第五章:王都襲撃と息子の選択
第五章:王都襲撃と息子の選択
王都が襲撃された。
犯人は、王家直属の錬金部隊――通称「白金の鎖」。
本来なら王都を守護するはずの精鋭たちが、突如として王権に背き、地下研究区画を制圧した。
その目的は、「人為的にレベル制限を解除する術式」を完成させること。
必要とされたのは、大量の“実験素材”だった。
標的となったのは、魔族の子供たち、そして――“才能のない人間の子供たち”。
名簿に載った一人の名前を見た瞬間、血の気が引いた。
そこには、俺の息子の名があった。
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襲撃の報を耳にしたその日。
俺は鍛冶場で拳を震わせ、ただ怒りに身を任せそうになっていた。
だが先に立ち上がったのは、息子だった。
「行くよ、父さん」
まだ十代の小さな肩。けれど、その瞳には迷いがなかった。
「いや、お前は残れ。あそこは危険だ。俺が――」
「違う」
息子は静かに首を振った。
「俺は……もう“守られる側”じゃない。父さんはいつだって自分で選んできたんだろ? なら、俺も選ぶ。行って、助ける。俺の仲間を」
その声は震えていなかった。
目の前にいるのは、もう“子ども”ではなかった。
血を分けた俺の子であり、ひとりの戦士として立つ覚悟を持った人間だった。
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王都へ向かう道中、息子は懐から一本の短剣を取り出した。
「これ……自分で鍛えたんだ」
見れば、俺が若い頃に使っていた型紙をもとにした形だった。
歪みはある。刃は荒く、仕上げも甘い。だが、鍛えた者の覚悟が刃に刻まれていた。
「母さんにはナイショで作ったんだ。……父さんに、いつか見せようと思って」
胸が熱くなった。
鍛冶屋としてではなく、父として。
ここまで成長した息子の姿に、誇らしさと同時に少しの怖さを覚えた。
子は、親の手を離れていく。
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王都は既に戦場と化していた。
燃え上がる塔、逃げ惑う市民、地下へと続く封鎖区域。
そして、その混乱のただ中に、懐かしくも憎き姿があった。
元魔王バルグ=ゼル。
彼もまた戦っていた。守ろうとする魔族の子どもたちが、錬金部隊に捕らえられていたからだ。
「お前らも来たか」
血にまみれた大剣《継火》を握りしめ、彼は息を吐く。
「ここから先は地獄だぞ」
「地獄なら、もう慣れてるさ」
俺はそう返した。
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さらに進むと、そこに待ち構えていたのは旧勇者パーティの面々だった。
先頭に立つのは勇者レオン。かつて共に旅をした仲間であり、今は最も遠い存在だ。
「やはりお前たちか」
彼の鋭い眼光が息子へと向けられる。
「その子も“才能なし”だったな。……だが、ここまで来るとはな。だがな、世界は“強さ”がすべてだ」
息子は短剣を構え、真正面から睨み返した。
「違う。強さは“誰かを守る覚悟”で決まるんだ。……父さんがそう教えてくれた」
一瞬の静寂。
次の瞬間、戦いが始まった。
旧勇者パーティ VS かつての荷物持ち+その息子+元魔王。
かつての物語の裏側で、新しい物語が始まろうとしていた。
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激闘は熾烈を極めた。
レオンの聖剣が閃くたび、地面が抉れ、空気が震えた。
だが、俺もまた鍛冶屋として鍛えた剣を振るい、息子は未熟ながらも必死に仲間を庇い続けた。
そしてバルグ=ゼルは、かつて魔王と呼ばれた力を惜しみなく解放し、敵陣を切り裂いた。
戦いの最中、息子は重傷を負いながらも、捕らえられていた魔族や人間の子供たちを解放することに成功した。
血を流しながらも、歯を食いしばって走るその姿は、もはや俺の背を追う子供ではなく、俺と並んで戦う仲間だった。
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そして、最終局面。
錬金部隊が完成させた「レベル制限解除装置」が暴走を始めた。
術式は制御を失い、王都全体を呑み込もうと膨張していく。
誰も止められない。
このままでは街も人も、すべてが消し飛ぶ。
そのとき――息子が前に出た。
震える手に、自作の短剣を握りしめながら。
「……俺がやる」
「待て! お前じゃ――」
「違うんだ、父さん」
振り返った息子の瞳は、不思議なくらい澄んでいた。
「俺の剣は、ここで使うためにある。誰かを守るために、俺が打った剣なんだ」
彼は迷いなく、暴走する装置の中核へ短剣を突き立てた。
光が弾け、術式が逆流する。
轟音とともに、装置は崩壊した。
代償に、短剣は粉々に砕け散った。
息子はふらりと膝をつき、それでも笑った。
「これで……いいんだ」
その顔は、誇り高く、どこか俺に似ていた。
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こうして王都は守られた。
だがそれ以上に俺の胸に残ったのは、あの瞬間だ。
息子が自ら選び、自ら戦い、そして自らの刃を砕いて誰かを救った。
もはや彼は、ただの子どもではない。
ひとりの“鍛冶屋の息子”であり、これから自分の物語を歩む戦士だった。
――そして俺は、そんな息子の父親であることを、誰よりも誇りに思った。