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ゆきのかむくらに添えたる花は

雪でできた真白く儚いかむくらなれど、その真は堅牢。静寂に包まれし愛し子は夢を見る。幸せな永久を。


その四神の名は……玄武。

『おじさんと一緒に来るかい?』


 葬儀場の片隅で膝を抱えて途方に暮れていた5歳のわたしに、そう声をかけたのは一人の男性だった。

 シルバーブロンドの長髪を首の後ろで一つに結わえ、目尻と口角に柔らかな皺を寄せながらそう手を伸べてくれた。

 雪面でスリップした車に衝突され、両親は即死、母親に庇われわたしだけ軽傷で生き残ってしまったあの日。

 親戚たちがわたしを押し付け合う中で、窓の外を白く染め上げる雪をぼんやりと眺めていたわたしへの、一筋の光。

 その光は、未だわたしの……。


○ ○ ○


 はぁと一つ息を吐く。

 冬だからを免罪符に吹き付けてくる冷えたビル風に肩を竦ませながら歩いていると、道の反対側を行く人に視線が吸い寄せられた。

 十ヶ月ほど前。まだ世間が冬の終わりを告げる春風に浮かれていた頃、故郷に帰らなきゃいけないからと辞めていった同期の女性。

 そんな彼女が人目を引く男性と二人寄り添うようにして歩いていた。

 その幸せそうな光景にざわりと胸がささくれる。


 わたしの恋は、未だ叶う気配がないのに。


 八つ当たりにも似た気持ちを抱えながら、薄暗い冬の街を足早に抜けていった。


「……ただいま」


「おかえりなさい」


 玄関を開ければ温かな空気がわたしに襲い掛かった。柔らかな光も。

 そう言えば一人暮らしだと言っていた彼女は、玄関を開けた時部屋が真っ暗なのが嫌だと言っていたっけ。

 今の彼女は、玄関を開けた時温かな光に包まれるのだろうか? ……今のわたしみたいに。

 偶然すれ違ったせいか、今日はなんとなく彼女を思い出す。


椿(つばき)ちゃん? そんなとこで立ち止まってどうかしたのかい?」


 玄関で立ちすくんでいたわたしにそう声をかけたのは、同居人で保護者でもある(たける)さんだ。

 白髪とは一線を画すシルバーブロンドのロングヘアをひとくくりにして肩に流している。

 それをさらりと揺らしながら、長躯の身体を折りたたむようにしてわたしの顔を覗き込んできた。

 目尻と口元に浮かぶ柔らかな皺が柔和に見えるが、実のところ彼が優しいだけの人じゃないともう知っていた。

 わたしに残された両親の遺産をかすめ取る為に親戚が押しかけてきた時に、その片鱗を垣間見ることができたから。


「……なんでもない。……ねぇ? 武さんはいくつになったんだっけ?」


 わたしの唐突な質問に、きょとんとする武さん。少しだけ子供っぽい表情を浮かべていたとしても、傍から見れば武さんはロマンスグレーという表現がぴったりの年の頃だろう。

 パッと見れば親子ほど、ともすれば祖父と孫ほどに年が違うように見えるわたしたち。

 そんなわたしたちが一緒に暮らしている理由は、両親を亡くしたわたしを親切な武さんが引き取って面倒を見てくれたからだ。

 そのおかげでわたしはもうすぐ25歳を迎えるこの年まで平穏無事に生きてこれたと言っても過言ではない。

 武さんに引き取られなければ、あの親戚中をたらい回され、搾取されていたかもしれない。一応血の繋がっている親戚相手にそんなことを思いたくなかったが、例の遺産のゴタゴタで本性を垣間見た今となっては、その想像は正しかったと言わざるを得ない。


