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恋心

 エリオという憧れの青年と同じパーティーに誘われたハルカの毎日は、新鮮で、温かく、楽しく、喜びに満ちていた。彼の言葉に耳を傾け、彼の行動を目で追い、彼とのやり取りに心を躍らせる日々は、血塗られた戦いをしてきたハルカにとって、ほんの些細な出来事でさえも格別だった。


 そんなハルカがもうひとつ手に入れたモノがある。


「ねぇハルカ。ここの新作のお菓子はどう?」


「とても上品な甘さとサクサクとした歯応えが良いですね!」


「昨日ハルカが教えてくれたケーキも美味しかった。地球ってところはもっとたくさん美味しい食べ物があるんでしょ?」


「はい。レミさんにここの食材について教えてもらっているので、あるていどは再現できると思います」


 カフェテラスの席でハルカの向かいに座るのは、ひとつ年上のレミ=リオーレ。彼女の存在は友人の乏しかったハルカにとって、異世界での新たな生活に大きな花を咲かせることになった。


「エリオさんは甘い物は好きじゃないんですか? 食べてるところを見たことないんですけど」


「そんなことないよ。むしろ大好きみたい。ただね、依頼を終えたあとの自分へのご褒美に、普段は我慢してるらしいよ」


「ストイックな人なんですね」


「ストイック?」


「自分に厳しく、欲望を抑え続ける人のことです。それでエリオさんはどんなお菓子が好きなんですか?」


「焼き菓子が好きみたい。あたしもたまに焼くことがあって、そのときに言ってた。バターの風味が利いてるのがより好きなんだって」


 目を輝かせて聞くハルカにレミが答えると、その横から黒いサロンを着けた男性が寄ってきた。


「ムーブさん。こんにちは」


「こんちは!」


「エリオ君の好みかい?」


 ここ『一番星カフェ』の店主である彼は、来店するお客の好みを熟知している凄腕のパティシエだ。

「彼は焼き菓子の他にチーズケーキを好んで注文してくれているね」


「うんうん、チーズケーキですね」


 ハルカは脳内のメモにエリオの好みを追加した。


「一時期それを知った彼のファンがたくさん来店してさ。おかげで毎日売り切れになったよ」


「エリオさんのファン?!」


 不穏なワードにハルカの心がざわつくと、ムーブはもうひとつ付け加えた。


「彼の人柄だね。老若男女問わずに彼を口説きに来る人があとを絶たないよ。男性はパーティー加入の交渉なんだと思うけど、女性は明らかに交際の申し込みだったな。僕が知っているだけでも両手の指じゃ数えられない女性が声をかけてるから」


「へぇ、エリオはそんなこと話さないから知らなかったわ」


「レミちゃんは知ってると思うけど、半年くらい前にエリオ君が死にかけるほど大怪我したことがあったろ?」


「死にかけた?!」


 自分がこの世界にきた頃に何があったのかと、ムーブはギョッとするハルカを一瞥してから話を続けた。


「北西区に住む富豪のご令嬢が来てね、専属の護衛に迎えようとしたんだ。まぁそれは彼を近くに置くための建前で、いずれは婿にしようと考えていたみたいだね。令嬢も含めてエリオ君に寄ってくるのはもの凄い美女や、誰が見ても可愛い子ばかりだよ。僕なら絶対に断わらない」


 衝撃に固まるハルカを見たレミは、焼き菓子をかじってから情報を付け加えた。


「でも、誰かと付き合っているってのはないね。この一年ちょっとのあいだに聞いたこともないし」


「ホントですか?!」


 ぐるりと首を回してレミに確認するハルカの目に再び輝きが宿る。


「あたしら毎日一緒だから間違いないでしょ」


「そうだね、みんな肩を落として帰っていくから」


 確信が持てる情報を聞いてハルカは安堵した。


「そんなことがあったから、お店の知名度も上がってね。だからこれを」


 ムーブは大きな巾着をテーブルに置いた。


「なんですか?」


「試作のお菓子。エリオ君のおかげで店は繁盛してるから、そのお礼も兼ねて。みんなで食べて感想を聞かせてよ」


 柔らかな笑顔を残してムーブは厨房に戻っていった。


「ラッキー! エリオさまさまだね」


 喜ぶレミにハルカは気になっていることを質問した。


「エリオさんってどんな人が好みなんでしょう?」


「好み? さすがにそれは知らないなぁ。う~ん、あたしが思うにエリオの人柄からしたら、穏やかな性格で、か弱い女性が似合うと思うんだよね」


「か弱い女性?!」(それってわたしとは正反対ってことじゃない!)


