あたしのために争ってちょうだい ~追放された聖女は幸せを負け取る
あたしことスイの生国はタンガなんだよ。
知ってるかな?
覇を争う聖ルゴール王国とナヴァラシア帝国という二つの大国に挟まれた、一応中原に属する山の中の小国だよ。
そこで一〇〇年ぶりに『聖女』の加護の持ち主が現れた。
あたしです。
現在世界唯一の『聖女』だって、八歳の選別の儀の時大騒ぎになった。
選別の儀というのは神様に人間と認められる儀式のことで、世界各国で共通に行われているんだ。
その際稀に加護と呼ばれる異能を神様から授かることがあって。
まあ中でも『聖女』の加護というのは有名でかつヤバいの。
回復魔法や浄化魔法等を自然習得して、しかも神様の力を借りて使い放題という。
あたしもタンガで大事にされてさ。
本来の『聖女』では覚えない魔法もたくさん教えてもらって、国のために役立てよと言われてた。
当然あたしも使命感に燃えてた。
ところが雲行きが怪しくなってきてさ。
タンガから追放されたんよ。
わけがわからない?
ちゃんとした理由があるんだよ。
タンガは小国だけど、中原でも互いに勢力争いしてる聖ルゴール王国とナヴァラシア帝国は大国だからさ。
どの国だって『聖女』が欲しいに決まっているじゃん?
特にあたしは可愛いし。
タンガは閉鎖的傾向が強い国ではあるけど、『聖女』が現れたっていう噂は聖ルゴールやナヴァラシアにも流れてるらしくて。
となると小国タンガとしては、あたしを泣く泣く聖ルゴールもしくはナヴァラシアに引き渡さなきゃならんじゃん?
ところがあたしの身は一つしかないわけよ。
どっちに引き渡してももう片方から恨まれることになる。
揉め事に巻き込まれる危機。
で、タンガが考えたのは、あたしを追放しておいて『聖女』なんかいませんよとしらばっくれることだった。
小国の悲哀ではあるけど、まあ仕方ない。
あたしも一年くらいはいい目を見た。
かくしてあたしは黙って追放されたのでしたちゃんちゃん。
◇
――――――――――四年後、聖女スイ一三歳時。聖ルゴール王都ピースパレスの飲食店にて。
「み、見つけた。まさかこんなところで……」
「はーい、あたしは確かに可愛いけれども、あんたの運命の人じゃないよ。注文よろしくお願いしまーす」
人を隠すには人の中とゆーか。
聖ルゴール王国ってのは中原一賑わっている国なんだよ。
特にタンガからの人の出入りに関してオープンだったってこともあり、あたしは聖ルゴールの王都ピースパレスで働いていた。
食堂のウェイトレスとして。
看板娘とも言う。
王都はメッチャ人口多いから見つからないだろ。
聖女がウェイトレスしてるなんてふつー考えんだろうし。
かくしてあたしの聖女スマイルは看板娘として完璧に機能していたのだ。
しかしこの『見つけた』言ってるしょぼくれたお客さんは、変なアイテムを持っているのだ。
魔道具だってことまではわかる。
嫌な予感がするな。
「聖女様!」
「おお、プリティーの可愛いのってのは言われ慣れてるけど、聖女ってのは初めてだわ。なかなかやるね」
他のお客さん達爆笑。
でもこのしょぼくれ君は本気だな。
手にしてる魔道具は聖女を判別するのか、あるいは加護がわかるのか。
どっちにしてもあたしが聖女であることはバレたみたい。
どう誤魔化そう?