 だけど誤算が一つ。それはわたしが……。


「いやんえっち」


「……なんで年を聞いただけで痴漢行為をしたみたいに言われなきゃならないのよ」


「えー? 年齢を聞くなんてえっちじゃない? だからな・い・しょ」


「……クソジジィ」


 人差し指を口元にあててそう宣う目の前の人物に、思わず悪態をついてしまうのも仕方ないだろう。


「娘の口が悪くて困るね。どこで育て方を間違えたのかなぁ」


「わたしはあなたの娘じゃない!」


 語尾がきつくなってしまい、濃い灰色の瞳が大きく見開かれた。


「っ! き、着替えてくる!」


 パンプスを放り脱いで、自分の部屋へと飛び込んだ。

 わたしの名前を呼ぶ彼の声を背中で受けながら。


 そう。たった一つの誤算。

 それはわたしが……年の離れた保護者だったあの人を本気で好きになってしまったことだ。


「……はっ、色々積んでるわ」


 暗い部屋で蹲りながら、目を瞑る。

 脳裏に浮かんだのは幸せそうに歩く元同期の姿だった。


○ ○ ○


 とりあえず大人になろうと決心した。

 ホントは成人を迎えた年には彼の庇護下を離れなきゃいけなかったんだけど、色々と先送りにしてしまったのだ。

 ままならない恋心と彼の優しさに甘えてずるずるとここまで来てしまった自分が悪い。


 スマホをタプタプしながら、一人暮らしの物件を探す。

 そんなわたしの様子を彼がどんな目で見ていたかなんて気付かないままに。


「今度の誕生日、ちょうど土日だろう? 旅行に行かない?」


 豪雪地帯と呼ばれるエリアの積雪が大人の背丈を越えた頃。

 一緒に朝ご飯を食べていた武さんが唐突にそんなことを言い出した。


「……旅行?」


 はて? と首を傾げる。武さんと過ごすようになってかなり経つが、旅行に誘われるのは初めてだった。


「うん。旅行というか……故郷に顔を出すというか……」


 どことなく歯切れの悪い武さん。

 そんな武さんを後目に、わたしは他のことに疑問を持った。


「……武さんって、この辺り出身じゃなかったの?」


「うーん、そうと言えばそうだし、違うと言えば違うような?」


 うん、よくわからない。

 そもそも武さん自体よくわからない存在だ。

 なにせ両親のお葬式でわたしに手を伸べたあの日から、ほとんど年を取ってないように見えるし。

 幼い頃は、髪色一つで年齢を決めつけるくらいの観察眼しかなかったから、シルバーブロンドの武さんのことを本当におじいいさんだと思っていたけど……。

 分別の付く年になって改めて武さんを見てみると……よくわからなかった。

 確かに髪色は白っぽいけど、白髪とは違うし……。目元や口元の皺はそれなりに年を重ねていることが伺えるが……。

 何せあまり容姿に変化がない。美魔女どころか美壮年なのだ。……だからこそ見た目の年齢差が縮まっていく毎に、恋心も募っていった訳なんだけど……。


「まぁ、僕を大事にしてくれる場所っていうのかな?」


 お味噌汁を啜りながらそう答えをくれたけど、やっぱり意味がわからなかった。


○ ○ ○


「よぉ」


「……どちらさまですか?」


 武さんとの旅行を翌日に控えた金曜日。

 なんだかんだと言いつつ旅行が楽しみで、浮足立っていたと言われればそうだろう。

 だからと言って、こんな趣味の悪い柄シャツを着た男に馴れ馴れしくされるほどにぽわぽわしていたのかと思われるのは心外だ。

 だけど実際に柄シャツ男はわたしの行き先を塞ぐように立ち塞がっている。


「相変わらず冷てぇなぁ。一応血の繋がった親戚じゃねぇか」


 男の言葉に思い切り首を傾げた。いや、ホントに誰?