 レミが想像するエリオの理想の女性像と、ハルカはもうひとりの自分であるアルティメットガールを対比させてしまっていた。


「そうそう、守ってあげたいって思える家庭的な感じ」


「な、な、な、何か、根拠があるんですか?」


「根拠っていうか、そういう感じの人と話しているエリオを見たら、そんなふうに見えたから」


(誰のことですかぁ!)


「ちなみに、レミさんは彼をどう思います?」


「素敵なお兄ちゃんって感じかな」


 レミがそんなふうに即答したことでハルカは少し冷静になった。


「お兄ちゃんですか? ということは、同じパーティーにふたりもお兄ちゃんがいるってことですね」


 微笑ましく思って笑うハルカにレミは口を尖らせる。


「マルクスが? ぜんぜんそんな感じはしないわね。悪態をつくし、ギルド依頼ではあたしの前にばっかり出て邪魔するし、美味しいところを持っていくし、料理はあたしより上手いし、普段は世話を焼かせるのに変に気が利いてマウント取るしさ。どっちかって言うと生意気な弟って感じよ」


(口ではこう言ってるけど強く信頼しているし好意も感じるわ。素直になれない年頃なのね)


 心の色で感情を読み取るのはアルティメットガールの能力だ。


「まぁ二卵性の兄妹なら、先も後も関係ありませんよね」


「二卵性って?」


「えーと、双子でもひとりがふたりに別れる場合と、もとから別だった場合がありまして。レミさんたちは男女の兄妹なので……」


「うーん。よくわからないけど、あたしらは双子じゃないよ」


「え? 同じ年齢の年子だったんですか?」


「年子ってのもよくわからないけど、あたしらは本当の兄妹じゃないの。同時期に孤児院に入ったから、リオーレっていう同じ姓をもらって兄妹として育ってきたの」


「えーーーーー!」


 エリオパーティーに加入してから約一ヶ月。二卵性の兄妹だと思っていたレミとマルクスが、義理の兄妹だと知ったハルカの驚きはかなり大きい。その理由は、ふたりから感じていた心の色味に起因していた。


(ふたりからたまに感じてた強い好意の色って、もしかしてそういうこと?! ちょっとだけ気にはなってたけど、義理の兄妹だって知ったら別の感情に思えちゃうわ!)


 ふたりの関係を知って恥ずかしさと興奮を覚えたハルカは、紅潮した頬を押さえてレミを見ていた。


「あんたと初めて病院で会ったとき、孤児院で育ったって言ったでしょ。そのときに気づいたと思ってた」


「兄妹って聞いてたし同じ歳だったから。そうだったんですかぁ」


「あたしらは小さかったし両親の顔もよく覚えてなくて。うちのパーティーはみんな記憶喪失みたいなもんね」


 魔族との大戦で両親を失ったレミの心に悲しみの感情はない。記憶喪失なことが幸いし、レミは心を痛めることなく育ってこられたのだろうとハルカは思った。そして、健全に前向きに彼女が育った要因であろう人物がカフェテラスにやってきた。


「おーい、ハルカ」


 呼びかけるのはマルクス=リオーレ。今しがた話に出ていたレミの義兄にあたる青年だ。こんな話をしたあとなだけに、ハルカはふたりに対して妙に意識してしまった。


「おっ、美味そうじゃん。一個もらい!」


 マルクスはレミの皿から素早くお菓子を取って口に放り込んだ。


「ちょっと、あたしの楽しみを勝手に食べないでよ」


「いいじゃん、減るもんじゃないし」


「いや、減ってるって」


「気にすんな」


「いいわ、ムーブさんにもらった試作のお菓子、あんたの分はあたしがもらうから」


「え、ちょっと待て。そりゃないだろ」


 ハルカには、じゃれ合っているふたりがいつもと違うように見えていた。


「マルクスさん、わたしに何か用事があったのでは?」


「そうそう、エリオがハルカを探してたからさ」


 ガタン、と椅子を揺らしてハルカは立ち上がった。


「エリオさんは今どちらに?」


「ギルドに行くって。ハルカに会ったら伝えてくれって」


「ギルドですね。わかりました。マルクスさん、良かったら残りのお菓子は食べてください。わたし行ってきます。では!」


 そう言い残し、ハルカはテラスから勢いよく駆け出した。


「恋する乙女よね」


「だな」


 ふたりは駄々漏れるエリオへの想いを振り撒き走る背中を見送った。

読んでいただきありがとうございます。

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