「お礼にあとでちょっとお話聞いてあげるから、注文をよろしく」
「ではソーセージピラフと野菜スープ、季節のハーブティーを」
――――――――――午後のアイドリングタイム。
「で、その魔道具は何なん?」
休憩時間になったのでしょぼくれ君に聞いてみた。
もちろん控え室に引き込んで。
他人に聞かせられない話も出そうだから。
「宮廷魔道士に作らせた、神の加護を持った者を洗い出す魔道具です」
「マジかー。えっ? 宮廷魔道士に伝手のあるあんたは何者?」
「聖ルゴールの第四王子トーラスと申します」
「王子様なん? オーラの全くないところがすげえ! 一人で街中を出歩くために気配を消す技を使ってるとか?」
「いや、僕は元々存在感がなくて」
天然だったわ。
でもこんな王子に絡むやつはおらんと思うわ。
人畜無害っぽくて印象に残らない。
「聖女様のお名前は?」
「あ、名乗ってなかったわ。ごめんね。スイだよ。生まれはタンガで一三歳」
「やはりスイ、一三歳ですか。僕より一つ下ですね」
「よろしくね。にこっ!」
ハハッ、王子照れて赤くなったわ。
純情なところある。
さすがはお客さんにも大人気の聖女スマイル。
「タンガ、ですか。御存じかどうか知りませんが、数年前にタンガで聖女が出現したという噂があったのですよ」
「多分あたしのことだな。だからあたしはタンガを追い出されてさ」
「追い出された? どういうことです?」
「あたしは可愛いから、どこの国も欲しがるじゃん?」
「聖女は庶民人気獲得にも純軍事的にも大変有効ですから欲しがりますね」
「タンガみたいな弱小国では持て余しちゃうわけよ。中原には聖ルゴール王国とナヴァラシア帝国という、相争う二つの大国があるんだから」
「……なるほど。聖女がいても聖ルゴールか帝国のどちらかに引き渡さねばならなくなるから、タンガの利益にはならない。しかも聖ルゴールか帝国のどちらに聖女を取られるにしても、もう片方の恨みを買う」
「そゆこと。だからタンガは聖女なんて最初からいないことにして放り出したの」
タンガの対応に関しては特に恨んじゃいないけどね。
あたしだって故郷タンガが紛争に巻き込まれるのは嫌だし。
しょぼくれ王子が考えとるわ。
……こーゆーポーズは理知的に見えるな。
ちょっと格好いいと思った。
「つまり聖女様の考えとしては、このまま市井に埋もれていたほうが世界が平和だと考えていると?」
「そーゆーことだね。だから聖女様なんて言わないで、スイって呼び捨ててくれる? 誰が聞いてるかわからん」
「スイの思惑はよくわかりました。でもムリです」
「ムリなのかー」
「いえ、聖ルゴールの同族の一人として聖女を確保しなければならないという意味ではないのです。状況が許さないという意味で」
「どゆこと?」
あたしも国際情勢とかわからんからな?
「僕からも情報を提供します。まず現在、タンガに聖女が現れたのはほぼ確実だと考えられています」
「えっ、何でだろ?」
「タンガでの聞き込み調査の結果です。スイという少女が選別の儀の際に聖女だと発覚したと」
「うわ、じゃあ王子はあたしの名前知ってたん?」
「正確には調査結果通りだということですね」
「えーと、聖ルゴールがタンガを調べてたってことは?」
「当然ナヴァラシア帝国も同じことをしていると思われます」
だよなあ。
じゃあ聖女の存在はバレてると見ていいな。
「では聖女がどこへ姿をくらましたかということになると、この聖ルゴールの都ピースパレスが第一候補でして」
「完全に読まれてるわ。何でだろ?」
「そりゃあ中原一の大都市ですから。ただ聖女は追い出されたのではなくて、自分の意思でタンガを出てきたと思われているのですよ。すると人の行き来に制限がないため来やすい、聖ルゴールの華やかな王都だろうと」
他のどこかに行こうという考えはなかったな。
必然だった。
「で、この少々離れたところからでも加護の判別が可能な、携帯用魔道具が発明されたのは最近なのです」
「うんうん、選別の儀の時に使われてたのはでっかいオーブだったわ。触んなきゃ判別できないやつだったわ」
「帝国の魔道具作製技術も我が国と似たようなものだと思われます」
「……ってことは、この王都にはあたしを探そうとしているナヴァラシア帝国人もいる?」
「おそらくは」
あたしが見つかるのは時間の問題だったってことか。
「王子の言う、状況が許さないということはわかった」
