最終章:レベル制限の真実と“最初の勇者”
最終章:レベル制限の真実と“最初の勇者”
戦いが終わった。
白金の鎖の暴走も鎮まり、王都にようやく静けさが戻った。
瓦礫に埋もれた街並みは復興が始まり、露店の声が広場に戻り、人々の笑顔も少しずつ蘇っていた。
息子は傷こそ負ったが回復し、鍛冶場に戻ると相変わらず金槌を振るっていた。
日常は、確かに戻りつつあった。
――そのはずだった。
ある日のこと、一通の手紙が届いた。
差出人の記載はない。だが中を開けば、そこには座標とたった一文が記されていた。
> 「真実を知る者、来たれ」
それは挑戦状であり、招待状であり、そして未来を選ぶための呼び声だった。
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示された座標は、世界の果てにそびえる「封印山」。
誰も近づかぬ霊峰であり、古の時代から立ち入りを禁じられてきた場所だった。
吹雪を踏みしめ、山頂に辿り着いたとき。
そこには一人の老人が待っていた。
その眼差しはただならぬ重みを湛え、背負ってきた時の深さが一目で分かる。
「来たか。三十年の時を越え、ようやく“適合者”が現れたか」
低い声が風に響いた。
「……あんたは誰だ?」
問いかけると、老人は杖を突きながら名を告げた。
「初代勇者――リュカ=アークレイド。世界で初めて“レベル”という概念を持った人間だ」
俺は言葉を失った。
伝承の中だけで語られるはずの人物が、今こうして目の前にいる。
「まさか……レベル制限は、あんたが?」
「そうだ。そして、お前はその“抜け道”でもある」
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リュカは語り始めた。
まだ魔族と人間が果てなき戦乱を繰り広げていた時代。
彼は人類最強の剣士として、世界を救う存在だった。
だが、その力はあまりに大きすぎた。
「強さに酔い、人の心を失いかけていた。仲間を“道具”としか見なくなり、敵を斬るたびに、自分が何者か分からなくなっていった」
そこで彼は悟った。
“人の器”を超える力は、やがて人を壊す。
だからこそ自らの魂を削り、古代魔法をもって人類に“レベル制限”を施したのだ。
「力に限界を設けることで、人は人でいられる。そう思った」
それは呪いではなく、安全装置。
誰一人、人を超えた怪物にならぬように。
しかし、完璧な術式にもただ一つだけ“矛盾”が存在した。
「努力を積み重ね、何の見返りもなく、それでも剣を振り続けた者。その軌跡は、術式の中で例外となる」
俺は息を呑んだ。
「……つまり、俺が?」
「そうだ。お前は特別ではない。ただ“正しく在り続けた”だけだ。レベルが上がらずとも鍛え続け、誰に評価されずとも諦めなかった。その純粋な努力が、術式の隙間を生んだ」
俺は膝の力が抜けそうになった。
自分は凡庸で、取り柄のない人間だと思っていた。
だが、それが逆に道を切り開いたのだ。
「だからこそ、お前は選ばれた。――選ぶ側として、だ」
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リュカは一本の杖を差し出した。
重厚な銀の杖には、無数の刻印が刻まれていた。
「この杖には、レベル制限の全構造が記録されている。壊すか、残すかは、お前が決めろ」
世界の未来を握る選択。
手にした瞬間、重みが腕に食い込むようだった。
俺は長く息を吐き、そして答えた。
「俺は……壊さない。強さが全てじゃない。届かない壁があるから、人は努力する。進もうとする。……だから、この制限は残すべきだ」
リュカは静かに微笑んだ。
「そうか。ならば、私はようやく眠れる」
次の瞬間、彼の身体は風に溶けるように消えていった。
その表情は安らかで、まるで人としての最後を取り戻したようだった。
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下山の途中、息子が隣で口を開いた。
「父さん……レベル制限って、呪いじゃなかったんだね」
「ああ。呪いじゃない。……ただの安全装置だ。でも、努力すれば、越えられる」
息子は笑い、拳を握った。
「じゃあ、俺もいつか限界をぶっ壊してみようかな」
その横顔に、かつて自分が見ていた夢を重ねた。
だが彼は、俺以上に強く、まっすぐに未来を見据えている。
「それも、いいだろうな」
俺はそう答えた。
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家へと戻る道。
待っているのは、妻の笑顔と、いつもの食卓。
世界の真実を知っても、日常は変わらない。
だが確かに、何かが変わった。
俺も、息子も。
そして世界も。
“レベル制限”の向こうにある未来は、これから歩く者たちが選んでいく。
終わり、そして始まり。
俺たちは今日も、地に足をつけて生きていく。