蛇か狐か
「結局女は顔なのかああぁぁぁ?!」
この日、私、相沢弥生(あいざわ やよい)は荒れに荒れていた。
目の前にある焼酎をぐいっと飲み干し、通りかかった店の人にお代わりを要求する。
「先輩、飲み過ぎですよ。あと声デカイです」
「うるさい!」
べしっとおしぼりを目の前に座る男に八つ当たり気味に投げつける。
軽くイテっと言いながらも気にした様子はなく、律儀に投げつけられたおしぼりを畳んでいく。
「そんなに飲むと明日がつらいですよー?」
「いいんだよ、今日は飲む!飲んでやる!!」
やけくそ気味にそう言うとちょうどお代わりが届き、ぐいっと飲む。
後輩である目の前の男、香月常彦(こうづき つねひこ)が呆れたような、仕方ないといった風に肩をすくめるのに気付きながらも無視する。
そうだ、飲んでなきゃやってられない。
幸い明日は休日だ。どうなろうと知ったことじゃない!
だいぶ酒が回ってきたせいもあり、投げやりになる。
はぁ~と深いため息をつき、机に顔をのせる。火照った頬には机の冷たさが心地いい。
ふと思い出すのは今日の昼休みの時間。
いつものように同期と昼食を取っている時だった。
入社してからの友人である同期は、食事中ずっとそわそわしており、何か話したそうにしていた。
そんな様子がおかしくて、どうしたのかと聞けば、おずおずと言った様子でそのことを打ち明けてきた。
〝部長と結婚することになった〟と。
もちろん今すぐという訳ではなく、所謂結婚を前提にしたお付き合い、というやつだ。
いろいろその経緯についても話してくれていたのだが、よく覚えていない。
部長と結婚という言葉より先は頭が停止してしまった。
よかったね、おめでとうなど言ったような気もするが、それすらも曖昧だった。
部長は、私の片思いの相手だった。
仕事には厳しいけれど、ちゃんと人を見ていて、努力を認める人。
女だからだとか男だからだとかで区別しない、その人の本質を見る人。
私は非常に目元がきつく、そのせいで誤解されることも多かったが、部長は私の本質を見て、認めてくれた。
それが、私にはたまらなく嬉しかった。好きになるのに、そう時間はかからなかった。
部長から信頼されている自信はあったし、もしかしたら、なんて考えたこともあった。
それが、友人である同期と結婚する。
その事実に目の前が真っ暗になった。
その同期は、かわいらしい顔つきだった。私だって男だったら守ってあげたくなるような、私とは正反対の、かわいらしい娘。
体だって身長166㎝と少し高めの私に対して、155㎝の小柄な華奢な体つき。
けれどその小柄のどこにそんな力があるのかと聞きたくなるほどの力を持った芯のしっかりした子だった。
ただ守られるようなぶりっ子だったら、友人というほどまで仲良くならなかった。
先ほどは「女は顔なのか」と言ってしまったが、部長が顔でその子を選んだわけじゃないことくらい分かる。
だからこそ、つらい。
その子のことも好きだがら、嫌いになんてなれないから
「ところで、先ほどの言葉ですが」
突然、後輩が言い出し、はっと現実に引き戻される。
「へ?」
「ほら、『女は結局顔なのか』という先輩の言葉です」
そう言ってにっこり笑う後輩。その表情は狐か蛇の様だぼんやりと考える。
きっと目が細くて、ちょっと面長のせいだ。あれ? なんか前にもこんなこと思ったような気が……
「せーんぱい、聞いてますー?」
「え、ああ、悪い。それがどうした?」
「おれは、顔は顔で異性を選ぶには大切な要素だとは思いますが、中身を大切にする人の方が、多いんじゃないかと思いますよ。まあ、美人にはついふらっとしますけど」
「……わかってる」
たぶん、慰めようとしてるのだろう。
部長はそんな人じゃない。あなたも分かっているでしょう? と諭された気分だ。
私の方が先輩なのに、情けない。
香月の前だと、私はどうにも情けなくなってしまう。
香月は、こうやって私が落ち込んでるときやイライラしているときに飲みにつきあってくれる。
そうやって酒を飲みながら愚痴る私の話を時折困ったように、けれどけして迷惑には思っていないような顔で聞いてくれる。
こうやって飲むようになったのはいつからだっただろうか。
「でも、男は、私みたいなきっつーい顔の女よりも、目のぱっちりした女の方が好きだろ?!」
「いや、そんなことは……」
「おまえだって目のぱっちりしたかわいい女の子、いつも侍らせてるじゃんか!今の彼女だってそうだし!」
「……」
そのことに関してはおまえの意見は信用ならないんだよ。
少し困った様子の香月にちょっと勝った気分で、けれど同時に少し腹が立ってジョッキを傾ける。
「別れました」
「……は?」
「別れました。その彼女と」
へらりと困ったように笑いながらそう言う。
「え、なんで……いつ?」
交際報告のあとは破局報告?!
