第三章:過去の仲間と再会
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第三章:過去の仲間と再会
昼下がり、工房の空気は熱気に包まれていた。
火床に赤々と燃える炭をくべ、金属を叩く音がリズムのように響く。俺は額の汗を拭いながら、注文を受けた剣の鍛造に没頭していた。
その時、店番をしていた妻が裏口から顔を出した。
「ちょっと! アンタ、知り合い来てるよ。しかも数人。あんまり感じよくない」
嫌な予感がした。
手を止めてエプロンを外し、表に出ると──そこに立っていたのは、見覚えのある顔ぶれだった。
勇者レオン。
魔導士ミレーヌ。
聖女リリス。
十五歳の頃、俺が“荷物持ち”として仕えていた勇者パーティの仲間たちだ。いや、仲間というより、俺を見下し、使い潰し、最後には追い出した存在。
今や彼らは王都でも名を馳せるAランク冒険者。英雄組と呼ばれ、国王からも厚遇を受けていると聞く。
だが、目の前の彼らの表情には余裕と、どこか鼻につく見下しが混じっていた。
「よう、久しぶりだな」
レオンが口角を吊り上げて笑う。
「まさか本当に、あの“レベル50事件”の本人がお前だとはな。最初に聞いたときは冗談かと思ったぜ」
その言葉に、心の奥底がざわつく。昔と変わらない、俺を下に見る声音。
「でさぁ──」
今度はミレーヌが割って入る。涼しい顔で顎を上げた。
「頼みがあるの。私たち、魔王戦の準備を進めてるんだけどね。どうしても伝説級の武器が必要で。その製作を、腕のいい鍛冶屋に頼みたいの」
俺は黙って聞いていた。
彼女は続ける。
「素材と報酬はこっちで用意する。しかも名誉は全部あんたのもの。悪い話じゃないでしょ?」
なるほど。
俺をかつて“役立たず”と呼んだ彼らが、今は俺の名声と技術を頼りに来たというわけか。
都合のいい話だ。
俺は笑みを浮かべて答えた。
「悪いけど、今は妻と息子と、地元の常連さんの仕事で手一杯なんだよ」
その瞬間、リリスが露骨に眉をひそめる。
「なに言ってるの? そんなチンケな商店より、世界の命運の方が大事でしょう?」
彼女の声には苛立ちがにじんでいた。
俺の心臓がドクリと鳴る。かつてなら、その言葉に逆らえず従っていたかもしれない。だが今は違う。
奥の部屋から、小さな声が響いた。
「パパ〜、つくってるの、できた〜?」
ヨチヨチと歩く息子が顔を覗かせる。
俺は自然と笑みを浮かべ、かがんでその小さな体を抱き上げた。
「もうちょっとだよ。ちゃんと見ててな」
息子が嬉しそうに頷く。その姿は、俺が守るべきものそのものだった。
その光景を見た勇者たちの表情が、一瞬だけ曇った。
レオンが小さく舌打ちしたのを、俺は聞き逃さなかった。
「……そういうことだ」
俺は息子を抱きながら、彼らに向き直る。
「今の俺には、守るべき“世界”があるんだよ」
沈黙が落ちる。
勇者たちが俺を見つめる視線には、理解と苛立ちが混ざっていた。
「伝説の武器なら、あんたらの名声にふさわしい“本物”の職人に頼むといい」
俺はきっぱりと言い放った。
「俺は、もうそっち側の人間じゃないからさ」
勇者たちは言葉を失い、しばし沈黙した後、踵を返して立ち去った。
その背中に、かつての威光はあれど、どこか小さく見えた。
店に戻ると、妻がニヤニヤしながら待っていた。
「……ちょっとカッコよかったじゃん」
俺は肩をすくめ、金床に向かう。
「カッコいいより、ちゃんと仕上げないと怒られるからな。あいつに」
そう言って、息子の視線を背中に感じながら、再び金槌を振り下ろした。
──俺にとっての“勇者”は、もうここにいる。
目の前の小さな手を守り続けること、それが今の俺の戦いなのだ。
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