前哨戦
人狼にやられた衛兵の出血量を見たエリオは、もう息はないと判断して奥歯を噛みしめた。鞘に納まったグレンの柄へ手をかけ、再び走り出した彼は、抜剣して軽くステップを踏み、深く沈んだ着地と同時に闘技の名を小さく発した。
「ガンダッシュ」
次の一歩がソルーダウルフェンに向かって跳ね飛んで行く。その突進力をいかして振った剣から確かな手応えを感じつつすれ違った。
反動で斜め横に軌道を変えたエリオが滑りながら振り向くと、ソルーダウルフェンはヨロついた体を足を追っ付け踏ん張り、彼を睨んで低く唸る。その状況を見た衛兵のひとりがエリオに向かって叫んだ。
「駄目だ。そいつは通常の武器ではそうそう傷つかない」
「そう言えば聞いたことあるね。剛毛と強靭な肉体は魔獣に匹敵し、再生能力もあるって」
そこらの獣なら絶命してもおかしくない一撃だったが、高い防御力と対斬性、それに再生能力によって軽傷だった。
「おい、あれ」
衛兵が指さすのはソルーダウルフェンの足元。エリオを威嚇する人狼の足元に小さな血だまりがある。エリオが斬った脇腹からは少ないながら血がしたたっているのだ。
「普通の武器でないなら傷つくってことだよね。王具グレンは普通の武器じゃない」
勇者が持つ聖剣には及ばないまでも、エリオの持つグレンも王具の中ではかなりの等級。その剣によって傷を負ったソルーダウルフェンは、剥きだした牙の隙間から唸り声を漏らしつつゆっくりとエリオに向かって足を踏み出した。
人狼に一撃を決めたエリオはグレンを中段に構えて牽制し、背中越しに衛兵たちへ声をかける。
「こいつは俺が。みなさんは退魔の装備を用意して他の人たちの応援に向かってください」
王具を有するエリオを見た彼らは、エリオが名のある闘士なのだと察してこの場を任せることにした。
「わかった。助太刀感謝する」
分隊の隊長がエリオに礼を述べると、衛兵たちは仲間の遺体を連れてこの場を去っていく。その彼らと入れ替わりでリオーレ兄妹が追いついた。
「エリオー!」
人狼の後ろからの呼びかけにソルーダウルフェンの意識が逸れたことを見逃さず、エリオは力強く踏み込んだ。
少し離れた位置からエリオと人狼の戦いを見守るマルクスとレミは援護に入れない。その理由の半分は恐怖で、残りは興味だ。リーダーの見事な戦いぶりに勝利を期待していたが、それは違和感を経て疑問へと変わっていく。それはエリオに余力を感じることだ。
戦いは十分を超えて続いている。最初は息を殺して見ていたふたりだが、すでにその緊張はない。
「ねぇマルクス」
「なんだ?」
「なんでエリオはグレンの能力解放をしないのかな?」
「だよな。解放すればとっくに決着してるぜ」
今のところ負ける要素は見受けられないのだが、勝負が決する要素も見られない。
「仙術を使うまでもないだろうけど、グレンを解放せずにここまで長引かせる意味ってあるの?」
ふたりがそんな話をしていると、エリオは彼らのそばに跳び下がってきた。
「どう? 目や感覚は慣れてきた?」
「え?」
そんな問いにふたりは戸惑いの声を漏らした。
「こいつはキミらに任せる」
「うっそぉぉぉぉ!」
「無理無理無理よ!」
慌てふためくレミに、エリオは腰に差している予備の短剣を差し出した。
「退魔の加護がある短剣だ。それなら奴とも戦える」
そう伝えると返答も聞かずに再び飛び出していった。
「無理よ。あたしらだけで勝てっこないわ」
弱気な声を聞いたエリオは戦いながらこう返した。
「ふたりで無理だとしても、三人ならどう?」
「三人?」
彼らの後ろからドスドスと重そうな音が近付いてくる。現れたのはこのパーティーの重闘士ザックだ。
「待たせたな」
煌びやかな鎧はこれまで使っていた歴戦の鎧を凌駕する存在感を示しているが、その鎧よりも目を引くのは左腕に構えた大盾だ。
「ヘソクリの宝石も使って買っちまったぜ。いまさら返品してこいなんて言うなよ」
彼が新調した盾は購入予定の物よりも高い等級の物だった。
「ホントに?! だったら、それに見合った仕事をしてもらわないと」
「任せとけ」
強敵を前にしながらも、新調した装備に心を踊らすザックは不敵に笑いながら応えた。
「わかってると思うけど相手はソルーダウルフェン。効果があるのはレミに渡した予備の短剣。あと魔法だな」
「退魔系の武器がいるんだろ。ならばマルクスはこいつを使え」
ザックは腰の剣を引き抜いて渡した。
「武器も新調したのかよ?」
「とうぜんだ。俺たちは魔獣や魔族と戦う決心をしたんだ。相応の準備は必要だろ?」
マルクスが呆れて言った言葉に、ザックは高額な武具を買った正当性を説いた。
「そろそろ変わってくれる? 俺も体は十分にほぐれたけど、これ以上は温存してきた意味がなくなっちゃうからさ」
その言葉から状況を察したザックはエリオが下がったところで前に出る。
「エリオ、頼んだぞ!」
「まかせろ!」
力強く応えたエリオは路地に飛び込んでいった。
「いったいエリオに何を頼んだのよ」
「真の敵の退治だ」
ピンとこないふたりだったが、ザックが人狼の攻撃を盾で受けた音で、意識を戦闘モードへと切り替えた。
「マルクス、レミ。久しぶりの三人の連携だ。忘れてないだろうな?」
「やってやるわよ」
「さっさとこいつを倒して詳しい話を聞かせてもらうぜ」
ザックが加わったことで、ふたりは弱気を振り払った。
「こいつは俺たちに与えられた最初の試練だ。こんな雑魚に怯えていたらエリオと肩を並べて戦ってはいけないぞ。俺はあいつを追いかける。お前らを待ってはやらん。あいつはもっと強くなる。仲間だと胸を張りたいなら死に物狂いで付いてこい」
ザックの叱咤を受けたふたりは彼の背中のその先に、エリオがいる領域の景色を垣間見た。
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