「ではたとえスイがどこに逃げたとしても争奪戦になってしまうということも?」
「うん」
密告とブラフ情報が飛び交って、却ってギスギスしそうだなあ。
あたしの居場所がない。
「今後量産型の加護判別魔道具は、聖女発見のための諜報員の必携アイテムになるでしょう。すると隠れるということ自体がナンセンスです。スイは聖女と認めさせた上で居場所を確保しなければならないと思いますが」
「その通りだね。どうしたらいいかな?」
「ウェイトレスのお仕事を辞めてもらって、王宮に来ていただけませんか?」
「ええ?」
「誤解しないでください。聖ルゴールで囲い込もうというのではありません。よりよいやり方を模索するのに、賑やかな場所ではムリですから」
まあねえ。
しょぼくれ王子は真摯な態度を見せてくれてるし、信用するか。
「わかった。あたしの代わりのアルバイトが入り次第、王宮でお世話になるよ」
◇
――――――――――一〇日後、王宮にて。
あたしはどこへ行っても大体大人気だけど、その法則は王宮でも通用するわ。
皆さんチヤホヤしてくれるからいい気分だわ。
いや、チヤホヤしてくれるのは構わないんだけど、あたしもその分は働きたいとゆーか。
自分のこんなところは小市民だなあと思う。
宮廷魔道士研究所でお世話になることになった。
あたしも魔法には馴染みがあるし、あたしの魔力があると研究が進むそうだから。
「王子は宮廷魔道士なん?」
「研究所に入り浸ってるだけですよ」
「いやいや、トーラス殿下の魔道の発想は大したものです。携帯型加護判別の魔道具は殿下のアイデアですからな」
「へー」
あたしを見つけたトーラス第四王子は半分宮廷魔道士みたいなもんなのか。
宮廷魔道士長ガウフのじっちゃんの評価も高いわ。
「ガウフ、相談に乗ってくれませんか?」
「この老いぼれでよろしければ何なりと」
「スイの扱いについてです。聖女を我が聖ルゴールで囲い込むと絶対に帝国はイチャモンつけてくるでしょう?」
「政治的なことはわしに権限がないのですがの」
「だからいいんですよ。忌憚のない意見を聞かせてください」
「そういうことならば。まあ間違いなく帝国と揉めることになるでしょうな」
「それはスイのよしとするところでもないのですよ。だから聖女ということを表に出さず、市井で働いていたくらいで」
「聖女殿は賢く慈悲深いですな」
「えへへー」
褒められたけど、現状あたしにはなす術がない。
二人の話を聞いとこ。
「どうしたらいいでしょう?」
「……一度聖女殿がナヴァラシア帝国を訪れることが必要かと思いますぞ」
「当然スイが聖女であることを公表してからですね?」
「はい。であるならば我が国が聖女殿を独占使用する気がないことは伝わるでしょう」
「帝国との友好が深まるかもしれない、けれども……」
「実際帝国がどう考えるかはわかりませんな」
聖ルゴール王国が経済的繁栄を極めているとすれば、対するナヴァラシア帝国は軍事の国なんだよなあ。
聖女がいるなら我が国のために働けって一番言いそうな国。
力ある者は国に奉仕すべきっていう考え方は正しいのかもしれんけど、軍事を押し進めている国だからどーも気に食わない。
あたしは戦争嫌い。
一方でナヴァラシアとゆー国をまた聞き話でしか知らんのも事実。
噂と事実が違うなんてよくあることだからな。
聖女のあたしが間に入ることで平和が実現できるのかもしれんし。
あたし自身の存在価値と意義を知るためにも、ナヴァラシアを自分の目で見てみたい。
「聖女殿はどう思われます?」
「一度ナヴァラシアへは行ってみたいね。見て判断したいわ」
頷くトーラス王子とガウフのじっちゃん。
「父陛下にはそう奏上してみますよ」
◇
――――――――――スイ一四歳時、ナヴァラシアにて。ナヴァラシア第一皇子エックハルト視点。
我がナヴァラシア帝国と中原の覇を争うのは隣国聖ルゴール王国だ、というのは世の常識ではある。
その仮想敵国聖ルゴールで聖女が発見されたそうだ。
聖女とは神力と呼ばれる強大な魔力を持つ女性のこと。
通常のヒーラー衛生兵一〇〇人分の働きができるとも言われる。
そんな存在が敵方にいたら、味方の士気は阻喪するだろう。
戦場では実際の働きよりも士気の面での影響が大きいと思われる。
その聖女が生きている間は聖ルゴールの下風に立たねばならんのか。
実に忌々しい。
しかしその聖女が我が国を表敬訪問するとのことだが?
聖ルゴールも自国で聖女を確保しておけばいいのにどうして?