いったいどんな日だよ。
そう思いながらもつい聞いてしまう。ナイーブな問題だから、あんまり突っ込まないほうがいいのかもしれないけれど。
「んー……つい最近。ふられちゃいました」
「そ、そうか」
なんか気まずい。でも、そうか、香月も失恋してたのか……。よし!
「よし!じゃあ失恋した者同士、飲もう!そんで忘れよう!!」
「はは、そうですね」
そういって香月もグラスを傾ける。
先輩として慰めの言葉でもかけられたらいいのだけど、なにせ自分も失恋した身だし……
でも、
「その女ももったいないことしたな~」
「え?」
「だって、香月みたいにいいやつ、なかなかいねーよ?」
「っ……ありがとうございます」
私がそういうと、ちょっと驚いたように目を見開いてふっと笑った。
こうして見ると、香月は目がちょっと細くて面長だけど、顔の形は整っている方だし、何となく女が寄ってくるのも分かる気がする。
見慣れたはずの顔に少し見とれてしまい、恥ずかしくなった。
「そ、そういえばさ、振られた理由とか、どんなんだったんだ?」
「あー……聞いちゃいます?」
「聞く。そういうのは話してはき出した方がいい。私だってはき出したんだから、おまえもはき出さないと不公平だ」
「不公平って……」
私の言葉に苦笑して、ふうとため息を一つつく。
「『私のこと本当に好きなのか』って言われました。」
「そういうことって本当にいわれることあるんだー…」
「まあ、それでおれは答えられなくて、そのまま別れました」
「好きじゃ、なかったのか?」
おそるおそる聞く。正直に言おう。私はそんなに恋愛経験が豊富じゃないと!
胸を張ることじゃない?わかってるよ。
まあ、だから、どこまで踏み込んでいいとかわかんないんだよ……!!
「そう、ですね。あちらからつきあってくれと言われて、拒否する理由もなかったですし、そのまま……ってかんじで」
「そ、それはよくないとおもう!あ、相手にも失礼になるし……!」
「最低だと、思いますか?」
じっとこちらを見てくる香月。笑っているのにその目が少し寂しそうに見えて、どういえばいいのかわからなくなった。
けれど、なにか答えないとと思って、素直な気持ちを言うことにした。
「よくはないと、思う。あ、青臭いと思うかもしれないけど、す、好きな人と一緒になってこそ幸せになれるんじゃ、ないかと……」
うがー!!恥ず!!30才近くにもなって何を言ってんだって思われてるかも!
自分で言った言葉に後悔していると、いつもの笑みを香月は浮かべていた。
「そうですね。おれもそう思います」
「そ、そうか。じゃあ、今度からは、誠実に、な!好きな人に尽くせ!」
「ええ、そうします。」
香月の言葉にほっとし、飲みを再開する。
やっぱ、香月は大切な後輩だし、幸せになってほしい。
……でも、香月に好きなやつができたら、こうやって飲むこともできなくなるんだろうか。
それはちょっとさみし……いやいや!後輩の幸せを考えてやらないでどうする!
胸に湧き上がったもやもやを振り払うように、ジョッキの中身を飲み干した。
うーやばい、眠い。
完璧に酔いが回ってもう目を明けているのも辛い。周囲の音も遠い。
だめだ、これ。寝る。もう、寝る。
頑張って眠気と戦うけれど、無理だ。うとうとと机に頭を載せて目を瞑る。
香月に悪いな、と思いながらも限界だった。
ふと、頭になにか感じる。撫でられてる?気持ちいいな……。香月?あれか、慰めてるのか?
お前だって、たとえ好きだって即答できなくても、少しは好きだったんだろ?だって、彼女の話ししてたとき、寂しそうな顔してたじゃないか。無理すんな。
次はきっと良い奴と、お前が好きだって即答出来るような女が出来るから。応援してるから。
ん?なんかいってる?よく聞こえない。ごめん、なんか重要なことだったら。
「覚悟してくださいね?」
なんか聞こえた。覚悟?なにを覚悟するんだろ?
香月、お前は今どんな顔をしてるんだ?
ああ、だめだ。もう、だ……め……。
その後、その言葉の意味を私が理解するのは、まだ先の話である。
初投稿となります。
ぱっと思いついた恋愛もの。
いや、恋愛ものになっているのかすら危ういですが……!
蛇か狐みたいな顔をした男と、つり目のきつい女の話。どうだったでしょうか?
気が向いたら、この二人の続きを書きたいなと思います。
未熟なため、読みづらい点や誤字脱字等あるかと思いますが、ご指摘頂けると助かります。
2月27日改稿しました。






