。

 弾は至近距離で命中し、そのキャラ──ジェイソンとしておきましょう──ジェイソンはふらつきました。あたしの発砲音を聞きつけて、周囲でも戦闘が始まりました。


  ○

   。

    .


「さあ、坂下くん、どうします? 三択で答えてください」


 一 ジェイソンの脇をすり抜ける

 二 アイテムをとりにいく

 三 この場で撃ち殺す


 僕は反応がおくれた。

「……僕が決めるんですか?」

「坂下くんなら、正解を選んでくれると思います」

 どういうことだろう。

 とりあえず、僕はてきとうに答えた。

「一番です。やりすごします」

「なぜですか? こっちは銃で、あいては斧なんですよ?」

「そのゲームはよく知らないのですが、近接している以上は斧が有利かな、と……」

 近距離でも遠距離でも銃が有利なら、近接武器の意味がないだろう。

 僕はそう考えたのだ。

 伊那先輩は、黒い笑みをうかべた。

「なかなかいい判断です。あたしが装備してるスナイパーライフルはボルトアクション式で、連射ができなかったんです。あたしはジョイスティックをかたむけました」


  ○

   。

    .

 

 あたしは咄嗟の判断で、ジェイソンのそばをすり抜けました。

 うしろから斧をふりおろされ、軽くダメージを負います。

 画面が一瞬だけ赤くなりましたが、かすり傷でした。

 草むらにとびこんで撹乱かくらんします。

 ガレージのほうでは、本格的に撃ち合いが始まったようでした。

 草むらをぬけると小川に出ました。それと平行に移動します。川沿いに進めば、たいていは重要な施設に出られるからです。水中にアイテムが落ちていないかどうかも確認しました。

「え……?」

 水面に人影──あたしは反射的にジョイスティックを操作しました。

 斧が空ぶります。

 ジェイソンはいつの間にか、あたしの背後にまわっていたのです。

 わけがわからなくなりました。この大会ではレーダー機能がオフなので、キャラの追跡は困難なはずだからです。あたしはふりむきざま、ライフルで鉛玉をお見舞いしました。血しぶきがとびます。

 さあ、坂下くん、ここからどうしますか?

 

 一 この場で殺しあう

 二 逃げる

 三 チャットをする

 

 さあ、どうでしょう……え? 三?

 坂下くん、なかなか大胆ですね。でも正解です。

 あたしはライフルを構えたまま後退し、個別チャットを送りました。


 I つきまといは禁止されてますよ

 

 反応がありません。

 ジェイソンは、ゆっくりと距離をつめてきます。

 あたしは一歩一歩さがりながら、引き金を引きました。

 ジェイソンの胸から血しぶきが飛び、ノックバックされます。

 このままスナイパーライフルでも倒せるんじゃないかな、という気がしてきました。

 だってよけないんですから。のこり三発しかない、という点だけがネックでした。

 あたしはリロードしました。

 ところが、リロード時のびみょうな視点切り替えで、目標を見失ってしまったんです。

「逃げた……?」

 あたしは三六〇度回転してみました。みつかりません。

 どうしましょう?

 

 一 この場でようすをみる

 二 さっきの廃屋にもどる

 三 川沿いに進む

 

 さあ、今回はちょっとむずかしいですね。

 どれも正解にみえますが……二ですか?

 正解です。やりますね。え? かん

 かんがいいのも才能のうちです。

 あたしは廃屋にもどりました。小競り合いは終了して、ふたりほど倒れています。

 アイテムは持ち去られていました──が、これは作戦通りです。

 あたしは廃屋にある給水塔にのぼりました。

 背後に大木があって、正面はマップをひろく見渡せます。

 スコープをのぞきこむと、さっそくほかのプレイヤーがみつかりました。

 一〇〇メートルほど先で岩場に隠れ、銃撃戦をしています。

 あたしはその後頭部に一発キメてやりました。

 あいてのほうもついでに……というわけにはいきませんでした。反対側の林にいるようなのですが、今の狙撃で隠れてしまったようです。

「んー……林の後方から回り込まれると困りますか……あたしも移動……」

 その瞬間、画面が赤く染まりました。

 キャラが転倒し、給水塔から落下します。

 ふらつき補正が入り、画面がにじみました。動きも鈍くなります。

 なにが起こったのかわからず、あたしはジョイスティックをガチャガチャしました。

 そして犯人の正体をみたとき、二重にパニックになりました。

 ジェイソンでした。

 彼は大木から飛び降り、ゆっくりとこちらへ向かってきます。

 

 殺される

 

 そう直感しました。ゲームだというのに、リアルな死の恐怖がうまれました。

 さあ、坂下くん、最後の選択肢です。どうします?

 

 一 もういちどチャットをする

 二 闇雲に撃つ

 三 リタイアする


 どうですか? ……え? 二番ですか?

 いきなり冷静ではなくなりましたね。

 いえいえ、じつは正解です。

 あたしもパニックになっていたので、冷静な対処などできるはずがありません。

 リタイア機能も使ったことがなかったので、失念していました。

「わわわッ!」

 あたしはジョイスティックをでたらめに動かしました。

 キャラが朦朧もうろう状態になると、やりがちな動作です。

 ジェイソンは目のまえに立っています。

 斧がふりあげられました。

 そのタイミングで、あたしの指がトリガーボタンに触れました。

 キャラがふらついていて、狙いもなにもありません。

 あさっての方向に発砲したかと思いきや──

 給水塔から、茶色い液体がふきだしました。弾が貫通したのです。

 中身はガソリンでした。

 ジェイソンはガソリンを浴び、一瞬ひるみました。

 でも、一瞬だけでした。ふたたび斧をふりかざします。

 リロードを終えたあたしは、最後の一発を撃ちました。


  ○

   。

    .


「そのままガソリンに引火して、あたしはゲームオーバーになりました」

 伊那先輩は、そこで語りを終えた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………どう反応すればいいんだろうか。

 ほかのメンバーも、困っているようにみえた。

 ただひとり、伊那先輩だけは妙なドヤ顔をしていた。

 それに、ひとつ気になることがあった。

 僕は三択を四回連続で当てた──ということになっている。

 確率は八一分の一。

 ほんとうに僕は正解していたのだろうか?

 先輩は、僕の選択にあわせて話をつくったんじゃないだろうか?

 だとしたら、なぜそんなつくり話を?

 これもゲームの一種?

 僕は考えるのをやめた。

「では、次のかた……」

 とつぜん、伊那先輩からストップがかかった。

 話はまだ終わっていない、と言われた。

 そうなのか。

 僕は謝ったうえで、なるべく簡潔にまとめるようにお願いした。

「はい。退会あつかいになっていたKさんなんですが……じつは、お亡くなりになられていたんです。ひとりぐらしをしている大学生のかたで、死因は、エナジードリンクの飲み過ぎによる急性カフェイン中毒でした。警察が現場検証をしていたとき、パソコンの画面には、ゲームオーバーの文字が映ったままだったそうです」

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