第二章:子供、歩き出す。そして商人に
第二章:子供、歩き出す。そして商人に
それから一年。
俺の人生はさらに大きく変わった。
家には小さな足音が響く。まだよちよち歩きだが、確かに自分の力で歩いている。
その姿を見るたびに、胸の奥から熱いものがこみ上げる。
冒険者としては十分すぎるほどの名声と金を得た。
だが、今の俺にとって一番大事なのは、この小さな命と、それを支える妻との時間だ。
俺はふと立ち止まり、考えた。
このまま剣を振るい続けるのも悪くはない。だが、常に危険と隣り合わせの暮らしでは、子供と過ごす時間を削ってしまう。
金はある。ならば次の道を選ぶべきではないか。
そうして俺は、元鍛冶屋の息子という出自を思い出した。父から習った鉄の扱い方、道具の修理、剣の研ぎ。冒険者になってからは遠ざかっていたが、手はまだ覚えている。
「俺、商人になる」
「商人?」
「鍛冶もできるし、道具の目利きもできる。冒険者が集まるこの町でなら、きっとやれる」
妻は最初こそ驚いたが、すぐににっこり笑って頷いた。
こうして始めたのが──
鍛冶屋兼用品店〈ファミリーフォージ〉。
冒険者たちが使う武器を鍛え、装備を修理し、日常用品までそろえる。戦場の最前線で働く者にとって、安心して任せられる拠点を作りたかった。
最初の客はかつて共に依頼を受けた冒険者仲間たちだった。
「お前が鍛えた剣なら信用できる」と笑いながら代金を置いていく。
やがて口コミで評判が広まり、店は毎日忙しくなった。
日中は店で金槌を振るい、夜は家族と食卓を囲む。
時には子供が鉄くずを拾ってきて「これ、パパに!」と差し出す。その小さな手を握り返す瞬間が、どんな栄光よりも輝いていた。
もちろん、冒険者としての腕を求められることもある。
大きなモンスターが現れた時には、ギルドから「助けてくれ」と声がかかる。俺は店を妻に任せ、剣を手にして駆けつける。
戦いに出るのは、もう生活の中心ではない。
だが、その度に「やっぱり強いな」と言われることが、妙に誇らしかった。
こうして俺は、戦いとは違う意味で忙しくも満ち足りた日々を手に入れた。
あの頃の俺が夢にも思わなかった「家族と共に歩む未来」を、今、確かに生きている。