オレの目付け兼教育係のオイゲン叔父上に聞く。
「件の聖女は、五、六年前に噂になったタンガの?」
「どうもそうらしい。エックハルトはよく覚えていたな。上に立つ者に記憶力は重要だ」
賢人と称される叔父上に褒められるとは嬉しいものだ。
「どうして今頃表に出てきたのだろうか?」
「聖ルゴールの都ピースパレスで働いていたところを発見されたとあるな。報告書だ、読み込んでおくように」
「はい」
ふむ、食堂でウェイトレス?
聖女の加護を持ちながら、力を前面に押し出さないのは何故だ?
わけがわからんな。
「……聖ルゴールの意図が掴みかねるのだが」
「我が帝国と敵対する意思はないというデモンストレーションだろう。聖女スイが我が国で話題になるほど、市民のマインドは和平に傾く」
叔父上の見解はもっともに思える。
我が帝国を重視しているから真っ先に聖女を派遣するのだと考えれば、失礼な対応とも思えん。
……しかしその聖女が強大な力を見せつけて帰国するとしたらどうだ?
我が国の民が萎縮することになりはしまいか?
「我が国の対応はどうなるのだろうか? 父陛下のお考えは?」
「聖女一行を歓迎する、だな。それ以外にない。民間の聖女信仰はバカにならぬほど大きいから、持ち上げておけば間違いあるまい」
ふむ、古来より時たま現れては善行を施したという、聖女という存在自体の発する重みを考えねばならんか。
現在の聖女スイの実力がどの程度であるかには関係なく。
するととりあえず歓迎しておけというやり方もまたもっともに思える。
あるいは聖ルゴールもそれを見越しているから、聖女を送ってくるのかもしれん。
……言い方を変えれば聖ルゴールの目論見通りということか。
面白くないな。
叔父上が笑う。
「歓迎に手落ちがあってはならん。ナヴァラシア帝国の名折れであるから、せいぜい派手に出迎えて驚かせてやろうではないか。聖女の来訪はエックハルトにとっても刺激に、そして勉強になるだろうからな」
◇
――――――――――聖女一行ナヴァラシア到着後。皇弟オイゲン視点。
我が帝国の第一皇子エックハルトは覇気がある。
まだ一六歳ながらカリスマ性があるというか、やる気が面構えに現れている。
一目見ただけで只者ではないと思わせる何かがあるのだ。
これは持って生まれたものと思わざるを得ない。
兄陛下が三ヶ月前に言った。
『我が子ながらエックハルトは大したやつだと思う』
『御意にございまする』
『しかし生まれてきた時代を間違えたのではないかとも思うのだ』
『は?』
一瞬何を言われているのかわからなかった。
しかし兄陛下の次の言葉で納得した。
『創業の才と守成の才があるとするだろう?』
『ああ、はい』
『エックハルトの才は創業にこそ必要だと感じるのだ』
『平和な現在向けではないのではないか、というお考えにございますな?』
『うむ』
確かにエックハルトは猛々しく好戦的だ。
武を尊ぶナヴァラシア帝国によくぞ生まれたと言う者もいる。
開祖帝の再来だとも。
しかしいくら開祖帝が偉大な皇帝であっても、今は必要ないのだ。
今必要なのはカリスマ性ではない。
地味であっても文武百官を統率し、帝国を維持する才が求められる。
『エックハルトは角があり過ぎるように思える。オイゲン』
『はっ』
『賢いそなたをエックハルトの目付け役にする。次期皇帝に相応しくあるよう、教育してくれ』
『お任せを』
『……予が愚かだった。もっと早くオイゲンをエックハルトに付けるべきだった。予自身がエックハルトの輝きに、目を眩まされていた』
いや、エックハルトほどの才能のある息子を持てば、将来は安泰だと思うものだろう。
そこで嘆くことのできる兄陛下はやはりナヴァラシア帝国皇帝の器だ。
しかしエックハルトはやらかした。
聖女一行が帝都ザーレに到着するなり逮捕、監禁したのだ。
あっという間過ぎて、止めることすらできなかった。
呆れるほどの指揮統率能力だ。
乱世に生まれたらどれほどの実力を発揮したことか。
「お前が聖女スイか」
剣を突きつけているのに、その少女は平然と話すのだ。
