最悪の一日目
一日目
僕のサバイバルにおいて、最大で最悪な出来事は、この初日に起こりました。
誰よりも頼りになり、信用できる幼馴染みの春原修吾と、いざこざに遭った挙句、はぐれてしまったのです。
「駅前周辺は今ハンパなく混乱してるから、川原辿って山側の農村地に行こう」
家を出て最初に、修吾はそう主張しました。
僕達の住む地域というのは、標高の高い山間いを拓いて出来た城下町が発展の基盤になった街で、川をさかのぼればすぐに渓谷へ出るし、簡単に山に入り込める上に、農村地帯にだって一日も歩けば充分たどり着くような田舎です。
市の中心にあるターミナル駅を囲むように大きく繁華街が形成され、ターミナル駅から距離が離れるほど閑散地へと変わっていくという典型的な地方都市で、僕達の住まいはターミナル駅を最寄とする、市で一番人が集まる場所とも言えるところです。
その分、化け物と化したモノと生存者との混乱が身近で危ないと、修吾は判断したようでした。
混乱した人たちが殺到する大通りや駅に背を向けて、僕と修吾はごつごつとした石と白い砂利が転がり、細い木がまばらに生える川原へと降りました。
いつもであれば、転がる石や岩の間をせせらぎになって流れる程度の細い支流の川は、何を理由にしたものか、増水して川の太さと速さを増し、いつもは広い川原をかなり狭めているようでした。
本来は日の光を浴びて鷺が優雅に歩いていたり、時間をもてあました大学生辺りが犬を連れ、水しぶきを上げて走り回る犬に笑っていたりするような場所です。
それが、川の流れる音ばかりが耳につき、僕達と同じように山側へ逃れようと考えたんだろう人たちの歩く姿が、ぽつんぽつんと目に付くだけの淋しげな場所に成り果てています。
「修吾、山の上側までいったら、バケモノ…出なくなるかなあ」
「………出なくなればいいけどな」
黙々と歩いている間、交わした会話はそれだけでした。
やがて日が落ちて、ペンライトを頼りに歩くか、歩かずに川原で野宿をするか悩みだした頃。
それは起きました。
「た…っ、助け、助けてくれえぇっ!!」
切羽詰った男性の声でした。
驚いて振り返ってみると、柄の悪い風体のおじさんが、ピンクのワンピース姿も血みどろの、絶対生きてないって判る女の人に、背中から覆い被さられて噛み付かれようとしているところでした。
気が付いたら修吾と二人で猛然と駆け寄って、ゾンビとおじさんを勢いだけで引き離し、川原の大振りな石を拾い、ゾンビが動かなくなるまで夢中で投げつけてました。
必死で投げ続け、修吾にもう良いと止められてようやく腕を下ろすまで、そうしていました。
「は、はあ、助かった…坊主ども、よくやってくれたな。ありがとよ」
二人で無事を確認しあっていると、さっきまで腰を抜かして川原に転がっていたおじさんが、そう言って僕達に近づいてきました。
ぶつぶつと、ふざけんなだのくそアマだの、暴言を吐きながら近づいてくるおじさんは、いつもだったら絶対に近寄らないタイプの人です。
さっきまではまたバケモノが出てきて、目の前で人を食い殺されるっていう恐怖で無我夢中でしたけど、その恐怖が去ると、助けたおじさんこそ警戒すべき人のように思えました。
そしてそれは実際、その通りなのでした。
「おっ、なんだお前ら、随分たんまり荷物抱えてんじゃねえか。メシとかあんのか」
僕達はどう考えても荷物に目をつけたとしか思えないおじさんから、じりじりと後退しました。
「あんだよ、今街がどんだけおかしくなってっかわかんだろ?メシは貴重なんだよ、分けろよ」
「その貴重な食糧を、自分の半分も生きてないような俺らから巻き上げようって?お里が知れんな、おっさん」
「んだてめぇ、ガキが生意気にほざいてんじゃねえよ」
「生意気じゃなくて、命がけって言ってくんねえ?ガキを食いもんにしようってあんたみたいなゲスも、俺らにはゾンビと同列の敵なんだよ」
僕を庇い後退しながらも、にじり寄るおじさんに啖呵を切る修吾。
途端に歯茎を剥き出して、おじさんは僕達に踊りかかってきました。
けれど修吾は中学生にしては背が高く、バスケ部のエースとして鍛えた体は俊敏で、おじさんの攻撃を難なく往なします。
そういうわけに行かなかったのは、僕の方でした。
二人の応酬から避けようとして、うまく行かずに川へ落ちてしまったのです。
そして理由のわからない増水をしていた川は、意外なくらい深く早く流れていたのです。
足をとられ、流れに逆らえず、気が付けは川の中流まで押し流され、溺れないように泳ぐのが精一杯でした。
背後から修吾が僕を追いかけてくれたのは分かりましたが、それに応えることも、修吾のもとに戻ることも出来ないくらいには、流されてしまったのでした。
こうして、修吾とはぐれた僕は、なんとか泳ぎ着いた対岸で、潅木の密集地を見つけ、何とか潜り込み寝転がってその夜を越えたのでした。