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寒烈の勇者

 小鳥のさえずりが聞こえるさわやかな朝。カーテンの隙間からはやわらかな朝日が差し込み、世界が素敵な一日の演出を施してくれていた。


 しかし、その演出を受けてもハルカの心には影が差している。昨夜のエリオの告白が衝撃的なモノだったからだ。


 人生初の告白を受け、人生初の両想いながら、人生初の失恋ともとれる摩訶不思議な恋愛模様がハルカの心を締め付ける。


 意図せず本人にその想いを告白したエリオは心の内に秘めた想い口にしてスッキリしたのか、現在ぐっすり眠っている。このまま寝かせてあげたいと思うハルカだったが、それをさせない出来事がこの町で起こっていることに気付き、溜息と共に肩を落とした。


「エリオさん、起きてください」


 やさしく肩を揺らしているハルカの何度目かの声掛けにより、エリオはゆっくりと目を開けた。


「ハルカ? おはよう」


 ぐっと背伸びをしてから上体を起こすエリオにハルカは告げた。


「街にたくさんのライスーン兵が集まっています」


 エリオは言葉を返さずに窓際に向かい、カーテンの隙間から外を覗き見た。


「すみません。殺意や敵意がないのでわたしも気付くのが遅れてしまいました。ここに集まっているわけでもなく、警戒心もそんなに強くないようなので、まだ見つかったわけではありませんね」


「みんなを起こしてきて」


「すでに準備中ですよ」


 ハルカの言葉を聞いてエリオも準備を始める。真剣な顔つきからは昨夜の出来事の片鱗はなく、あの告白によって良い意味で整理がついたのだろうとハルカは思った。


(わたしも切り替えなくっちゃ)


 ハルカがぴしゃりとほっぺたを叩くとザックが部屋に入ってきた。


「準備完了だ」


「俺もすぐに終わる」


 エリオが腰に武器を下げ、リュックを背負ったところでマルクスとレミも入ってくる。


「ここにも調査が来たみたいだぜ」


「うん、下からそれっぽい話し声が聞こえたの」


「そうか。なら仕方ない」


 そう言ってエリオは財布袋を取り出した。


 それからしばらくして、宿屋の店主とライスーン兵士の三名がエリオの部屋の扉をノックした。


「ハンモグさん、チャノームさん。朝早くにすみません」


 この名はエリオとハルカが宿の台帳に書いた偽名だ。


「入りますね」


 何度かの声掛けとノックに反応がないため、店主はひと言断りを入れてからマスターキーを使って扉を開けた。だが、部屋の中には誰もいない。


「トイレにでも行っているのかもしれませんね」


「確認してこい」


 指示を受けた兵士が集合トイレへと向かった。


 ***


 その頃、窓から抜け出した彼らは二組に分かれ、ハルカとエリオとザックは西回りに、マルクスとレミは東回りで北の街門を目指していた。


「馬車を置いてくることになったのは痛いな」


「しかたないさ。ともかくこの場を切り抜けて町を出ることが先決だ」


 身を隠しつつ移動していたエリオたちだったのだが、街門が見えてきたところでついに兵士に見つかってしまう。


「やっぱり冒険者百選に選ばれる有名人は違うな」


 ザックは冷や汗をかきながらエリオに皮肉を言った。


「ホントに。こんなときは困りもんだよ」


 フードを被っていたことで不自然さを感じたのか、声をかけてきた兵士がエリオに気付いてしまったのだ。


 エリオたちを囲む兵士の数は四人。マルクスとレミが少し離れたところで様子をうかがっている。北の街門までは百メートルほどなので、今ならどうにか突破できる状況に見える。だけどエリオは動かない。いや、動けないのだとハルカはわかっていた。それは、街門からこちらに向かってくる者のせいだ。


 歩いている姿だけでもそこらの冒険者との格の違いが伝わってくる。肩近くまで伸ばした髪、華奢に見える体格、感情が表に出にくい切れ長の目、それらすべてが強者の雰囲気を醸し出していた。


「王国の勇者……」


 会ったことはないザックでも、その容姿と雰囲気からそうなのだと気づいた。


 陽光が降りそそぐ暖かな日差しの中、この場の雰囲気はひどく淀み沈んでいく。勇者の称号を持つにしては発する気勢が静かを通り越して重苦しい。エリオの間合いの少し外で足が止まったとき、体感温度が十度は下がった感覚に見舞われた。