「そーだよ。平民なんで言葉遣いがよろしくないのは許してね。あんたは誰かな?」
「ナヴァラシア帝国第一皇子エックハルトだ」
「あ、皇子様だったのか。言われてみりゃ迫力あるいい男だわ。よろしくね。にこっ!」
「そなたはこの扱いを無礼だと咎めぬのか?」
「まー帝国は野蛮な国だと聞いていた。これくらいのことはあるかなーと」
剣を突きつけられていて野蛮と言い放つのか。
何という度胸。
本物の聖女かどうかはわからぬが、これは傑物だ。
「美味いもんさえ食べさせてもらえるなら、大人しく捕まろうじゃないか」
「ふむ、気に入った。丁重にもてなそう」
こうして聖女一行は連行されていった、が……。
「エックハルト。いきなり聖女一行を逮捕するとは無法ではないか。聞きわけがよくてよかったが、反抗されることだってあり得たのだぞ」
「その場合は全員斬り捨て、偽聖女を送ってきた聖ルゴールの罪を問うつもりだった」
「な……」
完全に乱世の発想だ。
覇道を往く者ならばいいのかもしれないが、今の世では……。
私がエックハルトを預かって三ヶ月。
エックハルトに対する私自身の理解が浅かったことに忸怩たる思いだ。
「しかし聖女スイは大したものだ」
「あの少女が大した度胸であることは認めるが、エックハルトは彼女が替え玉とは考えんのか?」
「叔父上、これを見てくれ」
「先ほどの剣か。あっ?」
剣先が溶けている!
気付かなかった。
「あの女の鼻を剣で撫でてやるつもりだった。しかしこのザマだ。剣が通らなかったのだ」
「結界か?」
「おそらくは。いつ魔法を発動したのかさえわからなかった。それほどの術者だから聖女なのだろう」
確かに。
彼女の年齢であれほどの練度の術者が他にいるはずがない。
そして何事にも動じない性格。
これは……。
「叔父上。オレは決めた」
「何を?」
「聖女スイを婚約者とする」
そう言い出すのではないかと思った。
しかし……。
「エックハルトには既に婚約者がいるではないか。ハイデマリー・ゼーネフェルダー侯爵令嬢が」
「ハイデマリーか。決して悪くはないがな。しかし叔父上、聖女スイがオレの妻である未来を想像してみてくれ。中原を統一できると思わないか?」
「……」
史上誰もなし得なかった中原の統一か。
エックハルトのカリスマと聖女スイの実力があれば可能だと、私も思ってしまった。
エックハルトよ、お前は血塗られた道を往くのか。
翌日、エックハルトは聖女の元を訪れた。
「あっ、エックハルト皇子。おっはよー」
「うむ、聖女スイよ。息災か?」
「昨日の今日じゃん。元気だよ。御飯がおいしくて大変結構です」
「オレの婚約者になってくれんか?」
「えっ……皇子には婚約者がいるって聞いてたけどな?」
「そなたのためなら婚約を解消してもよい」
「そんな不誠実なことはダメだとゆーのに。あたしが恨まれるわ」
ふうん?
聖女スイは乗ってこないのだな?
「聖女スイは婚約しておらぬのだろう?」
「してないね。聖女バレしてそう時間経ってないし、あたしはまだ一四歳だし」
「オレとそなたが組めば中原を統一できるのだ!」
「かもしれんけど、戦争になるじゃん。あたしは人死にが嫌いだもん」
「ふむ、そうか。では中原統一は諦めよう」
思わず瞠目した。
エックハルトが覇道を諦める?
それ以上に聖女スイが必要だと考えているのか?
「しかしよく考えてみよ。争いというのは彼我の実力差が小さい時に起きるのだ」
「……かもしれんね」
「オレとそなたが組めば、ナヴァラシア帝国は圧倒的強国として君臨できるだろう。そなたが望むなら、正義の強国として中原から争いをなくすこともできるのだぞ」
「……一理あるね」
威をもって他国を服従させるということか。
エックハルトの思考に柔軟性が加わったように思える。
「でも皇子が今の婚約を解消するってのは気に入らんのだけど」
「小さいことに拘るではないか。オレ個人の婚約は些事だ。王たる者は万民に対して責任があるのだぞ」
「ええ? 皇子は口が上手いなあ。じゃあ皇子とあたしが結婚する可能性を含めた条件で、帝国の代表者とあたし達一行の代表者で戦ってもらうってのはどう?」
何だ?
