オープニング
お友達が書いてくれた主役の少年の挿絵を入れます。
イラストが不要な方は挿絵表示を【しない】にチェックしてください。
僕、東芝典にとっての全ての始まりは、お父さんでした。
元々、夏休みを目前に、僕の通っていた中学校の空気は浮き足立っていました。
でも、それ以上に今年の夏の始まりは、今思えばおかしかったんだと、そう思います。
インフルエンザでもないのに、妙なくらい休みが目立つ教室。
親が、兄弟が、親戚が、いきなり暴力を振るったという、誰とも知れない噂。
急によそよそしい態度になったり、暗い表情になった、複数のクラスメイトや部活の先輩、後輩。
そして、じりじりと危険な何かをはらんで、膨れ上がっていた緊張が爆発したのは、忘れもしない。
僕の妹、穂の誕生日であり、僕以外の家族みんなの、命日になっちゃった日。
お父さんが、いわゆるゾンビっていう化け物になって、穂を、おじいちゃんを、お母さんを食べちゃった日。
本当は僕も、その日、お父さんに食べられて死んじゃっていたかもしれませんでした。
妹を、妹だったモノの足をぺちゃぺちゃと咀嚼しながら、腐敗臭にまみれて削げたほほ肉を落とし、お気に入りだったチノパンが千切れるのも構わず暴れる化け物と、それを呆然と腰を抜かして見上げていた僕。
そんな僕を無理やり立ち上がらせ、気付いて追ってこようとした化け物の首を、蹴りで圧し折って倒したのが、幼馴染みの、春原修吾でした。
「修吾!おと…お父さんに!なんで…っ」
「何でじゃねえ!死にたいのか!」
割れるような怒声と、きつく掴まれた腕の揺さぶりに殴られて、逆上から醒め修吾を見上げ。
ぽつりと落とされた言葉に、僕は絶句させられました。
「俺はさっき、お袋の首も折ってきたぞ」
母子家庭の修吾は、おばさんをすごく大事に思っていて、不器用だけどとても親孝行してたから。
そのおばさんを、修吾は自分で。
その異常事態に思考が真っ白に漂白されて。
「ぼさっとすんな典。さっさとショルダーに保存が利くメシ詰め込んで、靴は底が厚いバッシュに変えろ。外も、尋常じゃなく荒れてる」
「しゅ…修吾っ」
「さっさとしろ!俺にお前まで始末させる気かよ!そんなの絶対ごめんだぞ!!」
修吾の叫びは悲痛に切羽詰って、縋るような色がありました。
僕はもう何もいえなくて、お父さんだったモノの脇を抜けて、学校に通うために使っていたワンショルダーの大きめバッグを引っつかみました。
すぐに取って返して、思いつくものを詰め込みました。
台所のお米と、ペットボトルのお水は行動の邪魔にならないよう1リットルサイズ、土鍋、乾燥食品と缶詰。
すぐに割れないおわんに、ライターとペンライト、タオルを三本と、最後にお母さんが愛用していたペティナイフを手ぬぐいで巻いたもの。
荷物をバッグに手当たり次第にぶち込んで、夏休みにたくさんはこうと新調したばっかりのバスケットシューズに足をねじ込んで、青白い顔をした修吾の顔を見上げました。
修吾は黙って僕の足元にしゃがみ、ちょうちょ結びをした靴紐を解いて、ぎゅっと固結びに直しました。
靴紐のほどけを直すというだけで危ない、それくらい街が変貌しているんだって言う、無言の示唆でした。
こうして、僕と修吾は、突然荒廃した街でのサバイバルを、開始したのでした。