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あれから数日後のこと。私はいつものように夫、シーグルドに会うために彼の書斎に向かっていた。
子どもたち3人はこの時間、宮殿内で家庭教師から授業を受けている。そのため、普段からこの時間は彼にゆっくり会うことが出来た。
宮殿の廊下を進み、彼の部屋に着く。いつも通り部屋をノックすると、部屋の中から返事が聞こえる。私はそのままドアノブを回して部屋に入室した。
部屋にはシーグルド以外はいなかった。最近は彼の近くに私の護衛をしているヨセフや従者がいたのに、少し珍しい。私は彼のそばに寄ると、彼の机を覗いた。
「今日はヨセフたちはいないのね」
私がシーグルドにそう言うと、彼は無言で私を見つめる。私は彼が何も言ってこないことに違和感を覚えて言葉を続けた。
「どうしたの? 黙り込んで。随分お疲れみたいだけれど」
私がそう言うと、彼は口元に笑みを浮かべる。私はそのことに安心していると、彼が告げた。
「ああ、君がリリアーヌ・ヤーフィスか。シーグルドの最愛の妻。ヤーフィス家の当主、ね」
私はシーグルドのその言葉に驚いて彼と咄嗟に距離を取る。彼がこんなことを言うはずがない。それに、声色が彼とは違う。しかし、どう見ても彼はシーグルドだ。
もしかすると、誰かに乗っ取られているということは考えられる。けれど、高度な魔法を使う彼を乗っ取れる人なんているのだろうか。
私はそう思い至ると、彼に言った。
「……あなた、一体誰? シーグルドじゃないわね」
私がそう言うと、彼は立ち上がる。そして私に言った。
「ご明察。俺は、一時的に彼の体を借りているんだ」
彼は微笑んで隠すことなくそう告げる。私は彼を睨みつけた。
「シーグルドを返してちょうだい。何の目的があるというの?」
「俺はね、まだ目覚めたばかりで体の自由が効かない。だから我が子孫の体を少しばかり借りているまでさ」
我が子孫、という言葉に察しがつく。シーグルドほどの人物を乗っ取れる人。そして彼に子孫なんて言葉を使う人……。恐らく、今ここにいるのは地下で眠っているはずのエハル神だ。ということは、彼はついに目覚めたということだろうか。私は彼に尋ねた。
「あなたは、エハル神……なのですか?」
私の言葉に、彼は口元に笑みを浮かべる。
「いかにも。400年間眠り続け、今ここに戻ってきた」
私はそれを聞いて、警戒心をいっそう高める。目の前の現実が未だに信じられていない。私は今、イサーク王国を建国した神王と話しているのだ。
彼は、私のご先祖様ヤーフィスとは確執があったはず。下手なことを口走れば、私に命がないことは分かる。私が押し黙ると、彼は口を開いた。
「安心していい。どこまで知っているかは知らないが、ヤーフィスの子孫だからといって無闇に殺そうとはしない。……それよりも、お前には聞きたいことがある」
「……何ですか」
私は彼をなお警戒してそう返答する。彼は私に告げた。
「ヤーフィスの書はどこにある?」
驚いて目を見開く。まさか彼はヤーフィスの書の存在を知っていたのか。私は再び押し黙る。嘘を話せば恐らく命はない。かといって正直に話してはご先祖様の意思を無駄にしてしまう。
そんな私の様子を見兼ねたエハルは私に告げた。
「まあ良い。俺が完全に目覚めた時、目の前に献上してくれさえすれば」
エハルは不敵に笑う。そして沈黙を貫く私にとある話を始めた。
「そういえば、数年前だったか。俺は君のお母上に会ったよ」
突然の思いもしない話題に息を呑む。彼はそんな私を尻目に話を続けた。
「あれは冬の日だったか。俺が目覚めた直後のことだ。ヤーフィスの書が気がかりで、少しの間しか出来なかったが、俺は馬車に乗る君のお父上の体を借りて、君のお母上、ヴィクトリアを尋ねた」
彼は何を言っているのだ。私のお父様の体を借りた? 彼の言葉の意味を瞬時に理解出来ない。だとしたら、あの馬車の事故は……。
「でも、彼女は強情でね。口を割らなかったよ。だから、君のお父上の胸に彼が持っていた剣を突き刺した。そして、ヴィクトリアも殺したよ。バルバラの子孫を殺したくはなかったがね」
彼が、私の両親を? 私の心臓が鼓動を早める。胸が張り裂けそうな感覚になる。私はずっと両親は他殺だと思っていた。だから、犯人をずっと探していた。それがまさか、エハル神の仕業だったなんて。
ここで激昂することも出来る。しかし、私は自分を必死に抑えた。私がここで怒りをぶつければ、私の家族が危険に晒される。私は冷静を装って彼に言った。
「……そうですか。あなただったとは、驚きです」
私が静かに呟くと、彼は私を見て告げた。
「君はお母上のような失態をしないと信じているよ。なるべく同胞は殺したくないんだ。……俺はもう戻るよ。あと少ししたら完全に目覚めるだろう。シーグルドも聞いていると思うけど、よろしく伝えておいてくれ」
エハルはそう言って再び椅子に腰掛けると、目を閉じる。しばらくして再びその目が開くと、彼はあたりを見回した。
「シーグルド……?」
私が心配そうに声をかけると、彼はこちらを見つめる。そして私の手を握って言った。
「リリア、大丈夫だったか?」
いつも通りのシーグルドに戻ったことに安心すると、私は返事をした。
「ええ、大丈夫よ」
「すまない、乗っ取られるとは情けないな。……エハル神。内容は全部聞こえてた。まさかお前の両親を殺したのが、彼だったとは」
シーグルドが険しい顔でそう告げる。私は彼の手の上にもう片方の手を重ねた。
「今は、冷静になりたい。このことは、子どもたちには内緒にしましょう」
「そうだな……」
私はその後、彼の部屋を出ると早急にある場所に向かった。馬車に乗って、1人で数時間の道を揺られる。そうしてようやく辿り着いた場所は、今では見慣れたヤーフィス家。
私は門をくぐると、そのお屋敷に入る。もう一度、ヤーフィスの書を確認したい。一度しか読んだことがないため、もう一度目を通すことで何かヒントが得られるかもしれないと思った。
私はお屋敷に入ると、地下の隠し部屋がある、あの部屋へと向かった。