聖女スイは何を言い出す?
見当がつかない。
「戦う? ……面白い、その条件とは?」
「あたしが決める。その条件でいいか、帝国側の有識者とあたし達側の有識者で判断してもらって、オーケーだったら内容を封印しとく。条件の内容について、あたしと有識者二人は誰にも話してはいけない。戦いの勝者がそれを見ることができる、でどーかな?」
「……聖女一行側の戦いの代表者はそなたなのか?」
「いや、あたしは見てるだけ。戦いが終わったら回復魔法で両者を癒すよ」
「例えばこちらは帝国最強の戦士を参加させてもいいのか?」
「構わんけど、その場合皇子があたしと結婚する目はなくなるぞ?」
「ふむ……」
つまり勝者が聖女スイと結婚という条件か。
エックハルトは剣の腕もなかなかであるが、聖女一行の護衛に勝てるか?
「よし、その条件で構わぬ」
「皇子おっとこまえ! じゃあ条件決めちゃおうか。帝国側の有識者は皇子のお付きの人でいい?」
「うむ、オレの叔父上だ。皇弟オイゲン」
「うわ、そんな偉い人だと思わなかったわ。じゃこっちの有識者は侍従長で。二人こっち来てくれる?」
聖女スイ並びに一行の侍従長とともに別室へ。
「で、条件だけど……」
聖女スイの提案に驚愕した!
「勝者にも敗者にも配慮した条件だと思わない?」
「思います」
「思う。聖女殿はいいのか? これで」
「もちろん。あたしは平和が好きなんだ」
実に魅力的な個性だ。
エックハルト以上に思える。
さすがは聖女。
「二人とも賛成でいいかな?」
「うむ」「はい」
「じゃあ封緘してと。オイゲンさん、しまっといてくれる?」
「うむ、では責任をもって預かろう」
いや、この条件なら見られても構わないと思っているのだろうな。
どこまでこの聖女は考えが深いのか。
私も信頼に応えねばならない。
「じゃねー」
◇
――――――――――次の日、戦いの場にて。エックハルト視点。
戦いとは血が騒ぐものだ。
たとえ模擬剣による試合であっても。
叔父上に聞く。
「聖女スイの出した条件については言えないのだな?」
「もちろん。エックハルトが勝てば我が国は聖女を手に入れることができる。負ければ……まあトータルで損にはならんな。言えるのはそこまでだ」
「負けるつもりはないのだが」
どうやら負けた側にも救済があるらしい。
いや、聖女スイは戦争が嫌いのようだったな。
うまい落としどころがあるのだろう。
オレが勝てば問題はない。
「向こうは誰が出るのだ?」
「聞いていないな。かなりの使い手だと思われるが」
「エックハルト皇子おっはよー」
聖女スイ達がやって来た。
ニコニコしながら説明してくれる。
「あたし達からは彼が代表として出まーす。聖ルゴールのトーラス第四王子だよ」
「「えっ?」」
「ど、どうも」
聖ルゴールの王子?
オレより年下に思える。
「これは失礼。お見逸れした」
「いえいえ、よろしくお願いいたします」
「一行の正使はあたしじゃなくてトーラス王子なんだよ。紹介する暇なかったけど」
「返す返すも失礼した」
「一番失礼なのは到着するなり逮捕拘禁したことだけどね」
アハハと笑い合う。
外交上あり得んことだとはオレも理解しているが、笑い話にしてくれるのはさすが聖女スイだ。
惚れた。
「しかし王子が戦うというのは?」
「いや、勝敗にあたしが懸かっちゃったじゃん? じゃあ僕が出るって聞かなくて」
よくわかる。
下賤の者に聖女スイはやれない。
トーラス殿を観察する。
王子であるなら当然剣術の心得くらいはあるのだろう。
しかし筋肉のつき方からして、オレのほうが修練を積んでいるのは間違いない。
体格もオレが上だ。
「トーラス殿。成り行きでおかしなことになったが、容赦はせぬぞ」
「こちらこそ」
握手したが、やはり筋力はオレが勝っている。
有利だな。
しかし勝つまで油断してはいけない。
「ルール決めるよ。試合は一対一で周りからの助力は当然なし。どちらかが降参するか戦闘不能になったらお終い。目突きとかの急所攻撃はなし、でいいかな?」
「構わぬ」
「それでいいです」
「模擬剣を各種用意した。好きなものを選んでくれ」
「ではこれをお借りします」
ショートソード?