「確か……寒烈の勇者だったよな」


 ザックは全身に鳥肌を立て、何人かいる勇者を呼び分ける彼のふたつ名を口にした。


「はじめまして。ヴェルガンとエキルハイドだったかな? わたしはグレイツ=アンドラマイン。ライスーン王国から勇者の称号を冠されている者だ」


「その勇者が俺たちになんの用だい?」


 わかりきった理由を聞くエリオにグレイツは予想通りの答えを返す。


「君らの持つ魔道具を王国に譲渡してもらいたい。個人で所有するにはあまりに危険だ」


 この言葉から彼が他の兵たちとは違い、命の石の存在を知っていることがうかがえる。


「なぜ俺たちがここにいると?」


「あれを国外に持ち出すという事態を想定したんだ。でも当たって欲しくはなかった。君たちを断罪しなくてはならなくなるから」


「断罪だって? あの魔道具は俺たちが個人的に手に入れた物だ。悪いことをしたわけでもないのに追われたうえに、罰せられる覚えはない」


 一見正論と取れるザックの言葉だが、これは国家の立場から言えば正しくはない。それをグレイツが説明した。


「国家の三大指定危険事項に抵触する。君らの行動が国家を揺るがし、民衆に不幸を招く脅威となる可能性を考えれば許容できない。ならば国家での管理がとうぜんだろ?」


 ザックは言い返せない。それは、言われるまでもなくそう思っているからだ。ただ、エリオがやりたいことには必要であり、ザックも含め仲間たちもそのことに同意した。


「あんたの言い分はわかる。だが、誓って言う。俺たちはこれを悪事に使ったりはしない」


 この勇者の気勢を受けながら、エリオは臆することなくそう言った。


「エリオ=ゼル=ヴェルガン。君のことは良く知っている。今期の冒険者百選に選ばれた新進気鋭の冒険者だな。成し遂げた成果も含めた順位ではあるけど、君は百選の中で四十六位とされている。だが、強さだけならば四十六位よりも上かもしれないな」


「来期はもっと頑張らないと十闘士に入れないや」


「入ったばかりで十闘士を目指しているとはな。そんな君が悪事を働くとは考えてはいないけど、その魔道具が誰かに奪われ悪用されでもしたらどうする? この国の冒険者の中だけでも君より上の者が四十五人はいるんだ」


 鞘から抜いた剣の切っ先がエリオに向けられた。それは自分もそちら側の者だと示すための行動だ。


「魔道具さえ渡せば危害を加えるようなことはしない」


「嬉しい申し出だけど、渡したら俺たちの目的が果たせない」


「退魔の呪印と壁破の儀か」


「……そうだ。ゴレッドさんに聞いたんだな」


「そんなモノに頼らずに日々精進したほうがいい。失敗のリスクだってある」


(リスク? エリオさん、そんなこと言わなかったわ。そんな危険な行為なの?!)


 ハルカが心配しているあいだにも、彼らのやりとりは淡々と続く。


「それに、さっきあんたが言った『誰かに奪われて悪用される』って話。国家が悪用しないという保障はないよな」


「…………君がこの国の民ならば、そこは信用してもらうしかない」


 この返答にほんのわずかな間を感じ、エリオは何かに思い至り話題を変えた。


「確か三人の大臣にはそれぞれお抱えの勇者がいるんだったよな? あんたはイラドン大臣の勇者じゃないのか?」


「……そのとおりだ」


 返答に合わせて、またわずかに気温が下がった。吐く息は白く、初夏の様相は消え、気温だけでなく雰囲気をも変えていく。


 そんな彼に、エリオはさらに疑念を突き付ける。


「以前、俺はイラドン大臣の依頼を受けたことがある。それはかなりやり口の汚い依頼だった。そのことに意見した奴らは続けて受けた別の依頼で全員死んだ。俺以外の者はな」


 グレイツは黙って話を聞いている。


「そのときにイラドン大臣から受けた印象は『私欲にまみれた野心家』って感じだ。おおかたこの町のライスーン兵には詳しい内容を話してないんだろ? 俺たちを探し出して捕まえろ程度の命令だけとか」


 ハルカはこのエリオの予想を聞いて、兵士たちに強い使命感がない理由と結びつけた。

読んでいただきありがとうございます。

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