ヒーラーからヒーローへ
ヒロイン煌輝春歌のイメージイラストを載せます。
ヒーローを辞め、この世界の冒険者として生きてく姿です。
茂る木々の隙間から降り注ぐ陽光が黒縁の眼鏡に反射する。長めの前髪が目を覆い、頭の後ろで一本に結ばれた黒髪をゆらゆらさせて歩く女の子。
彼女は女子高生の煌輝春歌。その正体はスーパーヒーローのアルティメットガール。世界の平和を望み、常人には手に負えないあらゆる脅威から人々を救う女の子だった 。
そんなハルカがいる場所は、居住地となる町からかなり離れた山の中。そこから見える景色には近代的な人工物などひとつとしてない。
深い森、美しい渓谷。平原ですら未開拓な広大な大地。そんな世界は危険な獣や亜人で溢れているが、そういったモノも大自然の恵の一部として受け入れながら、人族はこの世界で繁栄していた。
なぜハルカがこんなところにいるのか。それは地球での戦いで起こった爆発の影響だ。少なくとも彼女はそう思っている。
彼女がこの世界に来て三ヶ月。アルティメットガールというヒーロー活動は廃業し、この世界の冒険者として生計を立てている。今日はギルド依頼の薬草の繁殖範囲減少にともなう環境調査をしにやってきていた。
一見して彼女の服装はファンタジーの魔法職といった感じであり、事実そうであった。
両手で抱えるように持つのは長さが一メートル程度の杖。地味な紺色のアンダーシャツとレギンス。こげ茶色の膝丈ズボンと七分袖のシャツ。駆け出し冒険者としてはよくある服装だ。唯一違うのは、傷や汚れの絶えない冒険者という稼業上、あまり好まれない白のローブを羽織っていること。
「ファンタジーな世界ってあるものね。だけど、ここがゲームの世界ってことだけは絶対にない。このアルティメットチョーカーがあるんだもの」
ハルカが指でなぞった首のチョーカーは、アルティメットガールに変身するためのアイテムだ。ナノバルテクトシステムという技術で作られたこのチョーカーが存在し、しっかりと機能しているということこそが、この世界が現実である証なのだ。
「この世界に来て三ヶ月か。あと二年もあった花の高校生活が…………送れるはずもないか。世界を飛び回っていたせいで、ほとんど学校にはいられなかったし。友達……欲しかったなぁ」
元の世界での生活を振り返り肩を落とした。
「もういいわ。この世界で冒険者ハルカとして生きていくの! わたしは白魔術士なんだから。守りと回復は任せてね!」
そう明るく振る舞う彼女のまわりには誰もいない。
かなりレアな白魔術の適性を持つハルカだったが、これまでに三つの冒険者パーティーを解雇されていた。
「うまくいかないものね」
「キューキュー」
森の小動物に話しかけても返ってくるのは鳴き声だけだった。
ある程度調査が済んだところで遅めの昼食を食べようと彼女は足を止めた。
「オーダーメイドで作ってもらったこの白いローブ。オレンジの縁取りが素敵よね。冒険者と言えども、やっぱり女の子はオシャレポイントのひとつくらいはないといけないわ」
くるりと回って見せたところで、とうぜんまわりには誰もいない。その現実に小さく息を吐いたハルカは、岩場を念入りに叩いて綺麗にし、タオルを広げて腰かけた。リュックから紙袋に包まれたパンを取り出し独り寂しく食べていると、ハルカの感知能力に不穏な気配が引っかかった。
「何かしら? この感じ」
急いで残りのパンを口に入れ、咀嚼をすませて飲み込むと、不穏な気配のする方向に意識を向ける。
「戦っているのね。それにしても数が多いような」
ハルカは杖を地面に突き刺して走りだした。
「リリース・アルティメッ……」
そこまで言いかけた言葉と足をピタリと止めたハルカは、元の岩場に戻っていく。
「危ない、危ない」
ハルカは杖とリュックを手に取り、再び不穏な気配のする場所に向きなおった。
「つい昔のクセが出ちゃったわ。ヒーローはもう廃業よ。今は冒険者ハルカなんだから」
とは言っても先の状況は心配であるため、現代女子高生の脚力を逸脱した速度で、森の中の道なき道を駆け抜けていった。
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