間合いは狭いが、トーラス殿の体格ならば妥当か。
機動力勝負に持ち込みたいのだな?
両手持ち長剣だと懐に飛び込まれるかもしれぬ。
ではオレはバスタードソードにする。
「用意はいいかな? さあ、あたしのために争ってちょうだい」
「いい女は私のために争わないでと言うのだぞ?」
「何かのために戦うってのは罪が重いわ。その罪を背負ってやるって言ってんだよ。あたしは聖女だから」
おお、格好いいセリフだ。
聖女スイはやるな。
「レッツファイ!」
大上段の構えから飛び込みの面撃ち!
ショートソードとトーラス殿の筋力では受けきれまい!
が?
「シールド!」
「!」
軌道を逸らされた。
返しの横薙ぎを食らったが浅い。
これは……。
「盾の魔法か。トーラス殿は魔法剣士だったのだな?」
「まあ、はい」
「ふふっ、そうでなくてはな」
考えろ。
あの盾の魔法はオレの渾身の一撃を真正面から受けられるだけの強度はないが、逸らすことはできる。
剣の間合いならば攻撃魔法が飛んでくることはない。
いや、左手を空けて魔力を溜めてるな?
ならば。
「やあああああ!」
連撃、そして最後に守りの弱い左から横薙ぎ!
やはり盾の魔法は割れる!
浅いが胴に入った。
「くっ、ヒール!」
「なるほど、回復魔法も使えると」
消耗戦になる。
しかし聖女じゃあるまいし、いつまでも魔力はもつまい。
攻撃あるのみ!
「だあああああ!」
「やっ!」
ショートソードと盾の魔法で躱しているがやっとと言ったところだ。
鍔迫り合いになる。
強引に押せ!
何だ? 左手を離した?
「モノボルト!」
「がっ……」
接触電撃魔法!
これを狙っていたのか。
痺れて身体が思うように動かん。
いや、魔力を使い果たしたか、トーラス殿も半分意識が飛んでる!
最後の力を振り絞って倒れ込み、頭突きを食らわせてやる……。
「ウィナー、エックハルト皇子!」
ウィナーと言われても、身体の自由が利かない。
しかしトーラス殿は気絶だからオレの勝ちか。
泥臭い勝利もあったもんだ。
「キュア! ヒール! 皇子、身体は大丈夫かな」
「ああ、すまん。ようやく動かせるようになった。トーラス殿は?」
「ヒール! ま、ケガは問題ないね。魔力切れだからしばらく寝かせとく」
「……いい勝負だった」
「そーだね」
勝った実感がようやくこみ上げてくる。
聖女スイはオレのものだ!
叔父上が封筒を取り出す。
「聖女殿の定めた条件だ。エックハルトよ、読むがよい」
「叔父上が持っていたのか?」
「うむ。聖女殿が信頼してくれたからな」
かもしれないが。
一々常識外だな。
封筒を開き、条件を読む。
何々?
「聖女スイは勝利者側の国に居住するものとする。また敗者の婚約者となるだと! バカな!」
敗者の婚約者?
これでは聖女スイが手に入らないではないか!
「落ち着けエックハルト。聖女殿は我が帝国に住む。手の内にあるということだ」
「し、しかし……」
「そなたは婚約者を持つ身だということを忘れるな。この条件ならゼーネフェルダー侯爵家の反感を買うことはない」
「くっ……」
叔父上はそういう考え方だったからこの条件に賛成したのか。
そこまで聖女スイに読まれていたようだ。
聖女というだけでなく、大層頭が回るじゃないか。
即興で決めた戦いの条件だったろうに。
今更ながら喪失感が強い。
まだ意識の戻らないトーラス殿を見て思う。
トーラス殿は負けたら聖女スイを得られると知っていたのだろうか?
