念願の仲間
スペリオルウルフェンとの戦いで、ひどい傷を負ったマルクスとレミは、ハルカの白魔術のおかげでどうにか町に帰り着いた。診療所での手厚い治療が間に合い、ふたりは事無きを得る。
無事に生還した彼らは、この経験により初級者感を拭い去り、闘士としての強さと冒険者としての巧みさを身に付けられた。そう実感したふたりは、ハルカに強い感謝の念を持つことになった。
レミとマルクスの兄妹が入院した次の日。ハルカが様子を見に病室に訪れると、そこにはリーダーのエリオとサブリーダーのザックも来ていた。
「こんにちは」
「やぁ」
なんでもないエリオの笑顔と挨拶を受けたハルカの心に、えも言われぬ感情が湧き上がる。この感情の正体を探る間もなくレミの言葉が飛んできた。
「あんたね、あたしたちを助けてくれた恩人って」
「恩人だなんて。ちょっと止血をしただけです」
レミの奥のベッドに横になっているマルクスも上体を起こした。
「スペリオルウルフェンもやっつけてくれたんだろ?!」
「凄い魔法を使うって聞いたよ。なのに白魔術師だって言い張ってるんだってね」
「ちょっと魔法士の適正があったようですけど、わたしは白魔術師として貢献したいんです」
「しっかりした子ね。あたしらと同じくらいの年齢でしょ?」
顔を合わせるなり飛んでくる言葉の勢いに、ハルカが飲まれそうになっていると、「お前ら、まずは自己紹介してからにしろよ」と、部屋の壁に寄りかかる巨漢のザックが口を挟んだ。
「そうね。あたしはレミ=リオーレ。よろしくね」
「俺はマルクスだ」
「ハルカです。ハルカ=キラメキ、十七歳です。おふたりはおいくつなんですか?」
「あたしは十八歳よ」
「俺も十八だ」
「兄妹そろって冒険者だなんて。なんでこんな危険な仕事を?」
ハルカの言葉に、マルクスとレミは意味ありげに視線を交わしてから、わずかにくぐもった声で言った。
「俺たちが子供の頃に魔族との争いで親が死んじまったんだ。そんで孤児院で一緒に育ったんだよ」
「それでね、二年前に孤児院からひとり立ちしたあたしたちは、生活のために冒険者の訓練を受けたってわけ」
それとなく義兄妹なのだと言ったふたりだったが、それはうまく伝わらず。しばらくのあいだハルカは、彼らが双子の兄妹なのだと思い込んでいた。
「危険な仕事だけど依頼の内容で難易度は選べるから」
「たまに昨日みたいな不測の事態もあるけどな」
ハルカのおかげでふたりは命拾いをしたのだった。
「この町でパーティーを結成したんだけど、初心者ふたりがうまく依頼をこなせるわけもなくて。四苦八苦してたらザックが声をかけてくれたわけ。でも、正直その理由は今でもよくわからないんだよね」
そう言ってふたりが視線を送っているのがサブリーダーのザック=エキルハイド。冒険者歴八年の二十三歳だと、ハルカは紹介を受けた。
「ベテランなんですね。孤児院を出て訓練場に入ったレミさんとマルクスさんを仲間に誘うなんて優しいですね。でも、ふたり一緒にだなんて大変じゃなかったんですか?」
ハルカはリオーレ兄妹を誘った理由を聞いてみた。
「冒険者になった頃の俺と重なったからだ」
ハルカの質問にちょっとぶっきらぼうにザックは答えた。一九五センチメートルと高身長で一〇八キログラムという巨漢の重闘士で冒険者ランクはA級の中位。大分類では上から二番目の彼らのギルドの有望株。その彼とエリオが幼馴染と知り、ハルカの中での好感度が上がった。しかし、幼い頃に村を襲撃される事件があり、その頃の記憶が曖昧だという。
そして、ザックとパーティーをまとめているのがリーダーのエリオ=ゼル=ヴェルガンだ。年齢は二十一歳で、一年と少し前にギルドに登録してこのパーティーのリーダーになった。ザックの幼馴染であるのだが、彼と同じ理由で幼い頃の記憶がなかった。
「エリオが一年前にこの町にやってきたとき、名前を聞いて思い出したんだ。だけど、エリオは俺のことだけでなく、幼い頃の記憶がほぼないらしい」
触れてはいけないことに触れてしまったとハルカが気まずそうにしていると、エリオはまったく気にした様子は見せずに言った。
「気にしてないよ。大事なのはこれからどう生きるかさ」
そんな彼は、この町でザックと再会するまで、仙人と呼ばれる者に拾われて修行をしていたのだという。この話を聞いたハルカは「この世界はファンタジーだなぁ」と感想を漏らした。
「ん? ふぁんたじぃ?」
「いえ、わたしの世界での言葉で……」
「わたしの世界?」
「あっ、わたしの国というのかな。あはははは」
エリオの話をマルクスとレミは半信半疑といった感じで聞いている。そんなふたりの様子から、仙人というのはこの世界でも一般的ではないらしいとハルカは理解した。
彼らが受けたスペリオルウルフェンの群の討伐という依頼は完全達成されなかった。しかし、群のボスであるグレートウルフェンを討ち取ったことで、エリオの冒険者ランクが、A級からAA級へと上がり、さらにはこの国の冒険者百選という名誉ある肩書を得るに至った。
*****
彼らとの出会いから三日後。
「俺たちのパーティーにはいってくれないか?」
エリオからの唐突な誘いに、「わたしがですか?!」とハルカは声を上げた。この驚きは念願のパーティー入りの喜びというだけではない。心に生まれたばかりの感情が、ハルカを過剰に反応させたのだ。
「でも、わたしの白魔術は市販の治療用ポーションにも劣ります。わたしを入れるよりポーションを買ったほうが……」
ハルカは返す言葉もないほどに感激したのだが、この誘いが『善意による過度な施し』なのではないかと、素直に受けることができなかった。さらに、自分がこれまで三度も解雇されたことを想起し、エリオにも解雇されてしまったら、という恐怖が心を固く縛っていたのだ。
だが、そんな彼女の手を握ってエリオは言った。
「関係ない。君にはスペリオルウルフェンの群にも怯まない勇気と、俺の仲間たちを助けた思いやりの心があるじゃないか。君の白魔術で俺たちを助けてくれないか?」
この言葉がハルカの心を縛る鎖を切りつけた。
「魔法ではなく白魔術ですか?」
ハルカは心を落ち着けてからエリオに確認する。
「君は白魔術士なんだろ?」
この返答にハルカはさらなる衝撃を受け、次々と鎖が切られていく。
「俺たちには君が必要なんだ」
エリオはハルカの心を解き放ち、パーティー加入を決めさせたのだった。
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