三話 邂逅
「おい、お前、生きてるか?」
どのくらいの時間が経ったのだろう。突然声をかけられて、ぼくは拡散していた意識を掻き集めた。
膝に埋めていた顔を幽かに上げ、目を薄く開けると、辺りは随分と暗くなっていた。
左肩に何か温かいものが触れ、僕を緩やかに揺さぶってくる。一瞬あの男たちかと思って、身を強ばらせた。けれど、幸いその声は、あの男たちの声ではなかったようだ。
「冷てぇ。おい、まじで大丈夫か?」
その言葉に応えるつもりで、僕は声の主を探して顔を上げた。
暗くて、真っ直ぐな髪と、鋭角的な輪郭以外はよくわからなかった。けれど、僕はその人を多分少年と言われる年齢と性別だろうと何の根拠もなく判断する。
敢えていうなら、野生の勘。とはいえ、僕の勘以上に頼りにならないものは、知っている限りではなさそうだけど。何しろ、朝の男たちのことにしたって、僕はあいつらを見ても危機感も何も感じていなかったんだから。きっと、僕に危険察知能力が皆無なんだろうな。
「 」
君、誰? そう言ったつもりだったが、口が開いただけで、喉が完全に干涸びていて声が出てこなかった。と言うよりも、口から息を吐こうとすると、喉がヒリヒリと痛む。
その痛みを感じたところで、ほかの感覚器官も積極的に現状を脳に伝えようと働きだしたようだ。体中の関節という関節が、鈍い痛みを訴えてきた。それに、とてつもなく寒い。関節の痛みは、多分生まれて初めての、長時間の全力疾走による疲れの所為もあるだろう。けれど、それだけでなく、寒さの所為で凍ってしまったかのように動きづらい。無理に動かそうとすると、一段と酷い痛みが走る。その上、寒さを意識したら、体が小刻みに震えだした。いくら震えを押さえようとしても止まらない。
自分の体である筈なのに、自分のものではないように思えるほど、いうことを聞かなかった。
「うわっ、めっちゃ震えてんじゃねーか。つーか、何でそんなカッコで、こんなところに蹲ってんだよ……」
「ぅ……ぅぁ…………」
僕が何かを言おうと口を開いたところで、喉の痛みを無視して無理に声を出そうとしたところで、言葉と呼べるようなものは何も出てこなかった。辛うじて音になったのは、擦れた息づかいと、僅かな呻き声だけだった。
「あ? 何だ、お前。しゃべれねーのか? ……まあいいや。立てるか? そのままじゃ凍え死んじまいそうだぜ。とりあえず、俺ん家にこい。」
少年はそう言って僕に手を差し出してくる。撲をどこかに連れて行こうとはしているけれど、あの男たちみたいに、無理矢理にというわけはなさそうだし、きっと大丈夫だろう。
撲は、差し出された手を掴もうと、手を伸ばしたつもりだったけれど、実際には少年の方に辛うじて指を伸ばすだけの体力しか残っていなかった。焦点の合わない目で、少年をぼうっと見つめていると、少年は少しだけ首を傾け、片手で自分の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回した。
「あぁ〜〜、どうすりゃ良いんだよ……。お前、マジで動けない?」
すっかり暗くなって、もののシルエットしかわからなくなった中で、自分を見下ろしてくる少年の視線を感じ、僕はカクン、と頷いた。寒さとか、痛みとか、体力とか、色んな要因があってそういう動きになった訳だけど、何て言うか、ロボットとか、絡繰り人形みたいな動きだな、何て場違いにも思った。目の前にいる少年が、撲をどうしようと考えているのかは判らないけれど、それほど警戒する必要はなさそうだから、少しだけ緊張が緩んだ所為だと思う。
そんな僕の反応を見てか、少年は暫く沈黙してから呟いた。
「…………しゃーねえな、……暴れんじゃねーぞ」
少年はそう僕に念を押してから、僕の右横にしゃがんだ。両手で抱えていた膝の下と背中に手を回され、そのまま僕は真上に持ち上げられた。抱え上げられたことで、触れられた少年から伝わってくる温かさに、僕はいつの間にか意識を手放していた。