「どちらさまですか?」

 

 わたしの返しに、男の顔が怒りで紅潮する。


「ちっ! んとにふざけた女だよなぁ! 俺ら親戚が苦労してるってぇのにぬくぬく暮らしやがってよぉ!」


「……親戚とは全員絶縁したんで、どこのどなたか存じませんがわたしは無関係ですね」


 言葉ではそう言いつつ、うっすらと相手の素性が思い浮かんできた。たぶん……両親が残した遺産をたかりに来た親戚の一人だろう。

 両親の結婚に反対して、両親から絶縁されていたにもかかわらず、遺産目当てで葬式に押しかけてきた厚顔無恥な連中だ。

 遺産を狙う割にわたしを引き取ろうとは考えもしていなかった時点で色々お察しというものだ。

 むしろわたしが今まで無事に生きてこれたのも……武さんのおかげだろう。


「ふざけやがって! イイから俺たちに金を渡せばいいんだよっ!」


「見知らぬ人に善意を施す程わたしは善人ではありませんが?」


「うるせぇ!」


 男の拳が振りかぶられる。

 それをどこまでも冷静なわたしが観察していた。

 だってわたしには……。


「そこまでにしましょうか? やれやれ。ほとんどの害虫は駆除したと思ったのですが……」


 柔らかく降り注ぐ月の光に照らされて、シルバーブロンドの長髪が儚く煌めく。

 高々と振り上げられた男の腕を片手で容赦なく掴みながらやれやれと首を振るのは……武さんだった。


「っ! お前誰だよっ!」


 武さんの拘束から逃れようと男が暴れ始めるも、あまり力を入れているように見えない武さんにあっという間にいなされる。


「僕ですか? この子の……保護者ですよ?」


「んな訳あるかっ! 20年前コイツを引き取りに来たジジィだってーなら、とっくの昔にくたばっててもいい年だろうがよっ!」


「あ、やっぱり?」


 わたしの呟きに武さんが苦笑した。


「……その言葉の真意は後で伺うとして……。とりあえずこの害虫さんにはご退場いただきましょうね」


 にこやかに武さんがそう告げた途端、男の姿が消えた。


「……驚かないのですか?」


 不可思議な状況だというのに、驚きの一つも見せないわたしに武さんが苦笑する。


「驚いてほしかったらもっとこう……常日頃から人外要素を排除しておくべきだと思うの」


「……それもそうですね」


 そう。

 5歳のわたしを引き取った時から、微塵も容貌が変わらない武さん。わたしのピンチに必ずどこからともなく現れる武さん。

 若作りを言い訳にするには異常過ぎた。そしてあれだけ執拗に、アングラな手段も問わない親戚があっという間にわたしの前に現れなくなったのも……たぶん目の前のこの人が何かしたのだろう。

 だけど……例え武さんが鬼でも悪魔でもわたしにとってはささやかな問題だ。この人を手に入れるという大命題を持つわたしにとって。


 虎視眈々と狙う乙女心を隠しながら、武さんにそっと手を伸ばす。


「じゃ、帰ろっか。今日のお夕飯なぁに?」


「明日から旅行ですからね。今日はシンプルにパスタにしてみました」


「……そっか。明日の旅行……楽しみだね!」


 きゅっと武さんの手を握り締める。

 明日の旅行先はここから北に位置するとある地方のお祭りだ。かまくらを作ってその中に水神様を奉るお祭り。

 

 きっと明日何かが変わる。

 そんな期待を胸に、わたしは、わたしたちは、わたしたちの家に帰るのだった。

最後までご覧いただきありがとうございました。

ご評価、お星様、ご感想、いいね等々お待ちしております。


こちらはX上で開催されたた「そーさくころしあむ」という、春夏秋冬をイメージした4000字までの小話を匿名で上げ、どの作品が好きか投票していただく企画に提出した作品でした。

ありがたいことに、総合1位をいただきました~ヾ(*´∀`*)ノ

ありがたや~ありがたや~。


企画上ではここまでの四話だったのですが、秋の「爽籟に踊れ」だけ、別バージョンがございまして……。(設定を入れ過ぎて、規定文字数をオーバーしました汗)

次話ではそちらのバージョンをご覧いただけます。

そちらも併せてお楽しみいただければ幸いです。


改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!

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