いや、そんなことはない。
双方懸命の戦いだったと断言できる。
あの戦いを貶めることは許されない。
「まーあたしが皇子の嫁にならないのは運命だったと思うしかないな」
「……」
「婚約者さんを大事にしてやってよ」
「……ああ」
何が運命だ。
自分で筋書きを作っておいて。
しかしオレはハイデマリーに不満があるわけではない。
運命か、運命なのだな。
叔父上が聞く。
「聖女殿はどうするつもりなのだ? 帝都ザーレに居住する約であるが」
「帝都に聖ルゴールの大使館を作って、そこにトーラス王子と一緒に住もうと思うんだ」
「大使館?」
「うん。聖ルゴール王国とナヴァラシア帝国の友好のための大使館だよ。外交と交易の拠点であり、トーラス王子とあたしの愛の住処だね」
「ふむ、面白い」
「大使館の場所を決めといてよ。あたし達は一旦帰国して、王様に報告するから」
◇
――――――――――後日談。聖女スイ視点。
「『僕が戦う!』って叫んでくれた、あれはあたしの一生の宝物だね」
「ええ? もう忘れてくれないかな」
「いいや、あんな愛情のこもったセリフは絶対忘れない」
アハハと笑い合う。
トーラス王子は恥ずかしがるけど、あたしは嬉しかったんだもん。
トーラス王子はエックハルト皇子と果敢に戦い、無事あたしを負け取った。
『負け取る』なんて言葉ある?
帝都ザーレに聖ルゴール大使館がオープンすると、両国の修好に役立った。
連日大盛況。
何故なら聖ルゴール直送の産物を売ってるから。
すぐ貿易も拡大すると思うよ。
またあたしは聖女だから、大ケガした人が担ぎこまれてくることが頻発した。
回復魔法かけるくらいのことは全然構わんのだけど、となるとあたしが常駐してないと不都合じゃん?
出かけられないのは不便なので、魔法の素質のある大使館の従業員に回復魔法を教えて、あたしがいなくても対応できるようにした。
これまた好評だった。
「わたくし聖女様には大変感謝しているのですわ!」
ハイデマリー・ゼーネフェルダー侯爵令嬢と仲良くなった。
エックハルト皇子の婚約者だね。
皇子が婚約破棄してあたしに乗り換える可能性があったとゆーことを、どこからか聞きつけたみたい。
もっとも今の皇子は心を入れ替えて、ハイデマリーちゃんを大事にしているらしいよ。
絶対そのほうがいいよね。
ハイデマリーちゃんいい子だもん。
おそらくハイデマリーちゃんに気を使ってるからだと思うけど、皇子は滅多に大使館に来ない。
代わりにオイゲンさんを時たま寄越すんだ。
エックハルトはよき皇帝になる、聖女殿のおかげだって言われるけど、あたしは何もしとらんわ。
いい女を取り合う経験が青少年を成長させたんだわ、なんちゃって。
ハイデマリーちゃんの紹介で帝国貴族の知り合いが多くなった。
帝国貴族も聖女のあたしと伝手が欲しかったようで。
また対聖ルゴール貿易に関心のある貴族や商人は、トーラス王子や大使館を通して熱心に話をしてたりする。
トーラス王子を取られるとあたしがちょっと寂しい。
あんなしょぼくれた王子を好きになると思わなかったわ。
人生わからんもんだ。
でもあたしを見出してくれた人だから、すごく感謝してるんだ。
ウェイトレスも楽しかったけど、今みたいに国と国の仲立ちをするのはあたししかできないことだなあって、すごく満足感があるの。
「どうしたの、ぼうっとして」
「あ、王子。久しぶり、元気かな? いかがお過ごしでしょうか」
「三〇分前に会ったばかりですよ!」
アハハと笑い合う。
こんな時間も好き。
「エックハルト殿下とハイデマリー嬢の結婚式の招待状が来ているのですよ」
「あ、見せて見せて」
二人の可愛い姿絵だ。
皇子の趣味ではないと思うから、ハイデマリーちゃん主導のデザインだろうな。
幸せそうで何より。
「ぼ、僕達は再来年ですね」
「あたしの成人がね」
「えっ、それだけ?」
「わかってるってば。王子は照れ屋さんなんだから」
あたしも恥ずかしいんだからつっこむな。
タンガ生まれで、聖ルゴールの聖女で、ナヴァラシア在住で。
思えば数奇な人生を送ってきたもんだ。
成人すらまだだけど。
でもこれからはしょぼくれ王子と歩んでいくんだと思うと、心強くて嬉しくもあるんだ。
トーラス王子の少し赤くなった顔を見てそう思った。
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