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恋の兆し

今回から登場するもうひとりの主人公のイメージイラストです。

挿絵(By みてみん)


 重闘士の一瞬の気のゆるみを突くように現れたのは、見ただけでそうだとわかる獰猛な獣。ネコ科の尖爪(せんそう)とは違う重爪(じゅうそう)が力強さを感じさせる。少し長めのダークグレーの体毛を逆立てた姿を見た者は、その威圧で金縛りに見舞われると言われ、剥きだした牙の奥から漏れ出る死臭がより恐怖を引き立てた。


「グレートウルフェン、群のボスだ!」


 スペリオルウルフェンをふたまわり大きくしたその姿は巨漢の彼が見上げるほど。


「エリオは……あいつは殺られちまったのか?!」


(エリオ?)


 慌てて盾を構える彼をその前足が叩いて森の中へ放り込む。魔獣の鋭い目は傷つき弱った少年少女とそれに寄り添うか弱き少女を捉え、間髪入れずに襲いかかった。


(少しは警戒してよっ!)


 常人ならばひと噛みで絶命する一撃。傷つき倒れる彼らを置いて逃げるという選択肢はない。その身を挺して守ろうとするハルカの心配は、噛まれても怪我ひとつしない自分の秘密を知られることだ。


 重闘士の男性が森の茂みに突っ込み、怪我人ふたりは意識を失っている。一瞬に満たない時間でのためらいを済ませたその刹那、森の中から迫る別の気配を察知する。同時にハルカは最悪の事態に備えて迫る牙に左腕を伸ばすが、飛翔してきた斬撃がグレートウルフェンの横っ面を叩いた。


 足をバタつかせながら転倒を回避した魔獣は、姿勢を低くして警戒の構えを取る。木々のあいだから飛び出してハルカの前に現れたのは、青味がかった短髪が似合う精悍な顔つきの青年だった。革製の部分鎧を身につけた逞しい体を、ゆらめく炎のオーラが包んでいる。その現象を起こしているのは、纏う鎧とは明らかに違う高価な長剣によるものだろうとハルカは推測した。


 彼は少しだけ顔をハルカに向け、横目で状況を確認する。


「ふたりの治療してくれているんだね。なんとかなりそう?」


「止血だけなら」


「そうか、ありがとう」


 短文でのやり取りを終えた青年は、小さな笑顔を見せてからグレートウルフェンへと意識を向ける。


 その笑顔が与えた小さな刺激がハルカの心の奥に波紋を広げ、彼女の意識を刹那の時間途切れさせる。それは、これまで彼女が持ち得なかった感情が誕生する兆しだったが、それが何を意味するのかハルカは気づいてはいない。


 相手の感情や悪意などを感じ取るアルティメットガールの能力によりハルカに伝わってきたのは、彼の善性と優しく強い思いやりの心だ。それは戦闘モードの鋭い視線に切り替えた表情とは対照的なモノであり、これまでに出会ったことのない晴れ渡るような空を思わせる心の色味だった。


「危険です。逃げてください。その狼はあなたよりも強いわ」


「仲間を助けてくれた人を置いていけるものか」


「ですが……」


「目の前で困っている人を見捨てたりはしない。必要なら全力で助力する。それが俺の信念なんだ」


 返ってきた背年の言葉にハルカは強い共感を覚えた。それは自分が心にかかげていた信念に似かよっていたからだ。そして……


「ましてや君は女の子。男は女を守るもの」


 ドッキン!


 続けて言ったこの言葉が、ハルカの心の奥に誕生したばかりの何かをグッと膨らませて内側からその胸を圧迫する。戦闘中であるために状況判断に使われている脳も、心に沸き上がった不可解な感覚を理解するために並列処理をおこなっていた。


「仙術、グランファイス」


 青年は体を包む炎を劫火へと変化させ、大きく空気を吸い込み地を蹴った。


 彼が使った【闘力爆縮仙術(グランファイス)】はグレートウルフェンに対抗できるほどの大幅な能力向上現象を引き起こした。振り回すその剣は炎の帯を引いてグレートウルフェンの体毛を焦がし肉を斬る。ひと太刀ごとに動き、魔獣の反撃をきわどく避けては飛び込んでいく。


(闘気を闘気で抑え込むことでその反発力がより大きな力を生み出しているのね。でもそうとうな負担があるはず)


 そう分析する思考の片隅で、彼がハルカに対して言ったいくつかの言葉が頭の中で何度も再生されていた。


(なんで彼の言葉がこんなに気になるの?)


 その理由まではわからず、思考を戦いにも向けているため深くも考えない。


 そんなハルカが見守る中で双方の血しぶきが舞い、その血を吸う地面が赤黒く染まっていく。だが、その割合は圧倒的にグレートウルフェンが上回り、魔獣の動きを鈍らせる。青年はその隙を見逃さなかった。


「ブレイズストリーム」


 わずかな溜めが必要な闘技を練り上げ、振り下ろした剣がその闘技を発現させる。


 青年が身にまとった劫火がさらに激しさを増し、前方に投げ出されて広がった炎の帯が数秒間グレートウルフェンを焼き上げた。


 それなりの火耐性を持つ体毛に包まれたグレートウルフェンだったが、全身の傷と劫火に焼かれたことにより、グラリとその身を揺らして横転した。

読んでいただきありがとうございます。

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