第一話
真珠は、悲しみから生まれる。
それは、まだ魔法少女なんて言葉も知らなかったころ、あの子の部屋で一緒に読んだ本のページに書いてあった。
柔らかいラグの上にごろんと寝転び、クッションを枕にして、クッキーをぽろぽろこぼしながら、わたしたちは同じページをのぞきこんでいた。
あの子がいじめられるようになったのは、四年生の夏休み明けだった。
最初は些細なことだった。あの子が近づくと、たまたまみたいな顔をして、クラスメイトが離れていく。給食の時間に誰も隣に座らない。それからあの子の上履きが無くなった。あの子が困る様子を見て、誰かがくすくすと笑う。
あの子はわたしの隣に来て、いつものように笑っていた。けれど、その笑顔を作った口元が少しだけ震えていることに、わたしは気づいていた。
わたしは気づかないふりをした。
秋になると、もっとひどくなった。廊下ですれ違うとき、クラスの男子がわざとぶつかって笑いあう。ある時は体操服がごみ箱に捨てられていた。
それでもあの子は、わたしに何も言わなかったし、わたしも何も聞かなかった。二人で学校から帰る途中、あの子は空を見上げて言った。
「ねぇ。雲って、どこにでも行けていいよね」
わたしは答えられなかった。
冬休みの前、あの子が学校を休むようになった。一週間、二週間。担任の先生が心配そうな顔をする。
クラスメイトたちは、何事もなかったように笑っている。わたしもその輪の中にいた。あの子の机だけが、ぽっかりと空いていた。
一月の終わり、あの子が転校することになったと聞いた。
引っ越しは、二月の最後の土曜日。
何度も遊びに行った家だった。甘い匂いのする部屋で、初めて飲んだミルクティーは甘くて、少しだけ大人になったみたいだった。
それでも、わたしは行かなかった。
行ったら、泣いてはいけないところで泣いてしまいそうだった。
だからわたしは、あの子の引っ越しトラックが家の前を通り過ぎるのを、カーテンの隙間から見ているだけだった。
その夜、白い猫が窓の外にいた。
月の光を背に、じっとこちらを見ている。
「泣かないって、決めたんだね」
猫はそう言った。
猫が言葉を話してる。そのことを、
怖い、とも不思議だとも思わなかった。
「泣いたら全部、なくなっちゃいそうだから」
わたしはそう答えた。
本当は、あの子と一緒に過ごす時間が一番楽しかったって気持ちも。
それを他の誰にも言えなかったことも。
「忘れたくないんだね」
猫は、そう言った。
「形にすれば、なくならない。
魔法少女になれば、きちんとしまっておける」
それを聞いて、すこしだけほっとした。
ちゃんと誰かを助けられる何かになれる気がした。
そしてわたしは、魔法少女になった。




